12話。弟子の教育についてのあれこれ④
東根先輩たちに話を通したことでようやく雫さんの初期教育に目処がたったのだが、勿論今の状況に問題がないわけではない。
『ところでお主よ。ちと気になることがあるんじゃが?』
なんでしょう?
『今回は相手が御神体を持ってくるという格別の覚悟を見せたからこそ弟子にしたって話じゃったろ? それを他人に鍛えさせるって、端から見たら最低の行為なのでは? 妾からすればニンゲンの印象なんざどうでも良いが、お主は他人からの印象を大事にするとか言っとらんかった? これだとお主にとってマイナスしかないのではないか? 妾は訝しんだ』
そうなのだ。神様が言うように、このままでは印象の悪化が避けられないという問題が有るのだ。
無論ここは実力がモノをいう学校なので、雫さんを最終的にAランクになるまで鍛えたという結果さえ示せば悪化した印象は覆ることになるだろう。
だが、それも絶対ではない。
そも第一印象が7割以上を占めると言われる人間関係に於いて、最初の数か月の間に植え付けられた印象というのは中々拭えないモノであるからして。
『ほんなら何でお主が最初から見てやらんのじゃ?』
神様が疑問をいだくのも至極当然というものだ。
ですが、これには単純にして深いわけがあるのです。
『ほほう?』
……そもそもの話、俺も術式とかに詳しいわけじゃないから基礎的なところって教えられないんですよ。
『あぁ。うん。そう言えばそうじゃったな』
レベルでごり押しできるから忘れがちだが、実のところ今の俺が習得している技術や知識は、生まれた頃から神様に教えて貰っている神様由来の呪いや術式が主体である。
そのため、そちら方面の知識は日本でもトップクラスだと自認しているが、それ以外の知識はほとんど無い。
一応これまでに早苗さんや中津原家の人たちから神道系の知識や技術を教わっているので、本当の意味で右も左も分かっていない雫さんよりは知っているのだが、それだけだ。
言ってしまえば俺が持つ知識や技術など、素人に毛が生えた程度のものでしかないのである。
『また髪の話をしておる……』
さしもの俺も、この程度の知識量で他人にモノを教えることができるなどとは口が裂けても言えないわけで。
『なるほどの。それでもお主が教えようとした場合は早苗や東根からの又聞きとなる。そんなまどろっこしいことをするくらいなら最初から早苗や東根に直接教わった方が早いし確実だわな』
そうなんですよねぇ。
レベリングや戦闘技術に関しては面倒みれますし、一般的な退魔士としての常識や立ち回りも教えることはできますが、本当の基礎に関しては早苗さんや東根先輩に頼まざるを得ないんですよ。
『ふむ。中津原家の娘である早苗は一般的な退魔士の常識は知らんし、軍人の東根も方向性が違うものな。そこをお主が教えるわけかや』
です。早苗さんには了承取っていますし、東根先輩は今承諾して貰えました。雫さん本人には……最低限の知識を得たと太鼓判を押された際にそれとなく伝えるつもりです。
『今それを伝えてもどうにもならんからの』
えぇ。
あと、この体制にすることで雫さんはちゃんとした教育を受けられるし、東根先輩は術具を得られるし、俺は時間が短縮できるという、誰も損をしていない状況を作れるのですから、少しくらい印象が悪くなってもいいかなって。
あくまで少しの範疇に収まることが前提ですが。
もし俺の評判を落とす為にあることないこと吹聴して回るような輩がいた場合は、その背後関係を洗った上でしっかりとお話させていただく所存である。
『中津原を良いように使っておるようじゃが?』
無条件で頼るつもりはありません。
中津原家には河北家から預かった御神体を調査した際に得られた各種情報を提供する予定です。
『ふむ。それなら等価、かの。情報によってはこちらの持ち出しが大きくなりそうじゃが』
その場合は向こうが超過分を支払おうとするでしょうから、それで済ませようかと。
『なるほどの。まぁ色々と考えておることはわかった。その辺をしっかり認識したうえでお主がそれでええっちゅーなら、妾から言うことはないわ』
面白みが無いとかなんとか言っておきながら、思わぬところで足を掬われぬよう警告してくれる神様はマジ神様。はっきりわかんだね。
―――
中津原早苗side
「というわけで、私も河北雫さんの教育を手伝うことになりました」
「はえ~」
暁秀さんに頼まれましたからね。
正直まんまと彼の弟子という立場に収まった彼女に対して面白くない気持ちがないわけではありませんが、暁秀さんの頼みでは断れません。
それに内容が内容ですし。
「で、お嬢はその河北さん? に何を教えるの?」
「そうですね。教育と言っても授業の内容や教科書の内容でわからないことがあったら教えたり、暁秀さんから教えられたことが理解できなかった際に補足する程度で良いらしいです」
もっと頼ってもらっても良いのですが、河北さんはあくまで暁秀さんのお弟子さんですからね。
頼まれてもいないことをするのは駄目、絶対。
出しゃばりは良くありません。
「ん? いや、それって……」
ナニカ言いたげな表情を浮かべる環さん。基本的にはっきりと物申すタイプの彼女がこんな表情になるのは珍しいことです。
ナニカ言い辛いことがあるのでしょうね。
こういうときは「遠慮しなくても良い」ということを伝えるため、こちらから水を向けると良いんですよね。
「どうしました? ナニカあるなら遠慮なくどうぞ」
「あ~。あのさ。怒らないで聞いて欲しいんだけど」
「はい」
怒らないとは言っていません。
内容次第です。
まぁ、今さら環さんが私を怒らせたりすることはないと思っていますがね。
きっと私が気付いていないことに気付いてしまったので、バツが悪いというだけの話でしょう。
そんなことで怒るほど狭量ではありませんよ。
……そう思っていた時期が私にもありました。
「それって普通のクラスメイトとどう違うのかなぁって」
「え?」
「いや、やることがそれだけなら別に頼まれなくてもやるでしょ? 普通にさ」
「た、確かに!」
普段からはっきりとモノを言う彼女が言い澱むのは珍しいと思って促してみれば、普通のクラスメイトなど居たこともない私には予想だにできなかったことを言われてしまいました。
言われてみれば、河北さんはクラスメイトです。
ならば学校の授業に関する事で何かしらを聞かれた場合、知っていることを教えるのは暁秀さんの弟子とかそういうのを抜きにして当たり前の行為なのではないでしょうか?
「……もしかして、試された?」
当たり前のことをするだけなのに報酬を頂くのはどう考えても厚かましい行為です。
しかも頂ける報酬というのが、暁秀さんが研究した御神体に関するデータとなれば、明らかに釣り合っていません。
つまりこれは、私が無償でやるべきことを自己申告できるかどうかという、いわば私の人間性を確認するための提案だった?
まずい。
……もしも暁秀さんが私のことを『厚かましい女だ』なんて思ったら?
暁秀さんがそう思わなくても、暁秀さんと共にある蛇神様にそう思われてしまったら?
「あ、あわわわわわ」
滅ぶ。私だけでなく、中津原家が。
「あ~。いや、そこまで心配しなくても大丈夫だと思うよ? 暁秀はそんな風に他人を試すタイプじゃないし、なにより暁秀ってお嬢のことをかなり高く評価しているから、この程度のことで評価を落とすなんてことはないって」
「そ、そうでしょうか?」
あっさりと言い切る環さん。
妙に自信あり気ですが、ナニカ根拠があるのでしょうか?
「だって、私にその話きてないし」
「……いや、それは、そのぉ」
単純に環さんの持つ知識が不足しているからとか、性格的に教師役に向いていないことを知っているからではないかなぁと思ったり思わなかったり。
「だーかーらー。大丈夫だってば。っていうかさ、そんなに不安なら本人に聞いてみればいいじゃん!」
「えぇ!?」
神様の意を探るだなんて、そんな畏れ多いことを……。
そもそもなんて聞けばいいんですか?
「私を試しましたか?」とか?
もしそれで肯定されたら洒落にならないんですけど。
逡巡する私を見て何を思ったか『なんなら今から聞いてこよっか?』と駆けだしそうになった環さんをなんとか押し止めることに成功したものの、内心では「暁秀さんや神様からどのような評価を受けたのか」ということに対する不安は拭えませんでした。
結局この問題は、数日後に暁秀さん本人から「深い意味は無かった」と教えて頂けたことで解消したのですが、そのとき横で聞いていた環さんが浮かべていた『ほらね。私が言った通りでしょ。私は詳しいんだから』という感じのドヤ顔はしばらく忘れることはないでしょう。
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