第11話 救出
登場人物
・富士つばめ…転校生、朝風興信所の職員
・すずらん…AIドローン
・朝風北斗…朝風興信所の所長
・因幡大宣…朝風興信所の職員
・赤羽まりも…同じクラスの娘、バトミントン部、行方不明
・神山えびの…同じクラスの娘、弓道部
・日高志麻…同じクラスの娘、写真部
・村山こがね…隣のクラスの娘、家庭科部部長
・出雲小町…隣のクラスの娘、バトミントン部、まりもの友達
・霧島遥香…バトミントン部、登校拒否
・三次…同じクラスの男子、サッカー部
・穂高江佐志…担任の男性教師、担当は英語、パソコン部顧問
・阿賀野…女性教師、担当は体育
・渡月…女性教師、担当は家庭科、家庭科部顧問
・小倉苗羽…男性教師、担当は化学
車は、漆黒の山道を、闇に吸い込まれるかのように、ひたすら、登っては下りを繰り返していた。
対向車は一切通らず、民家も無く、街灯すらない。
大宣たちの乗った車の、ヘッドライトだけが、闇を照らす、唯一の光源となっている。
星が、異常に綺麗に見えたのだが、もちろん、二人にそんなものを見る余裕は、全く無かった。
現場に近づくと、つばめは、不安にかられていた。
先ほどの話からして、どう考えても、大宣も運動神経が良いとは言えないだろう。
つばめは、言わずもがなである。
そんな二人で救出に向かって、何か足しになるのだろうか。
不安な顔をしているつばめに、大宣は、救出だけなら、すずらんが全部やってくれるから、安心しろと声をかけた。
ただ、もし、拉致だとしたら、帰る足が必要である。
少なくとも、こんな山奥から、事務所まで、大人一人を運ぶほど、すずらんの充電容量は大きくない。
「おいおい。しっかりしてくれよ。元ミステリー研究会……」
つばめは、大きく深呼吸すると、自分の両頬を、手で挟むように叩いた。
まだ目的地まで、少し距離があるというところで、すずらんから、現地に到着したという連絡が入った。
カーナビに、物置小屋という感じの、小さなコンクリート製の小屋が、ぼんやりと映し出された。
「救出の判断ヲ、お願いしマス」
周囲の状況はと聞くつばめに、すずらんは、近くに監視していると思われる、建屋があると報告した。
熱量の感知によると、内部の人数は四人。
拉致で確定。
つばめと、大宣は、同時にそう感じた。
となると、北斗さんが乗って行った車は、いったいどこに?
つばめの質問に、すずらんは、しばらくお待ちくださいと言った後、現地からかなり遠い場所に、停車しているのを発見したと報告した。
車の自己診断プログラムによると、タイヤがパンクしているらしい。
そっちは、事務所に無事帰ってから、ゆっくり、すずらんに回収させようと、大宣が言った。
つばめも、大きく頷いた。
再度、すずらんが、救出の判断をお願いしますと、通告してきた。
でも、救出って、いったい、どうやるつもりなんだろう?
「手荒い手段を許可いただけるナラ、私だけデ、何とでもできマスガ」
今、何て言ったの? 手荒い手段って言った?
何、手荒い手段って。
まさか、鉄砲でも付いての、この子?
「窓ガラスを割り、音に気付いて見に来た犯人を、各個に襲撃しようと思いますガ、いかがでしょうカ?」
この子何言ってるのと、つばめは、大宣の顔を、まじまじと見た。
大宣が説明しようとすると、実行して構わないかと、すずらんが、三度目の、救出の判断を求めてきた。
大宣の説明によると、すずらんには、電磁圧縮式のエアライフルが付いているらしい。
それも、規格外の超強力な出力に改造されたやつなのだとか。
そんな玩具でどうする気なのと、つばめが聞くと、相変わらず、つばめちゃんは、機械工学に疎いなあと言って、大宣が笑い出した。
この非常時によく笑えるなと、つばめは、大宣を、キッと睨んだ。
つばめの、鬼の形相に、大宣もさすがに怯んだ。
銃弾の代わりに、その辺に落ちてる小石を打ち出すから、跡は一切残らないと、少し真面目に説明した。
いやいや、小石って……。
そんなの当たったって、痛っで終わりじゃん。
この緊急時に、まだそんな冗談を。
もし失敗したら、北斗さんは、確実に殺される。
それなら、今からでも警察を呼ぶべきな気もする。
「小石って言ったって、秒速百五十メートル程度で撃ち出すから、普通に体に食い込むと思うよ。形がいびつだから、命中は少し悪いだろうけどね」
すずらんを信じてあげてと、大宣は、つばめの肩に手を置いた。
つばめは、悲痛な顔をして、唇を噛んで、首を縦に振った。
じゃあ、すずらんには、つばめちゃんが命令してあげてと、大宣が、判断を促した。
「……すずらん、お願い。北斗さんを助けて」
つばめは、うつむいて、両手を組み、祈るような姿で、すがるような声で言った。
二人を乗せた車は、現地に向かってひた走っている。
どれだけ走っただろう。
ここまで、街灯が全くない漆黒の空間を、ヘッドライトの明かりだけを頼りに、ひたすら走っている。
その間、すずらんは、ちょうど良い大きさの小石を、拾い集めていた。
「作戦実行しマス。体力確保のため、通信、途絶しマス」
つばめと大宣は、祈るように、すずらんからの通信が、再度来るのを待った。
車が、現地近くで停車した。
ここより先は、山肌が露出していて、道が舗装されておらず、車では進めそうにない。
エンジンが停止し、ヘッドライトが自動で消えた。
しんと静まり返った、漆黒の山奥で、虫の羽音だけが鳴り響いている。
たまに、信じられない大きさの虫が、窓ガラスに当たり、つばめをびくりとさせた。
ここに停車して、何分が経ったのだろう。
未だ、すずらんからの返信は無かった。
やはり、失敗してしまったのだろうか。
大宣は、仮に失敗したのだとしたら、すずらんなら、何かしら、最後に信号を送ってくるはずだと、つばめに言った。
ただ、たった四人の犯人の撃退にしては、いやに時間がかかっている。
さすがの大宣も、余裕が無くなってきたらしく、時折、指の爪を噛んでいた。
大宣は、すずらんに、全幅の信頼を置いているようだが、いくら高性能と言っても、どこまでいっても機械である。
そこまで信用できるものなのだろうか。
つばめの疑問に、大宣は、すずらんは、そんじょそこらのAIじゃないと言い切った。
ある天才の組んだプログラムを、俺が完成させた、この世に二つと無い、超高性能AI。
そう、大宣は胸を張った。
「説明には、五時間くらいかかると思うけど、聞いてもらえるかな?」
今にも泣きそうな顔をしているつばめの心を、大宣は、何とかして、安らげようとしたのだろう。
その心遣いは、確かにありがたかった。
だが、色々間違ってる、そうつばめは感じた。
「……ううん、いい」
つばめは、そっと、大宣から顔を反らした。
また、時間だけが、いたずらに過ぎた。
すると、ふいに、大宣が、真っ暗な木々を指さした。
「ねえ、つばめちゃん! あそこ見て、誰かいる!」
やっと北斗さんが救出されたのかなと喜んだ。
だが、すぐに、もしかしたら、奴らに見つかってしまったのかもとも思った。
「いや、女の娘に見えたけど。あれ、いなくなっちゃった……」
大宣は、鬱蒼とした木々の、一か所を、目を細めてじっと見つめていた。
つばめも、周囲をキョロキョロと見渡すが、そんな娘の姿は、見えなかった。
……よく考えたら、こんな真っ暗で、鬱蒼とした木が生えてるだけのところに、女の子が一人でいるわけがない。
もしかして、また、私の心を安らげようとして、こんなことを言っているのだろうか。
ところが、大宣は、本当にそこにいたと、言い張っている。
「……ちょっと、大宣くん、そういう冗談やめてよね。ただでさえ、真っ暗で怖いんだから」
肝試しに来たんじゃないんだよと、つばめは、大宣に怒った。
だが、大宣は、そんなんじゃないと、言い張っている。
すると、真っ暗な木々の間を指差し、あ、いたと叫んだ。
ほら、あそこと言って、つばめに確認するように促した。
「嫌、嫌、嫌。聞きたくない、見たくない」
そう言うと、つばめは、涙目で、両耳を塞いだ。
大宣が、確認しようと、車から外に出ようとするのを、つばめは、必死に止めた。
通信が途絶え、一時間近くが過ぎた。
未だ、すずらんからの連絡は、途切れたままである。
さすがに遅すぎる。
すずらんの、夜間襲撃モードに対抗するには、それなりの戦力と装備が、必要なはずだから、充電さえ切れなけば、失敗はあり得ないんだけどなと、大宣が呟いた。
自分の腕時計を見て、さっきから、ぐっと減ってはいるけど、まだ、充電はありそうなんだけどなあと言って、つばめの顔を見た。
なんで、そんなことが言えるんだろう。
やはり、でかい玩具に、玩具の鉄砲が付いてるだけなんじゃないのだろうか。
真っ暗闇で、動かない物を、つばめちゃんは見えるの?
そういう聞き方を、大宣はした。
そもそも、ドローンが襲って来ているとわかるまで、一方的に、襲撃し続けられる。
そんなの、熟練の兵隊でも、なかなか対処できないと思う。
ましてや、ローター音まで切ったら気付く術は皆無だと思うと、つばめに説明した。
いまいち、大宣が何を言ってるのか、よくわからないが、そこまで理論的に言えるのなら、そうなのだろう。
とりあえずという感じで、つばめは納得することにした。
だとすると、もしかして、先生の身の方に何かあったのだろうか。
すると、これも、先生一人くらいなら、抱えて、ここまで余裕で飛んで来れると、大宣は説明した。
八十キロくらいまでなら、余裕で抱えて飛べるくらいの推進力があるのだそうだ。
え?そうなの?
それなら、毎回、夕飯の買い物袋とか、持ってもらえば良かった。
今度、遅刻しそうな時に、飛んでもらおうかな。
いつまで、学校に通う気なんだよと、大宣は思ったが、さすがに、つっこむのはやめた。
代わりに、下から見たら、色々見えちゃうけど、大丈夫なのと指摘した。
「……大丈夫じゃないかもしれない」
そんな間抜けな話をしていると、突然、車のエンジンが稼働した。
ヘッドライトは消えたままだが、車が勝手に、切り返しを始めて、来た道の方に頭を向けた。
二人は、座席に膝立ちになり、後方の暗闇を凝視した。
しばらくすると、遠くの方に、小さな光が見えた。
二人は歓喜し、車から降り、小さな光の方に向かって、用心深く歩き出した。
土がむき出しになった山道を、ふらつきながら降りてくる人影が、うっすらと見えた。
つばめは、足を止め、その人影を、しばらくじっと見つめ、それが北斗だとわかると、全力で駆け寄った。
「すずらんが助け出してくれなきゃ、朝には殺されるとこだったよ」
北斗は、すずらんに、弱々しく、手を振った。
脚を負傷しているらしく、すずらんから伸びたフックにベルトを引っかけ、体を支えてもらっていた。
さらに、すずらんは、前方に、道しるべのように、明かりを点々と灯し続けている。
「すずらんも、通信切れたままになっちゃうし、北斗さんも全然来ないし、私、心配で……」
つばめは、そう言って、ぽろぽろと涙を流した。
北斗の姿を見て、安心しきってしまったのだろう。
北斗は、心配かけて申し訳なかったと言って、つばめの頭を、優しく撫でた。
つばめと大宣は、北斗を支えながら、車の方に、ゆっくりと歩を進めた。
北斗は、両脚を引きずるように動かし、やつらに暴行を受けて、体中痛くて、ここまでくるのに、かなり時間を食ってしまったと言って、痛みで顔を歪めた。
三人が車に乗り込むと、すずらんは、車のボンネットに乗り、ローターを止めた。
車は、ヘッドライトを点灯し、急発進で走り出した。
「フウ。お腹ペコペコで、墜落するかと思いまシタ」
カーナビから、すずらんの声が聞こえた。
すずらんの話によると、四人を処理して、北斗を救出しようとしたところで、別の建物から、騒ぎを聞きつけ人が出てきてしまったらしい。
そこで、四人を別々の場所に移し、監視小屋に襲撃者がいるように見せかけ、突入してくる隙に、監視小屋を抜け出し、北斗を救出して、飛び立った。
だが、思った以上に、充電を消費してしまったようで、途中で、山中に着陸してしまったのだとか。
すずらんが、そこまで説明すると、北斗は、ご苦労だったね、助かったよと言って、労った。
「私ガ、毎日美味しいご飯が食べられるのモ、朝風先生のおかげですカラ」
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