13話。御神体についてのあれこれ
この小説はフィクションです。
実在の人物や団体などとは関係ありません。
また、主人公らの発言はあくまで個人の感想です。
早苗さんがなにやら深刻な表情を浮かべていたので、またぞろ妙な深読み&勘違いをしているんだろうなぁと思うこと数日。
焦れた様子の環から雫さんの教育について細かく説明するようにと言われたので包み隠さずに伝えたところ、早苗さんの抱えていた悩みは無事解決したのであった。
いや、今でも何を悩んでいたのかよくわかっていないのだが。
『アレは妾を神格化し過ぎておるからのぉ。ナニをするにしても深読みしてしまうんじゃろうて』
神様を神格化し過ぎるとはこれ如何に。
『強いて言えば、理想の押し付け? アレにとっての妾は、とても厳格で尊大で残酷な神なんじゃよ』
んー。わかるようなわからないような。
というか実際神様って厳格だし尊大だし残酷だから間違っていませんよね?
『それだけではあるまい?』
それはそうです。
なんやかんやで優しかったり面倒見が良かったりしますし、最近は暇つぶしにゲームしたりネットサーフィンするくらいには俗世に染まっていますよね。
『なんかアレな扱いじゃが……まぁそういうことじゃよ』
なるほど。早苗さんはそういうところを知らないから、神様に対しては怖いイメージしかないわけか。
『どうする? 今のうちに矯正しておくか?』
いえ、神様を畏怖するのは当然のことなので、別にナニカする必要はないでしょう。
世界中を探せば親近感を覚える神様もいるかもしれないが、基本的に神様とは無条件の畏怖と敬意を向けるべき相手である。
そういう意味では早苗さんが神様に抱く感情はなんら間違ったものではない。
勘違いに関してもその都度修正すればいい。
舐められるよりマシ。
よってこのままでヨシ!
『ま、お主がそれでええならええわい』
いつもの納得を頂けたところで本日のメインディッシュに取り掛かります。
それがこちら。河北家が400年温めてきた御神体が入っている箱です!
『ジャガジャン!』
節子、それ物品を出す時の効果音やない。
鑑定結果を出す時の音や。
『似たようなもんじゃろ』
結果はまだ出ていないんですよねぇ。
まぁいいけど。
そんなこんなで鑑定と調査の時間である。
と言ってもやることはそんなに多くない。
御神体が入っている箱から中身を取り出して詳細を確認するだけだ。
『3分もかからんわ』
マヨネーズもびっくり。
もちろん、これはよそ様の家で御神体として扱われてきたモノなので、粗末に扱うことは許されない。
誰の眼があるかわからないところで開示するなど以ての外である。
なのでちゃんと寮の自室に持ち帰り、自室に備えている神棚に掲げて、二礼二拍手一拝をしてからオープンセサミ。
『ほむ』
箱の中には布に包まれたナニかがあった。
その布を取っ払ってみれば、そこには尖った鉄の塊のようなモノが一つだけ。
これが河北家が代々守ってきた御神体らしい。
何も知らなければ「これが御神体?」と思うかもしれないが、こういう”管理さえしていれば風化しないモノ”を御神体とするケースは結構多い。
一番多いのは三種の神器にちなんだ剣や鏡や勾玉だろうか。
なので、この鉄の塊が御神体だということに関してはなんら問題はない。
問題があるとすればこれが本物の御神体ではなく、それっぽく偽装した偽物であるパターンなのだが……まぁ、そこそこ経験がある退魔士であれば、それが神社で400年以上祀られてきたモノかどうかなんてことはすぐにわかるので問題はない。
なにより偽物であれば箱に入っている時点で神様から指摘されていただろうから、それがない時点でこれは間違いなくホンモノなのだ。
あとはこの鉄の塊にどのような価値があるのかということなのだが。
『これは、鏃じゃな。素材の質としては深度3相当ってところじゃよ』
ほほう。鏃でしたか。
鏃とは、矢の先に装着しているアレである。
では河北家が祀っていた神は。
『氏神じゃな』
やっぱりそうですか。
基本的に鏃のような武具が御神体の場合、その家で祀られている神様は氏神の系列となる。
では氏神とはなんぞやと言えば、そのままずばり氏の神のことである。
『ルリム! ルリムじゃないか!?』
白い蛆は寒い要塞にお帰りになってどうぞ。
内心「蛆ときたら、神話で蛆が集っていたとされるイザナミ様あたりがくるかなぁ」と思っていたことはさておくとして。
氏の神が示す氏とは、苗字とか姓のことを指す言葉である。
よって氏神とは神格化されたご先祖様のことだと思えば良い。
わかりやすい例としては、江戸の三代目将軍徳川家光が祖父である家康の死後、彼を東照大権現として祀り上げた例が挙げられる。
それと同じ感じで、当時は百年以上続いていた戦乱が収まりつつあったこともあり、御家の中興の祖とされるような人物が子孫や所領の住人から神格化されることが稀によくあることであったらしい。
殿様のおかげで戦にいかなくても良くなった。
殿様のおかげで普通に暮らせるようになった。
殿様のおかげで生活が楽になった。
全部殿様が頑張ってくれたおかげじゃ。
オラ方のために頑張ってくれた殿様に感謝の意を込めて、お寺さんで祀ってもらうべ。
こんな感じである。
『当時の民草からすれば、遠くの天下人よりもオラ方の殿様ってな』
情報が手に入らない時代ではそうなりますよね。
ともかく、江戸幕府が開かれてから数十年の間で生活にゆとりができた農民たちから祀られることになった武士はそこそこいたのだ。
河北さんの家もその系統なのだろう。
ちなみに神道や仏教の間で400年以下は新参者。最低でも江戸時代より前からなければ認めないという風潮があるのは、この時期に大量に神社やらなにやらが造られたからである。
俺としても、年数はともかく祭神となった存在の所以を考えれば新参者として扱われてもしょうがないと思っていたりいなかったり。
『そうなのか? お主の実家で祀ってある白蛇、環の家で祀ってある白鷹も、元々はただのアルビノだったり突然変異で生まれただけの存在じゃぞ?』
まぁ、そうなんですけどね。
でも江戸時代の武士が神様と言われても神秘性が薄いと言いますかなんと言いますか。
有難味がないですよね。
『なんじゃそら』
少なくとも徳川十六神将に数えられている渡辺守綱を神格化した神社があったとして、そこで武運長久の加護が得られると言われても俺は信じない。
だって彼は浄土真宗だもの。
『そら、他の存在を信仰をしておることが判明しておる者を神格化したらあかんやろ』
ちなみに先に挙げた東照大権現こと徳川家康は浄土真宗か臨済宗の徒だったはず。
彼の場合は対一向宗の問題や師匠である雪斎とか義元の関係もあったと思いますけど。
『どちらにせよ神にするには微妙なところじゃな』
でしょう? 同時期に建てられたにしても、実在する人物を祀っている神社よりも、駒ヶ岳噴火を鎮めるために造られた神社の方が御利益がありそうな感じがしませんか?
『50年後に再度噴火した挙句、その10年後に富士の山まで噴火しとるがの』
人間の都合に縛られない。
それが神ってもんでしょう。
『否定はせんが、なんか違う気がする』
気のせいですよ。きっと。
長々と語ったが、結局何を言いたいかと言えば……わざわざ御神体を持ち出させた雫さんには悪いが、ボーナスはなしってことだ。
もし神として祀られていたモノが概念に対するモノであったり、自然そのものであったならばもう少し純度の高い素材になっただろうが、当時の武士が使った鏃程度では大した素材にはなりえない。
縁を伝って呼び出すにしても、深度3の異界で取れる素材と同等程度ではなぁ。
『でもあれじゃぞ。これには微妙に神性もあるから、頑張れば守護神、いや、少し強い程度の守護霊なら呼び出せると思うぞ』
ほほう。それは中々。
異界ではなく現世に在った御神体に、微かとはいえ神性が宿っているというのは驚きである。
これはボーナスをあげてもいいかな?
『手のひらルックルックじゃな』
手首を回転させながらこんにちわ。
自動人形かな?
『ホホホ。妾を嗤わせるのじゃ』
すでに笑っておりますな。
これにて一件落着。
『おぉう。いきなり終わらせおった。で、これはどうするんじゃ? バラすか? 溶かすか?』
さすがに預かりモノですからね。分解したり融解させたりするつもりはありませんが、理解はしたいところです。
『暇つぶしには丁度良さそうじゃな』
ですね。
御神体の扱いとしてはアレかもしれないが、良い暇つぶしになりそうなのは事実なので否定はしない。
そんなこんなで、弟子の教育から御神体の調査など、することがないと考えていた学校生活にもそこそこの張りが出てきそうな感じである。
それらを齎してくれた雫さんには、誠意として現金を包む必要があるだろう。
『たわしを忘れてはいかんぞ!』
イエスイエス。たこやき一年分買えるくらいのボーナスと一緒に差し上げましょう。
閲覧ありがとうございました。
御神体が収まっている箱については9話に書きましたので、気になる方はご参照お願いします。