11話。動き出す悪意②
短め。
修行を見ていた雫さんを先に返して一人になった俺がやること。
それはもちろん……。
『自慰じゃな!』
肉体的に思春期とはいえそこまで溜まっておりませんがな。
もし先に帰された雫さんがそんな勘違いをしていたら遠慮なく異界に叩き込む所存であるが、いくらなんでもそんな勘違いはしていないと思いたい。
『じっと見てみろ。(白いのが)飛ぶぞ』
品のないおふざけはさておいて。
神様が先ほど伝えてくれたのは、俺に対する何らかの術式が使われたということだ。
植田さんたちには『その都度反応していたら夜も眠れない』とそれっぽいことを言っているため、俺の周囲にいる人間は、俺が術式を受けたことを自覚していないと思っている。
それは半分正しい。
実際問題、俺に対して何らかの術式が使われた際に、それらを逐一観測していたら俺の体が持たないのは紛れもない事実だ。
ただし、それは飽くまで俺が観測する場合である。
『まぁの。神とは数万単位の民から祈りを捧げられるのが当たり前の存在じゃて。個別に仕掛けられた【呪い】を観測できない方がおかしいわな』
そういうことだ。
ついでにいうと、実のところ俺が自分の周囲に展開してある術式は問答無用で相手の眼を潰す凶悪なカウンター術式ではない。ただのそこそこ強固な防御術式だ。
『今のはマホ〇ンタではない。フバー〇だ』
では何故普段俺に術を仕掛けた相手に対して全自動でカウンターが発動しているのかというと、単純に神様が俺に術式を仕掛けた相手を逆探知して嫌がらせを行っているだけだったりする。
その嫌がらせが金になると知った俺と、カウンターを受けた相手の畏れや怯えを喰らって小腹を満たしている神様による趣味と実益を兼ねた遊びが、協会やら教会やら政治家の皆さんが恐れている【干眼の呪い】の正体なのである。
なんともはた迷惑な遊びもあったものだが、そもそも俺に術式を仕掛けなければ何も問題ないのだ。
故に俺は悪くない。
『妾も悪くない!』
性質は間違いなく 邪悪:chaos な存在ですけどね。
何が言いたいかといえば、神様は俺に術式を仕掛けてきた相手を個別に認識できるということだ。
で、その辺の有象無象がどうでもいい術式を仕掛けてきたというのであれば、神様はわざわざ俺に伝えたりしないで普通にカウンターをキめる。
その後は個人的に楽しんで終わりだ。
それをせずに俺に告知してきたということは、今回俺に術式を仕掛けてきた相手もしくはその相手が用いた術式が特殊なモノであるということである。
現状俺に対してそんな特殊な術式を仕掛けてくる相手は限りなく少ない。
というか、心当たりは一つしかない。
陰陽師。
以前熊野神社を根城にしていた陰陽師が返り討ちにあったことで、東京に拠点を構えていた陰陽師たちは致命的なダメージを受けた。
また、陰陽師に依頼を出していた依頼主にも類が及んだことで、焦った依頼主は陰陽師に対して出していた依頼を取り下げたし、中津原家を通して謝罪も行われている。
それを受けて俺も干眼の呪いを解除した。
よって、この件はそれでおしまい。
とはならない。
『このままでは連中の沽券にかかわるからのぉ』
今回の件で陰陽師は大量の犠牲者を出しただけでなく、依頼主はもちろんのこと、周囲の宗教勢力からの評価も大幅に落としてしまった。
呪いを仕掛けることも失敗した。
カウンターでキめられた呪いを解呪することにも失敗した。
鬼を使った戦闘でも失敗した。
依頼主を護ることすらできなかった。
それどころか術を返されて自分たちが死んでしまった。
そんな連中に依頼を出す人間がどこにいるというのか。
彼らにナニカを頼むくらいなら、神道系列に頼むだろう。
具体的には勝者である中津原家や、その分家に。
これだけでも商売あがったりだというのに、悪いことは重なるもので、昨今は個人事業主的な退魔士たちが増えているせいで陰陽師としての活躍の場が狭まっているときた。
この状況でこれ以上評価を落としては勢力として立ち行かなくなってしまう。
汚名を返上しようにも、現状『陰陽師しかできないこと』というのは極めて少ない。
そんなこんなで、権力者たちから実力に疑問を持たれた彼らがしなければならないことはただ一つ。
『何が何でも元凶であるお主を潰すこと、じゃな』
そう。それしかない。
ただし、彼らには後がない。
これ以上の失態を重ねてしまえば陰陽師という勢力が潰えてしまうかもしれない。
彼らはそこまで追い込まれているのである。
いや、追い込んだのは俺かもしれないが。
『己より強いモノに挑むのは勇気かもしれんが、何も調べもせんで己より強いモノに挑むのは蛮勇でしかない。そんなん失敗して当然じゃ。徹頭徹尾、自業自得よ』
返す言葉もございません。
というか、別に彼らをフォローする必要があるわけではないので反論する気もない。
ともかく、彼ら陰陽師はこれ以上失敗することが許されない状況である。
そのため俺にちょっかいをかける際には必勝の策を用意してくるはずだ。
だが、必勝の策を練るためには俺の情報がいるわけで。
『お主のことを知らずに策を立てたところで無意味じゃからのぉ』
彼を知り己を知ればなんとやら。というやつである。
「で、彼らは俺の情報を集めるためにどんな手を使ったんです?」
術式で覗けば反撃される。
興信所の人間を雇って調査することはできなくはないかもしれないが、今まで結構な数がナニカによって行方不明となっているので、現状俺の調査を引き受けようとする人間はかなり少ないはず。
通常なら打つ手なし。と言いたいところだが、わざわざ神様が告知してきた以上、常道ではない手段を使ってきたことは明白。
ではそれが何なのかと聞いてみれば、そこには驚きの答えが待っていた。
『うむ。連中はどうやら僵尸鬼を介してお主を調査をしているようじゃ。中々どうして。目の付け所がシャープじゃな』
「……そう来たかぁ」
連中は天災か?
約束された面倒ごとを前に思わず溜め息を吐きそうになる俺氏であった。
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