6話。友人その1とその2。前編
新キャラ登場回
「にーしーおー、異界に行こうぜー」
まるで幼馴染が野球に誘ってくるかの如く、極々自然に俺を危険地帯に誘おうとしている人物は、俺の実家がある町から二つほど離れた町に建てられている神社の娘さんこと鷹白環である。
年齢は俺と同じ14歳。
身長だいたい155~160センチくらい。
髪は黒のショートカット。
目の色は赤みがかった黒。
健康的な外見に加え男勝りな口調やはすっぱな態度を取ることが多いため周囲からはバリバリの体育会系だと思われているが、それは世を欺く仮の姿。
その実態は家族と弟を愛し、幼いころに貰ったぬいぐるみをこよなく大事にしている苦労人のお姉ちゃんである。
そんな苦労人の彼女と出会ったのは2年ほど前のこと。
当時は妖魔と戦えるレベルになかった彼女だが、困窮する家計を前に「妖魔に遭わなければ大丈夫」を合言葉に異界へと潜ることを決意したそうな。
だが、当たり前というかなんというか、ろくに隠形の技術を鍛えていなかった彼女はあっさり妖魔に見つかってしまう。
己に死を齎すであろう妖魔を前にした彼女は一目散に逃げた。
悲鳴やら涎やら涙やら小便やらを大量に撒き散らして逃げた。
そこに偶然通りがかった――子供の大声が聞こえたので見に行った――俺が件の妖魔を討伐して助けたのが俺と彼女の馴れ初めである。
この経緯があったからか、彼女からはかなり懐かれている。
『懐かれているっつーか”これは自分のモノだ”と主張しとるようにしか見えんがの』
それは気のせいでは?
で、懐かれたからこそわかるのだが、彼女は常にはすっぱな言動を取っているわけではない。
本人曰く、普段は外で舐められないようにするために敢えてこういった態度を取っているんだとか。
『ギャップ萌えじゃな』
それはどうだろう。
ギャップ云々はともかくとして、実際この業界――正確にはこの業界に限ったことではないが――に於いて第一印象で舐められて良いことなど何もない。
むしろ退魔士には内向的な人が多いので、少しくらい攻撃的な方が面倒ごとを避けられるのである。
もちろん誰彼構わず噛みつけば大怪我を負うことになるが、その辺は空気を読めばなんとかなるものだ。
つまり彼女は空気を読んだうえであのような行動を取っているのである。
「にーしーおーさーん」
空気を読んでいるはずの彼女が連呼しているニシオとは、俺の家の苗字だ。漢字だと西尾。
地元では『あそこの神社の息子さん』で通っている俺だが、苗字くらいはあるのである。
ちなみに苗字の由来は、ウチの神社の祭神が白蛇様であることと、本社(本家のようなもの)がウチから見て西にある、つまり頭が東で尾が西を向いていることから来ているらしい。
『本社がどの方向にあろうが妾の頭の位置が変わるわけではないがの』
その辺の文句は俺ではなく当時の人間に言って欲しい。
ちなみのちなみに、俺の名前は暁秀。つまり俺のフルネームは西尾暁秀となる。
「あーきーひーでー」
ちなみのちなみのちなみに、退魔士に限らず、魔力的な力を持つ存在にとって名前とは特別な意味を持つ。よって、公共の場で他人のフルネームを大声で叫ぶような輩は周囲から忌避されることになる。
というか、人や門派によっては戦争一直線という危険行為である。
『ふ……ふざけるなよ……! それを口にしたら……戦争だろうがっ……!』
尤も俺の場合は事情が少し違う。
もし俺の名前を耳にしたやつがいたとして、そいつが名前を辿って俺に呪詛を仕掛けてきた場合、そこで顎を尖らせている神様がオートで防いでくれるのだ。
なんなら逆探知した上で倍にして返してくれるまである。
『倍返しじゃ!』
うん。そうね。お返しは大事。
ついでにその呪詛を解除することで相手に恩を売ることもできる。もちろん有料だが。
で、この呪詛返しが重なった結果、少なくとも入間近辺で俺に呪詛を仕掛けてくる奴はいなくなった。
なお最初の被害者は名も知らぬ協会の職員である。
幼いながらも定期的に深度2で取れる【魔石】を納品していた当時の俺が、つい深度3の異界で回収した【魔石】を提出してしまったことがあった。
そのせいだろう。俺がどうやって【魔石】を得ているのか興味を抱いた協会の職員が、何らかの術を使って俺を探ろうとしたために呪詛返しが発動したのだ。
好奇心は猫を殺すという言葉をしらないのかな?
なんでも俺を調査しようとした職員とその職員に俺を調査するよう命じた上役は、数日間極めて強い呪いに苛まれた挙句、両者ともに片方の目が見えなくなったらしい。
怖いですねぇ。恐ろしいですねぇ。
『他人のプライバシーを覗くのは犯罪じゃて。妾はそんなことすら理解できておらなんだ頭の悪い輩に教えてやっただけじゃよ。常識ってやつを、の』
人を呪わば穴二つとはよく言ったものだ。
もちろん今に至るまで、その職員からも上役からも協会そのものからも抗議や報復をされたりはしていない。
『そりゃの。いくらなんでも「術を使って覗こうとしたら反撃喰らって片目を失いました。賠償を求めます」なんて言えるわけないからの』
そういうことだ。
「にーしーおーあーきーひーでーさーん」
で、問題はさっきから俺の名を連呼している少女なんだが。
『ありゃ確信犯じゃからなぁ』
苦笑いしている神様曰く、ああやって俺の名前を連呼することで彼女は『自分はそれを許されているくらい親しい存在なんだぞ』と周囲にアピールしているらしい。
『ついでにお主に負い目を作って「ごめんなさい! この責任は働いて返します!」ってやるためのものでもあるの』
なんというマッチポンプか。
事実、俺としても彼女の家――具体的には家計簿――がどんな状況に置かれているのかを知っているため、今更名前を呼ばれた程度でどうこうするつもりはないと本人に明言している。
ただ、許可を貰っているからといってここまで明け透けに実行できる人間はそうはいないわけで。
『だからこそ、じゃな。寄るなら大樹。巻かれるのであれば長いモノ。中途半端が一番いかん。あやつはそれをしっかりと理解しておる』
俺としてもそうだが、神様的にも腹の内を隠して近付いてくる輩より、ああして正面から来る人間の方が好ましいらしい。
つまるところこれは、俺たちが周囲の連中に本名を知られることを忌避していないことを知っているからこそできる距離の詰め方。いうなれば彼女なりの処世術というやつなのだ。
加えて、彼女が頼りにしているのは俺一人ではない。
「あ、あの。いつも環さんが申し訳ございません……」
環が上げている騒音に紛れて近付いていたのだろう。
大声でフルネームを連呼している友人の所業を謝罪してくるのは、青みがかった黒髪と同じ色の目が特徴的な小柄な少女。
弱弱しい物腰と小柄な体躯で侮られることもあるかもしれないが、少し見ればその身に纏っている空気が俺や環とはあきらかに違う。
多少でも見る目があれば、軽々に侮ってよい存在ではないとわかる程度には”違う”少女。
『着ている服の質が違うからのぉ』
そうなのだ。明らかに高いのだ。
何時の時代も金持ち=強者なのだ。
侮るなんてとんでもねぇ。
「あ、あのぉ……」
この、一見弱弱しいが、俺たちが着ている服の数倍はするであろう服を普段着にしていても一切違和感を感じないほどのお嬢様である彼女こそ、何気なく行われる所作の中にもある種の気品が見え隠れするせいで同い年なのに『さん』付けしたくなるお嬢様にして、そこにいるだけで俺たちとは生まれた世界が違うと教えてくれるお嬢様にして、俺を見つけた際に環が『お嬢』と呼んだ正真正銘のお嬢様。中津原早苗さんである。
閲覧ありがとうございました。