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12話。動き出す悪意③

僵尸鬼。

日本ではキョンシーの名で知られる存在である。


道教に於ける概念では、魂は精神を支える気で死せば天に還り、魄は肉体を支える気であり死せば地に還るとされているそうな。


そんな中僵尸鬼は、死んだあとに魂は無事昇天したものの、魄が肉体に残ったままの状態なのだとか。


俺が知っているのは〇幻道士に出てくるアレだけなので詳細は不明だが、神様曰く基本的には吸血鬼とゾンビが混ざったような感じだと思えばいいらしい。


『もち米は弱点ではないから気を付けよ!』


へーとしか言えない。


問題はキョンシーの弱点ではなく、彼らがなんのためにキョンシーを使ってきたのかということだ。


いや、まぁ道教を祖とする陰陽師がキョンシーを使うのはわかるのだ。

だが、問題はそこではない。もっと根元的な問題だ。


『費用対効果が悪すぎる、か?』


ですね。


そもそも日本ではその多湿な風土から人が死んだ場合は土葬ではなく火葬が義務付けられているため魄が残っている死体を集めることが難しいし、なにより普通の死体に特殊な加工を施して操ったところで、出せる力は本来のニンゲンが出せる100%の力まででしかない。


普通ならそれで十分と思うかもしれないが、その程度では退魔士として強化された人間に適わない。


なんなら今の雫さんにさえ簡単に滅ぼされてしまうだろう。


しかもキョンシーは肉体を持っているため、持ち運びに苦労する。


自分で動かそうにも、日光に弱かったり自分を映す鏡に近寄れない(つまりビルなどのガラスも駄目)上、なにより目立つ。


持ち運びにも棺桶が必要なのだ。


端的に言って費用対効果が極めて悪いと言わざるを得ない。


こんなのを使うくらいなら普通の式神で良いではないかと考えるのも当たり前だろう。


まして今のご時世だ。

一般人から『陰陽師は死体を操っている怪しい集団だ』なんて風評が立つのはまずいという事くらい彼らとてわかっているだろう。


そんな費用対効果の悪いキョンシーを、なぜ失敗をするわけにいかないはずの陰陽師たちが利用しようとするのか。それがわからない。


しかもこのキョンシーは【輸入品】だ。

ですよね?


『それっぽいのぉ。大陸の臭いがプンプンするわい』


はい確定。


わざわざ死体を輸入する輩に碌な奴はいない。

もちろんそれを購入する輩にも、だ。


あとはこれがいつ、誰によって輸入されたのかということだが……その答えもだいだい想像がつく。


『ここまでお膳立てされたらのぉ』


大前提としてキョンシーを造れるのは道士である。

故に輸入先は中国である可能性が高い。


次いで、キョンシーは普通に輸入することができない。

当たり前だ。どこの世界に特殊な術式を施された死体を通す税関があるというのか。


いくら退魔士関連だと言っても、人道的な理由や検疫などの理由から絶対に通さないだろう。


そのため国内の勢力がキョンシーを購入するためには、密輸入をしてもらうしかない。


それを行うのは当然中国系のニンゲンである。


『おぉ。そういえば極々最近、中国系の密売人が密入国してきた事例があったの!』


間抜けは見つかったようだな。


そら国内でも有数の陰陽師であれば、国防軍や討伐隊が使う追跡術式に対抗できるだけの力量を持っているだろうし、ついでに国防軍の邪魔をできる程度には力を持つ政治家とも関わりがあるだろうよ。


向こうからすれば日本が持つ技術は喉から手が出る程欲しいはず。

それこそ死体を売る程度で技術が得られるというのであれば喜んで売るだろう。


『本来は隠れ潜んで行うんじゃろうが、今回のように買う側が国防軍や県警に捜査妨害をするのであればそんなに手間もかからんしな』


至れり尽くせりとはこのことだな。


そこまでして買うくらいなら自前でその辺の死体から造った方が早そうなものだが、そこは使い道を知れば納得できる。


『妾、いや、お主に縁を辿らせないため、わざわざ大陸から運んできたのじゃろ』


ですね。


彼らはキョンシー越しに俺を探ってきた。

それが使い道というわけだ。


今回向こうが俺の情報を収集するためにキョンシーを輸入するに至った理由はいくつか推察できる。


まず死体に干眼の呪いが通用しない(そもそもキョンシーは眼でモノを見ていないのだが)こと。


これはまぁそのままだな。


次いで、キョンシーを経由することで俺からの追跡を防ぐこと。


これも、そのままと言えばそのままだ。


いくら動物霊が九族を祟ると言っても、キョンシーとなった素体とまったく縁のない者を辿ることはできない。


『縁を探って最初に行き当たるのは素体となったニンゲンの家族や友人で、それから素体をキョンシーに加工した術者じゃからの』


通常縁を辿った先に居るのが死体かどうかなどはわからないので、追跡はそこで終わってしまう。


つまり使用者の発見は難しいということになる。


『探そうと思えば探せるやもしれんが、通常使用者と加工者が違うとなれば追跡の難易度はぐぐっと上がるもんじゃて』


そういうことらしい。


彼らにとって最大の誤算は、神様は縁という曖昧なものではなく『俺に術を掛けた存在』を探しているため、隠蔽に一切の効果がないというところだろうか。


さすが神様。略してさすかみ。


『ほほほ。妾にかかればこの程度お茶の子さいさいじゃよ! で、どうする?』


しばらく放置で。


『ほほう。お主がそういうのであれば妾はそれでも別に構わんが、お主はそれで良いのか?』


多分連中は俺に何ができて何ができないのかを探っているんだと思うんですよね。


『ふむ。続けて?』


ここで速攻でカウンターをキめた場合、向こうは“西尾暁秀が展開している術式はキョンシー越しにも術者に呪いを届かせる”って情報を与えることになりますよね?


『じゃろうな』


そうなると相手はもっと面倒な手順を踏んでくると思うんです。

一々それに対処するのも面倒だし、なにより手を封じられた相手が直接的な手段に訴えかけることもあるでしょう?


『あるじゃろうなぁ。そうなれば、お主はともかく家族や親族に面倒がかかる、と』


えぇ。両親や叔父さんたちに迷惑が掛かるくらいなら、敢えてこのまま放置しておいた方が良いかなぁって。


『物理的・霊的な干渉であれば何とでもなるが、社会的な干渉はどうにもできんからのぉ』


達人も金欠には勝てない。

そういうことだ。


ついでに言えば、向こうに俺のできることとできないことを誤認させることもできるので、現時点で向こうからの干渉を放置するのは一概に悪い手ではないはずだ。


『普通はそれが第一なんじゃがな』


それは、まぁ、ね。


そもそもカウンター系の術式は解呪の際に金を稼ぐためにやっていることであって、俺の個人情報を保護するものではない。個人情報の漏洩を防ぐ防御術式はカウンターの術式とは別にきちんと展開しているのだ。


もしそちらの術式が貫通されれば神様からその旨を伝えてくれるはず。

それがないということは、現時点で向こうは俺が展開している防御術式を突破できていないということ。


ならば放置したところで問題はないのではなかろうか。


『河北雫や東根咲良の情報は抜かれそうじゃが?』


別に彼女らの私生活が覗かれたところで、ねぇ?


盗撮と言えばそうなのかもしれないが、見られただけでなんの意味があるというのか。


『減るもんじゃあるまいし!』


そんな感じである。

パワハラ&セクハラで訴えられるかもしれないので口には出さないが。


それに、ある一定のラインを越えた退魔士で趣味と仕事の線引きができない者はいない。


趣味に走った結果、学校が展開している結界に触れて正体がバレた……なんてことになったら恥の上塗りどころの話ではない。というか、今の陰陽師にそんなことをしている余裕があるとは思えない。


もしやったら? 死ねばいいんじゃないかな。


『そんときはしっかり喰らったるわい』


よろしくお願いします。


そんなわけで、今も俺を探ろうとしている連中に対しては放置で。


一応拠点の場所と術者の人数と大まかなレベルなどの調査はした方がいいと思いますけど。


『おん? 場所は山梨にある静岡と神奈川と境を有する村の一角にある民家で、数は今のところ5。交代要員の有無はいまのところ不明。発音からして連中の出自は西。レベルは高くて30前後じゃぞ』


おそろしく早い調査。

普通に見逃したね。


しかし、山梨か。普通に中津原家の縄張りなんだが、これはどういうことだろう?


『灯台下暗し。挑発でもあるし、それぞれの県警が関わる面倒な地に潜ることで発見を遅らせようとしたんじゃろな』


なるほどなー。


県警同士の縄張り問題も視野に入れてきたか。ますます面倒な相手だ。


『つっても、その気になればいつでも丸呑みできるがの』


それは最終手段ということで。


そのとき、きっと彼らはなぜ自分が生かされているかわからぬまま溶かされて、神様の腹の中で殺してくれと懇願することになるだろう。


『別にすぐにやっても良いのでは? 今すぐだとお主の関与を疑われるやもしれんが、明日の朝とかに何の脈絡もなしにやれば問題なかろ? 向こうがどうなろうがお主には関係ないし』


俺の関与が疑われなければ問題ないし、連中の末路がどうなろうが知ったことでもありませんが。


『ありませんが?』


全部が全部神様が片付けるのは、なんというか、やるせない気になるのだ。


こう、ヒモ男が全部お願いしているみたいな感じ、と言えばいいだろうか。


『大した労力を使っとるわけでもないから気にせんでもええんじゃがのぉ』


男を駄目にする女性はみんなそう言うんですよ。


ともかく、討伐隊がきちんと調査してくれることを祈りましょう。


『む? さっき教えた情報は伝えぬのか?』


教えません。だってその情報は神様が得たものですから。


『ほーん?』


神様は簡単に言っているが、今神様がやっていることは言いかえれば【神託】に他ならない。

常時神様と普通に会話している俺はともかく、早苗さんたちからすればこれは奇跡に等しいものだ。


『じょぉーじぃ』


奇跡は安売りしてはいけない。

古事記に書いてあるかどうかはわからないが、宗教組織にとっての常識である。


それはそれとして。

陰陽師の動向は注意が必要だろう。


なにせ彼らの目的は俺を”覗く”ことではなく”除く”ことなのだから。

閲覧ありがとうございました。



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