20話。鎮圧される悪意③
黒歴史がどうこう言ったが、実際のところ彼らがこんな格好をしている理由はわかっている。
『まぁの。あからさまに“僵尸鬼です”なんて格好はさせられんものな』
そう。そもそもキョンシーとは自然発生する妖魔ではなく、人為的に作成された存在である。
彼らは術者によって使役されることが前提にあるので、今回のように発覚したら問題になるような行動を起こさせる際には、あからさまに“キョンシーだ”とわかるような恰好をさせるわけにはいかないのだ。
『使役者の存在が露見するからの』
ですね。
今回のケースだと、彼らにとっての正装である清朝の服を着せていた場合、鎮圧に来た面々に“暴れているのがキョンシーだ”と一目でばれてしまう。そうなってしまえば、今回の【妖魔行進】が人為的に発生させたものだということもばれてしまうわけだ。
しかしながらあの恰好をしていなければ、一見するだけではただのゾンビと見分けがつかないわけで。
『うむ。実際服装をアレにして普段制御のためにつけている札も剥がしてしまえば、連中なんぞそこら辺にいる動く死体と一緒じゃて』
武蔵村山はいつからクリーチャーが闊歩する静岡に併合されたのだろうか。
『キボウノイエー』
止まったら死ぬんですね。わかりますん。
いつの間にかヨハネスブルクを上回る危険地帯になっていた武蔵村山についてはさておくとして。
使役者である陰陽師の想定としては、アレが使役されている存在だとバレないのが最良。
次善がアレを使役している術者が大陸の術者だと思わせること。
最悪でも“大陸からアレを購入した術者による人為的な犯罪であることが判明する”といったところだろうか。
少なくともその買い手が陰陽師で、彼らがアレを操っているのは『突然の出来事に右往左往する各勢力を出し抜いて陰陽師が【妖魔行進】を鎮める』というマッチポンプ的な狙いがあるなんてことまでバレるとは思っていないはずだ。
まずはその幻想をぶち壊す。
神様お願いします。
『取って、入れて、出すっ!』
神様がスリル満点の丑三つ時近くにドーンと飛び出してきそうなテンションで懐から和紙を取り出す。
その和紙は【陰陽師】や【マッチポンプ】という文字に加え【とある県境にある村の建物の地図】まで書き記されている特別製だ。
さらに、神様が扱う和紙がただの和紙であるはずもなく……。
神様の手のひらに乗った和紙はパタパタと音を立てて折れていく。それだけではない、いつの間にか数を増やして最終的に数羽の折り鶴となったそれは、そのままパタパタと飛んでいったではないか。
あれこそ幻のクレイン・ジツ! ワザマエ!
『大きくなって帰ってくるんじゃぞー』
なにやら鮭の稚魚を放流するかのような光景だが、もちろんそんなかわいいものではない。
他人の嫌がることを率先してやりましょうという退魔士としての常識に則り、今回の黒幕である陰陽師が一番嫌がること、つまり情報の暴露をしただけだ。
あの折り鶴の行き先は中津原家だけではない。国防軍や協会、果ては神奈川県警や政府の関係者にも届く予定である。
折り鶴に書かれた内容を見た彼らは、すぐに動くだろう。
特に今回の件で身内に被害者を出している国防軍や、折り鶴に神様の気が含まれていることに気が付くであろう中津原家は事態を収拾させるため迅速に動くはずだ。特に中津原家は必死で頑張ることだろう。
もちろん彼らに対抗する勢力、具体的には証拠を隠滅するために動く連中もいると思われる。
『県警本部長とか議員とか市長とか知事とかじゃな』
上層部が真っ黒ですね。
ありがとうございました。
今回の件で少しは風通しが良くなることを祈りましょう。
『加えて言えば、現場にはなぜか目と精神をヤられた陰陽師が五人ほどおるぞ。各種証拠と一緒にな』
おそろしく速い仕事。
俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
『こんな大サービス滅多にしないんだからね!』
信じられないほどの大サービスで久々に血がたぎったので今度和牛を奉納しようと思います(三カ月ぶりn回目)。
『うほっ。イイ奉納品!』
以前丸呑みされる寸前になっても普通にモーモー鳴いている牛を見て『最近の和牛は緊張感がないのぉ!』なんて某相談員みたいなことを言っていた気がしないでもないが、好物であることは事実なので、奉納品にしても問題はないらしい。
『ふっふっふっ。次回こそ水沢牛と前沢牛の食べ比べをしたるわいなぁ!』
二頭ご所望ですか。そうですか。
中津原家に面倒をかけることになるが、神様の希望だからしかたないね。
というか、向こうも神様から情報提供を受けたんだから、必要経費と割り切ってくれると信じたい。
「「「ゴォォォォォ!!!」」」
ゆらゆら揺れるコスモスを眺めつつ神様と歩く人生の昼下がりも悪くないが、いい加減問題に向き合おうと思う。
『うむ? 問題なんぞあったかのぉ?』
「「「ガァァァァァァ!!」」」
現在進行形で三体のゾンビに襲われているのですがそれは。
『おぉ。お主のそれって襲われておったのか! 妾はてっきり遊んでおるのかと思っとったわい』
まぁ、ある意味では遊びなんですけどね。
「「「ウオォォォォォォ!!」」」
「勢いはある。力もある。速さもそこそこある。技術もないわけではない。レベル二十~二十五の魔物のわりに全体的に力強く感じるのは、死体だからこそできるリミッター解除の影響だろう」
コントロールは失われていても、アンデッドにありがちな“生きている者を襲う”という本能は失われてはいないようで、俺に対する敵意や殺意には微塵の揺らぎもない。
『不死系の妖魔は自分でナニカを生成することができんからの。故にこやつらは他人を襲って魔力を得るのじゃよ。ちなみに連中が、お主がここに来る前に異界の木やら何やらを壊しておったのは、それらに宿っておる魔力を吸収するためじゃな』
ご説明ありがとうございます。
使役されているときは使役者から供給される魔力で維持されるが、それが無くなれば飢えるだけとなる。
結果、こうして己の体内に残っている魔力がなくなるまで暴れるゾンビができあがるわけだ。
陰陽師の狙いとしては、自分が現場に赴くことができた場合はそのまま使役状態のゾンビを祓って自分の手柄にするし、自分よりも先に他の退魔士が現場に到着してしまったならば暴走させて“無秩序に暴れまわる死体”として処理させるつもりだったのだろう。
『狙いは悪くないと思うぞ。狙いは、な』
そうなのだ。
通常であれば、彼らの狙いは間違ったものではないのだ。
通常、異界でなんらかの異常が発生した際に対処する役割を担っているのは、異界の傍に併設されている協会にいる退魔士である。
で、深度二の異界である武蔵村山異界にて発生する事案に対処する人物に求められる能力は、深度三の中頃を攻略できる程度の力――神様が提唱するレベル帯で二十前後――となっている。
それに対して今回ことを起こしたのは理性なく暴れる二十~二十五の妖魔。それも三体である。
お分かりだろうか? 完全に協会のキャパを超えていることを。
こうなった場合、協会に打てる手は大きく分けて二つしかない。
一つ目は、現場の支部が抱えている退魔士よりも強力な退魔士の派遣を要請することだ。
これは単純だが、単純であるが故に難しい。
なぜなら、それぞれの支部が抱えている退魔士には、それぞれの支部が管轄する異界を管理する仕事があるからだ。
“よその支部に援軍を派遣した結果、自分のところの問題に対処できませんでした”なんてことになったら、誰が責任を取るというのか。
それが杞憂ではないことは、今回の【妖魔行進】が一か所だけでなく、三か所同時に発生していることからもわかるだろう。
どこの支部も自分のところを優先するため援軍は望めない、ということだ。
では協会が抱え込んでいない、いわゆるフリーの退魔士に頼むのはどうだろうか? 実のところこれはあまりお勧めされない。なぜならフリーの退魔士は大半が実力がないからフリーなのであって、実力がある退魔士はそれぞれの家で抱え込んでいるからである。
それなら優秀な退魔士を抱え込んでいる家に依頼すればいいという話になるのだが、これも難しい。
それぞれの家にはそれぞれの家で抱え込んでいる仕事があるからだ。
時期も悪い。
これまで、都内において有事が発生した際に率先して対処をするのは北野神社に拠点を構える陰陽師たちであった。しかしながら彼らは現在有事に対処できるような状況ではなくなってしまっている。
陰陽師以外にも都内にはいくつもの宗教組織が存在するが、そのどれもが陰陽師が抱え込んでいた仕事を回すので手一杯であり、二三区から離れた武蔵村山はもとより、県外である山梨や神奈川にまで人員を派遣する余裕はないときた。
よってこのまま何事もなければ、東京の陰陽師に呼ばれて偶然神奈川まできていた関西の陰陽師がそれぞれの異界に赴き、事態を収拾するつもりだったのだろう。
通常であればこのようになっていたはずだ。通常であれば。
ちなみにもう一つの手段とは、協会の支部に備え付けられている魔道具を暴走させて異界ごと消し去ること、つまりは自爆である。
一般的には【妖魔行進】が抑えきれなくなったと判断された場合にこの手段が用いられることになっている。
『サイク〇プス起動!』
これが発動した場合、協会も異界も、当然異界にいた元凶も消滅するので証拠は残らない。
この手段がとられた場合、陰陽師としては自分の手柄にはならないものの、地元の退魔士が役に立たなかったことを声高にして叫べるので最終的な収支としてはややプラス、といったところだろうか。
協会としてもできることなら選択したくない手段であるため、陰陽師が現地に赴いたら彼らに一任することを選ぶ可能性は極めて高い。その場合は自分たちで対処することになるので証拠の隠滅も簡単だ。
どちらに転んでも陰陽師たちに損はない……はずだった。
哀しいことに、彼らの計画は計画の段階で詰んでいたのである。
【妖魔行進】を三か所で発生させるのはいい。
おそらく彼らは山梨に関してはあきらめていたはずだ。
『そら日本有数の名家である中津原家の縄張りじゃからな』
ただでさえ名門だというのに、最近は先代の娘さんが深度三の異界を複数攻略しているのだ。
この状況では、深度二の異界で【妖魔行進】を発生させたとしても対処されるのが目に見えている。
よって山梨はあくまで足止め。本命は神奈川か武蔵村山だったはずだ。
しかし神奈川には国防軍がいる。それなりに被害は出るかもしれないが、陰陽師が横からしゃしゃり出る余裕はないはずだ。
『そら、連中は密輸の件で県警やら市長やらにマジ切れして連中の粗を探すために緻密な調査をしておるもの。前兆を見逃したとしても、出てきた妖魔ごときに遅れはとらんわな』
もっとも、神奈川の異界にいる元凶がここと同じ二十~二十五レベル相当の妖魔だった場合苦戦は必至だが、まぁ負けることはないだろう。
証拠を残せるかどうかは現場にいる人員のレベル次第といったところだろうか。
そして武蔵村山には俺がいた。
『そら(レベルにして五十以上のラスボス系退魔士が)そう(ぶらぶらと小遣い稼ぎしておるとは思わん)よ』
予期せぬエンカウントで計画を潰された挙句、目と心を潰されることになるとは想定すらしていなかったに違いない。
『ねぇねぇ。陰陽師たちが起死回生をかけた計画をあっさり潰したけど、今どんな気持ち?』
別にどうとも……。せいぜいが「死んだ後にこいつらみたいな恰好をさせられるのは嫌だなぁ」くらいでしょうか。
「「「オァァァ!」」
神様からの斬新なNDKを受け流しつつ、いい加減彼らの相手をするのが面倒になってきたので、さっさと鎮めてやろうと思ったり思わなかったり。
『結局どっちなんだい?』
両方、ですかねぇ。
「そんなわけで、殺す気でやるけど……死ぬなよ?」
「「「……っ!?」」」
ここの部分だけを聞かれたら「それ、矛盾してるんじゃね?」と突っ込まれそうなことを口にしつつ、今もなお暴れる憐れなキョンシーたちを終わらせるために一歩踏み出す俺氏であった。
閲覧ありがとうございました。
作者のモチベーションに直結しますので、ポイント評価やブックマークも何卒よろしくお願いします。
宣伝。
拙作の書籍版が11月20日に発売されることになりました。
大人の事情(意味深)から削られた部分もありますが、その分加筆したり書き下ろしを加えたりしておりますので、文章的には増えている感じです。
気になった方はお手に取っていただければ幸いです。