健斗
健斗は、逃げ場の勉強が功を奏して隣町の進学校に入学して居た。勉強に逃げて居た分、授業は苦痛では無く難なく着いていけた。
進学校に入って充実した学びを得るよりも、健斗にとっては有紗が別の高校に行ってくれた事が何よりも有難い事だった。有紗の見張る様な目線も無い。
諒我も一馬も違う高校、あの自分の犯した罪の関係者は居なくなった。
クラスメイトと話す様になり、日が経つにつれて『警戒』する事も少しずつ減って行った。
顔立ちが整っている健斗に女子の中で思いを寄せる子もチラホラ出て来た。そんな中、隣のクラスの斎川由梨に告白され付き合う様になった。
由梨は小柄で可愛らしい顔立ちをして居た。行動力や勢いがあり、健斗に告白する時も躊躇なく
「私の彼氏になって! 」
と首を傾げて顔を覗き込みながら言って来た。健斗は最初驚いた。だか由梨の可愛らしさと、上手く行っている高校生活に気を許し、
「あっ、うん、良いけど」
と、すんなり承諾した。承諾の言葉を言い終わる前に由梨は健斗の手を握って繋いで来た。由梨の屈託の無さに健斗はクスっと笑った。
由梨は噂が好きだった。この短い高校生活の中で、よくここまで情報を集めたと、健斗もある意味感心した。お陰で色んな生徒達の事を知る事が出来た。
由梨は健斗が相槌を打つ暇も無いほど一方的に話をしてくる。なので健斗はいつも聞き役だった。
そして由梨の家に行った時の事だった。両親が仕事からの帰宅迄まだ時間があった。
由梨は健斗にキスをして来た。そしてそのまま肉体関係を持った。
健斗は心の中で『なんだ、別にあの昔の事は関係無く僕は普通に出来るんだ……何を怯えて居たのだろう。』と胸を撫で下ろした。罪悪感に苛まれた日々が消えた。
恋人、勉学、憧れられての注目、それらの中で日々充実感を得て居た。
由梨は甘え上手でチャッカリして居る。デートの時はいつも健斗が全額払う事になる。そして服やアクセサリー、スウィーツ、様々な物をねだってくるのだ。
「あー、このバック可愛い!中も使いやすくなってる!どの靴でも服装でも合いそう…。ねぇ、健斗、私に似合うでしょ?ねぇ」
こんな調子で度々物凄い勢いで捲し立てられて 風向きを買わせる方向へ持っていく。高校生の健斗の財力では追いつかなくなって行った。
「この前もバック買ったじゃん」
一言言うと由梨はサラリとなかったことの様に手を繋いで来て、隠れた所に健斗を連れて行き健斗にキスをして誤魔化す。そんな事が続いた。
3ヶ月経つ頃には健斗も由梨の勢いに着いて行けなくなって来た。由梨も健斗の財布事情を察した様だ。アルバイトをして居て顔立ちの整った人気の男子を探し始めた。
それを察した健斗は
「フラれたとか、彼女が居ないと言う事が自分のステータスを低くする』そんな気がした。
そこで由梨から聞いていた噂で、合唱部でピアノ伴奏をして居る子『本川樹理が健斗を好きなんだって』と由梨が言っていたのを思い出した。
確実に彼女になってくれそうな人材…と思い 顔も見た事の無い本川樹理に告白する事にした。
健斗は合唱部の練習を覗くと、清楚でスラリとした長い髪が似合う大きな目で美人な子がピアノの楽譜を揃えて居た。
「あの子が本川樹理か、悪くないな」
練習が終わるのを待った。
終わってゾロゾロと合唱部員が出てきた時に 樹理を呼び止めた。
「本川さんですよね」
「はい」
「ちょっと話しさせて貰っても良いですか? 」
「は…はい」
2人で階段の踊り場迄行った。
「あの…話って…どんな.事ですか? 」
「僕、外田健斗と言います。僕と付き合って貰いたいんですが…。どうですか? 」
と健斗から告白すると樹理は口を手で覆いビックリした顔で頬を赤く染めた。
「私、外田君を好きだったんです…。私で良いんですか? 」
と、祈るように胸元で手を組み嬉しそうに答えた。
「うん。よろしくね」
「…夢見たい…。夢じゃない…よね? 」
「うん.夢じゃないよ」
プライドの為に企んだ事とは言え、由梨とは全く正反対の純粋な樹理に、健斗は正直少し戸惑った。
しかし、これで保険が出来た。健斗は1人になった時に由梨にラインで
「別れてくれ」
と送った。
「どうしてよ! 」
と直ぐに返信が来た。『私をふるですって⁉︎私がアンタをふる予定だったの!何様になったつもりなのよ!』と由梨の心の声が聞こえる様だった。
「もう無理だと分かってたんじゃないか? 」
「あっ、そう!私と別れるなんて絶対後悔するから!サヨナラ! 」
と返信が来た。樹理と云う保険もあり上手く事は運んだ。
その日の夜、樹理からラインが届いた。
「健斗君、甘い物は好き? 」
「うん、好きだよ」
「分かった。今日は嬉しかった。ありがとう。おやすみなさい」
と返信と共に可愛いウサギが枕を持ったキャラクターのスタンプが届いた。思わず由梨と樹理を比べて
「ジャジャ馬と忠犬、全く違うタイプだなぁ」
と思いながら
「おやすみ」
とついでにハートマークを送って置いた。ハートマークは無難かなと、忠犬を手懐ける思いで居た。
次の日、樹理と待ち合わせの駅の改札を出ると、樹理は嬉しさが溢れて照れ臭そうな笑顔で健斗を見つけて手を小さく振った。
健斗も少し足早に駆け寄り
「おはよう」
と互いに挨拶を済ませた。
「健斗君、あのね」
「ん?何? 」
「これ、食べて」
可愛い薄水色の袋にゴールドのリボンが飾られて居た。
開けるとナッツとチョコチップの入りのクッキーが沢山入っていた。
「えっ、これ手作り? 」
「うん。ヘルシーに作ってみたの」
はにかみながら話す顔立ちが可愛かった。
「ヘルシーって…どんな風に?」
「オカラを使ったの」
「オカラもクッキーの具材になるんだ」
と健斗は一個頬張った。
「あっ、美味しい。何個でも行けちゃうね」
と紙袋を樹理にも差し出し一緒に食べた。樹理も頬張りながら
「喜んでもらえて良かった」
と更にはにかんだ。
健斗は心の中で、そう言えば由梨からは、ねだられても何かくれるって事無かったな…。と思い返した。
忠犬って可愛いい物だな。
樹理と付き合う様になって、樹理の優しさや一途さやそのままの健斗を受け入れてくれる心地良さが、健斗を樹理に夢中にさせた。
一緒に居ると幸せで愛おしくて、優しい目が魅力的な樹理。側に居るだけで良い。樹理を大切にしたいとの思いが段々強くなる。
忠犬…そんな思いはいつしか、『大切な人』になって居た。
樹理が大切だからこそ肉体関係よりも、心を通わせて居たいと健斗は思った。藍香に味合わせた様な思いを樹理に経験させたくなかった。樹理が大切だからこそ怖かったのだ。
樹理自身は藍香と言う存在も、健斗と藍香にどんな過去があったのかは全く知る術も無かった。心が健斗と通って居ればそれで良かった。一緒に出かける時に手作りのお弁当を作り、笑顔で頬張る健斗を見るのが好きだった。
一緒に見る海、一緒に行った動物園、図書館へ一緒に行ってのテスト勉強、合唱部の定期演奏会に客席から拍手を贈る健斗が見える事…。
2人でいる事がとても自然で嬉しさが溢れた時間となって居た。




