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僕は償えない  作者: いりこ
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藍香

 父は、藍香が被害を訴える場を作ろうと考えを巡らせて居た。

 そこで刑事訴訟は不可能ではあるが、町長に藍香と父が思いの丈を話してみようと巡査に相談した。巡査は町長に連絡し、町長宅で話し合いの場を設ける事となった。

 約束の日に2年振りにこの小さな町に藍香と父は訪れた。父の運転する車窓からの景色は特に変わった所の無いかつての風景のままだった。のどかで自然豊かな見慣れた風景が目に入って来た。

 藍香はフラッシュバックを起こす事は無かったが、この美しい景色が目に入って来ると顔に陰りを落とした。


 町長宅に父の車が到着した。巡査の自転車が止まって居たので、巡査は到着しているのだと分かった。

 インターホンを押すと夫人が藍香と父を応接間に案内した。

 2年振りに会った町長は疲れ切った表情をして髪は乱れて意気消沈した面持ちで、以前の威厳は消えて居た。

 藍香の父が日記を差し出した。

「町長、当時娘が書いた日記です。被害の状況が事細かに書いてあります。読んでください」

 町長は無言でノートを手に取り読み始めた。息子のしでかした悪態、藍香の逃げたくても逃げれなかった苦痛、屈辱の気持ち、恐怖が事細かに綴られたノートを読み、我が子が何を犯したかを具体的に初めて知った。

 ノートに染み付いた藍香の涙の跡が、至る所にある。まだ14才の少女の悲鳴がヒシヒシと伝わるノートだった。

 町長は読み進めると、どんどん顔から力が抜け当時の息子がしでかした事態の深刻さに茫然となった。

「申し訳ない。息子が酷い事を…」

「町長、2回私が訴えようとしました。何故受け入れてくれなかったのですか? 」

藍香が真っ直ぐ見て、町長に向かって尋ねた。

「……。あいつは…息子は…化け物になってしまった…。どうしたら良かったのか…。必死で守ってやってたんだがな…」

「町長、私は苦しみから必死で立ち直りました。父も母も共に苦しみながらら私に寄り添って力を注いでくれました。

 その時町長は私達にお金を渡しに来ました。お見舞い金と言って。

 何故心ではなくらお金だったのですか? 」

藍香の言葉に町長は暫く俯いて黙った。

「……。息子を守りたかった。その方法しか分からなかった…」

呟く様な声を絞り出して話した。その言葉に父は言った。

「息子さんも被害者かもしれませんね。その時に父親がすべき事は、守るのでは無く、息子さんと向き合う事だったのだと思います」

「町長である以上、守らなければならなかったんです…」

「何を守るんですか?貴方の肩書きですか?息子さんは償う機会を逃して、どんな事をしても守られると学習してしまった。そして今の息子さんの状況が有ります。息子さんを拘置所に入る状況になるまでして守る物は何ですか?

 そして貴方の守りの為に、校長も教頭も巡査も、使命を全う出来なかった…。

 貴方が立場を守ろうとした事で、多くの人が苦しんだのです。そして娘は恐怖で学校に行けず、被害届けも受け入れられず、町中の噂に翻弄されたんです。そんな仕打ちを受ける謂れは無い中で、苦しみながらも頑張って来たんです。

……死んで逃げようとするな!生きて償え! 」父が初めて言葉を荒げた。

 町長は泣き崩れながら、土下座をした。

「申し訳ありませんでした。人間として…父親として…生きなおします! 」

と額を床に擦り付けた。

 2年の月日が経って初めて聞いた謝罪だった疲れ切った町長の表情と町長の謝罪は痛々しい限りだった。

 その痛々しさが町長の正直な思いでの謝罪であったと大切に心に受け止めて、藍香と父は帰路に着いた。

 訴えが通じた…。2年を経てやっと受け止められた。

 帰りの田舎道の景色は少しの懐かしさを感じる帰路となった。


 その後、一馬は少年院に入った。元町長は時々面会に行き、

「一緒に償おう」

と声を掛け、1人の父親となって一馬を見つめた。


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