14話。動き出す悪意⑤
『『『『グォォォォォォォ』』』』
「……まさか連中がこんな手段を使ってくるとは。読めなかった。この俺の眼をもってしても」
『これには妾もビビった!!! しーらない。しーらないっと!』
神様のそれは怯懦からくるビビりではなく普通にビビッときた感じだと思うが、向こうが俺たちの想定を上回ってきた事実に変わりはない。
「やってくれたなぁ!」
正直敵を侮っていたことは否めない。
ここまでやるか? と思わなくもない。
だが実際にやられた。やられてしまった。
今に至るまで俺はこうなることを想定できなかった。
そういう意味では完全に裏を掛かれたのだろう。
知恵比べでは文字通りの完敗。
そして敵の知恵に後れをとった結果がこれだ。
『『『『オォォォォォォ!』』』』
『やかましいわ!』
それもこれもすべては俺の油断慢心が原因。
今回俺は、神様のおかげで誰よりも早く敵の情報を得ることができた。
敵が隠れている場所も判明したし、数もレベルも分かった。
向こうが俺が展開している防御術式を貫通できないことも知った。
それらの情報を聞いて“その程度では俺に届かない”と結論付けた。
その上で、俺にどうにもならない相手が出てきたら神様に頼ればいいと考え、楽観していた。
これが油断でなくてなんだというのか。
なにが討伐隊の頑張りに期待する、だ。
なにが奇跡を安売りしない、だ。
なにが超抜の存在の悪意はニンゲンには知覚できない、だ。
ニンゲンこそ悪意の塊だろうが。
長い歴史の中で、己より強いモノを殺す手段を確立することに心血を注いできたのがニンゲンだろうが。
上位者が持ち合わせる無邪気な悪意と、ニンゲンが上位者に向ける純粋な悪意の違いを見誤った。
そもそも、敵を見つけておきながら「何もできないだろう」と軽く考えて放置したことが問題だ。
なぜ殺さなかった?
神様に頼らずとも、自分で現地に行って処理しようとしなかったのは何故だ?
それは怠慢ではないのか?
見敵必殺の教えはどうした?
自分以外は全て敵と見做していた頃の鋭さは何処に消えた?
百獣の王と呼ばれる獣でさえ警戒心を亡くした時点でただの獲物に成り下がるというのに、俺は何をしていた?
それっぽい情報を流すために雫さんのレベルアップを手伝ったり、東根先輩の鍛錬に付き合っている暇があったら敵を潰すべきではなかったか?
最低でも早苗さんや東根先輩に情報を渡していればこんなことにはなっていなかったはずだ。
自業自得。あの時の決断が、今、俺を苦しめることなっている。
『結果論じゃがな』
確かに神様のいうように、結局は結果論でしかない。
いまこうして反省しているのも、自己満足に浸っているといえるだろう。
だが、俺がやるべきことを怠ったのは事実。
王でもない癖に油断慢心した結果、俺は自分には届かないと断じたはずの格下にしてやられているのも事実。
自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。
これを無様以外になんと形容すればいい?
これを反省せずして、どうして神様と共に歩んでいける?
圧倒的上位者である俺を相手に知略を尽くしてきた相手を認めずして何を認める?
あぁ見事だ。素直に称賛しよう。
少なくとも俺はこんな手段を思い付かなかった。
こんな手で追い詰められることを想定していなかった。
だが、負け惜しみと思われるだろうが、敢えて言わせてもらいたい。
「誰が予想できるかこんなもんッ!」
『そら普通の人間には予想できんわ』
『『『『グォォォォォォォ!!』』』』
思わず叫んだ俺の目の前には、数百、否、千を超える妖魔の群れが蠢いている。
異界ではない、現世に大量の妖魔が群れをなしているのだ。
通常ではありえない現象。
一般人は何が起こっているか理解さえできないだろう。
だが俺は、退魔士はこの現象の名を知っている。
『包囲殲滅陣じゃな!』
うん。確かに包囲されていますね。
俺が。
もちろん「5000の魔物を300人の人間で囲んでどうする?」とか「個別の力量に差がなかったはずなのに一方的に狩れるのはなんで?」とか「そもそも囲みが囲みとして機能する前に各個撃破されるか囲みを突破されるだけじゃないの?」とか「勝率⑨割」とか突っ込まれた伝説の陣形が展開されつつある程度のことで死んでやるほど俺は親切な存在ではない。
退魔士と妖魔の戦いは魔力のぶつかり合いだ。
圧倒的な力を持つ個を相手に、弱き存在が群れたところで意味はない。
俺でもその気になれば一撃で半分以上は蒸発させることができる。
神様に至っては数秒現界するだけで全ての妖魔を押し潰すことが可能だ。
『ただのカカシ以下じゃな!』
正しく格が違う。
だからこそ、この程度のことで俺は死なない。それは断言できる。
だがしかし「死ななければそれで良いのか?」と問われたら、俺は否と返す。
今回はたまたま死ないと確信できる状況なだけで、普通であればこの状況は死を免れないような状況なのだ。
そんな“通常死が免れない状況”に陥ったのは、偏に俺が油断していたからだ。
その油断が原因で、こうして現在進行形で足を掬われているのだから、最近の自分の行いに対して反省をする必要がある。反省しなくてはならない。
『退かぬ! 媚びぬ! 省みぬッ!』
それが許されるのは帝王のみ。
俺はあくまでしがない神社の長男なのだということを忘れてはならなかったのだ。
まぁそんな長々と反省したところで何が解決するというわけでもないのだが。
『反省だけなら猿でも出来る!』
本当にその通り。もし俺が俺ではなく、たまたま近くにいた第三者だったらここでまごまごしている輩に対してこう告げるだろう。
反省している暇があったらさっさと事態の解決に動け、と。
しかしながらそれはできない。
何故なら今ここでそれをやるということは、不特定多数の人間に俺の能力を晒すということなのだから。
自分の能力を秘匿するのは退魔士としての常識である。
そのためよほどのことが無い限り、不特定多数の人間の眼があるところで全力を出すよう強制されることはない。
もちろん一般人に被害が出さないことが大前提だが、幸か不幸か今この周辺に一般人はいない。
いるのは複数の退魔士だけだ。
だから俺は全力を出さなくても文句を言われないが、その反面全力も出せない。
いや、全力どころか半分も出せない。
勿論特殊な術式も使えない。
今の俺にできることは、レベル10~15相当の雑魚を一匹一匹丁寧に殴り倒すことだけだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
端的に言って物凄いストレスが溜まる!
『例えるならプチプチするやつを一巻分もってこられた後で、そのプチプチを一つ一つ潰すことを強いられている感じじゃろうか』
本当にそんな感じ。
自分で一つ一つ潰すと決めたのであればまだしも、それを強いられることがこんなにもイラつくことになるとは、正直思ってもいなかった。
そういう意味では連中の意趣返しは確かに成功したのだろう。
だって俺は今こんなにイラついているのだから!
『向こうはお主をイラつかせたかったわけではないと思うんじゃがのぉ』
知らぬ! 存じぬ! 愛などいらぬ!
邪道に手を染めた陰陽師ども!
この恨み、必ず晴らさせてもらうぞ!
レベル差があるからと余裕ぶっこいていたら見事に足を掬われた主人公の図。
油断慢心はいけない(戒め)