挨拶は大事。神様もそう言っていた気がする②
被害者視点
「噂の働き方改革についてです。最近になって形になってきたとは聞いていますが、入間支部ではどのような感じで実行する予定でしょうか?」
(どうしてこうなった)
ストレートに尋ねられたことで、目の前でお茶を啜っている少年こと西尾暁秀が自分を通じて入間支部がどう動くかを確認しにきたのは理解した。もちろん言い逃れや誤魔化しができないことも理解している。
もしここで彼の方針にそぐわぬことを口にしたら、彼はなんら躊躇もせずに自分に呪いを掛けるだろうことも、だ。
大人と子供? 支部長と学生? そんなの関係ねぇ。
この世界は実力が全てであり、その実力に関して彼に負けている以上、桂里奈に取れる手段は多くない。具体的には、無意味な抵抗か無条件降伏しか存在しない。
ちなみに桂里奈としては役人が提唱している意見のほとんどを採用するつもりはなかった。
あえて言えば、末端の退魔士の死傷率が高すぎる件については何かしらの行動を起こすつもりであるが、その方法は間違っても役人がいうような、ベテランの退魔士と未熟な退魔士を組ませて職場見学をさせるというものではない。
(連中は異界を鉱山かなにかと勘違いしているんじゃねぇか?)
一定の危険と引き換えに稀少な素材を採取できるという意味では鉱山と同じかもしれないが、危険の度合いと意味するものが違い過ぎてお話にならない。
たとえどのようなベテランでも油断すれば死ぬ。
支部長を任されるほどの実力がある桂里奈とて、油断すれば深度二の異界で命を落とすこともある。
それが異界なのだ。
そんなところに未熟者を抱えて乗り込む人間がどれだけいるというのか。
それができるのは、名門や名家と呼ばれる連中のみ。
それも、連れて行く相手は赤の他人ではなく同門の人間だけだ。
目の前の少年がやったじゃないか? 彼は例外だ。
単独で深度二、どころか深度三の異界を攻略できる規格外だからこそ、深度二の異界で死にかけていた赤の他人の少女に情けをかける余裕があっただけで、通常そんな人間は協会を利用しない。
さらに、彼らは退魔士の権利を抑えようとしている。
それが純粋に国家のためというのであれば桂里奈とて考えなくもなかったが、彼らの根底にあるのは理解できないものへの恐怖だ。
恐怖があるから押さえつける。
恐怖があるから権利を奪う。
恐怖があるから排斥する。
彼らに従った結果自分たちが退魔士がどんな扱いを受けることになるのかは明白だ。
それがわかっている以上、桂里奈が役人の言い分を採用することはない。
それがたとえ、政府の方針に逆らうことになるのだとしても、桂里奈は否を突きつける。
これは桂里奈だけでなく、入間支部全体の意見である。
(それはいい。問題は彼がどう考えているかだ)
退魔士として生きる覚悟を決めている桂里奈であっても、神の呪いは怖い。
数か月前に彼の神社に赴いたとき、期せずしてそこに坐す神と呼ばれるモノ――もしくは神としか言い表せないモノ――と触れた経験があるためか、彼女が暁秀に対して抱いている畏れは以前よりも大きく、確実なものになっていた。
その恐怖の対象が問うのだ。
『お前はどっちを選ぶんだ?』と。
(この問いを間違えてはいけない。絶対にだ)
桂里奈は考える。
(普通なら退魔士だろう。彼とて退魔士だし、自分たちの権利が押さえつけられることを良しとするはずがない。だが、彼には見ず知らずの子供を助けた上で育てたという実績がある)
鷹白環。元は目の前の少年と同じく、しがない神社出身の、なんの特徴もない娘でしかなかった。
しかしそのなんの特徴もないはずの少女は、少年の薫陶を受けて大きく成長し、僅か二年余りで名門の出であり幼少期から専門の訓練を受けてきた桂里奈と同格か、それ以上の実力者になっている。
(埋もれていた才能を見出したのか、彼がナニカしたのかは不明だが、少なくとも現行の制度では彼女は育っていない。つまり役人が提唱している制度に賛成している可能性がある)
無論それは役人が提案しているすべての事柄を認めるということとイコールではないが、頭から否定しようとしている桂里奈たちとは対立するだろう。
(まして彼の家は政府からの補助金を受けているからな)
少額とはいえ補助は補助。しがない神社はそれがなければ生活すらできない。
退魔士として活動するようになってからは補助金なしで生活できるようになったものの、それまで受けていた補助を恩と考えている可能性は無きにしも非ず。
(実際彼らの生活を支えていたのは名門の退魔士ではなく国だ。さらに、今まで協会やお偉いさん連中が彼にやってきたことを考えれば……)
最近は中津原家との付き合いもあるが、それだって一年と少し前に始まったものでしかない。
(その上、彼はまだ子供だ。退魔士としての権利がどうこうとか、退魔士としての力をもたない人間が退魔士を排斥しようとするという可能性に危機感を抱いている可能性は極めて低い)
特に、自分が圧倒的強者であることを自覚している場合はそうだろう。
(いくら私たちが危機を説いても『自分であれば一般人がなにをしようと叩き潰せる』程度の認識しかできない人間に、私たちが危惧していることが正確に伝わるとは思えない)
確かに彼は強い。圧倒的だろう。しかし社会とはそれだけでなんとかなるものではないのだ。
大人はそれを知っている。子供がそれを知るのは、本人が社会を知って折れることを経験してから。
つまり、今ではない。
(と、なると、彼は”役人が掲げる提案に賛同している”と考えるべきだな)
「それで、そろそろ聞かせて頂けますか? 入間支部の方針を」
自分の考えが纏まったことを確信したのか、今まで黙っていた少年が口を開く。
その口調から『絶対に逃がさん』という意思を感じた桂里奈は、覚悟を決めた。
「我々は……」
「貴女たちは?」
「死傷率を低下させるために何かしらの手段を講じることを除き、役人たちが提唱している改革案に反対する方針です」
たとえ呪われても誤魔化さない。それが桂里奈の選択であった。
(賽は投げられた。あとは彼次第)
半ばやけっぱちになった桂里奈が(できたら痛くないのがいいなぁ)などと思いながら正面に座る少年に目を向けるも、少年の応えは桂里奈が想定していたものではなかった。
「……それは良かった」
「え?」
意外! それは納得!
つまり、桂里奈の予想は外れていたのだ。
「支部を上げて退魔士の権利を守る。その覚悟があるのであればなんの文句もありません。コンゴトモヨロシクお願いします」
「あ、はい。こちらこそ?」
そこには和やかな表情で右手を差し出す少年と、呆然とそれを掴むOLの図があったそうな。
この様子を見ていたどこかの誰かさんは『これ、ある意味自作自演なのでは?』と呟いたとか呟かなかったとか。
閲覧ありがとうございました
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