藍香
藍香は英文科を得意とする大学に通って居た。カナダへの留学も経験し、貪欲に英語力を身に着けていた。
大学で講義を受けようと着席すると隣の席に座った男子は、人を寄せ付けない雰囲気のオーラを出していた。ハーフと思われる隣の席に座った平川デイビッドのスマホに着信があった。通話をするネイティブて完璧で自然な英語が藍香の耳に入って来た。
藍香は留学で身に付けた英語が、教科書からだけでは学べない物もあり、ネイティブに話せる人と英語で話したいとずっと思っていた。
「綺麗なネイティブの英語ですね」
と話しかけると、
「そうですか」
とそれ以上触れて欲しくなさそうにデイビッドは返事をした。今は話しかけちゃいけないかな…と思い、藍香は
「とても羨ましいです」
と正直に思った事を言って会話を終えようとした。
するとデイビッドは少し驚いた様な顔を見せた。そこで講師が来て授業が始まった。
その後、藍香はデイビッドと同じ講義に出る事が度々あった。席が隣になる時に
「こんにちは」
と屈託無く挨拶する藍香を
警戒しながら
「こんにちは」
と返して来るデイビッドだったが、藍香がいつも警戒無く挨拶する様子を見て、
「君いつも気さくだね」
と不思議そうに話しかけた。
「気さく?そう? 」
藍香が笑うと
「大抵の人はハーフの僕の顔を見て好奇心を持つ。話しかけて来る人は、僕が日本語を喋るとホッとする。でも、ハーフって偏見は消えない。様々な場面で偏見が出て来る。君は僕の英語に関心があるけど、ハーフとかそう言う事に好奇心を抱いてる訳では無さそうで変わってるなと…」
デイビッドの短い話で色々あった中で生きて来たのが垣間見えた。
ただそこにまだ触れてはいけない気がして、
「変わってる?フフフ…そっかぁ。凄い前から お話したかったの。私カナダに留学したけど、日本に帰って来て気を抜くと折角学んだ英語を忘れてしまいそうで…。いつか都合が良ければ、英語で話し相手になってくれないかなあ…と思ってたの」
「僕はつまらないけど…僕で良いの? 」
「人の相性はそれぞれ。私の方がつまらなくて 飽きられるかも知れないわ」
と笑った。そして二人は時々英語で話す時間を持った。
ある日藍香はデイビッドに
「ホームステイ先だった家族にプレゼントを贈りたいの。何が喜ばれるかな? 」
と相談した。
「日本っぽい物が好まれるよ。富士山や歌舞伎、相撲、舞妓とか…。」
「そうよね〜。今度見て来る。手紙先に書こうかな」
と手紙を書き始めた。
そして手紙の最後にホストファミリーのお父さんお母さんに向けて、
「D ad and Mam,I love you anytime.」と綴った。
デイビッドはそれを見て
「君は普通に両親にI love you.と言えるんだね」と哀しげに言った。
「カナダにいた時にそう言う習慣だったから。素敵な習慣だったと思うわ」
「僕もそう思ってた…。いや、今も思うんだ」
藍香は不思議に思ったけど簡単に今解決出来る話では無いと感じて『何故?』とは聞かなかった。
「何故と聞かないんだね』
「何故って思ったけど、私が穿り出しちゃいけない。デイビッド君が話したい時に話すのが1番だからと思って」
と言うと、
「理解してくれようと…してるの?」 」
「と言うか私が理解して良いの?真っ直ぐそのまま受け止めないと。私が勝手に想像することでは無いから。デイビッド君はデイビッド君だから」
「そんな言葉初めて聞いたよ。不思議だね、君には話せそうだ」
そしてデイビッドは話し始めた。
「僕は、アメリカ人の母と日本人の父の間に生まれたんだ。父の仕事はアメリカと日本のあちこちに転勤する事が多くて、アメリカにいる時は家の中で日本語を話し、日本に居る時は英語を話して育ったんだ。
父も母もアメリカと日本の良い習慣を取り入れた生活をして居る。
だから我が家では普通に父も母も『I love you』と言うのも極普通の一つなんだ。
僕も幼い頃は普通に言ってたんだ。でも…日本で幼稚園に通う様になった時に、僕が母に『I love you』と言うのを見た友達が指差して笑ってさ。
それからクラスメイトは誰もそんな事言わないって事に気付いてからは…言えなくなった。
日曜日に教会に家族で行くから、友達は日曜日に僕を遊びに誘わない。いつも顔立ちの事、髪の色の事…そして母の事を聞かれる。一緒に遊んで居て楽しく無かったんだ。
そして、いつも『外人』と言われる様になる。
アメリカに居る時は『何故大切な家族にI love youと言わないんだ』と沢山の人に聞かれる。
何か保身に感じたんだ。アメリカに居る時だけI love you言う事が。周りの疑問を避ける為の方法の為に言うみたいで。心ないI love youを言うのが嫌だったんだ。
そして、日本の顔立ちも混ざって居る僕の顔、今度は父の事を言われ、人種差別意識の強い人には『J ap』と父の事を言われて悔しかった。父や母の事を悪く言うのは卑怯だと感じたよ。こんなに日本もアメリカも愛して尊重して居る両親を馬鹿にするなんてってね。
日本に居ても日本人として見てもらえず、アメリカに行ってもアメリカ人として見てもらえず…。すぐ転勤するから、親しくなる前に『外人』で僕は受け入れられる事なく引っ越す…。何か人間関係って面倒になってさ」
陰りのある顔でデイビッドは話した。
「理解され難い…残念よね、I love youって伝える事ってとても良い習慣なのに…。私はカナダで感動してホストファミリーにいつも言ってた。
デイビッド君のご両親は国を愛して、人間を愛して、家族を愛して、良い家庭にしたくて良い習慣を取り入れていたかったのね。
人を見た目や習慣で貶すのは浅はかよね。浅はかな事って人の誇りを傷つける…。結構罪深いと思うの。きっとデイビッド君だから耐えて来られたのかもね」
「そんな事ないよ。僕は弱いから浅はかさに振り回されたんだ。」
「弱かった時も有るかも知れない。頑張ってた貴方もちゃんと居るはず。頑張った自分を褒めてあげて。弱さは皆んな持ってるから。
浅はかなのも弱さ。何故人間は浅はかな批判するか分かる?人の劣った所を指摘すると自分が優位になった気持ちになるからよ。でも、貴方は浅はかにならなかった」
デイビッドが初めて少し笑った。
藍香とデイビッドは度々会って話す機会が増えた。藍香も古傷を持った身。デイビッドの陰があるのが、とても分かる。
そして藍香は自分のあ古傷の事を話した。デイビッドは胸をグッと絞られる感覚を感じながら 藍香のかつての痛みを受け止めた。
「君は立ち上がったんだね。どんなに努力をしたか想像できないよ」
と言って藍香に向かって頷いた。
痛みを分かる者同士…。自然と恋心を持ち、付き合い始めた。
デイビッドが人に心を許すのも久しぶりだが、藍香は恐怖心無く恋愛の気持ちを持てた事に、自分でも少し驚いていた。
手を繋ぐって…心も手も暖かい…。見つめ合うって…心を許すって…愛おしいって…何でこんなに幸福感に溢れるんだろう…。
私も恋をする事が出来たんだ…。恋愛にも、恋をする事ができた自分にも嬉しくてたまらない藍香だった。藍香の両親も、娘がボーイフレンドを作る事が出来る様になった成長を心から喜んだ。
そしてデイビッドは母にラインを送った。
「お母さん、いつもありがと。I love you.ずっと言いたかったけど… 色々な思いの中で言えないで居たんだ。大切に思っているのに…。いつも I love youと伝えたかったのに。ごめんね」
と。
「あぁ、私の愛する息子…。貴方のメッセージ、とても嬉しかったわ。
貴方はずっと転勤で、住む国も場所も変わってばかりで辛かったのは知ってるのよ。そして、そんな中でもお父さんや私を心から愛している事も知っているわ。
自分を責めないで。葛藤の中でも愛を失わなかった自慢の息子なのだから。 I love you.」
と返信が来た。そんなやりとりを藍香と共に喜んだ。




