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僕は償えない  作者: いりこ
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被害届

 藍香は母に連れられて交番に被害届けを提出しようと出向いて来た。

「坂橋さんこんにちは、今日は親子でどうなさいましたか? 」

母は少し躊躇しながら話した。

「実は娘が…性被害に遭い…被害届けをと思いまして。」

 怯え切っている藍香を見て巡査は

「そうかい…いやー、辛い思いしたね。可哀想にな、こんな純粋な若い娘さんが…」

と胸を痛めた。

「まあ座って、どうぞどうぞ」

とパイプ椅子を用意した。噂好きな巡査の妻が話に聞き耳を立てたくて、お茶を運んで来た。巡査は鬱陶しそうに手を払ってこの場から離れる様に促し、妻は後ろ髪引かれる様に詰まらなそうな顔をしてお茶を置くとお盆を持って退散した。

「辛い事聞くけど…いつ、どこで、何があったか話してくれるかい? 」

と巡査が藍香に優しく問いかけた。

 藍香はノートを静かに手渡した。巡査がノートを開き震える文字を読み始めた。

「うわー、3人かい、酷いなあこりゃ…」

と同情して居た。が、『畠野一馬』と言う名前が出てくる文を読んだ途端一変した。

「すまんが、こりゃ証拠にならないなあ」

と最後まで読まずにノートを閉じて調書の紙も片付け始めた。

「えっ、何でですか⁉︎ 」

母が身を乗り出した。

「結局こう言うのは現行犯じゃないとね。それに調べる時にも裁判でも、全部被害の細かい所まで話さなきゃいけないんだよ。そんな事何度も人前で話して、証拠無しで裁判が終わる。もし相手の罪が立証されても少年法だからね。大した罪にはならない。まあ、運が悪いと思って諦めた方がいい。俺パトロール行かなくちゃならないから、じゃあ恨まないでくれ」

「ちょっと待ってください!あの! 」

藍香と母は愕然としたまま交番から追いやられる形となり帰路に着いた。

 巡査はパトカーの中で1人ボソッと呟いた。

「町長の畠野さんの息子さん相手はなぁ…」

と。

 母と藍香はトボトボ歩きながら思いを巡らした。警察にさえ私達の手は払われる…。社会から見放された思いになった2人だった。


 その日の坂橋家の夕飯が済んだ頃、被害届けを藍香が出しに行ったと噂を聞いた一馬の父が、坂橋家へ500万円を紙袋に入れた物を持って訪問した。インターホンが鳴り母が『はい』と出ると

「夜分に失礼します。畠野です」

と町長が頭を下げて居る姿がモニターに映った。父と母が 玄関を開けると

「娘さんが大変お辛い目に遭ったと聞きました。お見舞いとしてこれを…どうぞお受け取りください」

と分厚い封筒を差し出した。藍香の父はスマホの録音機能をオンにしてポケットに忍ばせておいた。そして

「これは、どう言う意味でしょう? 」

と差し出された物に手を伸ばす事なく尋ねた。

「ですから娘さんへのお見舞いとして、少しでも力になれたらと思いまして…」

「謝罪では無いんですね。こちらは息子さんが関わったと聞いてますが」

父が厳しい口調で問いかけた。

「息子は学校の調査での通り、関わりない事が判明しました。ですから…」

「息子さんが関わってないなら何故貴方が娘の見舞いに来るんですか?町長の貴方がわれわれに金品を渡すのは問題有るのでは無いですか? 」

藍香の父の言葉に町長は必死で返事を探した。とにかく、お金を受け取って貰い、口をつぐんで欲しい…そこまで至らせる為の良いセリフは…と。

「いや私は町長として町民が少しでも平和な生活をと思い…500万円、まず用意しましたので…」

500万と云う金額に釣られて欲しい…。再度封筒を藍香の父の胸元に差し出した。

 藍香の母は差し出された紙袋を跳ね除けると、町長の身体に一万円札がひらひらと無数に舞い落ちた。町長は玄関の中のお札を拾い、外に落ちたお札も四つん這いになり拾った。風に飛ばされない様に必死になって拾い集めている。

「お金なんかじゃない!欲しいのは、あの日の前の藍香の生活です! 」

藍香の父も

「話が食い違いますね。これ以上逆撫でしないで頂きたい。貴方が私達にお金を用意した事は黙って置きます。もう関わらないで下さい」

と言葉を残し町長を放って置いて、父と母は玄関の扉を閉じて鍵を締めた。

 一馬の父は苦虫を噛んだ顔で、拾い集めたお札を紙袋に入れた。そして四つん這いになった時に着いた膝の土を払い、車に乗りドアを乱暴に閉じてアクセルをブォーンと蒸して帰って行った。

 父はスマホの録音をオフにし

「藍香の笑い声を本当なら録音したいなあ…」

と呟いた。

 この狭い地域の理不尽に父と母は抱き合って泣いた。

「俺の仕事の取引先で、近所付き合いが殆どなくて静かな都会の雰囲気が漂う街があるんだ。そこの物件を見て来た。そこを契約して良いかい? 」

「えぇ。早く藍香も転校して、誰も知らない所に住んだ方が良いわね」

「それと俺と君は藍香に対して笑顔で居よう。悔しい思いもあるけど…それに飲み込まれたら、悔しさだけの家になってしまう。せめて家では笑っていよう」

「…そうね。笑ってるわ」


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