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7話。嫌な予感は大体当たる

『暁秀さん。誠に恐縮ではございますが、放課後に少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?』


「あ、はい。大丈夫です」


『ありがとうございます』


朝、HRが始まる前にさなえもんこと早苗さんに雫さんが使う弓の調達をお願いしようと思っていたら、登校するよりも先に向こうから呼び出しのメールが来たでござる。


『ふむ。珍しいの』


ですね。


金策のため異界を探索したがる環や、現在進行形で修業をつけている弟子の雫さんがそう言ってくるのであれば特段珍しくもなんともないことなのだが、普段から立場を気にしてか自分から俺に話しかけてこないようにしている節のある早苗さんがわざわざ俺にメールを送ってくるのは非常に珍しいことだったりする。


しかもその内容が朝の段階で放課後の予定を入れるような内容ときた。


その時間は俺が雫さんに修行をつけていることを知っているはずの早苗さんが、である。


『お主の予定を潰すことを理解した上での陳情、か』


改めて言われると珍しいどころの話ではないな。 


こういうときは大体ろくでもないことが起こるものだが、さて。


『的中祈願、オラッ!』


誰に? というか、悪い予感が的中するのを祈願するのはいかがなものかと思うわけでして。


あと天才騎手がどんなテンションで持ち歌を歌うのか気になります。


それはそれとして。


こちらとしても頼みがあるので放課後にお話する分には構わないのだが、話の内容によっては弓の調達先を変更しないといけないかもしれないと思うとちょっと気が滅入るな。


『変更? なんでじゃ?』


え? 向こうの頼み事を断っておきながらこっちの要求だけ通すのはしまりが悪いと言いますかなんと言いますか。


『おん? 向こうからなんか頼まれる予定でもあるんか?』


まだ頼み事とは限らないですけど、おそらくなんらかのお願いはされると思うんですよね。

そうじゃなかったら普通にメールで済ませるでしょうし。


『ほーん。まぁ話の内容なんざなんだってよかろうが。連中のモノはお主のモノ。お主のモノはお主のモノじゃて。遠慮なんざする必要はあるまい』


ガキ大将の理論ですけど、向こうも本当にそう思っていそうなのが怖い。


まぁ正確には俺のモノではなく神様のモノという認識だと思うが、今のところそこに大した違いはないので細かいニュアンスは気にしない方向で。


「しかし、そうか。お話か」


弓の調達先については早苗さんのお話次第なのであとで考えるとして、とりあえず雫さんに今日の修行内容を変更する旨の連絡を入れるとしますか。


内容は環と一緒に……は無理だろうから、東根先輩と一緒に座学こと賢さトレーニングでもしてもらいましょうかね。


『お! なんかひらめいた気がするぞ!』


それはようございました。

雫さんの成長に役立てばいいですね。


―――


中津原早苗side


「……はぁ」


溜息しか出ません。


密入国者も面倒なことをしてくれたものです。


まさかこの私が暁秀さんの時間を奪うような真似をしなくてはならないなんて。


それもこれも密入国者と、それを捕らえようとして失敗した国防軍と、国防軍の行動を邪魔した愚か者どものせいです。


とりあえず神奈川県警や政治屋共に呪いを飛ばすのは確定として。


喫緊の問題は放課後のことです。


事の始まりは例の密入国事件でした。


ただ密入国した者がいるというだけであれば所轄の警察なり入国管理局なりが動けば終わる仕事なのですが、その密入国してきた相手が異国の退魔士となれば話は変わります。


尤も、今のところ相手が退魔士か否かは不明だそうですが、少なくとも国防軍が派遣した退魔士が殺されたのは事実です。


退魔士を殺せるのは同じ退魔士か、対退魔士用の装備を持った軍人。もしくはマフィアと相場が決まっています。


それに鑑みて国防軍は相手を違法退魔士と認定して討伐部隊の編成を決定。協会や神社庁を始めとした各組織に対して人員を派遣するよう要求しました。


いきなりのことでしたが、そもそも事件はいきなり発生するものですからそれはいいのです。


加えて、国としても軍としても国内で殺人を犯した人間を野放しにしていては沽券に関わりますので、討伐隊を編成するのは至極当然の成り行きと言えましょう。


中津原家としても、同胞を殺した異国の退魔士が我が物顔で闊歩しているのを良しとするほど腑抜けてはおりません。もちろん私もです。


そのため人員を派遣することについては異論を述べるつもりはないのですが、問題はその後。


まさか『捜査員が殺されたため犯人の目星がついていないので、捜査系の術式を使える人間を派遣して欲しい』などと言われるとは思ってもおりませんでした。


「はぁ」


溜息しか出ません。


同胞が殺されたにも拘わらず情報がないとは何事ですか。


なにが『死ぬ間際に呪いを掛けたということまではわかっています』ですか。


そんなの退魔士なら当たり前でしょうが。


我々が聞きたいのは、その呪いはどのような呪いなのかということと、その強度であり。さらにその呪いは誰に向けられたのか? ということです。


その効果は、相手を死に至らしめるのか、もしくは腐らせるのか、それとも痛みを与えるだけなのか、はたまた精神的に苦しめるものなのか。


呪う対象は自分を殺した相手なのか、それとも密入国者なのか、はたまた県警の幹部なのか。


なにもわからないとはどういうことですか。


いくら各々が習得している技術が違うとはいえ。

いくら各々の切り札は伏せるようにしていたとはいえ。

いくら捜査員が奇襲気味に殺されたとはいえ。

いくら現場に先着した神奈川県警の者たちに現場検証を邪魔されたせいで残留思念などの霊的情報の鮮度が落ちたとはいえ。

いくらこういった作業を得意としていた陰陽師たちが全滅に近い状況にあるとはいえ。


なにかしら探しようはあったでしょう?


国防軍に所属している退魔士の練度が低いという情報は知っていましたが、まさかここまで低いものとは思っておりませんでした。


そんな練度の低い国防軍の上層部が探知や捜索に定評がある動物霊の使役を得意とする我々に助力を願うのは当然の帰結だとは思います。


ですが、いかな我々であっても一切の情報がないままに討伐対象を探すことなどできようはずがありません。


だからと言って、このまま異国の退魔士を放置することは泣き寝入ると同義となり、それ即ち日ノ本に住む退魔士の名折れとなります。


故に私は恥を忍んで探知や捜索に関して(正確には探知や捜索だけではありませんが)日ノ本、いえ世界でも最高峰の実力を誇るであろう御方、即ち暁秀さんに助力を願うことにしたのです。


……助力を願うことにしたのですが。


「はぁ」


どうしましょう。あまりの不甲斐なさに溜息が止まりません。


「あの、大丈夫ですか?」

「お加減が悪いのであれば今日はお休みになった方がよろしいのでは?」


「……大丈夫ですよ。体調不良ではありませんので」


あの模擬戦のあと何故か私の取り巻きのようになってしまった松岡さんと畔藤さんに返事をしつつ、これから私が成すべきことを考えます。


まず、なによりも優先すべきは必要以上に暁秀さんの時間を奪わないことです。


そのためにはできるだけ早く、かつ失礼がないようお話を進めるための下準備が重要となります。


もちろんこのお願いが強制ではないことを強調することも重要です。


あくまで我々中津原家は暁秀さんに従う組織であるということを認識して頂かなくてはなりません。


まかり間違って我々に叛意があると思われてしまったら、文字通りすべてが終わってしまいます。


異国の退魔士を討伐したいと思う気持ちに嘘はありませんが、それもこれも我々に余裕があればこそ。


こんなことで暁秀さんの不興を買ってしまっては本末転倒どころの話ではありませんからね。


ちなみに環さんには今回のことをお伝えする予定はありません。


環さんがいて下されば単純にとても力強いし、暁秀さんとのお話自体も軽い感じで進めることができるとは思うのですが……如何に力があろうとも彼女はあくまでこの学校に通う学生であって、国防軍の関係者でもなければ中津原家の関係者ではないのですから。


なにより私が環さんをこのような面倒ごとに巻き込みたくないのです。


故に彼女は不参加となります。不参加である以上、情報も回せません。


世の中には知らない方が良いことが多々あるのです。


幸い環さんも面倒ごとを嫌う人なので、もし何か言われても「国が関わることですが、聞きたいですか?」と問えば「いや、やめておくわ」と言って逃げるでしょう。


暁秀さんは……まぁ、ご本人様に介入する気がなければそれで終わりですし、もし介入するお気持ちがあるのであれば介入なされる。ただそれだけのお話です。


どちらに転ぶにせよ、我々にそれを止めることなどできはしませんし、止めるつもりもありません。


このような些事で暁秀さんからお時間を頂くことに忸怩たる思いはありますが、それも我らが未熟であるが故のこと。お叱りは甘んじて受け入れるべきと納得はしています。


しかし、しかしですよ。


「はぁ」


そもそもの元凶は密入国をしてきたモノと、邪魔が入る前にそれらに対処できなかった国防軍の不手際ではないですか。


もちろん実際に事に当たっていた国防軍よりも、彼らに横やりを入れた県警や政治家に問題があるのは理解していますよ? 


でもね。そもそもの話、連中の存在を理解しているのであればそれを見越して動くべきではないですか?


何故そんなこともできない連中の為に私たちが身を削らねばならないのでしょうか。


いえ、今回に限れば心も削っていますね。現在進行形で。


そう考えたら何だかむかむかしてきました。


「……とりあえず呪いを掛けましょう。簡単だけど効果が出るやつを」


時間と共に積み重なるむかむかを解消するため、私は神奈川県警の幹部職員と国防軍の上層部。さらには今回横やりを入れたと思われる政治屋たちに対して【頭髪が抜けやすくなる】という、仕掛けたのかバレても特に問題にならないようなおまじない(極めて軽度の呪い)を掛けることにしたのでした。


閲覧ありがとうございました。



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