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僕は償えない  作者: いりこ
18/41

寮生活

 月曜日になり、藍香と母は学校の寮へと大きなスーツケース2つに荷物を詰め込んで訪れた。

 シスターは、寮の庭の花に水をあげていた手を止めて笑顔で藍香と母を歓迎した。

「お待ちしてましたわ藍香さん。さあどうぞ」

手を広げ優しく受け入れる様子に、藍香と母は少し安堵した。

 シスターは寮の玄関を入り、まず2階の事務室に案内した。

「ここに大抵私達スタッフが居るの。用事がある時、体調が悪い時、心が辛い時、話がしたい時、嬉しい事があった時、いつでも来てね。この部屋はこの学校の生徒全員の為にあるのよ」

と藍香に微笑みながら言った、

「はい、ありがとうございます」

「荷物の準備で疲れなかった? 」

「いいえ、大丈夫です」

かしこまりながら藍香は答えた、

「そう、良かったわ。何か足りない物が有ったら、貸し出せる物も結構有るのよ。だから遠慮なく言ってね。お母さんに持って来て貰っても勿論良いのよ」

 そんな会話をしながら寮の中を案内された。寮生同士理解し会えたり助け合える様に、似た様な事情を抱えている生徒をそれぞれの棟に集めている形の様だ。

 掃除、料理、食事の片付けは基本生徒とシスターが一緒にやっていると説明を受けた。

 そしてシスターはとある部屋の扉の前で止まり

「藍香さん、貴女の部屋がここになるわ。同僚が1人居るの。仲良くしてあげてね」

と微笑んで部屋の扉をノックした。部屋から

「はーい」

と明るい声が聞こえた。扉が開いて出て来た少女は屈託の無い笑顔

「野城なごみです。宜しくね。シスターから聞いてるの。板橋藍香さんね。私の事『なご』なごって呼んでね」

なごの顔を見て、藍香と母は少しホッとした。

「宜しくお願いします。色々教えて下さい」

「うん、教える教える!だから宿題助けてね」

となごみが答えると、藍香と母はププっと吹き出した。

「また、宿題サボろうとして! 」

シスターが薄っすら笑いながら、なごみを睨んだ。

「えへへ」

なごみは舌をペロッと出しておどけた。

そして 

「この藍香ちゃんの荷物、部屋に入れて良いのよね」

と運んだ。

「あっ、ごめんなさい。重たいのに」

「大丈夫大丈夫!」

藍香はTシャツ姿のなごみの腕にリストカットの後がいくつも残っているのに気付いた。しかし隠すでもなく、気にせず明るく過ごしてる様子を見て、なごみが今笑顔で居れる様になるまでには多くの事があったのだろうと察した。だがそんな事を感じさせないなごみ…。自分もそうなりたいと藍香は思った。

 そして、藍香は寮の玄関まで母を送り

「心配掛けてごめんね。私、きっと元の自分を取り戻すから」

「うん、藍香なら出来るわ。何か必要な物があったら連絡してね。時々来るから」

と手を振り合った。

 藍香が部屋戻るとなごみは

「ポテトチップス一緒に食べよう」

と袋を開けた。

「あ、ありがとう。頂きます。そう言えばチョコあるの。食べる? 」

「食べる食べる! 」

2人でお菓子を食べながら微笑みあった。

「藍香ちゃんの趣味って何? 」

「趣味…」

少し藍香は考えた。そう言えば自分を守る事に必死で、趣味等遠ざかっていた事に改めて気付いた。そして思い出した様に

「以前は運動が好きで部活も陸上やってたの。でも…最近はやってなかったなぁ」

と呟くと、

「私の趣味は音楽聴くのが趣味。でも、しばらく聞けなかった頃あったよ。今は聞いて楽しんでるけどね。もう気付いてると思うけど、ほら」

なごみは古いリストカットの跡だらけの腕を差し出して見せた。

「これって腕の傷かもしれないけど、心の傷なのよ。普通の傷は隠さなくても良いのに、この傷って隠さなくちゃいけないと普通思ってしまう。でもね、ここでは皆んな痛み持っててね、心の傷もフラッシュバックも過呼吸も、皆んなが理解して寄り添うの。だからホッとするの。そのままの自分で良いんだって」

と笑顔で言った。

そのままの自分で良い…。今まで自分の病んでいる心を公にするとは想像も付かなかった藍香は、自分が背伸びせず、隠さずに暮らして良いと思いもよらない言葉を聞き肩の力が緩んだ。そしてブラウスの長袖をめくり、擦って出来た擦り傷を自分からなごみに見せた。

「私はまだまだ。この擦り傷と心の傷に捕われてる…。なごみさんみたいに笑っていられる様になるかな…」

「辛かったんだね…でもね治るよ勿論。焦らないで。傷の深さは皆んな違うから。藍香ちゃんの人生はこの傷だけじゃ無いから!喜びも沢山あるはず…ってシスター達皆んなに言うけど、本当にそうだと思う」

2人はクスっと笑った。藍香の心の扉はなごみに向かって開けられた。


 夕方の4時頃、シスターが

「晩御飯の準備をするわよ〜。出来る人は手伝って下さいねー」

と呼び掛けながら廊下を歩いていた。

「晩御飯の準備? 」

藍香がなごみに尋ねた。

「うん、部活とか何かの用事がない人や、体調が悪くない人は皆んなでご飯を作るの」

藍香はなごみに連れられて調理場に行った。レタスを洗いちぎって居るのは片桐葉月だった。葉月は刃物で脅された時からまだナイフや包丁は使えない。でもスライサーは使える。

 ニンジンをスライサーで細い千切りにして、レタスの上に散りばめて、ツナを乗せ サラダを完成させた。

 藍香はワカメと豆腐を使って味噌汁を作った。シスターが 

「あら美味しそう。味見して良いかしら? 」

と声を掛けた。

「お待ちください」

と小皿を用意して味見用に盛り、シスターに

「どうぞ」

と渡した。

「ありがとう。…ダシが良い香りね。美味しいわ」

と微笑んだ。

「良かった…ありがとうございます」

ここに来て自然と心が解れて、微笑んで居る事が多い自分に藍香は気付いた。

今日は警戒心が尖らない…。久しぶりかも知れない…。

 西本るかは高校生。無言で唐揚げを揚げていた。その横には揚げながら作り上げた胡麻和えがあり、るかは洗い物も手際良く始め、時々唐揚げの様子を見ていた。

 藍香は洗い物を手伝おうと近づこうとした時シスターが、

「藍香さん、林檎の皮剥き手伝って貰って良い? 」

と少し離れたテーブルから声を掛けた。

「はい。今行きます」

シスターの隣に座って藍香も林檎を剥き始めた。

「これ、デザートよ。藍香さんはどんな剥き方が好き? 」

「どうやっても良いんですか? 」

「ええ、勿論よ』

藍香はウサギの形に林檎を切った。

「フフフ…お母さんお弁当にウサギさんの林檎を入れてくれてたの? 」

とシスターが聞くと

「はい、いつも最後に食べてました」

「あら、藍香さんケーキのイチゴは最後に食べるタイプ? 」


「そうなんです。最後の楽しみに」

と和やかに林檎を切り進めた。その時シスターがそっと話し始めた。

「藍香さん、るかさんの人を寄せ付けない雰囲気を気にせず手伝いに行ってくれて、優しいのね」

「いえ、1人でいっぱい作業していて気の毒になって…」

「そう…るかさんはね、1人で何でもやろうとするの。今の高等部を卒業して寮を出たら帰るところがないから…。だから1人で生きる力を付けようと必死でね…。誰も寄せ付けずに鎧を着けて、戦う準備をしているの。許してあげてね」

と、るかの事を説明した。

「そうなんですね…」

藍香は自分以上に傷付いて居たであろう人もいる事に気付いた。

「でもね、人間の中で『私が1番辛い』『私が1番幸せ』『あの人が不幸だ。』『あの人が幸せだ』とかは簡単に決められないのよね。人間皆んな 喜びも悲しみも有るのは同じ。辛さや喜びを比べるのではなく、理解し合うことが大切なのよ」

シスターの言葉で自分が恵まれている事、自分を待つ両親がいる事を改めて考えていた藍香は、心を全て読み取られて居た事に驚きを隠せなかった。

「藍香さんは正直ね〜、そんなに驚いて。皆んなるかさんを見た時にそう思うのよ。違いは、『可哀想』と思うか『私の方がマシ』と思うか『るかさんに何があったか』と探りたくなるか…色々反応は有るけど…、藍香さんの反応は優しさが有る反応ね」

シスターは決して攻めるわけで無く、平和に過ごす方法を藍香に教えた。

 そうこうしていると夕飯が出来上がった。

「さあ、今日も皆さんの協力で素敵な食事が出来たわ。食事の祈りをしますね」 

シスターの『食の糧がある事、生徒達が力を貸してくれた事への感謝』した祈りの後、皆んな食事し始めた。

 和やかな雑談を交えた雰囲気の食事の中、るかは1人見えないベールを作るかの様に1人黙々と食事を済ませた。その後食器を洗って部屋に戻ろうとした。

「今日も美味しく作ってくれてありがとう」

シスターの掛けた声にるかは横目でチラッと見て無言で扉を閉めて食堂を出た。

 その後再び和やかに食事は進み、寮生とシスターで後片付けをして終了した。


 藍香となごみが部屋に戻ると

「藍香ちゃん、宿題あるんだけど…教えてくれる? 」

となごみが声を掛けて来た。

「私で分かるかな…」

2人で机に向かった。なごみの出した英語のプリントは藍香には簡単な物だった。説明をしながら藍香が答えを導き出すと、なごみは答えを丸写しした。

「えっ、なごみさん教えてって言ったのに答え丸写ししてるだけじゃ無い‼︎ 」

「あー!なごみって呼ばないで、さん付けしたー‼︎ 」

「そう言う事じゃ無くて!やり方を覚えようよ! 」

「無理ー!日本語だけ話して生きて来たんだもん‼︎ 」

「こらー!なごー! 」

「あっ、なご⁉︎いいねいいね!もう一回なごって呼んで! 」

藍香は思わず吹き出して笑って、

「なご、学びなさい! 」

「学ばないよ〜! 」

となごみは戯けた。

そんなやりとりをしている時、廊下から嗚咽と付き添っているであろうシスターの声が聞こえた。

「心配無いわ〜。さあ、いらっしゃい」

事務所にシスターが連れていっているようだ。

「葉月ちゃん、フラッシュバック起きたのね…」 

なごみの戯けてた顔が切なそうな顔になった。

「私もここに来たばかりの時はフラッシュバックしまくりでね。その度にシスターの部屋に連れてって貰ったの…。他愛の無い話をするだけで、フラッシュバックで固まってた恐怖から解放されたり…。それでもダメな時は頓服飲んだり…。それでもダメならシスターは優しくひたすら側に居てくれるの。これは貴女が頑張って来た証拠よ。って。一晩寝ないのにずっとシスターは優しくて…」

「そうなんだ…」

「シスターは痛みを分かろうといつもしてくれる。面倒だ、眠いなんて素振りも見せないわ。一度フラッシュバック起こした時に聞いたの。『シスター眠く無い?』って。『昼間寝てるから大丈夫』って」

と笑った。

「そうなんだ…。シスターって楽しい人。でも凄く暖かいね」

「うん、どのシスターもよ」

「でも、私はなごの宿題には厳しいの! 」

「ひぇー!」


 なごみの宿題も終えて、寝る前に藍香は両親にラインを送った。

「お父さんお母さん、ここに連れて来てくれてありがとう。皆んな理解があって優しくて、安心できるの。不思議と嫌な事を思い出す回数が減った1日だった。同僚もシスターも温かい人で穏やかに過ごせてるの。

 焦らずしっかり元気を取り戻すから…待っててね」

と。

「良かったね。穏やかに過ごせて。お父さんもお母さんも嬉しいわ。しっかり食べてね。良い人に囲まれるのは宝だわ。大切にするのよ…お父さんとお母さんに出来ることが有れば何でも言ったね」

と返信が来た。

 なごみも両親にラインを送っている様だった。

「宿題は自分でやれって言われた〜!皆んなで私を責める〜! 」

と嘆いて居た。

「面白いご両親ね。ウチの両親は周りに良い人が居るのは宝だって。私もそう思う」

と言うと

「私には宿題1人でやれって人ばかり」

となごみが拗ねた。思わず2人で顔を見て吹き出して笑った。


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