8話。早苗さんの頼みごと➀
なんやかんやで放課後。
他人に聞かれては困る内容のお話をするということで、早苗さんと俺は学外にある喫茶店――平時は普通の喫茶店だがいざという時は避難所や指揮所として使えるよう中津原家が造ったお店――の一室にてお話をすることにした。
確かにここならそう簡単に情報が漏洩することはないと思う。
もちろん何事にも例外はあるので用心することを忘れてはいけないが、それでも不特定多数の人間が聞き耳を立てているであろう学校内で話をするよりはよっぽどマシだというのは理解出来る。
『逆に言えば、これからするお話とやらはここまでしないといけないレベルのお話ということじゃな』
でしょうね。
正直に言えば今の時点で帰りたいのだが、ここまで来て話を聞かないという選択肢もないわけで。
「早速ですが、今回はどのようなお話なんでしょうか?」
「それは……いえ、そうですね。先にお話を済ませてしまいましょうか」
「お願いします」
俺から話を振ったことが意外だったのか。メニュー見ていた早苗さんが一瞬目を丸くしたが、俺の表情をみて俺が早く話を終わらせたいと思っているのを悟ったのだろう。
早苗さんはメニューを横に寄せると、すすっと一歩分下がってから両手を膝の前に置いて頭を下げた。
『猛虎落〇勢!』
そうともいうが、一般的には土下座、否、五体投地と呼ばれる姿勢である。
実のところこれは早苗さんが俺と二人で話すときの基本姿勢だったりする。
普段他人の耳目があるところではやらないようお願いしているのだが、彼女はこうして二人っきりになると俺がナニカを言う前に率先して頭を下げてくるのだ。
(ちなみに彼女の父親こと中津原家の先代当主は『平身〇頭覇』ことジャンピング土下座を得意としている)
俺としては早苗さんにこんな態度を取られても困るのだが、厳密に言えば早苗さんが畏まっている対象は俺ではなく俺の傍にいる神様だ。
そうである以上、俺から言うべき言葉はない。
まさか神社の娘さんに「神様に対して畏まらなくて良い」などとは言えないし、そもそも神様を軽んずるようなことを言うつもりもないからな。
救いがあるとすれば、神様に対してリアルで『頭が高い』をするわけにもいかない早苗さんとしても、ずっと頭を下げていられる体勢の方が色々楽だということくらいだろうか。
「実は国防軍より討伐部隊を編成するので人員の派遣を願いたいという旨の連絡がございまして……」
「討伐部隊、ですか。討伐の対象は例の密入国者と、それと取引をしていた密売人でしょうか?」
「ご賢察恐れ入ります」
「ふむ。東日本での出来事ですから中津原家に人員派遣の依頼が来るのは理解出来ます。ですが、なぜ俺にそのお話を? 守秘義務は大丈夫ですか?」
討伐部隊を編成するというのは立派な軍事行動である。
その情報自体もそうだが、国防軍が声を掛けたメンバーなどの情報も軍事機密にあたるので、それを無関係の人間に伝えるのはよろしくない。
たとえそれが自分のことであろうとも、だ。
『むしろ自分のことだからこそ隠すべきじゃな』
自分の情報を隠せない人間が他人の情報を隠せるはずがない。
故にそれができない人間は信用されない。
俺と早苗さんの仲であってもそれは同じ。
故に情報を流してくれたことには感謝するが、個人的な評価は落とさざるをえない。
情報をくれた人に対して冷たいと思うかもしれないが、情報を重んずる人間にとって極々当たり前の意見である。
「それは……」
もちろんそいつらの狙いが俺だというのであれば俺も当事者だ。
その情報を掴んだ早苗さんが俺に情報を回すことはなにも間違ってはいない。
いや、軍が俺に情報を与えないよう指示を出している場合は微妙な扱いになるが、そもそも俺が狙われていることを知っていながら放置した場合、神様がどんなリアクションを取るか俺にもわからないので、中津原家のみなさんにおかれましては、たとえ軍に止められたとしても率先して情報を回してもらいたいと思う次第である。
ただ、俺の指摘を受けて言い澱んだ感じからすると、早苗さんの方でも俺が狙われているという情報を掴んだわけではなさそうだ。
国防軍が情報を隠している可能性も皆無というわけではないが、その場合は俺を狙って来る連中を捕えるために少なくない人員を配備するだろうし。
『お主を餌として、連中が喰いついたところを一本釣りする……ってことぉ!?』
そのくらいはやるでしょうね。
あとは、相手の狙いが俺だと判明していて、かつ俺を餌にしないつもりであれば、軍や警察は学校や学生への被害が出ないようにこれ見よがしに防御を固めるはずです。
『あ~。学校ごと巻き込まれたら大惨事じゃもんな』
陰で動いていた調査員の一人や二人が殺された程度であれば事件そのものを闇に葬ることも可能でしょうが、学校ごと狙われたとなれば隠しようがありませんからね。
国防軍の面子や警察の面子は丸つぶれだし、政治家だってただではすみません。
生徒たちの保護者に至っては言わずもがな。
確実に大事になります。
しかしながら今のところ俺を餌にするような動きもなければ校舎の防備を固めている様子もない。
このことから、敵の狙いが俺であることを掴んだ国防軍がその情報を隠しているという線は薄いと判断できる。
つまり現時点で俺は無関係なわけだ。
こうなるとなぜ早苗さんが俺にこの話を持って来たのかということになるのだが。
『謎じゃのぉ』
謎ですねぇ。
「じ、じつは……」
俺が不思議に思って首を傾げたのを感じ取ったのか、早苗さんは一瞬頭を上げて意を決した表情を向けたかと思うと、またすぐにガバっと音がするような勢いで頭を下げ、今回俺を呼び出した用件を伝えてきた。
「誠に畏れ多いことなのですが、今回の件において暁秀さんにも助力をお願いしたくお呼びだてした次第でございます!」
「助力?」
「は、はい!」
早苗さんが俺に動くよう要請をしてくる、だと?
今も神様の怒りを買わないようずっと頭を下げ続けている早苗さんが?
「……」
無言で頭を下げ続ける早苗さんを見て、内心で見た目幼女の早苗さんに土下座されたままOHANASHIされることになんら背徳感を感じない俺が異常なのか、はたまた何も感じないからこそ正常なのかを思い悩みつつ、とりあえず早苗さんに請われた「助力」について考えてみる。
まず、討伐部隊へ参加して直接密入国者や密売人と戦闘するよう依頼された場合は……却下するしかない。
『ほほう。なんでじゃ?』
向こうが政治家や警察と繋がっているからです。
俺はともかく、家族にまでナニカされたら困りますからね。
『あぁ、前に教会や政治家を叩かなかったのと同じか』
もう少し後、具体的には千秋や芹沢嬢のレベルが深度4に挑戦できる程度まで上がった後ならまだしも、今の段階で政治的な権力を敵に回すのはよろしくないんですよ。
あと、単純に面倒だし。
喧嘩を売られたのは国防軍なんだから、そっちでカタを付けろと言いたい。
『うむ。親方日の丸の連中が一丁前に面子がどうこうと恰好をつけてもな。過保護に育てられた愚図など見ていてイライラするわ』
討伐部隊はあくまでやり過ぎた退魔士を討つために組まれる部隊であって、国防軍の面子を護るために組まれるわけではありません。
甘え切った坊やたちに発破をかける意味でもお断りするべきかと。断る理由も有りますしね。
『違いない』
次いで、捜索などのバックアップを依頼された場合ですが、これは条件付きで請けてもいいかなと思っています。
『その心は?』
金と情報が得られます。
実は今回の件で”密売人が密入国者から何を対価として貰ったか”が気になっているんですよね。
『対価か。金ではなかろうな』
金を使った取引であれば正面から堂々とやるでしょう?
なにせ国際協力や人命救助と言ったお題目があるうえ、渡したのは民間の技術ではなく国防軍が開発した技術、つまり国の財産ですから。
漏洩しようと思えば簡単に漏洩できるものを扱うのに、わざわざ密入国者を呼び込みますかね? それも国防軍に正面切って喧嘩を売るような真似をしてまで。
『ふむ。そう言われると政治家どもが危ない橋を渡るにはちょっと弱いの』
だから今回の件に限っては政治家はあまり関わっていないんじゃないかなぁと思いますよ。
せいぜい密入国者が国防軍に捕まらないよう横槍を入れた程度じゃないでしょうか。
『それはそれで問題じゃがな』
えぇ。まぁ。そうですね。
俺とて護国のために働いていた軍人が国のために働くべき政治家に足を引っ張られて死ぬような社会に問題がないとは思わないが、しがない神社の長男に何ができるというわけでもなし。
この件についてはあまり深く考えないようにして考察を続けようと思うのだが……。
「む、無論、何から何まで暁秀さんにお任せするわけではございません! 万が一我らが出来る限りのことをした上で尚及ばなかった時にご助力を願えれば、と」
ん?
いままでじっと頭を下げていた早苗さんが急に弁解のようなモノをしてきたでござる。
いきなりどうした? と思って目を向けてみれば、視線の先には土下座したまま畳に染みができるくらい大量の汗をかいているではないか。
何事? 足が痺れたか?
『大方お主を怒らせたとでも思っておるんじゃろ。それか妾が不快感を覚えたか、じゃな』
え? あ~、うん。
頼みごとを口にしたあとずっと放置されていたからか。
しかもその頼みごとの内容が、人間の都合で神様を働かせるような内容だもんな。
そりゃ怒らせたと勘違いもするかもしれんね。
尤も、もしも「お国のために働け」とか言ってきたら俺もキれていたかもしれんけど。
『屋上に呼び出してサンドバッグを叩く叩く叩く!』
ただの運動では?
早苗さんがどう思っているかは不明だが、俺としては”あくまで保険として控えて欲しい”って内容なら、それほど怒るほどのことでもないと思う。
というか、少しくらい中津原家のために働かないと『ご利益がない』とか言われて離反されるのでは?
あれ? もしかして、率先して協力を申し出なきゃ駄目なパターンじゃね?
『いや、もし連中の方から「協力した分利益をよこせ」などと抜かしてきたら、妾は「貴様らに利益を与えるために存在しとるわけではないわ!」とキレて色々ぶち壊すぞ』
あら過激。
でもそもそも神様って祟り神ですもんね。
祟りを鎮めるために祈られるのであればまだしも、利益を求めて祈られるのはちょっと違いますか。
『ちょっと? きのことたけのこくらい違うが?』
戦争案件じゃないですか。
神様の受け取り方一つでそこまで変わるのであれば、そりゃ早苗さんも焦りますわな。
「なるほど。早苗さんのお気持ちは理解しました」
早苗さんが何を警戒しているのかが分かったのでところで、考察よりも早苗さんのお相手を優先しようと思う。
これ以上ストレスを抱え込まれて胃潰瘍とかになられても困るし。
『ニンゲンが胃を痛める程に妾を畏れるのはなんら間違ってはおらんのじゃが?』
無礼られるよりは畏れすぎて勝手に体を壊す方がマシってことですかね。
『お、そうじゃな』
本質的にはどうでも良いと思っていそうな返事をしているものの、実際一度キれたら大災害の発生が確定するのが神様という存在である。
故に本来であれば早苗さんのように気を使い過ぎるくらいがちょうど良いのだろう。
殊勝な態度を取ったからといって神様が納得するかどうかは別問題だが。
『とりあえず、妾たちに頼みごとをすると言うのであればコレくらいは耐えてみせい!』
どうやら今日は納得しない日だったらしい。
日取りが悪かったのか、それとも俺と話をしているうちに興が乗ったのか、神様はいきなりプレッシャーのようなモノを放ち始めた。
「……っ!?」
神様から放たれたプレッシャーをモロに受けて顔面蒼白になっている早苗さん。
『ほほう? 中々耐えるではないか』
早苗さんの体調を考えれば「やめてさしあげて」と言いたいところだが、これを神様が与えた試練と考えれば横槍を入れるのも憚られる。
「ぐっ! こ、の程度……!」
というか、早苗さんもしっかりと受け入れているな、これ。
なんなら「神様へ無礼を働いたのだからこれくらいは当然!」とか思っていそう。
試練を課す側と受ける側の両者が納得しているのであればこの場に置いて俺にできることはない。
もちろん「助力を頼まれたのは俺であって神さまではないのですが」なんて事実を、当人を差し置いてなにやらシリアスな空気を醸し出している両者に告げるつもりはないが、それはそれとして何もしないのも違うなぁと思ったり思わなかったり。
「そういえば何も注文していなかったな」
手持無沙汰になってようやく喫茶店に入っておきながらまだ何も注文していなかったことを思い出した俺は、未だ試練を行っている二人を横目に見やりつつ注文用のタッチパネルを操作することにしたのであった。
閲覧ありがとうございました