15話。動き出す悪意⑥
「面倒だ。ひたすらに面倒だ」
グチグチと呟きつつプチプチと雑魚を潰しながら、俺は今回敵によって引き起こされたであろう面倒事に思いを馳せることにした。
まず、一般に【妖魔行進】とは災害のようなものだと認識されている。
それはそうだろう。
数百、数千の妖魔が異界の外に出現し、積極的に建物を破壊したり人間を襲ったりするのである。その恐怖は突発的に発生する竜巻などを遥かに凌ぐし、その被害もまた局地的な地震を遥かに凌ぐ。
これを災害と言わずになんと言う。
しかもこの現象は、異界が存在する場所であればどこでも発生し得る可能性を秘めているときた。
この事実が齎す恐怖は如何程のものか。
それに対抗できる存在がどれほどありがたい存在か。
真っ当に生きている大人たちの中にそのことを認識していない人間はいない。
勿論、退魔士の有用性は理解しつつも、個人で軍や警察と言った国家暴力を上回る力を持つ存在に対する恐怖や忌避感を抱く人間はいる。マスコミを使って印象操作を行う輩もいる。
国家暴力を後ろ盾にしている政治家などがその筆頭だろう。
だがそんな彼らであっても、退魔士を完全に排除しようとはしなかった。
何故か? 保身のためである。
――実際は、一時期他国に買収された連中が故意に人材を流出させるよう世論を操作し、国策として半ば追い出すような形で退魔士たちを国外へ派遣したこともあったが、その結果が中国大陸でのアレだ。
あのとき報じられた事実は、人々の中に【妖魔行進】に対する圧倒的な恐怖を根付かせただけでなく、退魔士という【妖魔行進】に対抗できる人材が大勢失われた事実に対する怒りや焦りを生むこととなった。当然退魔士を疎んじている人間たちも、その恐怖を抱いている。
むしろ一般市民よりも多くの情報に接する機会が多かった彼らこそ、退魔士がいなくなったら自分がどうなるかを正しく理解している数少ない存在と言えるかもしれない。
そういった背景もあってか、現在の日本では退魔士に対してある程度の特権が認められている。
神社庁が寂れた神社に対する補助金を打ち切らないのは、なにも文化を護るためではない。
将来退魔士が生まれるかもしれない環境を遺すためだ。
宗教法人が減税措置の対象になっているのは、彼らが教えによって信者の心を救うからではない。
彼らが持つ妖魔と戦うノウハウを有効に使ってもらうためだ。
協会に所属できる年齢が12歳からというのも、貧しい神社などに対する救済措置ではない。
一人でも多くの退魔士を確保するためだ。
退魔士が優遇されているのは、異界にある素材を確保できる存在だからではない。
【妖魔行進】に対抗できる存在だからだ。
……最後のはちょっと怪しいところもあるが、概ねこのような認識で間違っていない。
少なくとも一般市民が現在も続けられている退魔士優遇政策とも呼べる政策に異論を唱えないのは、上記の理由があるためなのは紛れもない事実なのだから。
もちろん【妖魔行進】を災害と認識しているのは一般市民や政治家などだけではない。
退魔士からみても【妖魔行進】は立派な災害として認識されている。
ただしその感じ方は一般市民のそれとは異なり、妖魔そのものに対する恐怖はそれほどなかったりする。
何故か? 退魔士は妖魔に対する正しい知識を持っているからだ。
また【妖魔行進】への対処を任されるような退魔士とはそれなり以上の実力と実績を持つ退魔士なので、雑魚の群れに怯えることはない。
ではなぜ彼らが【妖魔行進】を災害として忌み嫌っているのか。
それは妖魔を討伐した際に必ず【呪い】が生じるからである。
『倒せば倒した分だけ経験値が稼げてレベルもアップするんじゃよ! なんて喜べる環境ではないからのぉ』
そうなのだ。レベル上限がある世界。それも上限を突破したら内面から破裂するような世界に於いて雑魚敵の無限湧きほど面倒なものはないのだ。
どれだけ妖魔と退魔士との間にレベル差があろうとも、数百体もの雑魚を倒せばレベルが上がるのは道理であるのだからして。
そして普通の退魔士は己のレベル上限を把握していない。
そのため彼らは、いつ自分が【呪い】によって死ぬかわからない恐怖と戦わなければならないのである。
もちろんその恐怖から逃げることは許されない。
なぜなら、退魔士が優遇されているのは【妖魔行進】に対抗するためだからだ。
もし敵前逃亡なんかした日には、本人だけでなく一族郎党が非難されることになるだろう。
『非難で済めばいいがのぉ』
まぁ、一般市民や政治家から役立たずと貶されるだけならまだしも、同業者から裏切り者と認定された人間が生きていける程甘い世界ではないのは確かではある。
普通に殺されるのか、呪い殺されるのか。
あっさりと殺されるのか、じわじわ削るように殺されるのか。
それとも死なないように加工を施された上で長期間の苦痛を与えられるのか。
ともかく碌な未来が待っていない事だけは確定しているのだ。
そして今回のコレを仕込んだ連中が狙って居るのもソレだろう。
『大量の雑魚を当てることでお主の戦闘を観察し、お主の能力を知ることができれば良し。そうでなくともお主が雑魚と戦いレベル上限を超えて内側から破裂すればそれでも良し。もしお主が逃走すればそのことを指摘して合法的に追い詰めることができるのでそれでも良し。なるほど隙の生じぬ三段構えじゃな』
ついでに言えば大量の【呪い】を受けた場合、破裂までいかなくても、安定するまで調子は落ちます。
敵の狙いはそこでしょう。無事に切り抜けたと油断しているところを狙って襲撃するつもりと見た。
『ほほほ。やるなら徹底的に、か。正解じゃ。悪くないのぉ!』
まったく、子供を一人を殺す為にここまでやるだなんて、なんて悪辣な連中だ。
陰陽師に人の心はないんか。
『おぉおぉ。それよそれ』
どれでしょう?
『今回の件、お主は最初から陰陽師の仕業じゃと確信しておるようじゃが、本当に陰陽師どもが仕組んだことなのかや? さしもの奴らとて人為的に【妖魔行進】を引き起こすことの愚は理解しているじゃろ?』
ん? 今更そこが気になるの?
あぁ、いや。そうか。神様は逐一陰陽師たちを監視しているわけではないからな。
マーキングは終えているのでいつでも丸呑みできる状態だが、逆に言えばいつでも片付けることができる状態であるからこそ彼らを放置しているとも言える。
これもまた上位者の油断と言えのかもしれない。
『まぁそうじゃの。で、実際どうなんじゃ? 何ぞ根拠はあるんか?』
根拠ですか。まず、通常【妖魔行進】とは忌むべきものです。
なにせ鎮めるために少なからぬ犠牲が出るし、すでに被害を受けている地域住民は事前に防げなかった退魔士に悪感情を抱きますからね。人為的に引き起こす意味がない。
『そうじゃのぉ』
だからこそ、と言うべきでしょうか。常識で考えてわざわざ自分の首を絞めるような真似はしないと理解できるからこそ、周囲の人間はこの【妖魔行進】が自然に発生したものだと勘違いをする。それが連中の狙いです。
『ふむ?』
そもそもの話、現在暗躍している陰陽師たちは関東を地盤としている連中ではなく、関西を拠点としている連中です。彼らは関東の治安が悪化しようが、関東の退魔士の評価が落ちようが気にしないんですよ。
『そんなもんか? 同じ日の本の民じゃろうに』
そんなもんですよ。むしろ「関東の退魔士は情けないなぁ」とマウントを取ってくる可能性が高いまであります。
で、地域住民とてどれだけ退魔士に怒りを覚えていても妖魔の恐怖を実感した以上、排除しようとは思わないだろう。だが心情的に頼りたくないと考えてしまうのもまた事実。
容認する気持ちと排斥したいという気持ちに挟まれて動けなくなっている民衆の前に現れるのが、関東の退魔士とは別の組織に所属する陰陽師たちです。
『ほうほう』
彼らは【妖魔行進】で少なからぬ被害を被った上に民心を失ったことで混乱している関東の各組織を尻目に本場の人間として治安維持活動をおこないつつ、生き残った陰陽師たちを纏めあげて勢力の再編と拡大を図るでしょう。
『陰陽師たちに動機があるのはわかった。じゃがそれなら陰陽師以外でも同じことができるのでは?』
できるかできないかで言えばできるでしょう。でもね。
『でも?』
この時期に、山梨と神奈川と東京の三か所で同時に【妖魔行進】を引き起こせるのって、山梨に隠れている陰陽師以外にいますか?
『……そう言われてみればそうじゃな』
俺だって山梨に陰陽師の実働部隊が潜伏しているって知らなかったら陰陽師が犯人だとは思いませんでしたよ。
それをするだけの動機と、それができる手段と、それをやりそうな面子が揃っていたら、それはもう推定有罪で良いと思いませんかねぇ?
閲覧ありがとうございました。
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