13話。動き出す悪意④
相手の動きを予測する際に効果的と言われる手法の一つに“相手の立場になって考える”というものがある。
極々当たり前のことのように思えるが、その当たり前のことができないニンゲンが結構いるからこそ、こういう言葉が残っているのだろう。
ただし、相手の立場になりきるためには相手の情報が必要不可欠である。
これまた当たり前の話だが、最低限の情報がなければ相手の立場には立てないのだ。
翻って、俺を狙う連中について考えてみよう。
こちらが相手の立場に立つことはできる。
だって神様が必要な情報をくれたから。
なのでここでは相手の立場になって考えてみよう。
敵は、術式で標的の情報を得ることはできない。
神社庁から得ることができる情報は大したことがない。
協会に当たってみたが黙秘される。
寺社系や教会系、もしくは中津原家に敵対している神道系の連中には聞けない。
中津原家が情報を売るはずがない。
興信所は行方不明になるニンゲンが多すぎて依頼を出しても拒否されてしまう。
学校からの情報ではCランク相当の実力しかないらしいが、嘘だとわかっている。
うーん。
どうしようもない。
『少なくとも連中は熊野神社を根城にしておった輩の実力を知っておるはず。その輩が依頼を達成できなかった時点で、お主のことを雑魚とは思っておらんじゃろう。で情報を探ってみたが何もわからんときた。調べれば調べる程わけがわからん存在とはお主のことよ』
妖怪みたいな言われようだが、向こうからしてみたら妖怪以上に意味が分からないだろうな。
『そらそうよ。詳しく言えば、陰陽師どもは例の輩が隠形鬼を使役していたことも知っておる。そして隠形鬼の強さも知っておろう。であれば、公式記録とされておる「熊野神社におった仲間が風鬼が暴れたせいで全滅した」などという情報を信じてはおらん。つまり連中にとってお主は隠形鬼以上、もしくは隠形鬼を退けるナニカを持った存在というわけじゃな』
まぁね。風鬼より隠形鬼の方が強いですもんね。
そりゃ風鬼が暴れたせいで死んだと言われても納得しませんわ。
『連中が公式記録を訂正せんのは、わざわざ自分たちの秘密兵器が通じなかったことや、自分たちと敵対した相手が強大であることを吹聴する必要がないからであって、本当に一切の情報がないわけではあるまいよ』
なるほど。熊野神社に居た連中を物差しにすれば最低限の脅威度くらいは推し量れるというわけですな。それを知ったところで、ますます正体不明に磨きがかかるだけだと思いますけど。
『それな』
中津原家の幹部連中であれば俺のおおよその強さや神様が憑いていることを知っているが、彼らは事実を知っているからこそ絶対に口を割ることはない。
『口を割ったらその時点で丸呑みじゃもんな。家族ごと』
人質ですね。わかります。
やはり恐怖。
恐怖こそすべてを解決する。
『実際法の支配と言っても、それは“法を犯したら官憲に捕まる”という恐怖が抑止力となって秩序を生んでおるだけじゃからの。あと、犯罪者を捕まえる国家的暴力の存在が恐怖を生み、その恐怖が人を犯罪に走らせないんじゃよ』
マジレスありがとうございます。
そういうわけなので、何かやらかした時点で自分だけではなく家族も丸呑みされると知っている中津原家の人々が俺の情報を売ることはない。
前に早苗さんと俺を罠に嵌めようとした阿呆がいた?
彼らはあれだから。神様の存在を知らされていない程度の連中だったから。
欲を上回る恐怖を与えれば裏切らないって歴史が証明しているから。
……話が逸れた。
結局のところ向こうが知っていることと言えば、俺が展開している術式が強力であることと、隠形鬼を退けるナニカを持っていることくらいだろうか。
その上で彼らは俺を除かなければならない。
時間制限があるかどうかは不明だが、できるだけ早い方が望ましいと思われる。
『考えれば考えるほど詰んでおるのぉ。で、お主ならこの状況でどう動く?』
もし俺が相手の立場なら、まず隠形鬼よりも強力な手札を用意します。
『正攻法じゃな。家族は狙わんのか?』
俺を苦しめることが目的ならそれもあるでしょうが、俺を除くことが目的なら家族には手を出さないかと思われます。
『その心は?』
向こうからすれば、俺は彼らが動いていることを知らないことになっているでしょう?
それなのに俺の家族を狙えば、自分たちの存在――俺を狙う存在――が明るみに出ます。
本命である俺が警戒してしまえば、向こうは奇襲をかけることができなくなりますから。
『確かに。アンブッシュが許されるのは一回のみじゃものな』
えぇ。俺がどんな手札を持っているかわからない以上、彼らは俺を最初の奇襲で打ち倒す必要があります。故に最初の一撃。彼らはそこに全力を注ぐでしょう。
もし俺を狙わず家族を狙うようなら?
実行者は神様の祟りとは別に、俺謹製の呪術によって汚い花火を咲かせることになるとだけ言っておこう。
『アレな。久方ぶりに見てみたいところじゃが、今回は見れそうにないの』
と、いうことは?
『うむ。お主が予想した通りよ。向こうはしばらく情報収集を行う予定じゃが、一定の期間を過ぎたら切り上げて、初撃に全力を注ぐことにしたようじゃな』
情報収集を諦める、か。
それはつまり陰陽師たちが一か八かの賭けに出るということだが、彼らに勝算はあるのだろうか?
『あるんじゃろうな。連中の中では』
神様の反応からすると、効果の程は薄いらしい。
と言っても、それは飽くまで神様からみた効果であって、俺に対して無力とは限らない。
向こうとて千年以上の歴史がある組織なのだ。
俺如きが見下して油断するなど厚かましいにも程があるというものだろう。
しかし、陰陽師関係で隠形鬼以上の存在となると……何だろう?
有名なのは陰陽道の主神である泰山府君だが、まさか一個人を潰すために冥府の神を呼び出すとは思えない。そもそも呼び出すことが可能なのか?
『可能か不可能かでいえば可能じゃろう。じゃが、呼び出した後のことを考えれば無謀に過ぎると思うぞ』
ですよねー。
わざわざ主神を呼び出して「自分たちの面子のためにあの小僧を片付けてください」なんて頼む奴はいないし、それに従う主神もいないですよねー。
『ほぼ確実に「自分でやれ」と言って帰るじゃろうな。下手すればつまらんことで呼び出した罰を与える可能性まであるぞい』
わざわざ労力をかけて呼び出した主神に罰せられるとか、どんなエクストリーム自殺ですかねぇ。
向こうがどんな自爆をしても向こうの勝手だが、さすがにそこまでアレなわけではないらしい。
ただ、見方を変えれば向こうは泰山府君以外で俺をどうにかできる宛があるということだ。
それは当然隠形鬼以上の存在でなくてはならない。
道教絡みであればいくらでも候補はあるのだが、彼らにも陰陽師としてのプライドがあるだろうから、使う術式も陰陽師としてのモノであるはず。
そうなると五行思想から生まれた五竜や五獣だろうか?
……ありそうだな。
まさか竜が隠形鬼以下なんてことはないだろうし、竜を召喚しなくてもソレに近い概念の力を持ち出す可能性はあるかもしれない。
やばい。考えれば考える程あたりっぽいぞ。
さすがに今の俺が竜に勝てるとは思わない。
だから、もし連中がそういったモノを召喚してきた場合は遠慮なく神様の力を頼ってもいいですかね?
『別にかまわんぞ』
がはは勝ったな。風呂入ってくる。
卑怯? 知らんな。
神様に頼りすぎると駄目男になる? 生きてこそである。
元々退魔士業界は歴史の闇に埋もれて競争を繰り返してきた業界なので、基本的に正々堂々なんて言葉は存在しない。
本当の意味で『勝てばよかろうなのだ』を地で行く業界だし、なにより俺には死んでも通すべき拘りなんてものはない。
故に、勝てないと判断したら即座に逃げるし、縋るモノがあれば縋るのだ。
『向こうとて己以外の力に頼っておるからの。お主が妾を頼って何が悪いというのか』
そういうことだ。神様が許容してくれている以上問題はないのである。
故に、もし討伐部隊による討伐が間に合わなかったとき、俺に仇為すことを目論む陰陽師諸兄は身を以て知ることになるだろう。
世の中にはニンゲンが手を出してはいけないモノが存在するということを。
そして超抜の悪意とはニンゲンが知覚する前からすぐ隣に潜んでいるモノだということを。
蟻が必死で巣にモノを運んでいるのを上から見て、飽きたら上から水を注いで溺死させようとする残虐な子供みたいな感じの価値観を持つ主人公がいるらしい。
閲覧ありがとうございました。




