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5話。初陣はだいたいグダグダに始まりグダグダに終わる➀

雫さんの修行を始めてから2日目の放課後。


まずは基礎鍛錬と座学に集中すると言ったものの、当人のレベルが1のままでは鍛錬できる時間や内容の密度も限られてしまうので、まずはレベルを上げることにした。


『最低限の体力が無いと鍛錬もできんからの』


そうなんですよねぇ。まさかあそこまで身体能力が低いとは。

正直レベル1を過大評価していましたよ。


可及的速やかに3くらいまでは上げないと普通の修行すら覚束ない感じでしたからね。


尤も、レベルを上げるとは言っても、今回やるのは千秋や芹沢嬢にやったようなパワーレベリングはしない。


あくまで雫さんが自分の手で妖魔を討伐してレベルを上げるという、極々一般的なレベリングをする予定である。


『極々一般的にしては至れり尽くせりな気がするが?』


確かに、雫さんに万が一の事態がおこらないよう後ろで待機しているせいで本当の意味でヤバイことにはならないという点では彼女にとってあまり良いことではないかもしれませんが、もし放置したせいで初手から重傷を負わせたら早苗さんとかから非難轟々喰らうでしょう? 


だから、まぁ多少はね?


『ほぉん。後方師匠面も楽ではないのぉ』


面っていうか、普通に師匠ですけど。


それはそれとしてレベリングである。


通常であれば深度2の異界に行くのだが、今の雫さんでは最低ランクの異界にいる妖魔にさえ勝てないのは確定的に明らかなので、まずは異界にいる妖魔よりも弱い存在を狙うことにした。


異界にいる妖魔よりも弱い存在とは何か。

それは現世に漂うモノにして肉を持たない存在。

俗に霊と呼ばれる存在だ。


『外道:モウリョウ。コンゴトモヨロシク』


見た目はまさしくそんな感じですね。


彼らは肉体を持つ妖魔と違い、霊体がそのまま残っているような感じの存在なので、物理的な攻撃は効きづらいものの、霊的な攻撃にはすこぶる弱いという特性を持つ。


どれだけ弱いかと言えば、特殊な存在でもない限り今の雫さん程度の力しか持たない退魔士の『破ぁ!』ですらあっさりと消滅するくらい弱い。


『吹けば飛ぶよな悪霊が三つぅ』


坂〇師匠? 〇田師匠じゃないか!


『だれがアホやねん!』


まだ言っていないんだよなぁ。


『……はっ。今日はこれくらいにしておいてやるわい』


アホと小魚が合わさって最強に……見えない。


『アホの小魚か。池の中ではなく陸地を歩いていそうじゃな』


突き抜けたアホは強い。(確信)


大阪にいたかもしれない名物師匠はさておくとして。


今日のレベリングでは、その中でも地縛霊のようにもう少しで悪霊になりそうなモノを標的としている。


ちなみに、退魔士的な慣例で言えばこういう存在は、本格的に悪霊になり、他人に悪影響を及ぼす存在になってから(正確には討伐依頼が発生してから)祓うのがセオリーなのだが、別にそうなる前に祓っても特に問題が発生するわけではない。


『タダ働きになるだけじゃものな』


うん。そうですね。悪霊として討伐依頼が出るようになるまで待てば、だいたい10万から20万円くらいは貰えるのだが、そうでない霊を祓ったところでお金にはならないのである。


勿体ないのは確かだが、だからと言って討伐依頼が出るまで待ったところでなんら実績を持たない雫さんが依頼を受けられるはずもなし。


『その上、お主がそんな依頼を受けてもしょうがないってか?』


まぁ、ね。20万円をはした金とは言えないし言う気もないんですが、悪霊を狙うくらいなら異界を攻略した方が楽だし単価も高いんですよね。深度2の異界でさえ100万円以上になるし。


『見える。露出過多なボディコンスーツに身を包んだおなごが一体数百万単位の報酬で地縛霊を祓っている姿が』


その人の隣に赤いバンダナを着けた高校生とかいませんか? 

時給250円くらいで働いている感じの。


『労働基準法は何処? ここ?』


度重なるセクハラと修行中だからってことで相殺したからヨシ!


『幽霊の方は日給30円だった気が』


幽霊に労働基準法は適用されないから……。


彼らに支払われる給料はアレだが、実際これからやることは平成の世にいたかもしれないゴーストをスイープする人たちが物語の序盤でやっていたことと大差ないわけで。


違いがあるとすれば、今回はお金よりも雫さんのレベルアップと退魔士としての経験を積ませることを優先する予定なので、どれだけやってもタダ働きであることくらいだろうか。


『ふむ。現状で特に被害を齎していない存在を狙って狩ることについては放置かや?』


遅かれ早かれそういう存在になる連中ですから。変な存在に成り果てる前に、さっさと土に還してあげるのが慈悲というものではないかなぁと思ったり思わなかったり。


『慈悲とは一体』


育てば金になる存在だと慈しみつつ、今回は金にならないってことを悲しんでいますよ。


霊に向ける感情なんざそれで十分でしょう?


『まぁの』


幽世の住人に感情移入しても良いことなどない。

引っ張られる前に祓え。退魔士の常識である。


そんなこんなで、雫さんを引き連れて立川の街中をうろつくこと一時間程。


「……いませんね」


「え、えぇっと、そうですね」


普段はフヨフヨしていたり、特定の建物の近くに居座っていたり、微妙に霊感のある人間に憑き纏っている連中なのだが、こういうときに限って中々出てこない。


立川に例の聖人が居ないのはリサーチ済みなので、全てが祓われたわけではないはず。

というか、連中は時間さえあれば自然と湧いてくるような存在なので、狩りつくすというのは不可能だ。


そうであるにも拘わらず、ここまで一体も出てこないのは偶然とかがどうこうではないような気がする。


……もしかしてこれは何らかの異常の前触れだろうか?


それともあれか? 例の密入国してきた連中がナニカしたのだろうか?

邪魔か? 邪魔なのか? 邪魔する連中は全て溶かして無残に飛び散ることになるぞ?


なんなら今からでもやったるぞ?


『いや、普段のようになんら関心を抱いていない状態ならまだしも、やる気を隠そうともしておらんお主の近くに出てくる雑魚なんざおるわけなかろうが』


あー。意図的に野良猫を探すと出てこないようなもんですか?


『そんなもんじゃな』


ふむ。ならばシカタナイ。


密入国者どもがナニカしていたのであれば分からせてやろうと思ったのだが、神様曰くどうやら俺のせいだったらしいので今回だけは見逃してやろうと思う。


『密入国者が何をしたというんじゃ!』


いや、密入国している時点で犯罪ですから。

まぁ連中が何をしようと俺には関係ないんですけど。


「そんなわけで雫さん」


「は、はい!」


「俺は出来るだけ気配を消して後ろに控えますので、それらしいところを回ってみてください」


「そ、それらしいところ、ですか」


「えぇ。ただしお墓とかは止めて下さいね。あそこはお寺さんや教会の縄張りですので」


「あ、はい」


こういう細かい配慮を忘れると後から問題になるので、しっかり覚えて欲しいところである。


ちなみに学校や病院も縄張りがあるらしいが、そちらに関してはそれほど五月蠅く言われない。


『縄張りを主張しすぎて被害者が出たら意味無いからの』


意味がないどころか評価を落とすことになりますからね。それも業界全体の。


とは言え、平時に病院や学校を狙うのは彼らにとっての飯の種を奪うことになるため、出来るだけ控えるというのが業界の習わしだったりする。


これを無視し続けると、直接な嫌がらせを受けるのはもちろんのこと、協会や同業者から依頼の情報を貰えなくなったり依頼を回して貰えなくなったりするので、よほどの理由がない限り習わしには従った方が良いのだ。


『ずっとお主がついておるわけでもないからの』


ですね。


加えて、独り立ちした途端に野垂れ死なれても寝覚めが悪いというのと、俺の弟子が粗相したという悪評が流れても困るので、この辺はしっかりと教育しなくてはならないのである。


『評判は大事じゃからな』


良い評価が沢山ある必要はないが、悪い評価は無い方が良い。常識だよなぁ?


そんな感じで、業界の慣習だったり、それを破った際に生じる面倒なあれこれを解説しながら獲物を探すこと数分。


「あ」


『……』


とある古びた建物の前に佇むナニカを発見した。


「ひ、あ、い、いた! いましたよ!」


「まぁ、居るところに来ましたからねぇ」


しかし、俺が気配を隠してから僅か数分で獲物が見つかるとは、よもやよもやである。


というか、あんなにぼんやりしているヤツも逃げるって普段の俺って相当ヤバいのでは? 


『今更か? 連中からしたらお主は災害以外のナニモノでもないぞ』


災害って。……そういえば少し前に狒々だか猩々だかにも逃げられた気がする。


『悲しい、出来事じゃったな』


そうっすね。


悲しい事件については後で考えることにして。

今は標的が逃げる前に今日の目的であるレベリングをしてもらおう。


「では雫さん。アレを祓ってみてください。やりかたは覚えていますか?」


「は、はい! 拳に魔力を込めて『破ぁ!』ですよね!」


「そうです」


いきなり『破ぁ!』とか、どこのTさんだ! と思うかもしれないが、別に彼女はふざけているわけではない。


誰が言い始めたのかはしらないが、この業界では溜めた魔力の放出、もしくは魔力を纏って殴る技術をそう呼ぶのだ。


「基本中の基本とされる技術ですが、アレならそれで十分倒せます。だから落ち着いてやってください」


「はい! やってみます!」


返事と同時に拳に魔力を込める雫さん。


「貯める。溜める……」


敵の目の前で力を溜めるという、一見すれば愚考そのものとしか言えない行為だが、今回に限って言えば決して間違った行為ではない。


もちろん相手が確たる意志を持つ妖魔であればこんな悠長な真似は自殺行為そのものなのだが、意志薄弱な霊が相手であればこれでも問題はないのだ。


『……』


懸念があるとすれば、チャージしている魔力に反応した霊が反撃してくることや、一目散に逃げることだったが、どうやら向こうにはそこまで強い意志はないらしい。


「こ、このくらいでどうでしょう?」


どれくらい溜めればいいのかわからない雫さんが俺に聞いてきたが、正直言ってレベル1相当の雫さんが溜めた魔力がどれほどの威力を発揮するのかは俺にはわからない。


メートル単位の物差しではミリメートルは測れないのだ。


……で、実際どうなんでしょう? 無防備な霊を弾き飛ばせるくらいの威力はあると思いますけど、神様はどう思います?


『妾にもわからん。まぁいい勝負なんじゃないかの?』


実に投げやりだが、神様としてもそういうしかないのだろう。


レベルが低すぎてわからないともいう。


だがしかし、このままでは話が進まないので、とりあえずやらせてみようと思う。


「大丈夫です。全力でやってみてください」


「はい!」


失敗したらそのときはその時である。


「は、破ぁ!」


『オ、ォォォ!』


しかして、横合いから全力の一撃を叩きこまれた霊は一撃で消えなかった。


それどころか攻撃を受けたことで雫さんを認識したようで、何やら苦し気な表情を浮かべながら雫さんへと近づいていくではないか。


逃げないのは建物に対する執着か、それとも雫さんを餌と見たか。


ともかく、自分に向かって来る霊を迎え撃つ形となった雫さんはどうするかと思って見てみれば。


「くるな! くるな! くるなぁ!」


なんと、彼女は人類最古の武術ことグルグルパンチで迎え撃ったではないか。


『なんでさ』


焦り、ですかね。


最低限の装備は持っているし、それを扱う為の技術も習得しているはずなのに、必死になってぽかぽかと殴りつける雫さん。


「うわぁぁぁぁぁ!」


『ォ、ォ、ォ』


子供の喧嘩を彷彿させる技術もクソもない攻撃であるものの、いくつかの攻撃に魔力が籠っていたこともあって、着実にダメージが重ねられているようだ。


『コ……ハ…ォ…ノ……』


「消えろぉぉぉぉ!」


『……ォォ』


最終的に何かを伝えたかったような感じを見せたものの、一切聞く耳を持たなかった雫さんの攻撃を受けて限界を迎えたのか、霊は悔し気な表情を浮かべながら消えていった。


「はぁ、はぁ、はぁ。き、消えた?」


「消したんですよ、貴女が。貴女の勝利です」


「わ、わたしのかち?」


「はい」


「……かった。わたしが、かった」


「そうですね。貴女が勝ちました」


ぐだぐだながら初陣を終えたことや、生の実感を得ているのかは不明だが、雫さんは、その瞳に涙を湛えたまま俺の言葉の意味をかみしめるように呟いていた。


『勝った! 第三章、完!』


なんともアレな雰囲気だが、もちろん彼女の戦いはこれで終わりではない。


「はいはい。これで終わりじゃないですよ。もうちょっとだけ続きますからね」


「……ぅぇ?」


正直レベル1にも満たない霊に勝ったくらいで満足されても困るのだ。


俺はいまだ呆然としている雫さんに現実を突きつけるタイミングを伺いつつ、次なる標的がいそうな場所に目星をつけるのであった。

閲覧ありがとうございました。

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