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僕は償えない  作者: いりこ
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藍香

 無事に有紗との帰宅する事が出来る…。

有紗と一緒に学校から出る時に、今日は悪夢が無かったとホッとした。学校内でも警戒し続けて1日過ごした。でも何事も無かった事に心を許し、有紗との会話に花を咲かせながら歩いた、こんなに平和なのは久しぶりだった。学校から下校する時には安心して楽しくお喋りして…以前の生活に戻ったみたいな時間だった。

 有紗の家の前で手を振り別れて、後は家に帰るだけ…と歩みを進めると、一馬がここで待ち伏せて居て突然目の前に現れた。藍香は安心し切って居た分、酷く落胆した。

 そして学校に向かって走ったが、防風林に隠れて居た諒我が藍香を捕まえた。健斗も防風林の陰から出て来て藍香を抑え込んだ。もがいても何しても身動き取れない。油断して居た…。今日も汚される…。帰り道のここにまで待ち伏せるなんて…。もう嫌だ…もう嫌だ…。その言葉も猿ぐつわで声を発する事が出来なくなった。

 藍香の身体を次々と人を変え、やり方を変えて卑猥で卑劣に弄びたいだけ弄び尽くされた。

 そして最後に侮辱するかの様に一馬からオムツを当てられた。

 やっと開放されて、藍香は3人の笑い声から耳を塞いで逃げた。いつもの登下校の後少しの道が走っても走っても進まない。次の電柱が見えて居るのになかなか届かない。家から歩いて2分の所にあるポストがこんなにも遠い。心労でフラフラになりながら、ひたすら走った。

「助けて…助けて…助けて…、」

誰に助けを求めて居るのか分からない。でも心が助けてと言う。身体はガクガク震える。やっと自宅が見えた。

 家に着いても涙が止まらない。もう普通を装う力も無い。涙を流しながら、母の

「どうしたの⁉︎ 」

と言う声も耳に入らず、フラフラと風呂場に行った。オムツを外し、怒りをぶつける様にゴミ箱に投げ捨てた。そして身体を夢中で洗い始めた。

「洗ってるのに汚れが落ちないよ…落ちてよ…綺麗になってよ…」

 何度も何度も洗って、更に擦り傷が増えた。

 母は、シャンプーとボディソープの減り方や長袖を着ている藍香の様子を見て、何かを感じて居た。泣きながら帰宅し、そして朦朧と浴室へ向かう娘を見て只事では無い事が起きていると疑う余地は無かった。そして藍香がシャワーを終えるのを待った。

 長く待った気がする…。浴室の扉の開閉の音がやっと聞こえ、藍香が服を着たであろう頃を見計らって脱衣所のドアをノックした。

「藍香、ちょっと入って良い? 」

……。

返事が無い。ゆっくり扉を開けて

「藍香入るわよ」

と脱衣所に入ると、涙を溢れさせながらうつろな瞳で長袖のギンガムチェックのブラウスを着て立ち尽くしている藍香が居た。

「藍香? 」

近寄る時にゴミ箱の中にオムツが入っているのが見えて、思わず目を見開いた。

「藍香、これ…一体何⁉︎ 」

と腕を掴んだ。その時に顔を覆って泣く藍香のブラウスの袖に擦り傷の血が少し滲んでいるのが見えた。

「藍香…この傷…! 」

思わず母は藍香の袖をまくった。無数の擦り傷が目に飛び込んだ。

 補充しても補充しても無くなるシャンプーとボディソープ、擦り傷、我が家には有る筈の無いオムツ…。母は全てを察して藍香を抱きしめた。藍香は

「私汚れてる。洗っても洗っても落ちない…。私汚れてる…私…私…汚れてる…」

と呪文の様に呟いた。藍香と母は抱き合いながら床に崩れるように座ってハラハラと泣いた。時を忘れて、日が暮れたのも知らずに…。

 父が帰宅した。玄関の鍵が開いているのに家の中が暗く不思議に思い、

「母さん、藍香? 」

と声を掛けてリビングの照明をつけた。 

 急に明るくなり、藍香と母は日が暮れて父が帰宅した事に気付いた。父は抱き合って涙を流している母と藍香を見て驚き、

「どうしたんだ⁉︎ 」

と尋ねた。母がゴミ箱に捨てられたオムツを震える指で差して父に見せてから、藍香の腕の擦り傷を見せた。父は眉間にシワを寄せて目を瞑って、現状を把握した。

「いつから我慢してたんだ? 」

と父が優しく問い掛けると、

「待ってて」

と藍香はノートを部屋から持って来て渡した。父と母がノートを開き読み進めると、酷いいたぶりの内容を明確に記されている文と涙でふやけているページを目の当たりにした。そして知らない所で藍香がどれだけの重荷を背負って居たかを知った。

「藍香…」

父が藍香に手を伸ばすと藍香は後ずさった。

「藍香? 」

藍香は壁の隅に迄行き、身体を丸めてうずくまり震えた。

「御免なさい…お父さんは悪く無いのに…。男の人が怖いの…。声も怖い…。怖い…。私 壊れるのかな…。怖い…怖い…」

 愛する娘が自分を恐れている…。狂おしく壊れそうな娘を自分は助けられない…。父は大きくショックを受けて、差し出した手を引っ込めるのも忘れて立ち尽くして茫然とした。

 母は 

「藍香、今日は寝なさい」

と部屋まで藍香を連れて行った。

「藍香、明日から学校は行かなくて良いからね」

母の言葉に安心して、嗚咽を上げて泣いた。藍香の嗚咽が響く家。父は自分の無力に涙が出て来た。

 母がリビングに戻ると、父はソファに座り力の無い顔で一点を見つめて居た。

「貴方は悪くない。悪いのは男子生徒達よ」

と母は声を掛けた。

「分かってるんだ…。分かってるんだ…。でも…済まない、今は心の整理が必要だ…」

「そうね…。私も…」

そして晩ご飯も食べずに就寝した。藍香も父も母も全く眠れなかった。

 父は朝方には心が決まった。

「藍香に近づけなくても助ける事は出来る」

と。そして藍香にラインした。

「お父さんは藍香の力になりたいんだ。今できる事は藍香の負担にならない事だ。藍香がリビングにいる時は、お父さんは別の部屋に居るように出来るから。必要な会話はラインでしよう。いつでも力になるから」

と。

藍香は涙を浮かべながら震える指で

「ありがとう…ごめんね。お父さんに感謝してるのに傷てけてしまう」

と返事をした。

「悪いのは藍香じゃない、あの3人だからな。心の傷を休めよう」

との父の言葉に奮い立ち、昨日の空き地での出来事をノートに記した。いつか…いつか…私が戦う事がある日の為に…。書く作業はやはり、あの忌まわしい出来事を再度思い起こさなければならない…。でも、いつか戦う時の武器になる様にと震える文字でペンを進めた。ノートは涙でまたあちこちふやけて居た。

 でもこれを書き終えれば更に記録する事はないだろうと、震える文字で書き上げた。


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