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僕は償えない  作者: いりこ
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藍香

 学校での寮生活も慣れて来た。学校に行けない間も予習をしていた事もあり授業にも付いて行けた。

 ある日昼休み後に体育の授業があり1000m走を行った。藍香は順番が来る前にかつての癖でストレッチをしていた。

「藍香さん足速そう.…」

クラスメイトが言った。

「それほどでも無いのよ。元々走るのは好きだけど暫く走って無かったの」

 藍香のTシャツから出ている腕、ジャージのハーフパンツから伸びるふくらはぎに擦り傷がビッシリと有る。しかし学校内では誰も気に留めなかった。

 この学校から一歩出れば、擦り傷を見た人は目を伏せるか興味本位にチラチラ見るだろう。藍香も傷が見えない様に長袖を着ているのだと思う。でも長袖を着て街中を歩いたら

「この暑さの中で長袖? 」

とやはり目立つだろう。この学校の敷地内はその様な『他人の目』を全く気にしなくても普通に暮らせる。

 藍香は偏見と言う窮屈な物が無い中での、久しぶりの走りにワクワクしていた。

 先に走ったクラスメイトは皆んな息切れして座り込んで水分を摂って居る。

 藍香のグループが走る順が来た。教師のホイッスルの音と同時に走り始めた。以前と同様にグラウンドの土のの香りと風が頬や首を撫でていくのを感じた、

 意外と身体は走りを忘れていなかった。少しペースを上げてみた。更に風を切って行くのを感じる。リズムに乗ってどんどん進んで行く。心地良い汗が流れて風が冷やす。自分の走る速さで景色の流れ方も変わる。

 何て楽しいのだろう…。私、走るのが好きな事忘れていた…。気付くと1000mをゴールしていた。

 クラスメイトがバテて居る中、藍香は息を整えストレッチをして、自分の忘れていた宝物を見つけたかの様な喜びに包まれた。

「藍香ちゃん速いね。選手みたい」

クラスメイトの言葉に 

「ただ走るのが好きなだけなんだ。試合じゃ入賞出来ない事もしょっ中あったから」

 ここへ来るまでは自分を責めてばかりいたが、

走る…ただそれだけでこんなに心が弾む…久しぶりに味わった喜びだった。

 しかし学校外なら擦り傷を隠す為に、コソコソと人の居ない時間に走ってただろう。何も気にせず走る…。それが出来るのは、この学校内だからだと改めて思う。自分にはその場が与えられたのだ。何と恵まれて居るのだろう。

 外部に出たら…いや、今はそれは考えないでおこう。元気を取り戻すためにここに来てるのだから、喜びを素直に噛み締めよう…と藍香は心の中で考えていた。


 藍香は学校の授業が終わり、寮に戻ってから再び走る為にランニングのTシャツとショートパンツに着替えた。そして愛用のランニングシューズを久しぶりに出した。

 自分のシューズを感慨深く見つめた。靴に足を入れ紐をギュッと締めると、心はグラウンドに向かって居た。

 事務所のドアをノックし、顔を出した。

「シスター、ランニングをしにグラウンドに行ってきます」

「そう、行ってらっしゃい」

シスターは藍香がワクワクして居るのを察した。手を振りながら藍香がホッとした思いや喜びを味わっているのを、嬉しそうに微笑んだ。

 寮の玄関を出た藍香は、待ちきれない様にストレッチをその場で走り始めた。

 あぁ、風が気持ち良い…。ここの中では私は自由だ。風を身体で感じて…空気を思い切り吸って、好きなだけ開放感の中に居る事が出来る。走り続けて鼓動が上がってくる。懐かしい感覚…。走る…好きなだけ…この前までの暗黒でうずくまってしまった分を取り戻す様に…。爽快な思いで満足するまで走り、ストレッチをして身体中血液も流れを加速させているのを感じ取りながら汗を拭いた。

 寮に戻り部屋に入るとなごみも帰って来ていた。

「居ないと思ったら、走りに行ってたんだ!うわー、オリンピック選手みたいな顔してる〜! 」

「オリンピック⁉︎ハハハ…すっごく楽しかったの。こんなの久しぶり」

なごみはやはり藍香の擦り傷は気にせず、藍香の嬉しそうな様子の方が重要な様だった。

 2人でシャワーをしに行っておしゃべりを楽しんで居ると、藍香は自分の身体を普通に洗って居ることに気付いた。

『私…あの汚れをこそぎ取ろうとするの忘れてる…』

 1人用ずつに区切られているシャワースペースの壁の向こうに聞こえるように声を高くして藍香は言った。

「なご!私身体を普通に洗ってる!擦り傷付くほど擦ってない! 」

喜びと驚きで、なごみに伝えずには居られなかった。

「藍香ちゃん!本当⁉︎本当に⁉︎良かった!本当に良かったよー! 」

2人はシャワー室の壁を隔てて飛び跳ねて喜んだ。

 あの傷つけられたショックから少しは脱皮出来たのかも…これからも脱皮を繰り返すのだろうと藍香は期待した。

 そしていつもの食事、予習、なごみの宿題の手伝いをしていた。

 ふと藍香の心に不安が顔を出した。一度顔を出した不安は広がって行く。涙が溢れ始めた。何故だろう…。こんなに平和な1日を過ごして居たのに…。

 なごみは、今愛香を抱き締めてはいけない事を悟って手を握った。

「なご、ごめんね。安心してたのに…こんなに良い人に囲まれてるのに何でだろう…」

「私もそうだったよ。心に疲れが残ってる人は嬉しい事も疲れる時があるの。大丈夫よ皆んなそれを経験してるから。シスターの所に行こう」

なごみは藍香を事務所に連れて行った。なごみがシスターの部屋をノックすると、

「はい、どうぞ」

とシスターが扉を開けてくれた。藍香の様子を見て、シスターは藍香をそっと部屋に招き入れた。

「なごみさんもハーブティー飲んで行きましょう」

藍香が心を許すなごみが今は必要と、シスターは察した。

「何か辛くなったのね」

シスターは優しく藍香に語りかけた。

「御免なさい…親切にして頂いてるのに…。不安になる要素等ここには無いのに…」

と涙をこぼす藍香に

「思い切り泣いて良いのよ。貴女の心が毒素を吐き出したいのよ、きっと。涙は心の悪い物を洗い流してくれるわ。だから思い切り泣いて良いのよ」

その言葉を聞いて、藍香も知らなかった心の蓄積が嗚咽と共に溢れ出した。思い切り泣いている間、シスターとなごみは優しく側に居て藍香の背中を撫でた。

 藍香の涙が治ると、シスターはカモミールのハーブティーと手作りのチョコチップクッキーを用意した。

「このカモミールティー、私が種を蒔いて植えて育ててお茶にしたのよ。クッキーに合うの。一緒に頂きましょう」

夏ではあったが、温かいカモミールティーを飲むと心の緊張がほぐれて行った。

 藍香もなごみもシスターも『はぁ』っと同時に息を吐いた。3人は息の合った吐息に笑いが込み上げた。

「シスター、なご、ありがとう。本当に涙を思い切り流すと気持ちが晴れ晴れしますね」

「そう、良かった。カモミールは安眠を誘うのよ。温かみが消えない内に眠りに着くと良いわ」

「はい」

藍香がお辞儀している間に、なごみはクッキーをくわえて「シスター、おやすみなさーい」

と手を振った。思わず3人で笑いながら手を振り、藍香となごみは部屋で就寝した。


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