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挨拶は大事。神様もそう言っていた気がする

新章の前に幕間的なお話。

学校に入学する数日前のこと。


「と、まぁそんなわけで、来月から東京の学校に通うことになりましたので、依頼達成の報告がてらご挨拶にきた次第です」


「……ご丁寧な対応、痛み入ります」


「いえいえ、ここ数年植田さんには随分とお世話になりましたからね。不義理はいけないと思いまして」


皮肉ではなく本当に。


「は、ははは」


『なに笑っとんねん』


「ひぅ!」


冗談交じりとはいえそこは神様から発せられた威圧である。それを感じ取れない程度の人間であればなんの問題もなかったのだろうが、なまじ実力があるだけにそれを察することができたのだろう。ただでさえぎこちない表情を浮かべていた植田さんの表情はさらに強張ったものになってしまった。


こっちとしては普通に会話をしたいので変に圧迫しないでほしいのですが。


『はぁん? 圧迫もなにも、あんな風に笑ったら戦争じゃろがい!』


そうなんですか? 

彼女の立場では笑うしかないと思うのですが、一体どんな風に対応すれば正解だったんです?


『そりゃあれじゃよ。これから東京へと旅立つお主への餞別として、和牛の一頭や二頭差し出すのが筋ってもんじゃろ?』


思った以上にハードルが高かった。

というか、それは俺への餞別というよりは神様への奉納品ではなかろうか。


『お主も食うじゃろ?』


確かに食べますけど。

神饌として頂かれた部分以外を家族で食べますけど。


『そんなら牛を貰ってもなんら問題なかろうが』


一理あるようなないような。

いや、ないな。


確かに神様への奉納品として牛やら馬を用意することはある。

神道に於いては当たり前の行為ともいえるだろう。


だから植田さんが俺のご機嫌を取りにきたというのであれば、牛の一頭や二頭を要求するのは決しておかしなことではない。


しかしながら、今回の用事はあくまで挨拶である。それもこっちの都合を知らせるためのものだ。

そんな挨拶で見返りを求めるのはちょっと違うかなぁと思う次第でありまして。


『つまり?』


今回は普通に出されているお客さん用のお茶とお菓子で十分だと思うんです。


そもそも、植田さんは入間の支部長さんなんですよ? 

かなり忙しいはずの彼女が、こうしてただの学生でしかない俺と面会してくれている時点で十分配慮されていると思いませんか?


『いや、支部長ったって、なぁ?』


なんです?


『こやつはただの中間管理職じゃろ?』


それ以上はいけない。


『がああああ』


中間管理職がいなければ社会は上手く回らない。

故に中間管理職を馬鹿にするものは中間管理職に泣かされるのだ。


中間管理職の必要性と一人でアームロックを極められた振りをして遊んでいる神様はさておいて、本題に入るとしよう。


「それはそれとして、東京に行く前に一つ確認したいことがありまして。お答えいただけると助かります」


「……伺いましょう」


「噂の働き方改革についてです。最近になって形になってきたとは聞いていますが、入間支部ではどのような感じで実行する予定でしょうか?」


内容によっては戦争も辞さぬ。


「ひぅ!」


『お主が圧迫すんのかい』


いや、だって。大事でしょう? 

改革とかいって妹に面倒を押し付けられても困りますし。


『でた、シスコン』


そうは言いましてもね。実際業界全体が変な方向に変わりつつあるみたいじゃないですか。

なんでも、末端の退魔士の死傷率が高すぎる点を改善するための改革が必要だとかなんだとか。


『それに何の問題が? お主らにとってもいい変化じゃと思うんじゃが』


それで自分たちが割を食う立場にならなければ、そうかもしれませんね。


『と、いうと?』


噂によると、未熟とされる退魔士に対して一定期間実力と実績のある退魔士が付いて、異界探索や退魔に関する基礎知識を教えるようにする制度を作るとかなんとか。


『ほーん。別段、悪いことではないのでは?』


字面だけみればそうかもしれませんね。

でも人間、自分が死に物狂いで得た知識や経験をポンポンと渡すのは無理だと思うんです。

もちろん世話になった退魔士が何らかの形で報酬を支払うなり、協会が代行して報酬を支払うなりするようですけど、それなら今ある徒弟制度と大差ないんですよ。


『ほむ』


最大の問題は、自分の意思で自分が認めた人間を鍛える徒弟制度と違って、協会からの命令でまったくの他人を教えることになるんですから、教師役の人間にかかる負担が極めて大きいということでしょうか。


さらに教師になる人間の人間性や能力や、教わる側になる人間の人間性や能力の兼ね合いもあります。

それと、神様も知っているでしょう? 協会を利用している退魔士の質ってやつを。


『あ~。なるほどのぉ。基本的に独立独歩を旨とする荒くれ者。しかも深度三の異界にすら臨めない小物が未熟者を導けるはずもない、か』


ですです。協会には本当の意味で弟子をとって導ける実力者なんていないんです。


『ま、そんな輩がおったとしたらすでに他の組織に所属しているものな』


そうなんです。だからこの企画は、計画の段階で詰んでいるんです。

当然、このことは協会に所属している職員なら知っています。

でも、制度が策定されたら実行しなくてはいけません。


『それが組織ってもんじゃからな』


えぇ。だからこそ、入間支部がどういう形で動くのかを確認しにきたんです。

もし千秋たちを師匠役としてこき使う心算であれば……。


『戦争も辞さぬとはそういうことかや。そこまではわかった。で、そもそもの話なんじゃが、なんでいきなり働き方改革とやらが企画されたんじゃ?』


協会の上層部の面子が入れ替わったからですね。


『ん?』


元々協会は半官半民の組織として造られた組織でした。


『らしいの』


当然協会の上層部は国から派遣された役人と、退魔士の名家から派遣された人間で構成されます。


『そらそうじゃ』


組織が立ち上がった当初は、役人側と退魔士側の力関係はイーブンだったんです。

なので最初はそれぞれの支部に素材採取ノルマみたいなものを科していたそうですよ。


『ノルマったってなぁ』


えぇ。ただでさえ異界の探索は命がけです。

そこに”決められた量の素材を採取してこい”と言われても、ねぇ。


『現場は反発したじゃろうな』


そうですね。結局ノルマ制度を推し進めていた支部からは人が離れ、比較的自由にさせていた支部に人が集まるようになりました。他にも色々なルールを定めようとしたらしいのですが、これも失敗。

結局時が経つにつれてノルマやら細かい決まりを策定したがっていた役人側の影響力が落ち、比較的自由にやらせていた退魔士側が実権を握るようになりました。


『まぁそうじゃろうな』


実権を握った人たちは、自分たちに都合の良いルールを作ったりして思う存分利権を貪ることができるようになったそうです。


『ふぅん』


そうこうして数十年経ったのが今の状態だったのですが、ここ最近潮の流れが変わったようでして。


『なんかあったんか?』


えぇ。なんでもここ数年で何度か上層部の目に呪いが掛けられるという痛ましい事件が発生したんだそうです。


『ほぉ』


そこでようやく彼らは自覚しました。

利権、つまり権利には責任が伴うものだ、と。

協会から得られるものは利益だけではなく不利益もあるのだ、と。

権力者、つまり責任者とは責任を負うものなのだ、と。


『なるほどのぉ。退魔士側の人間が責任を負わされることを恐れて上層部から身を引いた。その穴を埋めるために国の役人が入って来たわけじゃな?』


みたいですね。それで、新たに上層部に入った役人さんは、数十年に渡って退魔士が運営してきた組織が抱えてきた問題にぶち当たりました。


『それが、末端の退魔士の死傷率が高すぎる件、か』


はい。現状協会が敷いているルールはそう多くはありません。


異界探索中はなにがあっても自己責任。

退魔士同士の戦闘は極力控えること。

協会の建物内での戦闘行為の禁止。大まかに言えばこのくらいでしょうか。


『ふむ。そこに役人は徒弟制度を入れようとしておるわけじゃな?』


他にも色々、ですね。

たとえば民間人への暴力の禁止、それも専守防衛さえ許されないとか。


『過剰防衛ってやつか? そらなんとも議員や権力者にとってはありがたいルールじゃな』


ですね。彼らは退魔士のお歴々が及び腰の今こそ、お国やお役人様にとって都合の良いルールを押し付けようとしているわけです。


『ほう』


最初は半官半民の組織である協会を抑えて大多数の退魔士を管理下におく。

それが成功したら次は数の力で以て名門や名家に圧力をかける。

そうして最終的にお国の為に働く退魔士を確保しようってのが彼らの計画みたいですね。


『なるほど。じゃからお主は確認をしにきたのじゃな? ここの支部が国に臣従するのか、それとも退魔士として歩むのかを』


そうです。もし国に臣従することを選ぶのであれば、金輪際千秋たちを近付けさせません。

異界でのレベルアップや金稼ぎは中津原経由でやらせます。


『もし権力を笠に着て向こうの都合を強要してきたらどうする?』


潰しますとも。この土地が更地になるのか蛇の巣穴になるのかはそのときの気分と相手の対応次第ですけど。少なくとも現場を知らないお役人様に唯々諾々と従うような真似はしませんよ。


『うむ。お主が方針を決めておるのであればそれで良い。なぁに。もしお主がお国に追われるようなことになったら、追っ手とそれを差し向けた者及びその関係者全員呪ってやるから、お主は好きにやれい』


……やりすぎないでくださいね。


『あるぇ? 今、なんで妾が注意されたん? 今のは妾に惚れ直すところでは?』


ははっ。最初から好感度はMAXなんだから、これ以上は上がらないんですよ。


『……ふむ。ならば仕方ないの!』


そう。しかたがないのです。

と、まぁ思わぬところで神様からの承諾を得たので、本題に戻るとしよう。


「それで、そろそろ聞かせて頂けますか? 入間支部の方針を」


『お国か、退魔士か、どっちなんだい?』


どちらに転ぶにせよアンタは逃がさんぞ。



閲覧ありがとうございました。


本日11月20日は拙作、かみつき! の発売日となっております。

すでに書店に入荷していると思いますので、見かけたらお手に取って頂ければ幸いです。

何卒よろしくお願い申し上げます。

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