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16話。動き出す悪意⑦

前に更新したのが6月5日……だと?

俺の周りだけ時間が過ぎるの早すぎませんかねぇ?

推定有罪。言葉だけ見ればなんとも危なっかしい言葉だ。

実際法治国家としてはあり得ない考え方なのかもしれないが、そんなものはどうでも良い。


怪しい連中が怪しい場所で怪しい動きをしているのが悪いのである。


『瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず。怪しまれたくないのであれば怪しまれるようなことをしなければ良い。それだけの話よな』


全く以てその通り。そもそもの話、県境で集まってキョンシーと一緒にドーマンセーマンドーマンセーマンしている神妙不可思議にて胡散臭い連中が潔白なわけがないのである。


『うむ。万が一今回の件に関わっていないとしても、何かしらの後ろ暗いことをしとるのは確かじゃな』


万が一今回の件に関係なくとも、連中が有罪なのは確定的に明らかなのだ。


ちなみに、人為的に【妖魔行進】を発生させることができるか否かについては、すでに可能という結論が出ている。


やり方は極めて簡単で、異界の主と交渉を行って妖魔を放出させる、もしくは無理やり異界から妖魔を追い出すだけでいい。


『交渉(物理的OHANASHI)じゃな』


ですね。一般人やそこそこ優秀な退魔士程度では不可能だろうが、隠形鬼クラスの鬼を使役できる陰陽師であればどちらも簡単にできることである。


面倒があるとしたらその後、万が一にも自分たちが【妖魔行進】を引き起こしたと知られぬよう証拠を隠滅する必要があることくらいだろうか。


『ま、今回に限って言えばそれほど難しいことではないわな。なにせ現場に僵尸鬼を置いておけば周囲が勝手に“犯人は中華系道士”と勘違いするじゃろうからの』


本来であればキョンシーを買った輩、つまり陰陽師たちも容疑者として挙がってくるのだろうが、いかんせん現時点に於いて軍や中津原家は自分たちが追っている相手が陰陽師の関係者であることはもちろんのこと、密輸入された商品がキョンシーであったことさえ知らない。


故に、現場を探った際にキョンシーを発見したとしても、彼らは“今回の件は国外の勢力によるテロ行為である”としか認識しないだろう。


『まぁ普通に考えれば、自国の退魔士が国内で恣意的に【妖魔行進】を発生させるとは思わんものな』


悲しい事件でしたが、これで事件解決ですね。


『そう言ってボスに捜査を打ち切らせることで、真犯人はのうのうと生き延びるわけじゃな』


なんなら『事態の解決に力を貸すぞ!』とか言って恩を売ってくる予定ですよ。


まったく。ヤスだか彦摩呂だか知らんが、舐めた真似をしてくれたものだ。


『ふむ。とりま陰陽師どもが今回の件の黒幕である可能性が極めて高いことは理解した。じゃが、連中が黒幕とわかっておっても、お主は連中をまだ泳がせるつもりなんじゃろ?』


まぁ、そうねですね。陰陽師の狙いが俺を潰すことと関東での復権であることはほぼ確実ですが、これだけで全部出そろったとは思えませんし。


どうせなら全部出し切ってから潰した方が後々楽でしょう?


『それがお主の判断なら文句はないわい。じゃがのぉ』


なんでしょう?


『そこまで覚悟しておるなら多少の面倒くらい我慢せんか。つーかなんでお主はそんなにイライラしとるんじゃ?』


中々に鋭いツッコミである。


確かに、自分で連中の策が出そろうまでは我慢すると決めたのであれば、文句を言わずに働くべきだろう。神様だって愚痴を聞かされて面白いはずもないのだから。


男は黙ってクールにポコッとやるべきなんでしょう。でもね?


『なんぞ?』


陰陽師に策を全部出させることと、俺がここで連中に監視されながら雑魚を一匹一匹潰すのは別の話だと思いませんか?


虫を一匹一匹プチプチプチプチ潰すことを強要されるのってある意味拷問ですよね?


『強要もなにも、力を隠すと決めたのもお主じゃろうに』


そうなんですけどねぇ。もうちょっと、こう、ないですかね? 

手加減というか、そういうの。


『ない。ニンゲン痛みがないと覚えんからの。今回のコレは良い経験じゃと思うがええわ』


そんなー。


―――


「……あれが例の【百目鬼】か」


暁秀が神様と会話をしながらプチプチと妖魔を討伐しているころ、山梨県某所に於いて、特殊な術式を用いて僵尸鬼が観測したものを映し出す銅鏡で今回の任務に伴い要監視対象とされている少年の戦闘を目の当たりにした矢部野武彦やべのたけひこは、眉を顰めながらそう呟いた。


矢部野家は福井に本拠を置く陰陽師の名門、土御門家の分家である。

武彦はその中でもトップクラスに優秀な人材である。


そんな優秀な彼が、こうして神奈川と山梨の県境に位置するとある村の一角に、本家が大陸の道士と取引をしてまで用立てた僵尸鬼と共に隠れ潜んでいるのは、偏に標的である西尾暁秀の観察を行うためである。


事の始まりは東京に根を張っていた土御門の分家である門倉家の者が、懇意にしていた政治家から『分を弁えぬ小僧に身の程を教えてやれ』という依頼を受け、それに失敗したことであった。


「門倉家の連中にしてみればその程度のことは児戯に等しいことであったはず。だが、奴らは失敗した」


それもただの失敗ではない。式として利用した風鬼が敗れただけでなく、呪い返しの要領で返されたのだ。風鬼が暴走した結果、術者であった門倉家の当主のみならず家人諸共滅ぼされてしまったのである。


「しかし、それはあくまで外向けの話。実際のところ門倉家は、切り札である隠形鬼ごと消滅させられていた……」


確かに風鬼は強力な鬼だ。だが門倉はそれ以上に強力な鬼である隠形鬼を従えていた。

よって風鬼が暴走したとしても、余裕をもって鎮圧できるはずだったのだ。

それなのに門倉は全滅していた。

正確には熊野神社に滞在していた面々が全員死んでいたのである。


「なぜ誰も逃げ出せなかった? なぜ誰も救援を呼ばなかった? なぜ誰も気付かなかった?」


事態が発覚したのは、中津原家の関係者によって風鬼が祓われた日の翌日のことであった。


偶然任務で外出していた者が帰還した際に、神社の奥殿が血まみれになっていたのを発見したのだ。

そのとき発見者が外から見た熊野神社は平穏そのものであったという。


……建物の中は術者を含む全員の上半身が消失して倒れているという悍ましいモノであったが、少なくとも外観は破壊されていなかったというのが、今回の件の不可解さを際立たせていた。


風鬼が暴れたにしては破壊痕がない。

隠形鬼が戦ったにしても戦闘した形跡がない。

そもそもなぜ全員の上半身が消失していたのかがわからない。


なんらかの事情で風鬼や隠形鬼の制御が外れ暴走した? 

その可能性はあるだろう。

しかし風鬼にも隠形鬼にも、敵の上半身を奪うといった伝承は存在しない。

そもそもその場合だと戦闘の痕や破壊痕がないのはおかしい。


疑問に思った陰陽師たちが調査したところ、現場には風鬼が放つ妖気は欠片も感じ取ることができなかった。諸々の件を鑑みて妙だと考えた土御門家の当主は、なんらかの事情を知っているであろう隠形鬼を召喚して事実を確認しようとした。


しかし、隠形鬼は召喚できなかった。


門倉と契約を結んでいたから土御門の召喚に応じなかった? 

それはない。


なぜなら、隠形鬼クラスの鬼ともなれば、その身は一つではないからだ。

正確に言えば、彼らには本霊と分霊がおり、通常は分霊が召喚に応えて現世に姿を現し、本霊はどこかの異界にて待機しているのだ。


故に、門倉が隠形鬼を召喚していようとも、土御門家の当主の下に別の分霊を送りこむことは十分可能なのである。


もちろんそれは無料ではない。

隠形鬼を召喚し、使役するために必要な量の貢物を用意する必要がある。

そして土御門家は十分な量の貢物を用意した上で隠形鬼を呼び出そうとしたのである。


そうであるにも拘わらず、隠形鬼は召喚に応じなかった。


理由は不明。


疑問に疑問が重なる中、隠形鬼の召喚を諦めた土御門家の当主はもう一方の当事者である風鬼を召喚することにしたのだが、風鬼もまた召喚に応えることはなかった。


このままでは埒が明かないと考えた当主は、今度は風鬼や隠形鬼の同輩であった金鬼を召喚することにした。


金鬼は当時召喚されていたわけではないので、学校や熊野神社で何があったかは知らないだろう。だが、同輩である風鬼や隠形鬼が召喚に応えない理由はわかるかもしれない。


そういう考えのもと呼び出された金鬼は、確かに風鬼や隠形鬼が召喚に応じない理由を知っていた。


曰く『風鬼と隠形鬼は本霊が甚大な傷を負ったため召喚に応じることはできない状態にある』とのことであった。


それを聞いた土御門家の面々は心底驚愕した。


隠形鬼といえば、飛鳥時代からその名が残る鬼神である。


当然その力は強大で、隠形鬼と契約することに成功した門倉家の当主は、深度四の異界の攻略や深度五の異界の探索を成功させるという実績を挙げているほどである。


「門倉にも多少増長しているところはあったやもしれん。だが、アレにはそれが赦されるだけの実力があった」


狗に象の足は掬えない。


多少油断したところで、多少慢心したところで足を掬えるほど門倉という陰陽師は弱くはない。それは業界の常識であった。


故に、門倉の足を掬った者は、少なくとも隠形鬼と戦える程度の実力を兼ね備えていることになる。


当初話を聞かされた際、矢部野は『そんな術者がそうそういて堪るか』と叫びそうになった。


「しかしながら、事実は事実として認識しなければならん」


門倉は負けた。結果を見れば一目瞭然である。

その事実から眼を背けるわけにはいかない。


彼らの敗北を受け入れたのであれば、次はその理由を探る必要がある。

即ち、門倉は誰に、どうやって負けたのか?


いや、実のところ、()()()()()負けたのかは不明だが、()()負けたのかは見当がついている。


「風鬼を祓った中津原家の長女である中津原早苗、その付き人の鷹白環」


元々中津原家は神道系における最大勢力の一つであったので、当然矢部野らも警戒していた。


とはいえ、まさか十五の小娘が風鬼を祓うなどとは考えてもいなかったが、それでも特殊な術具や秘伝の術式を用いたと言われれば納得もできた。付き人に関してもは正直ノーマークであったが、中津原家の長女に仕える身であれば、納得もできた。


「それと……」


問題はもう一人の方だ。


元々門倉が受けていた懲罰依頼の対象にして、今や関東地方のみならず日本全国の術者から忌み嫌われている術式の使い手。中津原の隠し玉にして、若くして【百目鬼】との異名を付けられた男、西尾暁秀。


その悪名と、矢部野ほどの術者であっても僵尸鬼越しでなければ監視できない程厄介な術式を常時展開していることから、門倉を滅ぼした最有力候補として認識されている少年である。


「中津原の分家筋らしいが、中津原はもとより神道系の術式を一切使用していないのはどういうことだ? 監視に気付いている? ……いや、術を使用する必要がないほどに力の差がある、ということか」


今回【妖魔行進】を発生させた武蔵村山異界は深度二の異界では最上位の難度を誇る異界でも、所詮は深度二の異界である。風鬼はもとより、隠形鬼と戦えるほどの実力者であれば片手間にあしらえる程度のものでしかない。


その程度のことは深度三の異界を主な狩場としている矢部野とて理解している。


だから暁秀を監視している矢部野が眉を顰めているのは、鏡の先で戦う少年の実力に関してではない。


「あれのどこが落ちこぼれの雑魚だ。連中の眼は節穴か」


そう。矢部野の怒りは、今回の作戦に先立ち、自分たちへ情報を齎していた学校関係者に向けられていた。


「名門や先達としての意地なのかなんなのかは知らんが、正しい情報がなければ戦いには勝てん。それは相手が妖魔でも、人間でも同じこと。その程度のことがわからんほど劣化していたとはな。これだから東の連中は駄目なのだ」


どれだけ憎い相手だろうと、その実力は正しく評価しなくてはならない。

感情に負けてそれができないのであれば、退魔士にふさわしくない。


古来より、より多くの仲間を殺すのは、有能な敵より無能な味方とされている。


それに鑑みれば、深度二から排出される妖魔を片手間に潰す暁秀少年は有能な敵であり、かの少年の力を正しく理解できないどころか、過小した評価を報告してきた連中こそ無能な味方である。


「ふむ。東の阿呆な連中が操る泥船に乗り続けることが我らにとって益となるとは思えん」


大前提として、少年を懲らしめろという依頼を受けたのも、その依頼に失敗したのも門倉であって土御門ではない。


「無論『神道系の術者に陰陽師が受けた屈辱を晴らす』という理屈はわかる。しかし些か以上に主語が大きくなりすぎているのではないか?」


少なくとも矢部野家は門倉を同輩とは認めていない。


武彦の中では、恥を晒したのも依頼に失敗したのも門倉であって、陰陽師ではない。

それ以前に、大本となった依頼はすでに取り消されている。


で、あれば、かの少年と敵対するのは門倉と付き合いがあった連中の私怨でしかない。


なぜ自分が関係ない連中の私怨に巻き込まれねばならないのか。


「幸い、と言っていいのかどうかは分からんが、他方で発生させた【妖魔行進】も大きな被害を出したわけではない。なればこそ、今なら連中と交渉できるのではないか?」


武彦にとって最も大事なことは、自分が生き延びることであり、自分が背負う矢部野一族を繁栄させることであって、滅んだ門倉の名誉を取り戻すことでもなければ、陰陽師の栄光を掲げることでもないのである。


故に武彦は考えるのだ。


このまま中津原と敵対するのを是とするか、否かを。

矢部野家だけで交渉するべきか、それとも土御門家も巻き込むべきかを。


「時間は、あまりないだろうな。少なくとも、討伐部隊が我らの存在に気付く前に動かねばならぬ」


講和を考えること自体が手遅れなのか、それともまだ間に合うものなのか。

それを判別する資格を持つ人間が、自分が監視している少年であるとの事実も知らないままに、武彦は己が選択するべき道を思い悩むのであった。

神妙不可思議にて胡散臭い男、矢部野武彦。

彼の運命は如何に。



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