第20話 警報
登場人物
・富士つばめ…転校生、朝風興信所の職員
・すずらん…AIドローン
・朝風北斗…朝風興信所の所長
・因幡大宣…朝風興信所の職員
・瀬戸八雲…週刊「日輪」の記者、あだ名は「山鳩」
・谷川室人…弁護士
・暁なす乃…県警の刑事課の刑事
・赤羽まりも…同じクラスの娘、バトミントン部、行方不明
・神山えびの…同じクラスの娘、弓道部
・日高志麻…同じクラスの娘、写真部
・村山こがね…隣のクラスの娘、家庭科部部長
・出雲小町…隣のクラスの娘、バトミントン部、まりもの友達
・霧島遥香…バトミントン部、登校拒否
・三次…同じクラスの男子、サッカー部
・碓水…同じクラスの娘、水泳部
・穂高江佐志…担任の男性教師、担当は英語、パソコン部顧問
・阿賀野…女性教師、担当は体育
・渡月…女性教師、担当は家庭科、家庭科部顧問
・小倉苗羽…男性教師、担当は化学
・米代…ムーンライト地所社長
・飯出梁真…盗撮犯
「つばめちゃん、目を閉じて。想像してみて。ここは温泉。景色の綺麗な、大きな露天風呂だよ」
体育の阿賀野先生から、つばめのことを託された碓水が、のっけから、おかしなことを言い始めた。
……こんな、男子生徒の視線を感じる、露天風呂があってたまるか。
「どう、つばめちゃん。新緑が綺麗だね。こんなとこで、露天風呂なんて、最高だね」
セミの鳴き声に紛れて、生徒の失笑が漏れ聞こえてきた。
……こんなに緊張する露天風呂なんて、聞いた事が無いです。
「はい。目を開けて。つばめちゃん、ここはどこかな?」
碓水は、極めて険しい目で、そうつばめに問いかけた。
どこから、どう見ても、ここは、プ……
「なあに、つばめちゃん?」
碓水が、ギロリと、つばめを睨んだ。
目力による威圧が、異常に強い。
温泉でございます……。
「だよね? つばめちゃん、温泉で溺れた事ある?」
それは無いけど……。
だけどほら、露天風呂なんて、普通、どこも膝下の深さじゃない。
この底の見えない、確実に足のつかない深さが怖いのよ……。
「たまに深い温泉もあるけど、それで溺れた事って無いよね? じゃあ、温泉に入ってみようか!」
……無理がある。
つばめの顔は、完全に引きつった。
「ほら、つばめちゃん。良いお湯だよ」
碓水は、プールサイドに肘を引っかけ、体重を支えていた。
時折、足をばたつかせ、つばめちゃんも早く入ろうよと、せかした。
つばめが、プールに入ろうとすると、クラスの女の子たちが、変に緊張した。
「つばめちゃん。温泉に入るんだよ。ここは露天風呂」
つばめが、右足をプールに入れると、男子生徒が、その姿を見てにやにやしていたらしく、男性教師に怒られていた。
プールサイドに腰かけたつばめに、碓水は、極めて真剣な表情で、良いお湯だよと、再度言った。
恐る恐る、腰まで水に浸かり、徐々に、胸まで、水に浸けていく。
「どう、つばめちゃん。怖くないでしょ?」
何かにしがみついていれば、溺れないのはわかってるのよ。
小学校から、その次のステップに、なかなか進まないだけで。
じゃあ、そのまま、足をばたばたさせてみようかと言って、碓水は、同じ格好で、足をばたばたさせて見せた。
その時だった、更衣室から、大音量の警報音が鳴った。
つばめは、急いでプールから上がり、更衣室に向かって走った。
驚いた碓水も、つばめを追いかけ、更衣室にやってきた。
更衣室に入ると、反対側の入口の戸が開いていた。
すぐに入口から、外に出て、周囲を確認すると、人影が逃げていくのが見えた。
誰かまではわからない。
だが、服装から、私服の女性に見えた。
どうしたのと聞く碓水に、つばめは、鋭い目で、誰かが、忍び込んだみたいと、少し大きな声で言った。
今、外に逃げていく人が見えたと言うと、碓水は、水着のまま、更衣室を出て、外を見渡した。
更衣室に戻ってきた碓水は、焦って、自分の着替えを確認した。
同じくつばめを追って来た女生徒が、碓水から、侵入者があったんだってと言われ、自分の荷物を確認しはじめた。
つばめは、犯人が、どのロッカーに用があったのか、足跡を確認しようとしたが、複数の女生徒が濡れた足で歩いてしまい、困難になってしまった。
何の音? と、阿賀野が、つばめに尋ねた。
碓水が、侵入者がいたみたいですと、報告をすると、阿賀野は、一旦、プールに戻り、女生徒たちを集め、自分の着替えを確認するように指示した。
結局、そのまま、プールの授業は、終了になってしまった。
着替えが終わると、つばめは、体育館の一室である、体育教科室に呼び出された。
何があったのか、もう一度説明して欲しい。
そう阿賀野に、問い詰められた。
すずらんのことを喋るわけにもいかず、盗難防止のタグが反応した、そう、つばめは言い訳した。
阿賀野は、何でそんな物を付けているのか、そう聞いてきた。
小町の下着が盗まれたことを、言い訳にするのも、何か違うと感じたつばめは、「父」から渡されたと言い訳した。
過保護なお父さんなのね、そう阿賀野は言った。
教室に戻ると、クラスの女の子たちは、気持ちが悪い、気味が悪いと言い合っていた。
プールの授業を受けるのが怖いという娘もいた。
その一方で、水泳がやりたくないからって、あそこまでするかねと、つばめを蔑む意見も、かなり聞こえてきた。
この一件で、つばめは、再度、担任の穂高先生に呼び出されることになった。
穂高は、つばめから、詳しい事情を聴くと、どうしたものかと、悩み始めた。
内からだけ、かけられる鍵って、付けれないんですかと言うつばめに、穂高は、少し驚いた顔をした。
「私のせいで、プール授業が潰れちゃったら、それこそ、どんな報復を受けるか」
穂高は、先日の画鋲の件を思い出し、無言で、小さく何度か頷いた。
少し考え込み、別に鍵がかけられるというだけで、安心できるものなのかと、つばめに尋ねた。
かなり違うと思うと言うと、職員会議で、そう提案してみると言って、つばめを帰した。
下校時刻となり、校門を出て、周囲に生徒がいなくなると、つばめは、万年筆に話しかけた。
今日は、すずらんの警報のせいで、えらい目にあった。
知らせるにしても、もう少し何とかいう手段はなかったのかなあ。
「犯人ニ、馬鹿な真似をするなト、説得した方ガ良かったデスカ?」
いやいやいや。
まあ、それはそれで、面白い効果が期待できたかもだけど……。
でも、バレたら、潜入捜査は、その時点で、失敗だから。
だけど、あれ、誰だったんだろう。
女性っぽいってことしかわからなかったけど。
「望遠ですケド、撮影はできていますヨ?」
すずらんの言葉に、つばめは、思わず、足を止めた。
えっ?
嘘でしょ?
撮影できてるの?
どこから?
「屋上からデスガ?」
……おい。
すずらんの間抜けな回答に、つばめは、思わず、がっくりと力が抜けるのを感じた。
すずらんが、ずっと屋上にいるのは知ってるよ。
話の流れ的に、犯人の行動をどこから追えてるのって意味じゃない。
「アア、そういうことですカ。言葉って難しいデスネ」
この子、超高性能AIじゃなかったっけ。
つばめは、得意げな大宣の顔を思い出し、少しイラっとした。
「血圧ノ上昇を感じマスネ。少し、気分を落ち着けた方ガ、良いでショウ」
誰のせいよ、誰の。
もう、何でこの子、今日、こんなにボケ倒してくるの?
「もしかして、私のせいデスカ?」
つばめは、あなた以外に誰がいるのよと、怒鳴ろうとした。
だが、ふと、何で自分は、機械と言い合いなんかしてるんだろうと、第三者目線で考えてしまい、むなしくなった。
冷静になってみると、ひどく間抜けな状況に思える。
つばめは、馬鹿馬鹿しくなって、また、帰り道に、歩を進めた。
……もう良いから。話戻そう。
戻すと言っても、どの辺りから犯人の行動を撮影できてるかってとこね。
これ以上、ボケられると、本気で怒りそうだから。
すずらんの報告によると、撮影は、更衣室に近づく、少し前からということだった。
となると、後ろ姿しか、映ってはいないということになるだろう。
「出てくる際ニ、映っていると思いますノデ、帰ったラ、ご確認くだサイ。望遠ですガ、大宣さんなら、綺麗ニ処理できると思いマス」
つばめは、それを聞くと、再度、ぴたりと足を止めた。
すずらん、意外とやるじゃん!
「当たりマエダのクラッカーです!」
なんか、それ、前も聞いた気がする。
だけど、何なんだろう、そのフレーズ。
大宣くんの言うように、プログラムのバグとかいうやつなのかな?
興信所に帰ると、すずらんは、すぐに、大宣のパソコンに映像を送付した。
大宣は、状況が飲み込めず、椅子をつばめに貸し、自分は、つばめの後ろに立っている。
北斗も、何事かと、つばめの後ろに立った。
監視カメラの映像は、屋上から撮影しているので、かなりの望遠だった。
だが不審な人影が、プールに近づくところから、しっかりと撮影できており、全体で二回、ばっちり顔が撮影できていた。
「ねえ、大宣くん。これって、もう少しはっきり表示できないの?」
大宣が、ちょっと待っててと言って、立ったまま、つばめの背後から手を伸ばし、何やらパソコンを操作しだした。
静止画でも良いか聞くので、顔がわかれば良いと言うと、大宣は、そこから画像を何やら処理しだした。
荒い画像の上から、より細かい画像が上書きされるような映像を、何度も繰り返した。
「今日、来てたんだ……」
何度目かの処理で、つばめがそう呟いた。
そこに映し出された女生徒、それは、紛れもなく、「霧島遥香」だったのだ。
「携帯電話の電波位置情報カラ、学校に来たのハ、これの三十分ほど前のようデス」
ということは、彼女は、このためだけに、わざわざ、学校に来たんだ。
すずらんの報告に、つばめは、画面を凝視しながら、驚きを隠せないという顔をしている。
この娘の携帯電話の情報がわかるなら、通話履歴とか、メッセージの送受信履歴が、調べられるんじゃないか、そう北斗が指摘した。
「通話履歴はありませんでしたガ、この二時間ほど前に、メッセージの送受信履歴は存在します」
引っこ抜けないかと言う大宣に、すずらんは、端末側から削除されていると報告した。
大宣は、腕を組んで、何か考え込んで、唸っていた。
「デスガ、相手の携帯電話情報ハ、わかりましたヨ。パソコンに転送しマス」
おっ、と三人同時に声を発した。
だが、そこに表示された名前に、三人はがっかりした。
以前、インターネットカフェの会員証に表示されていた、「飯出梁真」という人物の名前だったからである。
飯出の携帯電話から、データは取れないのかと、北斗が聞いた。
電話番号から、基地局のログを探り、追跡をかけようとしたが、その時点では、もう発信元は見つからなかった。
どうやら、メッセージのやり取りの後、すぐに電源を落としたらしい。
電話番号はわかっているので、次回、挑戦したいと思うと、すずらんが報告した。
「いったい何者なんだろうな。この飯出という男は」
北斗は、そう言って、大きく息を吐いた。
よろしければ、下の☆で応援いただけると、嬉しいです。