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18話。鎮圧される悪意①

符を投げたり矢を射たり殴ったり蹴ったりして妖魔の主力を削ること約一時間。


つい先ほどまで猛威を振るっていた妖魔たちの群れも、鎧袖一触で主力を蹴散らされたせいか、その勢いは衰えに衰え、今ではバラバラに散開しているところを地元の退魔士に打ち取られたり、軍から派遣されてきた退魔士たち(なんか東根先輩もいた)に各個撃破されている状況である。


ここまでくれば【妖魔行進】は鎮圧したと言えるのではなかろうか。


『じゃな。いやしかし、今回の件で真っ先に逃げ出した連中はこれからが大変じゃのぉ』


率先して逃げ出した政治家だの会社の役員だのが周囲の人間からどんな扱いを受けるのかを想像したのか、神様は満面の藤田顔をしている。


まぁ気持ちはわからないではない。


個人的には、逃げ出した連中だけでなく、今回の件でキョンシーを輸入した連中や、輸入に力を貸した政治屋とか某県警の責任者とかにも痛い目に遭って頂きたいところである。


『しかし、あれじゃな』


なんでしょう?


『いや、たかだか数百体の妖魔を仕留めるのに一時間もかかったのがちと気になってな。一秒で一匹潰せば一時間で三六〇〇匹いけるはずなんじゃが……』


いや、それだと力を隠す意味ありませんよね? 

あと距離の関係もあるので一秒で一匹は無理だと思います。


『そうか? 相手は雑魚じゃし、一度で二、三匹纏めて葬ることだってできるじゃろ?』


確かに向こうが纏まっていれば時間も短縮できるかもしれませんけど、それでも三秒は欲しいところですね。


『ふむむ。そんなもんか。じゃがさすがに一時間は時間を掛け過ぎじゃろ。わざわざ多めに時間を掛けたのはわざと焦らした感じかの?』


まぁ、犠牲を払わずに解決することもできましたけど、それだとちょっとね。


『なんぞ?』


いえ。ちょっとくらい痛い目を見ないと、政治家さんはもとより一般の方々も俺たちを便利に使い捨てができる存在だと勘違いするでしょう?


『まぁ、ニンゲンは痛みがなくては覚えぬナマモノじゃからのぉ』


そうなんですよねぇ。

妖魔の危険性やら異界の危険性。果てはこの国を貶めようとする存在に気付いてもらうこと、そしてそれに対処できる戦力の有難味を理解してもらわないと同じことを繰り返しそうなんで、少し怖い目に遭ってもらった方がいいかなぁと。


もちろん無力な子供とかは最優先で守りますけど、大人はね。

逃げ出した政治家は論外だけど、そんな人間を選挙で選んだ責任があるからね。


『コラテラルダメージってやつじゃな』


そういうことです。あとは向こうが新手を出してくるかどうかの確認もありましたね。

結局新手は出てこなかったので、これ以上の策はないものと思われますが。


『確かにの』


偽装に関しては、ついでみたいなもんです。


便利使いされない程度かつ、舐められない程度の実力を演出してみました。


『微妙なところを狙っておるんじゃのぉ』


えぇ。自分でも中途半端なところがあると思わないでもないですけど、このくらいなら深度三の異界で活躍している退魔士であれば不可能ではないので、特に問題はないと思っています……というか、これ以上チマチマやっていると逆に疲れるので、このくらいが限度だったんですよね。


『それが本音か』


ですです。そもそも、現時点で俺がこの程度の力を持つことを公表した際に困るのは、妙なこだわりから俺をCランク扱いにした学校関係者くらいだと思うのですが、そこのところはどう思いますか?


『小人の考えることなんざ知らんがな』


そうですよね。正直俺にも彼らが何を考えているのかなんて全然わかりませんし。


『当たり前田の牧場カレー』


またそうやって栃木ばっかり優先して。

お隣が微妙な田舎として脚光を浴びているのを見せつけられている埼玉とか群馬の気持ちもわかってあげてどうぞ。


『埼玉? ぶっ翔んで埼玉があるぢゃない』


確かに「草でも喰わせておけで」かなり有名になりましたけどね。

でもあれ、実写版における主演二人の出身地は沖縄県民だし、伝説の埼玉県民は大阪府民なんですよねぇ。


『大阪の事なんざ知らぬ! でもシガの大統領は筋骨隆々のTMRで決まりじゃなよ!』


ほう。落としたライターを拾ったときに股下足に負荷をかけて得した気になっている筋肉好きのタムラさんですか。わかりますん。


で、群馬は?


『妾はまだグンマのことを知らない』


カタカナにすると一気に秘境化するのが強い。(確信)


『なんたって高校生の子供が毎朝無免許運転しながら取引先に豆腐を運搬しておるところじゃからな。そら強いよ』


普通に犯罪定期。


『あれ、取引しておるところも普通に犯罪じゃろ? なんで取引を続けておるのやら』


未開の秘境にコンプライアンス(法令順守)の概念なんてあるわけないでしょ。

もしくは神州グンマには日本と違う法令が敷かれている、とか?


『あ~ね。確かに無免許運転が犯罪ではない世界線ならアリかもしれんの』


なお父親は友人に突っ込まれた際に「今は免許持ってるから問題ない」と言い放ったもよう。


『昔は問題があったと認めておるではないか』


そら(中学校の子供に運転させていたら)そう(運転させた父親も運転していた息子も普通に捕まる)よ。


『そんなんが全国放送されて一世を風靡しておったんじゃから、中々に愉快な時代よな』


ですね。もう少し時代が進んでいたら普通に炎上していたと思われます。


『ばいと・おぶ・ふぁいや―』


バイトが燃えている……これで例の豆腐店もおしまいですね。

お疲れさまでした。


『普通に事件じゃもんな。無免許運転とは罪の重さが違うわい』


死亡事故起こしたら一緒ですけどね。


さて、日本に残された最後の秘境で起こったかもしれない悲しい事件については後で探索するとして。そろそろお仕事を終わらせましょうか。


『お、そうじゃな』


なんやかんやで一段落ついたので、チラホラと残っている雑魚は軍や協会に所属する退魔士さんにお任せしつつ、早苗さんからの依頼、即ち今回【妖魔行進】を発生させてしまった武蔵村山異界を消滅させるため、粛々と歩を進めることにした俺氏であった。


―――


東根咲良side


「……あれが噂の彼か。妖魔がまるで相手になっていないじゃないか」


「そう、ですね。私もただのCランクとは思っていませんでしたが、まさかここまでの実力者だとは思っていませんでした」


「そりゃそうだ。もし彼の実力がこれほどのものとわかっていたら、課長だって彼との接触にはもう少し慎重になっていただろうからな」


「……えぇ」


中津原家から依頼されて後詰兼見届け役として武蔵村山異界に配属された咲良とその先輩は、眼前で行われた暁秀による妖魔との戦闘、否、一方的な蹂躙を見て、ただただ呆然とすることしかできなかった。


国防軍にとって今回、山梨・神奈川・東京に点在する異界で同時発生した【妖魔行進】は、首都圏に住む人々が多数犠牲となるであろう未曽有の大災害と認識されていた。


なにせ【妖魔行進】だ。


たとえ発生元が深度二の異界、つまり下から数えて二番目の脅威度しかないと見做されている異界であり、そこから出てくる妖魔のレベルもそれに準じた強さしか持たないとはいえ、そもそも妖魔とは討伐するために専門家が命を懸ける必要があるほどのバケモノなのだ。


その危険度は、腹をすかせたホッキョクグマよりも高いと言っても過言ではない。


そんな、一体でも大騒ぎになる存在が同時に数百体発生し、無秩序に暴れ回るのが【妖魔行進】である。これによって生じる被害はいかほどのものか。


少なくとも都市の一つや二つ破壊される程度では済まない程の損害が出るのは確実だろう。


それだけの被害が出ることが確実視されているそれが、いきなり発生したのだ。

それも、三箇所同時に。


この事実が齎した衝撃の深さと大きさは、保身に長けた政治家や企業のトップたちが、今後の評判を気にしないで真っ先に逃げ出した事実からも想像できるだろう。


「尤も、今回はその行動の早さが裏目に出たんだけどな」


「ですね」


軍人である咲良たちからすれば、民間人である企業のトップや政治家が戦場から逃げ出すことに文句はない。むしろ残って口を出される方が面倒なので、さっさと逃げ出してくれたほうがありがたいとさえ思っている。


しかしそれは咲良が現場で動く軍人だからこそ、そう思えるだけの話である。


戦う力を持たない一般市民からすれば、企業のトップはまだしも、政治家に対して“事情を確認して避難指示を出すという仕事を怠った挙句、市民を置いて逃げ出した”と憤りを覚えることは間違いない。


そして、市民を放置して真っ先に逃げ出した連中がこれからどんな扱いを受けることになるのかは想像に難くない。


「いい気味ですね」


自分でも性格が悪いと思わないでもないが、それでも今まで散々自分たちの邪魔をしてきた連中が己の行動のせいで追い詰められていく様を想像した結果、暗い笑みの一つや二つ浮かんでしまうのは仕方のないことではなかろうか?


「……お前の気持ちもわからんではない。わからんではないが、顔に出さんようにしろよ。口に出すのは以ての外だ。上の連中に聞かれたら面倒なことになる」


「はっ。失礼いたしました」


「わかればいい。じゃ、そろそろ俺たちも行くぞ」


「はい」


暁秀は僅か一時間で武蔵村山異界から出てきた妖魔のほぼすべてを駆逐したが、当然取りこぼしが発生してしまう。


主力ではないとはいえ、妖魔は妖魔だ。

危険生物を放置することなどできるはずもなし。


しかしながら、その取りこぼしを一々相手にしていたら何時まで経っても元凶である武蔵村山異界には到達できない。


そういった事情から、暁秀が取りこぼした少数の妖魔を片付けるのは、後詰として派遣された咲良たち国防軍所属の退魔士や、協会に所属している退魔士の仕事とされていた。


「ま、このくらいはやらんと俺たちの立場がないからな。役割を回してもらったと考えようや」


「ですね」


咲良は、苦笑いをしながらそう嘯く先輩の言葉に対し、似たような感じの苦笑いを浮かべながら頷く。


軍人として国民を護る為に戦うことを決意している咲良とて、妖魔を恐れる心はある。

特に、討伐した妖魔から受ける【呪い】に関しては、夜中に飛び起きることがある程度には恐れていたのも事実である。


しかしながら、今の咲良にはこれまでにないほどの余裕があった。

何故か。彼女は今回の作戦に先立ち、秘密兵器を用意していたからだ。


(中津原家謹製の護符! これさえあれば妖魔が放つ【呪い】なんて怖くない!)


この護符は、咲良が自身の後輩にして、監視対象である暁秀の弟子となった河北雫に対する教導の報酬として暁秀経由で渡されたものであった。


その効力は、深度三の妖魔が放つ【呪い】にも対応できるとか。


(ふ、ふふふ。まさか後輩に勉強を教えるだけでこんな逸品を貰えるとは思っていなかったけど、さすがは長年に渡って東日本の霊的要として君臨してきた中津原家だ。文字通り格が違う!)


「行きます!」


そんな気合の入った咲良らが主力となって行われた、見敵必殺の無慈悲な掃討戦(ボーナスタイム)は、事前に特級戦力によって主力が殲滅されていたこともあってか、僅か数十分という極めて短い時間でその幕を下ろすこととなる。


最終的に今回の【妖魔行進】により武蔵村山異界周辺で生じた被害は、負傷者数名。死者はなし。

建物への被害はそこそこという。未曽有の大災害と呼ぶには些か以上に微妙なものであったそうな。

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