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僕は償えない  作者: いりこ
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中里先生そして有紗

 校長室に中里先生が呼ばれた。校長は手を擦り合わせながら不敵な笑みを浮かべ、

「中里先生、実はC市の中学校で急に入院となった先生が居てね。欠員が出たんだよ。志し高い先生が欲しいとの事でね。中里先生行ってくれるね」

「えっ校長、今は2年生の担任を私はしてます。3年生になる前の今からもう受験対応が必要となります。今担任が変わるのは…」

「向こうも同じ状況なんだよ。だから志し高い中里先生が向こうで必要なんですよ。という事で、よろしくお願いします。そして今日離任式しますから」

「校長!今日って…。そんな急に! 」

校長は素早く出て行った。有無を言わせずに中里先生をこの学校から追い出し、健斗達の問題に触れる者を無くそうとしての策略だった。

 中里先生は藍香の心の傷を思い、藍香の母に時々連絡をしていた。その一方で健斗、諒我、一馬が反省する為に苦慮しつつ思案して居た。それを校長は疎んじたのだ。一馬の父親と結託して問題改善の術を断ち切ったのだった。

 緊急に全校集会が行われた。全校生徒が体育館にガヤガヤと集まり整列すると、校長がマイクで話し始めた。

「突然ですが、中里先生がC市の中学校に転勤となる事に決まりました。中里先生からご挨拶していただきます」

生徒達は季節外れの転勤と言う不自然さを察しながらザワつきつつ耳を傾けた。

 校長は中里先生とすれ違う時に

「手短に」

と睨みながら呟いた。

 マイクの前に立ち、中里先生が複雑な顔で話し始めた。

「ここで皆さんに出会い、沢山の良い思い出を作れました。ありがとうございます。2年生の担任でしたが、皆さんの受験の為にも力添え出来なかったのが残念です。

 …そして皆さん、将来社会の中で大切な事を身に付けて成長して下さい。社会で必要な事とは、感謝を出来る事と自分の否を認める事が出来る人間でいる事です。否を認めないと成長の機会を失うだけでなく、信頼を失います!人として、またいずれ親として貴方達は生きていきます!どうか胸を張って自分の子供を育てて行ける様に…と願ってます。償う事を親がやって見せて、子供は償い方を学んで育ちます! 」

「中里先生、ありがとうございました」

校長が挨拶を遮った。しかし止めようとしない中里先生を、校長は舞台から引き摺り下ろそうとした。

「皆んな!人を大切に出来る人間で居て!人の痛みを分かる人間で…」

「中里先生、ステージから降りてください! 」

揉み合いのように挨拶は終わった。生徒達は不思議そうな顔をして居た、


 訴えても訴えても届かない言葉が世の中には有る…。中里先生の必死の正義の訴えも揉み消された。

 健斗達は中里先生が引き摺り下ろされたのを見て、僕らを咎める者が居なくなり心底ホッとした。そして、正義の為にへし折られた者を見て諒我と一馬と目配せしながら滑稽で哀れな姿だとほくそ笑んだ。もう僕らの罪を咎めたり知る人は居ないと。

 この時の僕の心は人間として最低である事に拍車を掛けていた。


 僕らは気が緩んだんだ。諒我と一馬と僕は下校後、公園で集まってふざけていた。

「良い画像あるぞ」

諒我がスマホの画像を見せた。一馬と僕が藍香を襲って居る時の画像だった。

「おい、いつ撮ってたんだよ! 」

「見せれよ! 」

 中里先生の転勤、藍香の引っ越し、僕らが疎んじる人は居なくなる。いつかバレたら…と思っていた事も僕らは過ぎ去ったスリルに思えて楽しかった。画像に食いつく様に見て傑作だと僕らは馬鹿騒ぎした。だから、下校途中の有紗が

「あんた達、何騒いでるの⁉︎ 」

と言って近付いて来ていたのも気付かなかったんだ。有紗が真後ろ迄来ても気付かず、藍香を蝕んでいる画像に釘付けになっていた。

 有紗がスマホを取り上げて画像を見た。僕らはその時始めて有紗がいた事を知り、愕然として青ざめた。決定的証拠を見られて、浮かれていた心は一瞬で凍りついたかの様に固まった。

「ひ…酷い…」

歯を食いしばって、怒りが怒涛のように涙と一緒に湧き上がって来る有紗はスマホを池に投げ捨てた。

「おい、俺のスマホ!何すんだよ! 」

諒我が有紗に詰め寄ると

「弁償してやるから家に来なさいよ!何故私がスマホを池に捨てたのか、あんたの親にも私の親にも説明してあげるから! 」

有紗の怒りに打ち震える姿に『勝ち目が無い』と感じた僕らは、一言も発する力も無くして解散した。

 有紗は学校に向かって走った。多分中里先生がもしまだ学校に居れば、この事を話そうとしたのだと思う。でも僕らは学校の教室の掃除をしている時に、中里先生がタクシーで出て行くのを窓から見た。有紗は中里先生に会えず、肩を落としただろう。

 僕は有紗と言う『真実を知る爆弾』が出来た事で、浮かれて嘲笑っていた罪の重さに気付き、自分の悍ましさに居た堪れなくて頭を掻きむしった。

 帰宅後、壁を殴り付けたい衝動に駆られた。しかし、その物音で家族がワラワラ寄って来るのが怖くて留まった。

 僕の犯した罪か『仕方なかった』と云う理由を探した。探せば探す程、僕が人間性を捨てて罪悪に酔いしれていた事に辿り着く。その通りなのだから当然だ。

 もし僕らのしでかした事が公になったら…。有紗が言いふらしたら…。交番の奥さんに知られたら…あっという間に話に尾ひれが着くだろう…。

 藍香達の様にこの街から逃げたい…。でも…父が代々受け継いでいる畑を捨てて引っ越したら…。農家しかやった事の無い父が他の仕事をすると云うのか…。考えてみれば藍香と同じ道を辿りそうで、恐れている自分が居る。

 僕の犯した罪が、心の中でコールタールの塊の様にこびり付いていた。思い出すだけであんなに楽しくて堪らなかった藍香を犯していた光景が、僕を苦しめた。コールタールを少しでも取り除きたくて胸を掻きむしった。掻いても掻いても取り除かれ無い…。あの時の藍香の体の擦り傷を思い出した。本当に汚れていたのは僕だ…。僕は藍香と同じ事をして居る…。罪を洗い流したいのに…全然取れない。

 そして声を殺して枕に顔を押し付けて、失望した。死ぬ程泣いた。罪の重さに押し潰された。後悔で涙が押し寄せる。自分の愚かさと臆病さ…嘲笑った事の醜さを。あからさまに思い知らされた。枕を何度も叩いた。虚しく『ボズっ、ボズっ』と鈍い音が鳴るだけで胸の辛さは消えなかった。

 それから僕ら3人は自然と距離を置いたんだ。


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