藍香の両親
藍香の精神状態をケアする為に父と母は力を注ぎ込んでいる分、憎しみと戦う事もあった。気を許せば
「あの加害者の少年達や傷ついた藍香を勘違いして噂して居る町民、証拠が無いと手を差し伸べない大人達、罪から逃げようと大金をチラつかせる大人、何故そんな人達に翻弄されなければならないのか!」
との思いに呑み込まれそうになる。
学校で授業に頑張って取り組んでいた藍香、陸上の部活でタイムを上げる為に練習を積み重ね鍛えていた藍香、夏の祭りに浴衣を着て有紗と楽しんでいた藍香、家の中で警戒しなくて済んでいた藍香…。ごく普通の生活が、あの3人に奪われた。
今はそのごく普通が『若気の至り』と世間が言って見過ごす出来事のせいで狂わせれて居る。
なのに何故あの3人は今も普通に暮らして居るのか…。
生徒達が制服を着て行き来する姿が眩しくて心が痛い。藍香も制服を着て登下校してる筈だったのに…。それをあの3人と、彼等の罪を握り潰した人達、心無く噂する大人が奪ったのだ。そして最後に思いながらも止まるセリフ…
「普通の藍香を返して! 」
つい町長にはこの言葉を投げてしまったが、このセリフを言ってしまうと、藍香はもう普通を取り戻す事が出来ないと諦める事を認めてしまいそうな気になる…。
「藍香の普通の生活、私達が取り戻して見せる。あの3人になんかには負けない! 」
と思いは至るのだ。
油断をすると被害者としての悔しい思いが押し寄せて来る。呑み込まれたら…。きっと藍香はそんな父や母を見て苦しむのだ。娘を苦しませない為に憎しみから目をひたすら背けた。
父は引っ越し先の物件が見つかった後、藍香が心の治療をする為に通える範囲で病院を探した。
『女医が主治医である事、他スタッフも女性が好ましい…。ベテランで丁寧な診療で、思春期外来等が得意な病院…』血眼になって探し、良さそうな病院が一軒リストアップされた。
予約の電話をすると
「新患の方ですね。只今予約が3ヶ月後迄埋まってますが、もしキャンセルが出た際には早目に受診可能となります」
と返答された。3ヶ月待ち…そんなに待たなければならないのか…。今必要なのに…。でもここで予約しなかったら、今度予約できるのはもっと後になるだろう…。取り敢えず3ヶ月後に予約し、キャンセル待ちに期待をする事にした。
そして更に範囲を広げて違う病院も探してみた。
母はシャンプーやボディソープのメーカーや品質が少しでも刺激が少ない物を選んで藍香の擦り傷が改善する様に試みた。
これくらいで治らないのは勿論承知の上だった。しかし何もせずには居られなかった。
夜に藍香がフラッシュバックが起きると側に寄り添い
「心配無いわ。今は家だから」
と背中を撫でた。
また昼間には藍香を、この町から離れ少し遠い所へ母の軽自動車でドライブに連れて行き、気分転換をさせる事が増えた。
2人でアイスクリーム巡りをしたり、引っ越しの荷造りをしたり、新しく住むマンションでの生活の為の家具を見に行ったり…。
今のこの町での現実を少しでも忘れられる様にと努めた。両親は藍香の為に何かをせずにはいられなかった。藍香を笑わせる為に…藍香と笑う為に…。嫌な過去を忘れている時間を増やす為に…。




