葵
数日後の夕方だった。どしゃ降りの雨が朝から降る中、るかがコソコソと寮に戻った。いつもの威張る様な姿とは違い、背中を丸めていた。すれ違う寮生も気になったが、皆んなそっとしておいた。
シスターも異変を感じ、るかが部屋に入った時にノックをした。
「るかさん…るかさん…。開けるけど良い? 」
「えっ、あっ…」
シスターがドアを開けると、るかは小さな仔犬の身体を拭いていたのを慌てて隠そうとした所だった。突然隠された仔犬はビックリしてキャンキャン鳴いた。
「お願い、静かにして! 」
るかは慌てた。そしてシスターに見つかってしまった仔犬を取られまいと抱いて背を向けた。
「るかさん、その子は…」
「お願い!捨てられてたの!このまま雨に打たれてたら…風邪ひいて死んじゃう!私よりも生きる術が無い子なの! 」
るかは更に必死に仔犬を守る様に背中を丸めた。シスターは只、優しい声で声を掛けた。
「るかさん、ここの寮生の空きがまだ有るの知ってるわよね。寮生になるなら状況を知らなくてはいけないわ。その子を見せてくれる? 」
「えっ…」
シスターの言葉に驚いた。きっと捨てられるに決まっていると思っていたからだ。
シスターは笑顔で両手を差し出している。るかは様子を伺う様に恐る恐る仔犬を差し出した。
シスターが仔犬を抱き上げてる間、るかの鼓動は怯えてドクドクと音を高く鳴らした。
仔犬の鳴き声を聞いて、寮生達も集まって来た。大事になり、るかは捨てられそうな事になったら飛び付こうと身構えた。
「うーん、女の子ね…。女子で、困り事があるなら…入学を妨げる理由は何も無いわね。るかさんのお部屋で一緒に暮らして貰って良いかしら? 」
シスターはそう言って仔犬をるかに戻した。るかは仔犬と暮らせる許可が出た事でキョトンとした後、仔犬を抱きしめた。
「同僚さんに色々教えてあげて下さいね」
とのシスターは笑顔でるかに言った。
「はい!」
るかの生き生きとした目を寮生もシスターも初めて見た。仔犬を見た寮生達は
「えっ、可愛い! 」
「小さいわー」
と仔犬を撫でた。仔犬に触れる事をるかは咎めなかった。むしろ受け入れてくれる事を初めて実感し、感謝の気持ちが湧いて来た。
「るかさん、事務手続きでその生徒さんの名前を知りたいのだけど…。葵さん?瑞稀さん?伊吹さん?教えてくださる? 」
シスターが尋ねた。1人の寮生が
「えー、もっと素敵な名前にしようよ〜。アリスとか〜」
と言うとるかは
「シスター、仰る通りこの子は葵と言います。ありがとうございます。よろしくお願いします」
と頭を深々と下げた。
「そう葵さんね、分かりました。何か必要な事があったら いつでも言って下さいね」
「はい! 」
るかの目は感謝で涙が溢れそうになった。その涙を必死に引っ込めた。
「何でアリスじゃ無いの〜? 」
と言う寮生にるかは
「シスターはこの子が男の子だと分かってたの」
と説明した。
「ええ〜‼︎ 」
寮生はビックリして声を上げた。
「この子を追い出さない為に理由付けて、女の子と断言してくれたのシスターは。そして、男の子でも女の子でも可笑しく無い名前を言って『男の子と分かってる』事を知らせてくれたの」
るかの言葉で寮生達はシスターの計らいを初めて知った。
るかの抱く葵に
「葵ちゃん、よろしくねー」
と皆んなで撫でた。るかは自分で心の鍵を開けた事に、少し戸惑いを感じた。それと同時に自分が温かく見守られている事に気が付いた。




