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僕は償えない  作者: いりこ
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健斗と藍香

 藍香は高校生になってから、アルバイトを始めた。学校敷地から近くのカフェが勤務地だ。シスターと一緒にコンビニ迄行った時に見かけたカフェだが、経営する30代の夫婦がイタリアで仕入れた食器やカフェボード、ハーブや雑貨がお洒落に飾られた店だった。

 この店は店主の自宅の1階をカフェにした小さな店だ。

 店主と奥さんの間には3歳の娘さんが居て、保育所の帰りに店内を通って居住スペースへ行くのだが、いつも藍香に甘えてから2階へと行くのがルーティンの様だ。

 仕事を直ぐ覚えて真面目に働く藍香は店主夫婦にも可愛がられて、アルバイトは楽しい社会経験となった。

 

 部活もしながらのアルバイトや勉強、確かに忙しい。そんな生活を父と母の元で送れるのが嬉しくてたまらなかった。

 学校、部活、アルバイト、そして友達。飛び跳ねる様に出掛ける藍香を見て父と母も、大きな波が去って平穏を取り戻したのを大切に感じて居た。


 アルバイト先のカフェに藍香目的で通う客も居た。

 藍香は恋愛がまだ苦手だった。誘いの声を掛けられても静かに断って居た。プッシュの強い客には、店主が藍香の様子を察して

「藍香ちゃん彼氏居るからね〜」

と誤魔化して助けてくれて居た。


 そんなある日

「あのカフェに可愛い店員が居るらしいぞ」

と藍香目当ての男子高校生4〜5人が来店した。

「可愛い店員に声を掛ける」

のが目的なのは明らかだった。

「いらっしゃいませ」藍香が笑顔で席に案内してお冷とメニューを置いた。

 男子達は声を掛けさせようと、1人の男子を小突いて居た。

 お冷をテーブルに置き、

「ごゆっくりどうぞ」とお辞儀をして頭を上げた時、藍香は小突かれて居たのが健斗だと気付いた。健斗も藍香を見て目を丸くして固まって居た。その固まった健斗を見て 

「お前見惚れてんのかよ」

お他の男子達がからかった。

 落ち着いた生活を取り戻した中で、視界に入って来たかつての加害者…。不意打ちを喰らわない様に藍香は

「どうでもいい事に出来たら良い」

以前シスターが言った言葉を反芻し、その場を去ろうとした。その時

「元気そうだね」

と健斗が声を掛けて来た。

「はい、お陰様で」

と接客の為の笑顔で藍香は返し、会釈をしてキッチンの中に入った。

「どうでもいい」「どうでもいい」「どうでもいい」何度も反芻して、逆に恐れたり気にしたりしないで普通に働くと心に決めた。

 健斗は元気に働く藍香を目の当たりにして

『なんだ、もう元気じゃないか。僕があんなに後悔したり、自分を責める必要は無かったのでは」と気が緩んだ。

 注文を受けに来た藍香が一通り注文を復唱し確認した後、

「今どこの高校? 」

と健斗に聞かれ

「ごゆっくりどうぞ」

と礼をして藍香は質問に答えずにキッチンに戻った。

 出来上がった品物を持って行くと、

「陸上やってるの?」

と更に健斗は聞いて来た、

「伝票こちらになります」

と笑顔で置いてまた藍香はキッチンに戻った。

「健斗、あの子知り合いかよ」

「あっ、昔のクラスメイト」

「へぇ」

と会話が聞こえて来た。

会計の時、

「いやぁ元気そうで良かったよ」

お緩んだ気を顔に出して笑顔で声を掛けてくる健斗に、藍香は苛立が湧き上がるのを堪えながら、

「元気に幸せにしてます。もう貴方と関係はありません。私に前に現れないで下さい」

と接客の顔で静かに言った。気を良くして居た健斗は、藍香の言葉に罪が消える訳が無いと再度思い知らされた。

 そして、元気な藍香を見て、勝手に時が解決したと思っていた自分を恥じた。

 会計を済ませて先に店を出た男子達が

「健斗、美人と知り合いだったのかぁ。紹介してくんねぇかなぁ」 

等話ている中、最後に退店した健斗は心の中で

『もし樹理が 藍香と同じ目に遭ったら…確かに僕は死んでも許さないだろう…。なにをやってるんだ僕は…』と自分を責めた。


 次の日、学校に行くと昨日の男子達がカフェでの話をしていた。その話題が教室外にも広がり 樹理の耳にも入った。

 健斗も一緒に美人の店員目的でカフェに行き、健斗が店員に声を掛けた…。まるでナンパしたかの様な噂だった。

 樹理は由梨から聞かされた。

「ねぇ、健斗ナンパしたんだって? 」

「えっ? 」

「知らないの?美人の店員さんの居るカフェに男子達がワザワザ見物に行ったって。健斗だけが声掛けたって。会計中も話しかけてたらしいわよ」

「えっ?そうなの? 」

「樹理聞いて無かったの?ごめーん。でも、あなた達上手く行ってる? 」

「えっ、仲良くしてるわよ」

「で、付き合ってどれ位で肉体関係になったの? 」

「な、何? 」

「もしかして、まだ?うっそー!私が健斗と付き合ってた時は割と直ぐだったよ。大丈夫?あなた達」

 由梨の話で今迄幸せの中に居たと信じて疑わなかった樹理は猛烈な不安に突き落とされた。

 健斗は何も知らずに昼休み校庭で樹理が作った弁当を一緒に食べようと向かった。樹理は弁当を持ってもう来ていた。うつろな顔をしている。

「樹理、どうした? 」

「ナンパしたって本当? 」

目も合わさずに樹理の言った言葉は青天の霹靂だった。

「ナンパ? 」

「昨日カフェに行って美人の店員さんに健斗がナンパしたって聞いたの』

「えっ、ナンパじゃ無いよ。クラスの男子達に 『カフェに可愛い子居るから見に行こう』って言われて、断りきれなくて。それで『お前が声かけろ』って言われたから声掛けただけだよ」

「美人を見て声掛けに?何か不純な勢いだね。」

「まあ、そうだけど…」

「私なら断る。健斗に疑問持たせたく無いし、異性目的で出掛けるって聞いたら嫌だと思うから。そして、健斗だけが声を掛けたんでしょ」

樹理の直球に健斗は少し考えた。

「…そうだよね。樹理なら行かないよね。.…僕、うかつだった。ごめん、樹理を傷つけるつもりは無かったんだ。男子達が『声掛けろ』って言うから…。そしたらたまたま.昔の同級生で…。ナンパと言うより挨拶程度のつもりだけど…。確かに周りの男子は美人店員を見て…話しかけて…ナンパと思われてもおかしく無いよね」

健斗は項垂れた。

「貴方って、紅葉の落ち葉みたい…。赤く綺麗で人を魅了する見た目。でも風が吹いたら風に乗せられて、川に落ちたら川の流れに逆らう事なく流されて行く…。人の誘いに乗せられて、そのまま流れたんだ…」

 その通りだ…。藍香を傷つけた時も、一馬と諒我に流されたんだ…。僕は樹理の言う通り紅葉の落ち葉だ…。

「本当にごめん。樹理を本当に愛してるんだ。一緒に居たいんだ。悲しませるつもりじゃなかった…。ごめん」

「由梨に言われた。貴方達、まだ肉体関係になってないの?って。そんなのどうでも良いと思ってた。今もそう思う…。でも、由梨が『私が健斗と付き合ってる時は直ぐだった。』って言われて、ナンパの話も聞かされて…。不安で…私1人が健斗を好きなだけだったのかなって…。健斗は私の事遊びだったのかなって…」

「違う!違う!僕は樹理が側に居てくれて嬉しいんだ。樹理じゃないとダメなんだ!ごめん、傷付けて!」

樹理はサメザメと泣いた。不安がはち切れたのだろう。

「由梨はおちょくりたいだけだ。人の物が欲しくなる奴だ。だから由梨が肉体を求めて来た。プレゼントや物も貪る様に欲しがって人を振り回したいんだ。寂しい奴なんだ。だから肉体関係も安易に持って安心したがる。樹理の様に幸せが滲み出てるのが羨ましかったんだと思う。樹理、本当にごめん。もう流されたりしないから」

 樹理は 弁当を健斗に渡して

「ちょっとだけ考えさせて」

と後にした。

 樹理の居ない昼ごはん…。虚しい…。弁当を開けると健斗の好物がぎっしり入っていた。今朝も早くから作ってくれているのが伝わってくる。これを食べて『美味しい』と一緒に言って笑い合うのだと思って作ってくれたのだろう。

 もし樹理が僕の元を去ったら…。全身の力が抜ける思いだった。

 弁当をゆっくり味わって居ると、樹理の優しさが今は痛みに感じる。

 由梨の言い方とは云え、誠実な樹理には僕の行動は浅はかだっただろう。

 確かにナンパに見えるかもしれない。

 肉体関係が欲しい訳ではないのに、由梨とはあったと聞かされた樹理の思いを考えると…。

 健人の心も張り裂けそうだった。


 夜。樹理からラインが来た。

「私も健斗にキチンと話し聞く前に感情的になってしまったと思う。御免なさい。

でも、今度は流されないで。今回は許します」

と。

「樹理…。本当にありがとう。心配させてごめん。君と居たいから流されない僕になるよ」

と返信した。そして、樹理と幸せで居るには、僕は彼女に似合う誠実さが必要なんだと実感した。

『誠実』僕の中でそれを成長させていこう…。そう誓った。


 朝、いつもの様に樹里と駅で待ち合わせ、いつもと変わらなく足取り軽く学校へ向かった。

「今日の弁当オカズ何? 」

「秘密! 」

「待ち遠しいなあ」

2人で微笑み合いながらいつもの会話が進んだ。


 昼休み、樹理が2人分の弁当を持って健斗の教室に向かおうとした時、由梨が声をかけて来た。

「昨日、健斗と揉めてたよね。どうしたの?何で私に肉体関係は無いの?とか聞いたの?

 私は何回だったかなあ…健斗と…」

と樹理の心を揺さぶろうと捲し立てた。

 丁度樹理を迎えに行こうとしてた健斗がすぐ後ろまで来てるのを知らずに…。

「僕の大切な彼女に失礼な事言うなよ。樹理は僕の大切な人なんだ。お前が口出す話じゃ無い」

と由梨の後頭部から健斗の声がした。由梨の肩はビクッと上がった。そして見開いた目と口をポカンと開けたまま振り向いた。

 そんな由梨を置いて健斗は

「樹理、行こうか」

と声を掛けて校庭に向かった。

 樹理は嬉しそうに健斗を見た。『大切な彼女』その言葉を何度も噛み締めた。

 健斗は自分でも大切な人を守る事が出来た事が嬉しくて堪らなかった。

 そうだ、樹理は僕の大切で愛おしい彼女なのだ。


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