4話。色々壊れている師匠と壊れかけの弟子
たとえ隣県に密入国者がいようとも、たとえ一部の政治家や隣県の警察機構がその密入国者を庇いだてしていようとも、たとえそれらのせいで真っ当に働いていた国防軍に所属している退魔士が数人死んでいようとも。たとえそれらが全部事実であろうとも、俺の生活にナニカ変化があるわけではない。
『たとえどころか、普通に全部事実じゃな。変化がないことも含めて』
東根先輩が警戒していた解呪についても、大使館はもちろん個人でも依頼は来ていない。
もしかしたら実家に依頼をしているかと思って確認してみたが、向こうにもそういった依頼は来ていないそうだ。
そもそも向こうに連絡したところで解呪できる人間がいないから意味はないのだが。
特筆すべき点があるとすれば、妹の千秋から次回帰ったときにお土産を持参するようお願いされたくらいだろうか。
『特筆する必要あった?』
お土産は大事。家訓にもそう書いてある。
お土産を何にするかは実に悩ましいところであるものの、密入国者やその周辺の連中が実家に絡んでいないということがわかっただけでも十分といえるだろう。
で、特に問題がない以上、こちらもやるべきことをやらなければならないわけで。
「きょ、今日からよろしくお願いします!」
「はい。よろしく」
そう。今日から俺は早苗さんや東根先輩から『最低限の基礎は身に付いた』と太鼓判を押された我が弟子こと雫さんを鍛えることにしたのだ。
尤も、鍛えるといっても彼女に関しては他の面々のように手取足取りパワーレベリングをするつもりはないのだが。
『いうほど取っておったか?』
かなりの親切設計であったと自負しております。
雫さんにパワレベしない理由はいくつかあるが、簡単に言えば時間があることと、情報の漏洩を防止することと、俺の経験にすることと、なにより修行に有難味を演出するためである。
『最後ので台無しじゃな』
そうですかね? 普通にやれば数時間で終わってしまう儀式や修行なのに、敢えて時間をかけることで有難味を増すって話は結構あると思いますけど。
『言われてみれば……』
中々にグレーな業界あるあるはひとまず置くとして。
地に足を付けたトレーニングをするにあたって、まずは最初の確認である。
「今まで色々基礎的なことを学んできたと思いますが、雫さんには『こんな感じの退魔士になりたい!』っていう希望はありますか?」
所謂退魔士としての成長型の選択である。
これは本当に大事なことだ。
修行する際の意欲という点もそうだが、そもそも属性や適性から外れた修行はマイナスにしかならないからだ。
たとえば火属性の環に水属性の修行をやらせたり、水属性の早苗さんに土属性の修行をやらせるような修行は避けねばならないと言えばわかりやすいだろうか。
同じように、明らかに近接戦闘が向いていないタイプの術者に近接戦闘を仕込んでも意味はない。
だからと言って、本人が望んでいない方向の修行をさせても効果が薄くなってしまう。
他にも本人の希望と適性が違うことで生じる問題は多々あるので、俺としてはできるだけ適性に合った希望をして欲しいと思っている。
『その方が面倒がないからの』
ほんとそれ。わざわざ説得するのも矯正するのも面倒なのだ。
もちろん最終的にどうしようもない場合は強制的にレベリングをする予定だが、それはあくまで最終手段である。雫さんが自分の適性に合ったスタイルを目指してくれるのが一番楽なのである。
そう思って希望を確認してみれば、当の雫さんはというと、まるで宇宙を背負った猫のように口を半開きにした顔で俺を見返しているではないか。
『実にミホっとした顔をしとるな』
どんな感情を抱けばこんな顔ができるのやら。
「……質問の意味はわかってますよね?」
「あ、はい。大丈夫です!」
そうか大丈夫なのか。ならさっさと質問に答えて欲しいのだが?
「え、えっとですね。成長型については暁秀さ……いえ、師匠にお任せするようにって中津原さんと鷹白さんから言われていたんです。だから希望を聞かれると思っていなくて……」
「あぁ、なるほど」
さっさと質問に答えろと視線で促せば、雫さんはやや焦ったように弁明してきたでござる。
しかし、そうか。早苗さんと環がなぁ。
『下手の考え休むに似たり。とは少し違うが、素人の考えは時に浅薄を通り越して害悪となる。それを知るが故に最初からお主に任せるよう教導したのじゃろうな』
うん。手間を省くという意味では非常に助かるし、なにより雫さん本人も『自分は素人だからそういう大事なことはプロに任せる』という判断ができているのも悪くない。
人によっては主体性がないというかもしれないが、俺からすればこっちの方がありがたいのは確かだ。
であれば遠慮なくビルドを構成していきたいと思う。
「じゃあ最初に色々試して雫さんに合った型を探しましょうか」
「はい! よろしくお願いします!」
うむ。やる気があるのはいいことだ。
……このあと色々やってみた。
―――
河北雫side
暁秀さん、いえ、師匠との初めての修行は私の成長型を決めるための調査から始まりました。
「こんなところですか。今日のところはこれまでとしましょう」
「は、はい……」
今日は色々な術具を扱ってみたり、神道系の術式を試してみたり、簡単な組手を行ったり、短距離走をしてみたり、徒競走をしてみたり、砲丸のようなものを投げてみたり、槍のようなものを投げてみたり、走り幅跳びをしてみたりと、退魔士になる前なら「そんなのできるはずないじゃないですか!?」と言って途中で投げ出したと思うほどのことが、なんか普通にできてしまったから驚きですね。
「今回のデータを解析して成長型を決めるので、それまでは術式の修行などは控えてください。座学と基礎鍛錬だけでお願いします」
「はい!」
最初に「基礎知識を身に着けるまでは鍛えられない」と言われて今までずっと放置されていたので、実のところ(私、本当に鍛えて貰えるのかな?)なんて思っていましたけど、さすがに失礼でした。
いえ、中津原さんや鷹白さんからも「約束は守る人だから安心して」と言われていたんですけど、どうしても、ね。
あとは周りの人たちの声もですね。皆さんが口を揃えて「御神体を月30万円で借り上げるのは外道の所業だ」なんていうものですから、私も「そうなのかな?」なんて考えてしまわなかったと言えば嘘になります。
でもその気持ちは口にしたり態度に出すことはありませんでした。
それは偏に中津原さんや鷹白さんのお話を聞いたからです。
中津原さんからは真顔で『御神体に関しては人それぞれなのでなんとも言えませんが、少なくとも、お金を貰いながらあの方の教えを受けられるなんてありえないほどの好待遇です。絶対に離れてはいけません』って言われていたし、鷹白さんからも『ありえないって! 本当なら河北さんがお金を払ってなきゃおかしいんだよ!』と力説されましたからね。
お二人から共通して言われたのが『詳細は言えないけど、貴女も絶対に強くなる』という励ましと『絶対に自分から辞めて欲しいと言ってはいけない』という警告でした。
お二人曰く、師匠は”やる”といったら必ず”やる”人なのですが、私に意欲がないとわかれば最低限のことだけやってあとは放置してしまう人なんだとか。
今回の場合でいう放置とは、一年間毎月30万円支払うことと、さっさと私をAランクにすることの二つだそうです。
それなら十分責務を果たしているのでは? と思いましたが、そうではないと言われました。
東根先輩から教えて頂いたのですが、通常退魔士はパワーレベリングと呼ばれる行為を忌避しているそうなんです。
理由としては、まずレベリングの途中で【呪い】によって死ぬ可能性が高いから、だそうです。
責任を負えないということですね。これは私にもわかります。
次いで、上辺だけ強くなった退魔士はすぐに死んでしまうから、だそうです。
如何に魔力を纏って強くなろうとも、退魔士も人です。
死ぬときはすぐに死んでしまいます。
異界の怖さを知らない退魔士はすぐに死ぬ。
妖魔の怖さを知らない退魔士はすぐに死ぬ。
人間の怖さを知らない退魔士はすぐに死ぬ。
毒で、呪いで、罠で、悪意で、本当に簡単に死んでしまいます。
なので、普通は退魔士として鍛えていく中でそれぞれの対処法を学び、実力に見合った探索をするように心がけるようになるのだとか。
でもパワーレベリングを行った場合はそうではありません。
基礎を飛び越してしまっているが故に、大事なことを何も学べないのです。
もしそんな状態で「約束は果たした」と言われて放逐されてしまえば、私は後ろ盾もなければ友人もいない、ただ力を持つだけの小娘となってしまいます。
今でさえ何かあったら例の新興宗教やら別の宗教組織に売り飛ばされるかもしれないのです。
だけど、それはそれで借金の返済の足しになるので、まだマシなのかもしれません。
最悪なのは、異界で死ぬこと。お父さんと一緒です。
この場合、借金は丸々残ったままなのに返す宛がないという状況になってしまいます。
そんな状況になったらお母さんと弟がどうなることか。
お爺ちゃん? 知らない人ですね。
連帯保証人として責任をとればいいんじゃないですか?
そもそもの原因はあの人の息子である叔父さんが借金なんかしたからだし。
家を建てたい? 贅沢を言わないでください。
お爺ちゃんもお父さんも、叔父さんからお金を仕送りしてもらっていた弱みがあるのはわかるけど、だからって連帯保証人になるのは違うでしょ。
それで当の叔父さんと叔母さんが行方不明になって?
叔父さんの借金を返すためにお父さんが死んじゃって?
残った借金を返すためにお母さんや私が体を売る?
おかしいでしょ。
今でも解決策の一つも出せないお爺ちゃんには恨みしかありません。
でも「神社なんか売っちゃえばいい」なんて言えません。
もちろん、私たちが神社の管理を辞めたせいで霊脈が乱れたりして神社の周りに妖魔が現れて、たくさんの人たちが死ぬことになるのが嫌だというわけではありません。
知らない人がどうなろうと知りません。
助けてくれない人がどうなろうと知りません。
私たちを追い詰める人たちがどうなっても知りません。
でも、そのせいでお母さんや弟が死ぬのは駄目です。
神社の関係者として責任を取らされるのも駄目です。
だから私が頑張らなきゃ駄目なんです。
そのためには、力を持たなくてはなりません。
それも取ってつけたような力ではなく、きちんと基礎から学んで得た力を。
それを与えてくれるのは師匠しかいません。
教師陣からも放置されている私は師匠から離れるわけにはいかないのです。
……だから師匠。私を強くしてください。
異界で殺されないように強くしてください。
妖魔に殺されないように強くしてください。
人間に殺されないように強くしてください。
力が必要なんです。
これからも私たち家族が暮らしていくために。
私たちを嵌めてくれた叔母とその関係者を〇すために。
私たちを狙ってくる悪党どもを〇すために。
だから師匠。お願いします。私に力を下さい。
そのためなら何でもしますから、ね?
閲覧ありがとうございました