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10話。動き出す悪意

いざという時は討伐部隊に協力すると約束を交わしたものの、俺が協力するのはあくまで討伐部隊の面々がやるべきことをやったあとで「自分たちの手に負えないと判断されたときに限る」という条件をつけているため、普段は特に何をしろと言われるようなことがあるわけではない。


そのため放課後に雫さんを連れだしてはその辺に漂っている霊を祓って戦闘経験を積ませるという、退魔士としては初歩の初歩にあたる訓練を監修する時間もあるわけで。


「は、破ぁ!」


『ア、ァァ……』


本日5体目の討伐を確認、と。


『お、レベルが上がったぞい』


ほほう。ようやくですか。

レベルが上がるのに数日かかったのが早いのか遅いのかは不明だが、レベルが上がること自体は悪いことではない。


だからきちんと告知してあげませう。


「今のでレベルが上がりましたよ。だいぶ慣れてきたようで何よりです」


これは本当にそう思う。その辺の浮遊霊程度に怯えていてはレベルアップどころじゃないからな。


「ありがとうございます! これで今の私はレベル3ですよね!?」


「えぇ。この調子で順調にレベルアップを重ねればBランクなんてすぐですよ」


「はい! 頑張ります!」


学校の基準ではレベル6以上からBランク扱いなので、雫さんが今年中にBランクに昇格するのはほぼ確実である。


Bランクになったら異界に潜って稼げるようになるので、そうなれば今俺が御神体のレンタル料金として支払っている月30万の支払いが無くなっても生きていけるだろう。


逆に言えば今年中にそこまで成長できなければ詰むという話だが、その場合は強制的にレベリングをするので問題はない。


『そんなん、Bランクの異界で走らせれば一回でいけるもんな』


えぇ。なのでどう転んでも失敗はありません。そして彼女を成長させたという実績があれば俺もBランクくらいにはなれるでしょう。多分。


『別になれんでも困らんがな』


まぁ、そう言わずに。


一部の教職員が必死で考えた嫌がらせですよ?

ならばこちらも楽しまねば無作法というもの。


『あ~。無視するよりは有情、か?』


でしょう? 無関心はかわいそうですからね。


ちなみに、雫さんを鍛えるにあたってレベル云々に関してはすでに伝えてある。


もちろん神様が正確に測っているという事実は伝えず、あくまで霊力量の総量から測定していることにしているが。


それでも目安としてわかりやすいし、レベルが上がったことを伝えられれば成長も実感できるので、雫さんの中では高い評価を得られているらしい。


わかりやすいって大事よね。


『話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。とはよぉ言うたものよな』


大正時代の軍人にして思想家、ヤマモト・ゴロクの言葉ですね。


正確には【やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ】に続く言葉であり、全文を書き表せば【やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず】となるのだが、まぁそこまではね?


簡単に言えば、目標と自主性は大事ということだ。


この格言を今回の件に当てはめれば、最初に彼女と話し合って「お金が稼げるようになりたい」という希望を聞き入れ承認したうえで戦闘を任せた結果、彼女は順調に成長しているということになる……かもしれない。


『ふわっとしとるのぉ』


こんなあやふやなやり方でもここまで如実に成果が現れるのだから、昔の人の言葉は凄い。(確信)


しかしあれだな。急激に成長をしているせいだろうか、今の雫さんを見ていると少し前まであったオドオドした感じが薄れているように感じるのだが、気のせいだろうか?


『気のせいではないな。明らかに距離が縮まっておるわ』


やはりそう思います?


んー。戦闘経験を積んだことと、レベルアップを実感して退魔士としての自信を得たこと、さらにはその自信を齎すことになった俺の教育方針に納得したことで色々吹っ切れたんですかね?


『それもあるじゃろうが、一番の理由はお主に馴れたからじゃと思うぞ』


馴れ? あぁ言われてみれば、弟子にするとか鍛えるとか言っていたわりに座学を中心にやらせていましたし、その座学も他の人に任せていたから彼女が俺との距離感を掴めなかったのも当然と言えば当然かもしれませんね。


先ほどの理由から色々と吹っ切れたことに加えて、ここ数日時間を共有したことで俺に対する信用が増したため、心理的な距離が縮まったというわけだ。


差し詰め『金払いはいいものの正体不明の同級生』から『そこそこ信用できる師匠』にランクアップした。といった感じだろうか。


『うむ。そんな感じじゃと思うぞ。知らんけど』


神様には人の心が分からない……。


『そらそうよ。だって妾は神じゃもの』


ですよねー。


まぁ、個人的には信用も信頼もして貰う必要はないが、素直に指示に従ってくれるのであればそれに越したことはないと思っているので、彼女の心境が変化したことについて喜ぶことはあっても忌避することはない。


尤も、環のように馴れ馴れしくなったら多少わからせる必要があるだろうが。


『エロいことするんでしょ!? ウス=異本みたいに!』


そんなことはしませんよ。


神様の名を騙って中津原家の子女を苗床にしていた蛇モドキじゃあるまいし。


『中津原の先祖は犠牲になったのじゃ。古くから続く因習……その犠牲にな』


嫌な……事件だったね。

まだ見つかっていない骨とかあるんでしょう?

ゴミ捨て場だった場所を探せば見つかるかもしれないけど、誰も探そうとしないところが悲しいところである。


せめてもの救いは、彼女らが犠牲になった対価として中津原家が深度5相当の異界で採取できる素材を得られていたことくらいだろうか。


その素材がなければ中津原家がどうなっていたかを考えれば、人柱の存在意義もわかるというものだ。


『ヒトの皮を被った雑魚どもめ。てめぇらの血は何色じゃー!?』


それは、どっちのことだろう。

中津原を騙していた蛇のことだろうか? それとも娘よりも素材を優先した中津原家の歴代当主のことだろうか?


とりあえず人のガワを被った蛇っぽい妖魔の血は紫っぽい色をしていたような気がする。


肉の味については神様が全部丸呑みしたため言及できないので悪しからず。


『味か。単純にまずかったぞ。たとえるなら、あ~そうじゃの。練り消しみたいな感じ、と言えばわかるか?』


あぁ。妙に甘い臭いするせいで子供が口に入れてしまうので、その可能性を考慮したメーカーが最初から少量であれば健康被害などが生じないような材料で作っているという親切設計のアレですか。


アレは味がないのに極めて不味いと感じる物質だ。


その特筆するべきところは味ではなく不自然かつあからさまに健康に悪そうな臭いと、食べてみて始めてわかるヤバい食感にある。


まず伸縮性や弾性に富むのでかみ砕くのは難しく、口の中に入れた場合は歯で削り取るか、舌と歯で挟むようにして切る必要がある。


表面はぐにゃっとした感じだが、中に歯を入れるとすぐに妙な臭いがした粉っぽいのが口の中でボロボロと広がって、うぇってなる感じがする。


水を加えるとボロボロと広がった細かいやつも表面がツルツルになるので一気に流し込めるものの、塊が大きいと喉に詰まる可能性があるので、大きいのは口の外に出すかさらに細かく削らなければ危険である。


しかし削れば削るほど粉っぽいのが広がってうぇってなるので、練り消しを口に入れてしまった子供は中々削ってくれない。


また、下手な体勢で吐かせようとすると喉に詰まって呼吸障害が発生する可能性があるので、処理する際には注意が必要だ。


それらの事情から、子供が誤って食べた際に親御さんが苦労することになる。


結論としては、色々と不味い。


口の中に広がった不自然な臭いを思い出すだけで吐き気がする程度には不味い。


あんな、処理に苦労した親御さんから蛇蝎のごとく嫌われる文房具を大量に丸呑みした神様の苦労はいかほどのものか。


俺には想像もできないが、苦行であることだけは確かだ。


その節は誠にご苦労をおかけしました。


『あぁいや、妾は丸呑みしたからそこまでは酷くなかったわ』


そうですか? まぁ神様が辛い思いをしていないのであればそれで良いのですが。


『うむ。そんなに気にせんでええぞ。それと……来たぞ』


ほほう。予想通り、ですね。


『まぁの』


では、動きますか。


『おおよ』


と、その前に。


「雫さん。すみませんが急な仕事が入ったので今日の訓練はここまでです」


「あ、はい」


うん? 微妙に納得していないよう見えるが、どうした?


レベルアップしてテンションが上がっているから「まだやれるのに……」とでも思っているのだろうか? 


残念だったな。それは錯覚だ。


『レベル3で調子に乗られてものぉ』


ですね。勝手な真似をされても困りますので釘を刺しておきましょうか。


「レベルが上がったとはいえ、今の雫さんはまだまだ未熟です。なので、俺の見ていないところで勝手に異界に潜ったりはしないでくださいね? 死にますから」


深度1の異界ならまだしも、深度2以上の異界なら間違いなく死ぬからな。


いくら俺でも自殺志願者は助けられないし、そもそも助けるつもりはないのである。


妖魔と戦うにあたって恐怖を味わうのもある種必要な経験ではあるのだが、今はまだ早い。


「ぜ、絶対に潜りません!」


「そうしてください。それでは仕事があるのでこの辺で失礼しますが、まっすぐ帰って下さいね? 寄り道しているのを見つけたら異界に叩き込みますよ?」


その場合は死ぬ直前まで観察する所存である。


それこそ薄い本の題材になるくらいには悲惨な目に遭うが、それもこれも本人が望んだこと。


全身で異界を満喫して頂きたい。


「はい、まっすぐ帰ります! お疲れさまでした!」


そう思っていたら雫さんはあっさりと折れてくれた。


なんか消化不良な感じもあるが、指示に従うと言っている以上、ナニカをするわけにもいくまいよ。


「はい。お疲れさまでした」


挨拶は大事。だからちゃんと返さなくてはならない。


「さて」


別れの挨拶をした雫さんが学校がある方へと歩いていくのを見送りつつ、自分の中にあるスイッチを切り替える。


『やることは終わったか? そんじゃ、こっちもやるかの?』


仕事の時間だ。


無粋な連中に、挨拶なしのアンブッシュが赦されるのは一度だけだということを教えてやりましょう。

閲覧ありがとうございました。



別作品のことではありますがこの場を借りて宣伝をば。


活動報告にも書いておりますが、本日5/15は自分が書いている三国志をベースにした小説、偽典・演義5巻の発売日となっております。


加筆や修正に加えて16,000字くらいの書下ろしもありますので、WEB版を既読済みの皆様にも楽しんでいただける内容になっていると思っております。


少しでも気になると思って頂けたら是非お手に取って頂きますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。


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