2話。事件を知る
この小説はフィクションです。
実在の人物や団体などとは関係ありません。
「やっと出て来たな! 待っていたぞ!」
「はぁ?」
5月20日、月曜日。
土日に中津原家からの依頼をこなすついでに妹と芹沢嬢のレベルを上げるために深度3の異界を攻略したり、深度4の異界に潜って素材を回収してきたりとそこそこ実入りの良い仕事ができたため内心ほくほくな気持ちで登校しようとした俺を待ち受けていたのは、退屈な日常……ではなく、なにやら焦っているような感じの東根先輩であった。
「急ぎの用がある。こちらにきてくれ!」
「はぁ」
何を焦っているのかは知らないが、とりあえず男子寮の前で待ち構えるのはどうかと思う。
ただでさえ入学前のあれこれや、入学した後も環や早苗さんへの態度や、雫さんの弟子入りに際して御神体を差し出すよう提案したということであまり評判がよろしくないというのに、これ以上変な噂が立ったらどうするつもりなのだろうか。
『有象無象に何を言われても問題なかろうが』
まあそうなんですけどね。
向こうも退魔士の卵ですから、噂以上のことにはならないですし。
『中途半端にイジメて報復されてもつまらんからの』
ですね。
事実この学校では暴力的なイジメは存在しない。
もちろんクラスカーストのようなものはある。
成績が悪い生徒を蔑んだり、家の格を以てマウントを取ったりすることもある。
だが、徒に悪評を流したり、その悪評に乗じて靴に画びょうを入れたり教科書を破ったりするような陰険な真似はもちろんのこと、ストレートに暴力を働いたりするようなこともない。
その理由は、まぁ単純にそんなことをしている暇がないというのもあるが、一番の理由は先ほど神様が言った通り。
報復が有るからだ。
退魔士ではない所謂普通の子供でさえ呪いで人を殺せるこのご時世に於いて、一般人を遥かに上回る魔力を持つ退魔士を追い込んだ場合、下手をすれば命を落とすような報復が成される場合がある。
いくらなんでも学校内でイジメをした結果、命に関わるような呪いを受けるなど馬鹿らしいにも程があるだろう。
さらに言えば、呪いとは本人だけでなく、家族や親族にも少なからず影響を与える可能性だってあるのだ。
親だって子供が馬鹿をやったせいで自分たちが呪われたのでは堪ったものではない。
そのためその辺の教育は各家庭でしっかりとするし、家庭でしっかりと教育をされているが故に、生徒たちも不必要に同級生を追い詰めるような真似はしないのである。
『まして相手が政治家でも教会のトップでもかまわず呪っちまう男じゃからな。追い詰めるどころか、直接間接問わず関わりたくなんざなかろうよ』
俺はいつだって被害者なのに、なぜこんなにも危険人物扱いされるのか。
まことに遺憾という他ない。
納得はしていないが、実際に俺に関してはそんな感じの物騒な風評が立っているのは紛れもない事実である。
そのため今回のように男子生徒から人気がある女子生徒が衆目監視の中で俺をどこかに引っ張り込もうとしても、せいぜいが「あの野郎。今度は先輩かよ」と羨まれるか、先輩に淡い恋心を抱いている男子生徒から「パルパル」とやっかみの波動が送られてくるか、早苗さんあたりから「どのようなお話だったのでしょうか?」と探りを入れられるくらいで済むのである。
最後以外は特に何もないのと同じなので、特に気にする必要がないと言われてしまえばその通り。
また、どれだけ焦っていようとも所詮はただの学生でしかない東根先輩か持ち込んでくる話が、早苗さんに隠す必要があるようなモノとも思えないので、どのような話が持ち込まれようと問題にはならない。
そう思っていたのだが、結果としてそれは俺の早とちりであった。
―――
「特殊作戦群に所属している退魔士が作戦行動中に殺された?」
「……あぁ。しかも内容が内容だ。とても許容できるものではない」
「それは、そうでしょうね」
もし死んだという退魔士たちが任務に失敗して殺されたというのであれば、それはただのミスだ。
あまり良い言い方ではないが、軍人であれば覚悟をしていて然るべきことなので、俺から言うべきことはない。東根先輩もそう考えることができただろう。
だが、その退魔士たちはただ任務に失敗して殺されたわけではなかった。
東根先輩に伝えられた内容では、一連の動きは以下のようになる。
まず、その退魔士たちは密入国者の存在と、その密入国者が『なにやら怪しい取引をおこなうようだ』というタレコミを受けて動いていた。
本来であれば国防軍だけで動く予定だったが、その情報がどこからか漏れてしまった。
で、その話を聞き付けた輩が「治安維持が目的であるなら所轄の警察に話を通せ」と主張した。
特殊作戦群の課長は仕方なく所轄の警察、つまり神奈川県警に連絡をして、援軍を要請した。
連絡を受けた神奈川県警は連絡が遅いなどの嫌味をいいつつ援軍を派遣した。
しかしその援軍が到着する前に、特殊作戦群が派遣していた捜査員が殺されてしまう。
神奈川県警の援軍が現場に到着した時には、捜査員の死体だけが残されていたのだとか。
もちろん、その場には誰もおらず、密入国者もそれと取引をしていた人間も発見できなかった。
捜査員を殺した犯人を探ろうにも、犯人に関する一切の情報がないということで検問さえ敷かなかったそうな。
どれをとっても大問題です。ありがとうございました。
『これだから神奈川県警は』
それな。いつの世も問題を起こしてくれる組織である。
さらに仕事が雑だ。隠すならもっと上手に隠せと言いたい。
『グダグダじゃな』
まったくです。
不祥事を重ねているものの、満足に情報を隠すことができていない神奈川県警の隠蔽能力はさておくとして、彼ら絡みの問題はまだ終わっていなかった。
なんと特殊作戦群の課長曰く、援軍を派遣したはずの神奈川県警の上層部が相手側に情報を流した可能性が高いのだとか。
根拠としては、部外者に詳細を教えることはできないが、殺された捜査員が死ぬ前に使った術式が関係しているそうな。
『恐らく死んだ捜査員とやらが、己を殺した相手に対する相討ちの呪いか、その関係者にまで広がる類いの呪いを掛けたんじゃろうな』
もしくは、それを辿れば犯人にまで辿り着けるという、マーキングのような術式か。
神様の祟りや俺が使う呪いと同じ系統の呪いなので、その辺はよく理解できる。
ちなみに、特殊作戦群に所属している退魔士の実力はそれほど高いものではない。
『そら、実力が高ければわざわざ軍なんざ面倒な組織に入らずとも普通に退魔士としてやっていけばいいものな』
そういうことなので、軍に入隊する退魔士の大半は単独で稼ぐことができない程度の実力しかないのだ。
学校で言えばBランク相当だろうか。
もちろん、隊員を纏めつつ名家と軍部を繋ぐ役割を兼ねる上層部の人間であればAランク相当の実力はあるだろうが、それでも各家で抱えている最高戦力には及ばない。
なぜなら、名門や名家と呼ばれるような家の連中にとって大事なのは己の家を存続・繁栄させることなので、外に出ては困るような人材を軍に配属させるようなことはしないからだ。
実際今回死亡したとされる二人も退魔士としての実力はBランク相当しかなかったらしいし。
また、殺された二人の死因が狙撃によるものとなれば、狙撃手が退魔士であるかどうかさえ不明となる。
『Bランクの退魔士なんざ深度2の素材で造った弾でも殺せるからのぉ』
簡単に手に入るとまでは言わないが、それなりの規模がある組織であれば用意することは不可能ではない。
何せ教会の日本支部でさえウチを襲撃してきた連中に深度3相当の素材を使って造られた弾丸を持たせていたくらいだからな。
銃弾についてはさておくとして。
つまるところ、通常であれば捜査員が殺された時点で狙撃犯を特定することや、密入国に関わった関係者を見つけることなどは不可能な状況だったが、死んだ捜査員が命を懸けて術式を使用してくれたおかげで、犯人や関係者に対してなんらかの目星をつけることができたということなのだろう。
うん。そこまではいい。
国防のために頑張った捜査員に哀悼の意を表するくらいはしよう。
問題は、本来であれば外部に流出してはならないはずの情報が、何故俺に伝えられたのかということだ。
『んーむ。わからぬな。もしや妾の知らぬところで「監視を受け入れる条件として軍から情報を貰う」なんて約束しとったか?』
していない、と思うんですけどねぇ。
確かに情報はあって困るものではない。
時に金を払ってでも得たい情報というものが存在するのも事実だ。
しかしその情報が俺にとって何の得にも害にもなりそうにない情報となればどうだろう。
タダほど怖いモノはないというが、少なくとも俺は勝手に押し付けてきたモノに対価を支払うほどお人好しではない。
そのくらいは東根先輩だって理解していると思うんだがなぁ。
『さすがにソレがわからんほど節穴ではなかろう』
で、あればこうして話すことにも何かしらの目的があるはずなのだが、それがわからない。
『こういうのは考えるだけ無駄じゃぞ。いくら考えてもわからぬモノは、いくら考えてもわからぬのじゃからな』
ですよね。
では俺がとるべき行動は一つしかない。
「その情報を俺に流したのは何故ですか? 軍は何を企んでいるんです?」
考える労力と時間が勿体ないので、答えを知ってる人に聞く。これが答えだ。
「おいおい。もう少しこうなんというか、オブラートというか、そういうのはないのか?」
ない。あるはずがない。
「はっきり言った方が分かりやすいでしょう?」
「それはそうなんだが」
「で?」
ストレートに問いかけた俺を見てどう思ったかは知らないが、東根先輩は苦笑いをしながら教えてくれた。
「まず情報を流した理由だが、君に依頼をするための事前準備として、こちらの持つ情報を包み隠さず内容を伝えるよう指示を受けたから、だな」
「依頼ですか?」
この状況で軍が俺にどんな依頼をするつもりだ?
「そう。もし大使館の関係者や神奈川県警の関係者から解呪の依頼がきても、その依頼を拒否して欲しいんだ。もちろん正式な依頼なので依頼料も支払う」
「あぁ、そういう」
死を賭して術式を使用した部下のことを考えれば、それを台無しにしたくないという気持ちはわかる。
だから彼らが「依頼があっても解呪をしないで欲しい」と頼んでくるのは至極当たり前のことだろう。
わざわざ俺に依頼をしたのは、過去の行いから俺が呪いと解呪の専門家と思われているから、かな?
『少なくとも業界で話題になった干眼の呪い(笑)を解呪できたのはお主だけじゃからな』
実績があるって大きいですよね。
当然彼らは俺だけではなく俺以外でも解呪の心得がある人間には同じ依頼をしているのだろう。
東根先輩が俺に頼んで来たのはただ単に接触がしやすかったから。
そこまで分かっているのであれば、軍から依頼を受けるのも吝かではない。
『銭も貰えるしな』
そう。今回に関しては依頼を断るだけなので、実質何もしなくても金が貰えるのだ。
しかも相手は軍、つまりお国である。
断る理由はない。
ただし保険は必要だろう。
「依頼がきた場合、断る理由として軍の名前を出しても良いんですよね?」
「ん? あぁ、君の立場だとそうなるか。おそらく大丈夫だと思うが、一度課長に確認を取らせてくれ」
「えぇ。よろしくお願いします」
基本的に、どのような依頼であれ依頼主の名前は隠さなければならないものなので、通常であれば俺だってこんなことは口にしない。
だが今回俺が依頼を断るように言われている相手は、大使館や警察の関係者だ。
いかに不祥事と疑惑のデパートという二つ名を持つ神奈川県警とはいえ、警察は警察。
もしも向こうが国家権力をかざしながら「警察に協力するのは市民の義務」と言ってくれば、しがない神社の長男としては断り辛いものがある。
まして大使館が絡んでくるとなれば、それ以上だ。
断り辛いどころか、俺の一存で断ることはできない。
よって、俺が彼らからの依頼を断る為には、彼ら以上……少なくとも彼らと同等以上の権威が必要なのだ。
『そうか? 別に何とでもなりそうなもんじゃけど』
確かにそうなんですけどね。
やろうと思えば今からでも密入国した連中の追跡だろうが神奈川県警への粛清だろうが何とでもなりますが、そういうのができるってことを見せても俺に得がないですしおすし。
『あぁ。そう言えばお主って能動的な能力は持っておらんことになっとったな』
そうなんですよ。
直接戦闘はまだしも、能動的に敵を追跡したり、追跡した敵に呪いを掛けることができると知られるのはまだ早いと思うんですよね。
なんなら一生知られなくても良いとさえ思っているくらいです。
『ま、知られていなければ疑いもかからんからな』
そうそう。平穏無事が一番大事。
『問題。負けない、逃げ出さない、投げ出さない、信じぬく、この中で一番大事なことはな~んじゃ?』
優しさを求めないこと、ですかね。
『人を信じて傷付くのは嫌じゃし、臆病者の言い訳なんてのも聞きとうない!』
さよならだけじゃ寂しいと思うんですけどねぇ。
『それはアレじゃよ。ここにいないと思うから寂しいのでは?』
結局は気の持ちようってことですか。
『そんなもんじゃよ』
含蓄があるのかないのか。
これはもうわからないな。
「……はい。はい。了解しました」
『お、終わりそうじゃぞ』
みたいですね。
さてさて、先輩の上司はどう判断するのやら。
「確認が取れたよ。その場合は軍の名前を出してもいいとのことだ」
ほほう。そうきたか。
「了解です」
判断が早いのはポイント高いぞ。
依頼料がどうなるかは県警や大使館から解呪の依頼が来るかどうか次第だが、最悪貰えなくても構わない。
軍に協力的だったという実績だけで十分だからな。
あぁそうだ。これは確認しておかないと不自然かも。
「ちなみに、なんですけど」
「ん?」
「例の密入国してきたという人物の国籍って教えてもらうことはできますか?」
「あぁ、そういえば言っていなかったな」
何も聞かないのはそれはそれで違和感が出そうだから聞いただけで、機密というのであればそれで良い。
そんな感じの問いかけだったのだが、東根先輩はあっさりと答えてくれた。
「……中国さ」
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