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僕は償えない  作者: いりこ
23/41

藍香

 数ヶ月後、藍香は自分の身体に擦り傷が無くなっている事に気づいた。考えてみるとフラッシュバックも暫く起こって無かった。

 

 そんなある日、食堂の冷蔵庫が調子が悪くなっていた。修理に来た男性作業員に、藍香はグラスに注いだ冷たい麦茶をトレーに乗せて持って行った。

「どうぞ」

「あっ、お姉ちゃんありがとう」

男性作業員は乾いた喉に流し込む様に、ゴクゴクと一気に飲み干した。

「お姉ちゃん、美味しかったー。ありがとう」

とお盆にグラスを置いた。

「いえ、修理作業ありがとうございます」

と頭を下げて洗い場へトレーを運んだ時、藍香は自分が男性に恐怖を抱かずに接する事が出来た事に気づいた。

 そうすると、校外に出て自分が不安を抱かずに居られるかを試したくなり、コンビニ迄買い物をしてみようと思い立った。

 その日の夕食後、シスターに

「すみませんシスター、私校外のコンビニに買い物に行ってみたいのですが…」

と許可を申し出た。

「あら!勿論構わないけど…藍香さんは大丈夫? 」

心配と喜びが混ざった顔でシスターは答えた。

「今日冷蔵庫の修理にいらした作業員の方に、怖さを感じなかったんです。だから試してみようと思ったのですが…」

「もし差し支え無ければ、私も一緒に行きましょうか? 」

とシスターは提案した。

「お願いして良いですか? 」

「勿論よ! 」

藍香は財布と手提げの袋を持ち、シスターと出掛けた。

 久しぶりに出た学校敷地の外は、沢山の自動車が目の前を横切って居た。すれ違う知らない人達。私もつい数ヶ月前までは、こうやって街中を歩いていたんだ…。

信号待ちの間、藍香は横断歩道の向こうを見つめた。お洒落なカフェが向こうの通りで目立った。閉店作業を店員が慣れた手つきで行っている。エコバッグに沢山の買い物の品を入れた主婦、音楽を聴いている男子学生、仕事帰りの身なりの綺麗なOL、保育所のお迎え後のお父さんと坊や…。

沢山の生活が見えた。それぞれ皆んながくらしを営んでいる。責任や何かを皆んな持って生きて居る…そんな事を考えて居た。

 コンビニに着くと、

「いらっしゃいませ〜」

との店員の声に少しの懐かしさが湧いた。藍香はノートとシャープの芯と、なごみと自分の為の飲み物をカゴに入れた。

「藍香さん、なごみさんにお土産? 」

「はい。今日も宿題手伝わなきゃいけないだろうから」

2人はクスクス笑った。

 レジへ行くと、男性店員が

「いらっしゃいませ、こんばんは」

と会釈した後、商品をスキャンした。

「538円です。ポイントカードはございますか? 」

「いえ、無いです。」

「失礼致しました」

藍香は千円札を出した。

「こちらお釣りとなります」

お釣りを受け取るのに藍香は手を差し出すと、男性店員の手が少し触れた。

しかし昔のように何事も無く、ごく普通に買い物が終わった。店を出た時、シスターと藍香は達成感のある顔で目を合わせた。

「藍香さん、もう大丈夫ですね」

「はい! 」

「回復したわね! 」

「そう感じます! 」

2人は傷が癒えた事の喜びを味わい、何の変哲も無い景色を眺めながら寮に戻った。

 部屋に着いた藍香は

「なごー!お土産! 」

と満面の笑みでジュースを見せた。なごみは元気な顔で帰宅した藍香に、喜びを隠せず抱きしめた。言葉には出来ず、沈黙のまま数分歓喜を味わった。藍香の笑顔が回復した事を大きく物語っている。大切な同僚の回復に歓喜の涙が浮かんだ。

そして藍香のこの回復は、寮を出て家族の元に帰る日が近い事を意味していた。また、なごみも同様に寮を出る日が近付いていた。2人の同僚生活が終わる事の喜びと少しの寂しさとが入り混じる中

「ねぇなご、このジュースね」

「うん」

「宿題しながら飲もう! 」

と笑いながら言うと

「ひっどーい!宿題しないと飲めないの? 」

と感動して損したと言わんばかりに、なごみはふてくされた。

「じゃないと、未提出になるでしょ」

「嫌〜!現実から逃げたいー! 」

「じゃあジュースあげない! 」

「ごめんなさい!今取り組みます」

と、いつものコンビに戻った。


 藍香はその日、家族ラインに送ったメッセージは、

「お父さんお母さん、会いたい。ずっとお父さんには顔も合わせれなくて、罪悪感ばかりで…。

きっと昔のように顔を合わせれる気がします。会ってごめんねと言いたいです」

と綴った。

「元気になって来たんだね。良かった。良かった。本来の藍香に戻って来たんだね。大切な娘に会えるんだ…。お前は謝らなくて良いんだよ。悪い事はしてない。只々頑張ったんだから。回復傾向に喜びいっぱいです。父と母より」

と返信が来た。

 その後も時々外出をして、訓練を続けた。そして男性への恐怖心が出ない事が確信となって行った。

 

 数日後、校門からすぐ近くの小さなログハウス調の面会棟で、藍香は父と母に会った。父に会うのは何ヶ月ぶりだろう…。

 顔を合わせた父に対して恐怖心は全く湧かず、只々『大切な父』が目の前に居た。

 藍香は父に抱きつき

「お父さん…長い間御免なさい…。大切にしたかったのに…。悲しい思いさせてばかりで…迷惑ばかり掛けて…」

と言った。そして家族3人で抱き合って喜びの涙を流した。

「藍香、お前は悪く無いんだよ。辛かっただろう。よく克服したね。こんな明るい顔の藍香に会えて…お父さんは嬉しいよ」

 母が藍香を見ると、七分袖の服を着て傷の無い綺麗な腕になって居る事に気付いた。

「藍香、擦り傷無くなったね。綺麗な腕ね…良かった。本当に良かった」

 藍香は袖をまくって傷のない腕を見せた。父と母は以前の娘…いや、更に成長した娘を見て、あのトラブルの最中からやっと抜け出せて暗雲が遠のいて行く気持ちを噛み締めた。


 その後、藍香は寮や学校での生活での楽しかった事を話した。父と母は笑顔で話す藍香の声を、愛おしく聞き入った。

 面会棟は宿泊も出来るようになっていた。藍香と父と母は3人でここに泊まる事にした。親子水入らずの時間が当たり前の様に過ぎていく…。只々幸せを感じた。

 小さ目のキッチンで、母と藍香2人は夕飯を作った。

 そこで藍香が

「同僚のなごも呼んで泊まって良い? 」

と尋ねた。

「良いわよ」

なごみも急遽参加して4人で楽しい一夜を過ごした。


 この面会棟での楽しい一日は、藍香となごみが寮を去り家族の元に戻って暮らして行けると、更なる自信となった。


 そして1ヶ月程、藍香となごみは時々外泊をして、家から学校に通ってみる日を作り訓練をした。


 恐怖が湧く事なく、寮を出る事への支障は無いと判断され、同じ日に藍香となごみは寮を出た。

 シスターが2人に最後の言葉を掛けた。

「貴女達は良く頑張りました。もう過去は2人にとって終わった事になって居る様ですね」

 藍香が

「はい、終わった事です。同じ辛さを経験した人の力になる事が出来たらと思います」

 なごみも

「私も同じく思います。過去に振り回されず大切に生きて行きたいです」

と答えた。

シスターは語った。

「だから寮を出る事になったのでしょうね。

 イエスは十字架に掛けられて亡くなる前に『神よ彼らは何をしているのか分からないで居るのです。どうぞお許しください』と自分を十字架に掛けた人達の為に仰ったのです。

自分に仕打ちを与えた人を許す…簡単な事では有りません。

 イエスは私達にも『許しなさい』と仰います。貴女達に害を与えた人を今『許します』と言ったなら、貴女達を危険に晒すでしょう。

 貴女達の『許す』に代わる物は、『忌まわしい過去を捨てる、忘れる事、どうでも良い事にする』と言う事です。

 その辛く重い過去が心にのしかかると、喜ぶ事も幸せを感じる事も、友を愛する事も、どんな幸せも、その素晴らしさを感じる事の妨げになるでしょう。

 忌まわしい物は捨てて沢山幸せを心から喜んで生きて行けば…沢山感謝していれば、忌まわしい過去は『人の痛みや尊さ』を理解する強さに変わります。

 貴女達は、傷を癒してイエスの言われた『許す』が出来たのでしょう。沢山の喜びを受け止めて平和を作る人間に成長しました。

貴女達がこれからもずっと、憎しみを持つ事なく喜んで暮らす事をイエスは望まれてます。これからも平和を作って行って下さいね」

「はい!」

2人は声を揃えて答えた。

「シスター、時々シスターに会いに着て良いですか? 」

と藍香が言った。

「勿論よ!歓迎するわ」

 なごみが、

「ハーブティーも飲みたいし」

と言うと

「自慢のハーブティー用意しておくわね。来年も寮の庭にカモミールを植えなくちゃ! 」

「シスター、お世話になりました」

2人は頭を深く下げて手を振りながら、寮を後にした。

 シスターも見えなくなるまで手を振った。


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