19話。鎮圧される悪意②
雑魚を蹴散らしてやってまいりました武蔵村山異界。
普段はここの異界を探索しにくるそこそこ力のある退魔士や、そんな退魔士を客とする怪しいお店などが立ち並ぶためなんともマニアックな意味での活気がある街なのだが、さすがに今日は閑散としている様子。
『武蔵村山の駅前はどこ? ここ?』
おばあさん。武蔵村山に駅はないでしょ?
『そうじゃった!』
駅云々はさておき。ぱっと見た感じでは住民の皆さんは建物ごと潰されたのではなく、妖魔が暴れる前に避難したように見える。
なぜ妖魔に殺されたのではなくて退避したと思ったか?
それはそこら辺に血とか肉が飛び散っていないからだな。
血を啜る妖魔がいないわけではないが、一滴も残さずに啜ったりはしない。
畢竟、妖魔が暴れたあとは被害者の肉片が散らばることになるわけだ。
それがないということは、人的被害がないということなのである。
『後片付けが大変らしいの』
建物だけなら重機で片付ければいいけど、人だったモノがあるとね。
どうしても配慮しないといけないからね。
色んな人にトラウマを与える作業をしなくて済んで良かったねと思いつつ周囲を観察すれば、人間同士が争った形跡もない。このことから、この辺に住む住民の方々は素直に避難誘導に従ったものと思われる。
良かった。妖魔に殺された人はいなかったんだ。
『そら(異界から妖魔が溢れ出ていたら)そう(避難するじゃろう)よ』
いやぁ。人によっては退魔士の言葉を信用しない人もいますからね。
「信じられん!」とか「避難するのが面倒」とか「ここは大丈夫」とか言って従わない人もいるんですよ。
『あぁ。自分が死ぬような目に遭うまで理解できん輩か。まぁニンゲンは何故か“自分は大丈夫”と思うナマモノじゃからのぉ』
本気でそう思っているのか、はたまたそう思いたいのかは理解しかねますが、少なくともここに住んでいた住民のみなさんは協会の人間の指示に従って避難してくれる程度には退魔士の言葉を信用してくれていたらしい。
なぜ協会の人間が、いつ発生するかわからないはずの【妖魔行進】を察知し、さらには地域住民を避難させることができたのかというと、なんのことはない。
彼らが【妖魔行進】に先だって発生する兆候、つまりは前兆を捕らえることに成功したからだ。
前兆には、異界の中にいる妖魔の数が増えている、とか。異界の中にいる妖魔の配置がおかしい、とか。異界の入り口付近から妙な気配が漂っているとか様々なものがある。
それなりに大きな異界の近くに協会の支部が作られているのは、こうした諸々の前兆を見逃さないためでもあるらしい。
本来であれば、その前兆を掴んだ時点で異界から出てきた妖魔を討伐する退魔士を配置するはずなのだが、今回の件に関しては人為的に手が加えられていたこともあってか、妖魔の排除は間に合わなかったようだ。
しかしながら、近隣住民の避難という最低限の仕事は果たせたようでなによりである。
『討伐の手が足りんのは東京の守護を任されていた陰陽師が急に数を減らしたってのも無関係ではなさそうじゃがな』
余計なことに首を突っ込むからそうなるのだ。
彼らは自分が首都を護っているという自覚が足りないと思う。
他に被害者が発生しなかった理由として、今回の件を仕組んだ陰陽師の狙いと合致したっていうのもあるかもしれない。
『ふむ。もし住民の避難に失敗しておったら、退魔士に対する風当たりが強くなるものな。陰陽師はそれを厭うたか?』
おそらくそうだと思いますよ。
『にしては建物の被害が多いような気もするが? これで退魔士に対する風当たりが弱まるかの?』
弱まりませんね。でもそれは陰陽師とは別の意向が絡まったせいだと思います。
『と、いうと?』
別の相手――この場合はキョンシーを操る陰陽師ではなく、陰陽師にキョンシーを売った大陸の退魔士――にしてみたら、他国で妖魔がどれだけ暴れても自分が損をするわけではないでしょう?
『ん? あー。なるほどの。退魔士の手によって陰陽師の企てが失敗すれば国内に存在する退魔士同士の対立を煽れる。陰陽師が成功してもその過程で民衆と退魔士の間に軋轢が生まれる、か。隙の生じぬ二段構えってやつじゃな!』
神奈川では民間人にも被害が出ているみたいですから、二発とも喰らった形になりますけどね。
『死体蹴りはあかんとあれほど言うたのに……』
一石二鳥。いや、事前に政治屋や警察の上層部とも軋轢が発生していますから、この時点で一石で三鳥どころじゃない利益を出されていることになりますね。いやはや、関係者一同なんとも間抜けなことで。
『鳥の数え方は一羽とか一匹だと思うんじゃが、なんでこの場合は二鳥とか三鳥になるんじゃろか』
語呂が悪いからじゃないですかね。
とかなんとか言っているうちに武蔵村山異界の入り口に到着。
ここまでくれば、あとは異界の中でなんやかんやしているキョンシーを撲殺して帰るだけの簡単なお仕事なので、ぱぱっと済ませてしまいたいところである。
『あ、そうじゃ。仕事の前にしりとりでもするか?』
唐突ですね。急にどうしたんです?
『こういうのは少し頭を働かせた方が落ち着くもんじゃて。んじゃいくぞ。しりとりの“り”から。ほれ』
いくぞっていったのに俺からなんですか? え~、リスト。
『戸〇遥の相方』
それはもう〇松遥さんでいいのでは? 高尾。
『大喜利川柳で滑る夢を見る』
悪夢……なんですかねぇ? ルンバ。
『悪夢じゃろ? 多分。バラエティー声優』
あんまり個人が特定されるのはどうかと思うんですが……うし。
『最初の時点でそうじゃったろうが。私服のセンスZERO』
あまりのセンスのなさに先輩が嘆いている……って。
あぁ、結局はそれが言いたかったんですね。
『うむ! 妾は満足じゃ!』
言葉だけでなく態度でも満足しているとわかるほどに上機嫌になった神様。
もちろん神様は某バラエティー声優さんに大ダメージを与えたかったわけではない。
彼女は単純に今回【妖魔行進】を引き起こしたであろう元凶をこき下ろしているだけなのだ。
「「「グゥォォォォォォォォォ!!!」」」
武蔵村山異界に入った俺が目にしたのは、入り口からそう離れていないところで暴れている、明らかにここの異界に出現する魔物たちよりも強い力を宿している人、否、妖魔たちであった。
「うん。まぁ。なんというか」
一見すれば人が暴れているように見えるが、よくよく観察してみれば所々が腐ったり欠損しているのがわかる。つまりは死体である。
レベル的には二十から二五くらいだろうか。
深度でいえば、深度三の中堅あたりにいるべき存在だろう。
そりゃ深度二の中では最上位とはいえ、言い換えれば所詮は深度二でしかないここに出現する妖魔たちに対抗できるはずがないわな。
恐らくだが、彼らはここの妖魔を三方向から追い立てて、無理やり外に叩きだしたのだと思われる。
やり方としては荒っぽいが、人為的に【妖魔行進】を発生させる手段としては理解できなくもない。
それはいい。
問題は、暴れ回っている死体の方々が随分とラフな格好をしているところにある。
具体的には三枚で九八〇円くらいで売っていそうなトランクスっぽいハーフパンツ、上は百均で売っているようなシャツしか着ていないという、きわめてシンプルな格好だ。
ちなみに靴は履いておらず、素足のままである。
あれでは上下揃えても一人当たり千円にもならないだろう。
『百均のサンダルよりはマシ……いや、微妙じゃな』
本当に微妙だと思う。
これはもう私服のセンスがどうこう以前の問題ではなかろうか。
目に映るは“もし自分が死んだあとで誰かに操られるにしても、あんな恰好は嫌だ”と思うくらいには微妙な格好をした死体たち。
あれこそ死者に対する冒涜だろう。
早苗さんや環がこの場にいたならば、彼らに警戒するよりも先に“死んでからもあんな恰好をさせられるなんてかわいそう”と哀れみの目を向けていたかもしれない。
彼らはそれくらい悲惨な格好をしていた。
『悲惨つっても、ひと昔前のお主もあんな感じじゃったよな』
ぐはっ。
『使い潰した靴。穴を縫った跡がある靴下。妙な色合いのパッチをされたシャツ。首回りや袖周りがよれよれの上着……ふむ。もしや新品な分、向こうの方が上なのでは? 妾は訝しんだ』
も、もうやめて! 俺のライフはもうZEROよ!
『ふっ。今日のところはこの辺にしといてやるわい』
くっ。さすが神様、見事な手加減。
なんとか致命傷で済んだぜ。
それはそれとして。
「貴様ら、よくもやってくれたな……」
人の黒歴史をほじくり返してくれやがった亡者ども、これ以上の悪事はこの俺がゆ゛る゛さ゛ん゛!!
「「「!?」」」
『もうお主一人でいいんじゃないかのぉ』
戦う前から大ダメージを負った――なおダメージを与えたのは味方である――俺は、死して尚その尊厳を穢されている哀れな存在を救うため、ついでにシクシクと痛みを訴える自分の心を癒すため、一秒でも早く彼らを目の前から消し去ることを決意したのであった。
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