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第1話 転校生つばめ

 教室の壇上に一人の少女が立っている。

隣では、担任の男性教師が少女を紹介している。


 少女の後ろの黒板には少女の名前が大きく書かれている。

黒板に書かれた名は『富士つばめ』


 黒く長い髪を編んで左肩から前に垂らしている。

背は低く、顔はかなりの童顔、前髪は少し長め。

制服は最近購入しましたという感じで、明らかにスカートの丈が長い。

明らかに似つかわしくない万年筆と思しき物が上着の胸ポケットに刺さっている。


 つばめは緊張の為か顔を俯かせ、両手で持った鞄を少し震わせている。

担任に自己紹介をと促されると、か細く震える声で富士つばめですと言ってぺこりと頭を下げた。


 男子生徒から冷やかしのような歓声があがる。


 担任の男性は男子生徒たちを黙らせると、つばめからの残りの言葉を待った。

だが残念ながら、どれだけ待ってもそれ以上の言葉は出てこなかった。

生徒たちの方を向いて苦笑いすると、つばめを、急遽用意したと思われる最後尾の席へ促した。



 担任が朝の出席確認をしている間、つばめは周囲を見渡した。

何人かの男子生徒がつばめを物色するような目で見ている。

目が合ってしまう人もいて、その都度思わず目線を下に落とす。


 生徒の数は三十人程度。

その中の一つは欠席なのか空いている。


 担任は欠席は赤羽だけだなと言って出席簿を閉じると、何点かの連絡事項を話した。


 そろそろ一学期の中間考査の時期だから各自準備を怠らないようにと言うと、生徒たちから、うわあという小さな絶叫が沸き起こる。

その『いつもの反応』が嬉しいのか担任はニヤリと笑い、点数が悪かったら夏休みに追試だからと生徒を煽った。


 最後にクラスメイトとして富士を受けいれて欲しいと言い残し、黒板の文字を消してホームルームを終えた。




 一限前の休み時間、つばめの机の前には人だかりができていた。

転校生を一目見ようと、教室の外にも生徒が集まっている。


 つばめはこれまでの人生で、これほどの人に興味を持って囲まれたという経験が無く、完全にあたふたとしている。


 どこから来たの、部活は何をやってたの、家はどこ、休みは何してるの、四方八方から質問が投げかけられる。

つばめは目線を泳がせると、あ、あ、としか返答できず、最後は俯いてしまった。


 女の子数人が照れてて可愛いと言うと、男の子たちも興奮して奇声を発して囃し立てる。



 一限が始まり始業のベルが鳴った。

だがつばめの周囲は、そんなものは聞こえないとばかりに人だかりができたままだった。


 そこに担当教師が入室してきて、黒板をバンと手で叩いた。


「お前らさっさと席に着け! もう授業時間始まってるんだぞ!」


 その怒声につばめの机の周りに集まった群衆は、渋々という感じで自分の席に帰っていった。



 転校最初の授業は英語。

担当教師はクラス担任の男性教師だった。


 当然まだ教科書なんてものは無く、担任の教師はつばめに、教科書が来るまで隣の子に見せてもらいなさいと優しく言った。


 右隣は男の子、左隣は女の子。

つばめが右側を見ると、男の子はにこりと微笑み教科書を見せてきた。

つばめもにこりと微笑むと、後退りするように左側の女の子の席に机を付けた。


 女の子は『日高(ひだか)志麻(しま)』と名乗った。


 中肉中背、髪は肩で切り揃えており、かなり真面目な印象を受ける。

顔はやや丸顔でやや垂れ目ぎみ、鼻もどことなく丸みを帯びている。

いわゆる狸顔という感じである。


 よく見ると髪の毛が少し跳ねている。

明らかに自分の容姿に興味が無い娘という感じである。


 日高はよろしくねと言って微笑むと、教科書をつばめの方に置いてくれた。

あちこちに書かれた小さな落書きが非常に気になったが極力見ないように心掛けた。


 ……真面目に見えたのは、どうやらただそう見えただけだったみたい。



 一限が終わると、また同じ教室の娘たちがつばめの机を取り囲んだ。


 つばめは、ごめんなさいと言って顔を赤くし席を立つと、教室から出て真っ直ぐトイレに向かった。

トイレに入るとつばめはふと何かを思い出し、万年筆を逆さにし個室へと入って行った。



 元々、つばめは社交的な性格では無い。

兄弟もおらず親戚も少なかった事から、むしろ内に籠っている。


 これまでこんなに人に囲まれるような事は無く、どちらかといえば教室の隅の置物のような学生生活を過ごしてきた。

転校生というだけでちやほやされる状況に戸惑いを隠せなかったのだった。


 でもこういうのも悪くは無いと少し頬を緩ませた



 午前中は休み時間の度にクラスメイトに机を囲まれた。


 彼女たちの興味はつばめが自分たちのグループに来てくれるかどうかだけで、別段つばめ本人にそこまで興味があるわけでは無い。

つばめとてこの歳まで女性コミュニティに接してきているのだ。

そんな事は百も承知である。


 質問は大きくわけて四つに別れている。


 コスメや色恋に興味があるというグループ。

ただ面白ければそれで良いというグループ。

男性アイドルに興味のあるグループ。

少女系の趣味に興味のあるグループ。


 本来のつばめの趣味は最後の少女系である。

だがいきなりそれを出すわけにもいかず、無難な回答のみをして半日を過ごした。




 お昼休みになり、周囲の席の女の子が一緒にご飯を食べようと言って机を寄せてきた。


 つばめは、ありがとうと言うと鞄から弁当箱を出した。

実に可愛らしい、つばめの雰囲気を現すようなピンクの弁当箱である。


 ただ蓋を開けると、周囲の子たちはキャッキャとした声を無くした。


 右半分の白米と梅干し、ここまでは良い。

問題はおかずで、里芋の煮物、金平牛蒡、ほうれん草の卵焼き、壺漬け。

全体的に渋い、なおかつ茶色い。


 お弁当、お婆ちゃんが作ってくれたのと、女の子の一人が若干引きつった顔で言う。


 つばめは何を言っているのという顔をした。

ごく普通の可愛いお弁当じゃないですか。


 今時このお弁当はやばいよ、別の女の子が言った。

止めなよ、この娘の家庭の事情があるんだからと別の女の子が言った。


 何で慰められないといけないんだろう?

それはそれで傷つくなあ。


「あの……これ、朝、私が作ったんだけど。そんなに変かな?」


 場はかなり微妙な雰囲気になってしまった。


 女の子の一人が、どうするのよと小声でやばいと言った女の子を責めた。

あんただって婆さんが作ったとか言ったくせに。

複雑な家庭の事情があるのねと一人が言うと、他の二人は、そうなんだねと乾いた笑いをした。



 その一件を皮切りに、つばめの机の女の子の訪問者は少し減った。


 それでも集ってくる訪問者の中には、複雑な家庭環境なんだってねと聞いてくる娘がいる。

そんな事無いよと一応否定はしたものの、相手の反応を見る限りこっちの話は信じていない感じだった。


 つばめの周りから壁が取り除かれた事で、今度は男の子たちの視線を感じるようになった。


 心なしかその視線は顔より若干下に注がれている気がしている。

それはそれでかなりしんどい。


 助けを求めるかのように隣の席を見たが日高の姿は無かった。




 初日の授業が終わりノートを鞄に詰め帰り支度をする。


 窓から外を見ると雨が降っている。

転校初日から雨なんてなんだかツイてない。

そう感じながら曇天の低い空を見上げた。


(すずらん、大丈夫なのかな……)



 鞄を持って椅子から立ち上がり、窓辺に行き外をぼんやりと見ていると、女の子が傘を忘れたのと声をかけてきた。

隣の席の日高である。


「ううん。そうじゃないけど、来た時は雨降ってなかったのになって」


 帰るまで雨持たなかったねと言って、日高も分厚い灰色の雲が広がった空を見上げた。

暫く見上げた後つばめの顔を見て、見てても止みそうにないから帰ろうかと言って微笑んだ。


 つばめは日高に転校初日の感想を言いながら靴箱に向かって歩いた。

残念ながらつばめにそこまで会話のネタがあるわけではない。

しかも天気デッキはもう切り終えてしまっている。

あっさりとつばめの話のネタは尽きてしまった。


 すると日高が家はどこかと聞いて来た。


 つばめの家はこの辺ではない。

何なら県すら違う。

今住んでいる場所という意味なら市内のとある建物の上の階である。


 もしかして一人暮らしなのと日高は聞いてきた。

朝担任が父親の仕事の都合と説明したのを、この子は聞かなかったのかな?

実際には一人暮らしみたいなものだったりするんだけど。


 今住んでいる場所の次は、以前はどこの学校にいたのかという話題になった。

前の学校という意味では県内だった。

だが故郷がどこかというと隣の県になる。

じゃあこの付近を点々としているんだね、大変だねと日高は微笑んだ。



 靴を履き替え傘を差し二人で校門へと向かう。

途中一度振り返り、校舎の屋上を確認した。


 屋上に何かが置かれていて、つばめが姿を確認した事に呼応するように一度白いランプを点灯させる。

それを確認すると、つばめは安心して校舎に背を向けた。


 日高はどうしたのと言って校舎を確認するように振り返った。


「これからここに通うんだって思っただけだよ」


 そうと言って誤魔化すと、日高はそうなんだと言って微笑んだ。


 日高の家はつばめの家とは逆の方らしく、校門を出るとまた明日と言って別れた。




 日高と別れ暫く歩いたところで、胸の万年筆からピピという音がした。

つばめは万年筆に向かって、どうしたのと語りかける。


大宣(だいせん)さんからのリクエストデス。今日の夕飯は棒棒鶏が食べたいだそうデス」


 はいはい、つばめは呆れ口調でそう呟いた。


「……棒棒鶏ってどんな料理だっけ?」


 つばめは少し歩くと万年筆に向かってそう呟いた。


 湯がいた鶏肉と細切りの胡瓜に胡麻だれをかける料理だと万年筆は教えてくれた。

それだけじゃちょっと夕飯のおかずには寂しいとつばめは独り言のように呟いた。


「ご一緒に餃子か焼売はいかがでしょうカ?」


 それ何だかハンバーガー屋さんの接客みたいとつばめは一人でケラケラと笑い出した。

残念ながら相手にはそういう話題は理解ができないようで、万年筆は、どういう事なのかよかったら解説してくれませんかと困惑気味に言った。

その言い方もつばめには面白かったようで笑いながら目に雫を蓄える。


「そうね。それに即席の鶏スープがあれば良いかな」


 そう呟くと帰路の途中にあるスーパーへと入って行った。

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