17話。動き出す悪意⑧
そもそもの話だが、一学生に過ぎない俺がなんで武蔵村山で発生した【妖魔行進】を鎮めるためにこうして頑張っているのかと言えば、それが早苗さんからの依頼だからである。
基本的に、自然発生的なものであれ人為的なものであれ、【妖魔行進】は災害と同様の扱いをされているが故に、国は【妖魔行進】が発生する前の予兆を掴むために様々な方策を採っている。
退魔士組合の支部が存在する理由の一つが“【妖魔行進】の予兆を掴むため”であることからも、国がどれだけ【妖魔行進】を恐れているかがわかるというものだ。
そのため、協会の支部は【妖魔行進】の予兆を観測すると同時に関係各所へと連絡を行うことになっている。その中で、東京にある組合が有事の際に連絡することになっている関係各所の一つに中津原家が存在するのである。
ちなみに【妖魔行進】の予兆として知られるのが、異界の入り口付近(この場合は外側)が淀んだ魔力(別名瘴気)で汚染されることや、異界の入り口付近(こちらの場合は内側)に妖魔が密集することなどが挙げられる。
今回はその両方が検知されたということで、早いうちから中津原家にも連絡が入っていたそうな。
ちなみのちなみに、これまで同様の連絡は何度か貰っていたものの、中津原家の面々が東京都内で仕事をすることはほとんどなかったらしい。
何故か? 東京では少し前に不慮の事故で全滅した陰陽師、つまり熊野神社を拠点としていた陰陽師とその一派に連なる者たちが率先してことに当たっていたからだ。
『全滅とは穏やかではないのぉ。一体何があったんじゃろか』
噂では獰猛な鬼に襲われたらしいですよ。
『怖いですねぇ。恐ろしいですねぇ』
爆発四散、爆発四散、爆発四散。
で、通常の退魔士であれば妖魔を討伐した後に発生する【呪い】を警戒して二の足を踏むところ、風鬼や隠形鬼という強力な式神を従えていた件の陰陽師はその限りではなかった。
恐らく彼にとって妖魔が生み出す【呪い】は己が使役する式神への贄と同義であったのだろう。
つまり、自らが率先してことにあたることで、彼は陰陽師としての職務を果たしつつ、式神へ栄養を与えることができるのだ。よって、余程多忙でない限りは他に回す理由はなかったのである。
『独占禁止法違反じゃよ!』
まぁ協会や国にしてみれば誰かが対処・解決してくれればそれで良かったでしょうし、一般の退魔士にしてみても、高確率で自分が死ぬことになる【妖魔行進】にはできるだけ関わりたくなかったでしょうからね。独占も大目に見てあげましょう。
そうこうして件の陰陽師は――その実情はさておくとしても――自分たちが率先して最も危険な仕事を行うのだから、それ以外の仕事にも融通を利かせてもらう程度の役得はあって然るべき。と主張し、東京都内に於ける退魔士関連の仕事の優先権を得ていたそうな。
『これは談合かの? ずぶずぶじゃな!』
かもしれませんね。
恐らくだが、件の退魔士が生きていれば、今回の件も彼が対処したはずだ。
しかし、彼は先日非業の死を遂げてしまった。
それも死んだのは彼だけではない。彼の後継者と目されていた陰陽師や、同門の人間たちほぼ全員が失われてしまったのだ。
残された陰陽師たちは勢力の立て直しに精一杯らしく、今回の件でも協会に対して『今の自分たちでは【妖魔行進】への対処をすることができない』と告げたらしい。
『正直なのはいいことじゃな』
逃げたともいいますが、まぁできないことをできると言い張るよりはマシですよね。
陰陽師の潔さに対しては賛否あるだろうが、問題はそこではない。
問題は、非常事態に対処できる人間がいなくなってしまったことであり、今回その非常事態が実際に発生してしまったことだ。
事ここに及んで、平時は国防軍の足を引っ張る余裕があった連中も、東京の霊的守護に穴が開いたことを実感することとなり、大いに焦ったようだ。
このままでは東京が大変なことになる。
少なくとも武蔵村山周辺は終わる。
関係者の多くは絶望し、気の早いものは逃げ出したり、株を売ったりしたそうな。
『己の行いを悔いたりしないのが連中の特徴じゃな』
そんな殊勝な人間性を持ち合わせていたら国防軍の邪魔なんかしないでしょうよ。
周囲が焦りに焦る中、突如として現れたのは中津原家が派遣した退魔士、つまり俺であった。
『妾、参上!』
神様、それは参上のポーズやない。
土曜の夜にフィーバーする人のポーズや。
実のところ、今回の件を知って焦っていたのは、政治家や協会の職員たちだけではなかった。
東京の霊的守護に穴を開けた原因の一つとされた中津原家の面々……というか、実際に風鬼を撃退した早苗さんがかなり焦っていたのである。
もちろん、今回の件に関して彼女は一貫して被害者の側であり、どのような意図であれ中津原本家の嫡女に風鬼を嗾けたのは陰陽師側である。それを返されたせいで術者が死んだからといって、陰陽師側に文句をいう権利はない。
周囲もそのことを理解していたので、この件に関して早苗さんを咎める人間などいなかった。
当然、早苗さんも風鬼を祓ったことについては何も感じていない。
せいぜいが『環さんに迷惑をかけたかな?』と気を揉んだくらいだろう。
では何故早苗さんが焦ったのか?
彼女は知っていたからだ。
熊野神社にいた陰陽師たちが全滅した本当の理由と、それを成した存在の正体を。
もっといえば、東京の霊的守護に穴を開けた犯人の正体を知っていたのだ。
『あ奴にしてみれば、自分たちが奉じる神とその巫が普段から偉そうにしておった陰陽師どもを駆逐したのは良いことじゃろう。じゃがそのせいで首都の霊的防衛に穴が開くとは思っとらんかったんじゃろうな』
早苗さんが、半泣きになりながら『山梨はこちらで対処しますので、なんとか東京方面を鎮めてはいただけないでしょうか』と頼んできたときにはなにかと思ったけど、事情が事情だから仕方ないよね。
格安で引き受けた俺は偉いと思う。
『なぁお主よ。マッチポンプって言葉知っとるか?』
俺たちが【妖魔行進】を発生させたのであれば自作自演と言えるかもしれませんけど、やらかしたのは陰陽師ですからね。自作自演には当たらないと思いませんか?
『そういえばそうじゃったわ。喧嘩を売ってきたのも陰陽師じゃし、この状況を演出しとるのも陰陽師じゃったな』
そうなんです。だから俺は悪くない。
『うむうむ。そうじゃな。お主は悪くない。……ところでお主よ』
なんでしょう?
『たとえばの話なんじゃがの」
はい。
『もし今回の騒動の首謀者の一人がお主や中津原との交渉を望んだらどうする?』
交渉? 無条件降伏ではなく?
『うむ。あくまで交渉じゃな』
なかなか面白いことをいう奴ですね。
気に入った。そいつは最後に殺しましょう。
『交渉はせぬのか?』
しませんよ。だって今回の件は向こうから殺しにきたんです。
自分が死ぬ覚悟だってできているでしょう?
『前回風鬼やら隠形鬼を差し向けてきた輩は死んだが?』
あれに関してはそれで終わった話でしょう?
『向こうはそう思っとらんみたいじゃぞ』
俺を狙うという依頼が未だに継続しているのであれば、向こうも“依頼を引き継いだ”と主張できるしかもしれませんが、依頼が撤回されていることは確認済みです。
そうである以上、この問題は終わっています。
その上で向こうが『まだ終わっていない』と主張するのであれば、こちらも風鬼や隠形鬼を嗾けてきた罪を問いましょう。
『なるほどのぉ』
実際、前回の件で早苗さんや俺が死ななかったのはこちらの実力が向こうが用意した戦力を上回っていたからであって、向こうが配慮したからではない。一歩間違えれば早苗さんも環も死んでいたのだ。
なので加害者側の連中が何食わぬ顔で交渉してきたり、開き直って『被害がなかったならいいじゃないか』と言ってこようものなら、交渉の前に彼らの地元で同じことを発生させてやる所存である。
そうでなかったとしても、今回の件に関わっている連中は、国外からキョンシーを密輸入して俺を監視し、国防軍の捜査員を殺し、国内で【妖魔行進】を発生させたテロリスト。
向こうにどんな理由があったとしても、テロリストと交渉するつもりなんてないのである。
『まずは同じ経験をしろ。話はそれからだ! って感じじゃな』
最低でもそれくらいはしないと駄目でしょう?
それ以前の問題として、テロリストと交渉したせいで俺たちもテロリストの仲間扱いされても困りますし。
『そらそうじゃ。つまりお主には連中と交渉するつもりはないわけじゃな?』
ないですね。
交渉どころか、向こうの言い分すら聞くつもりはないです。
『お主の考えは理解した。ま、あくまでたとえ話じゃからの。本気にせんでもええぞ』
そうですよね。たとえ話ですもんね。
『そうそう、たとえ話じゃよ。……ちなみに向こうが本気で交渉しようとしてきたらどうする?』
そんなん、接触する前に消えてもらいますよ。
交渉しようとする時点で向こうにこれ以上の策がないということになりますし、なにより連中は知りすぎました。
『なるほどなるほど。その場合、連中は妾が全部呑み込んでもええんかの?』
キョンシーは数体残して欲しいですね。
証拠があった方が早苗さんたちも犯人の特定ができるでしょうし、なにより偽装にもなりますから。
『ほむ。連中、風鬼の次は僵尸鬼の暴走で大打撃を被るわけじゃな?』
大陸から輸入した不良品を使った末路……って感じにするのが一番自然だと思いませんか?
『インガオホーってことか。自然かどうかはわからんが、意趣返しとしては悪くないと思うぞ』
でしょう? 残った陰陽師たちには中津原家経由で賠償金を請求してもらいましょうか。
国防軍に対する敵対行為と【妖魔行進】を引き起こした賠償ですからね。結構な額になりそうです。
『賠償金を支払わない。もしくは支払えない場合は?』
まことに悲しいことですが、ドネートを支払えない者は天狗の国にお連れするのがこの国の作法です。
『そんな作法あったかのぉ』
あったと思いますよ。多分。きっと。
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