9話。早苗さんの頼みごと②
結論から言えば、早苗さんからの依頼は受けることになった。
元々中津原家としては異国の退魔士を野放しにできないので、彼らが国防軍へ協力することは確定しているのだ。
そのうえで『できるだけ自分たちでやるつもりだが、捜査が空振ったり戦闘で後れを取った際など、本当にどうしようもなくなったときに「駄目でした」とならないよう保険を掛けたい』というのであれば、協力しない方が問題だろう。
また”人事を尽くして天命を待つ”という言葉があるように、最初から神頼みは頂けないが、やるべきことを全部やった後で神様に縋るのはなんら間違ったことではない。
というか、それこそが正しい信仰の形と言える。
これなら神様を軽んずることにはならないので問題ない。
そんなわけで、今回は協力することにしました。
『うむ。よきに計らえ』
かなりどうでもよさそうな感じだが、反対されなかっただけ良しとしよう。
というか神様が人間同士の争いに興味を抱かないのはある意味では当たり前のことなのだが。
それはそれとして、討伐部隊に協力する以上は知らなければならないことがある。
「国防軍が隠している情報を知りたい、ですか?」
「えぇ。少なくとも国防軍側が殺された捜査員が最期に使った術式の中身を知らないというのは嘘でしょう」
「……嘘?」
「隠したのではなく、知らないと言ったのであれば間違いなく嘘ですね」
確かに秘密兵器や奥義は隠すものだが、それも所属や状況によりけりだ。
今回のように、いつ死ぬかわからない任務に就くことを承諾している退魔士が、直属の上司にまで術式を隠すとは考え辛い。
『隠していたらいざというときに対処が遅れてしまうからの』
まさしく今のような状況ですね。
無駄な時間=敵が逃げたり隠れたりする時間である。
退魔士にとって死を賭して使った術式が無駄撃ちに終わることほど屈辱的なことはない。よって捜査員が死を賭してナニカを仕掛けたというのであれば、その効果のほどは別として中身は知っているはずだ。
それが相手を死に至らしめる呪いなのか、ダメージを与える呪いなのか、何かしらのマーキングをするだけの呪いなのか、呪いではなく別の効果があるナニカなのかは不明だが、上司がまったく知らないということはないだろう。
ついでにもう一つ疑問に思ったことがある。
「そもそも討伐部隊はどこの誰を討伐する予定なんですか?」
「え?」
「密入国者なんてごまんといます。密売人だってごまんといます。ここ数日で取引に横須賀のふ頭を使った人間なんていくらでもいるでしょう。それらを全部討伐するんですか?」
無論国防軍としてはそれができれば最良なのだろう。
だがそれは有志によって編成された討伐部隊にやらせる仕事ではない。
討伐部隊の標的はあくまで”やり過ぎた退魔士”であって、普通の密入国者や密売人ではないのだから。
「つまり国防軍の中で何かしらの目途が立っているからこそ討伐部隊が編制されることになったはず。ですが早苗さんに知らされた情報だと国防軍も何も知らないことになっている。それはおかしいでしょう?」
国防軍が討伐部隊に参加した退魔士を信用していないというのであればそれまでだが。それなら討伐部隊を組む意味がない。
政治家や県警に足を引っ張られてブチ切れている国防軍が、味方である討伐部隊に対して「騙して悪いが」をするとは思わないが、捨て駒にされる可能性もある。
『捨て駒のぉ。まぁ他国にまでその名が届いているほどの名門でありながら、その実、内紛で力が弱っている家の使い方としては妥当なところじゃな』
軍事作戦上の捨て駒という意味でも使えますし、政治的な捨て駒という意味でも使えますね。
もしくは外交上の問題になった場合に全責任を押し付ける対象としてキープしている、とか。
「そ、そんな……」
「敵はそれらだけではありません。密売人が所属している組織然り、中津原家が失敗することを望んでいる連中然り、文字通りいくらでもいます」
仏教系統然り教会系統然り陰陽師系統然り、なんなら同じ神道系列でさえ中津原家の失敗を望んでいるだろう。文字通り全方位が敵だらけなのだ。故に現状どれだけ警戒しても”し過ぎる”ということはない。
「……」
俺が懸念していることを伝えると、ただでさえ悪かった早苗さんの顔色がさらに悪くなっていく。
「実際にそこまでするとは限りません。ただの考えすぎという可能性も有ります。ですが隠し事をされているという事実があることと、表に出ていない相手に対しても警戒が必要だということはお忘れなきようお願いします」
「……はい」
『ふむん。この反応を見るにこやつは気付いておらなんだようじゃな。もしや現当主が隠したか?』
さて。早苗さんが自分で気付くまで隠そうとした可能性も有りますが、それ以前に現当主が諸々の危険性に気付いていない可能性も有りますよ。
『いや、それはないじゃろ。腐っても名門中津原の当主ぞ? そのくらいの危機管理ができんはずないじゃろ』
微妙なんですよねぇ。
もしも今回国防軍からの依頼を受けたのが名門を継ぐために十分な教育を受けた先代、つまり早苗さんの父親であればこんな心配はいらないんですが、現当主はそういった教育を受けた人ではないでしょう?
『む? あぁ。そうか。今の当主は元々血を保つために分家に嫁がされた身じゃったな』
言い方はアレですが、まぁそうです。
彼女が現在の地位にいるのはあくまで先代の姉という血統と、俺と仲の良い早苗さんとの関係を重視してのことであって、彼女個人が能力に秀でているところがあったからではありません。
家を保つために必要な能力は備えているでしょうが、政治的知識や軍事的知識があるかと言われると微妙なところなんですよね。
『いわれてみればそうじゃな』
もちろん、全部理解した上で早苗さんの成長を促すために隠しているという可能性もあるので現時点ではなんとも言えないところなんですが、万が一現当主が国防軍や政治家どもの狙いを理解していないようなら今回の件は中津原家にとってかなり面倒なケースになりかねないわけです。
『で、中津原家が潰えればお主も困る。じゃから向こうから依頼が来たのをいいことに早いうちから作戦に参加し、必要と判断したらフォローを入れるって感じか?』
そんな感じです。
つまり今回の仕事は、問題が発生したらちょいと動くだけで中津原家に貸しができるうえに敵対する連中から色々と搾り取れるオイシイ仕事であり、問題がなければ後方師匠面しているだけでお金と討伐部隊に参加したという実績が貰えるオイシイ仕事ってわけですよ。
どちらに転んでも得しかない。
まさに完璧にして究極の策也!
『完璧で究極のゲ〇ターなど存在しない!』
常に進化し続けるナニカに憑りつかれた顔面凶器博士はドワォしてどうぞ。
最後のが書きたかっただけともいう。
閲覧ありがとうございました