8話。そのころ某所では
「どういうことだ! まだあのガキはピンピンしているぞ!」
「それどころか我々の眼に呪いが罹っているそうじゃないか!」
「対策を練っているとは嘘だったのか!?」
「高い依頼料を取っておきながら、失敗するだけではなく我々にまで累を及ぼすとは、とんだ無能だな!」
河北雫が御神体の貸し出しについて悩んでるとき、都内の某所では数人の政治家と、それに糾弾される陰陽師たちの姿があった。
「申し訳ございません……」
調子に乗ったガキに身の程を弁えさせる。
ただそれだけのことができなかった陰陽師たちに対する非難の声は止むことはない。
半分は触れてはならないモノの存在を理解しないままに依頼を出した彼らの自業自得なのだが、残りの半分は自信満々に仕事を請け負ったくせにものの見事に撃退された術者たちの責任なので、庇う者がいないのは当然のことだろう。
その上、糾弾している側とされている側は対等の関係ではない。
「申し訳ないですむか!」
「すぐに視力を元に戻せ! 私たちだけじゃないぞ! 私たちの家族もだ!」
「支払った金も返せ! むしろ我々に慰謝料を支払え!」
「そうだそうだ!」
依頼に失敗しただけでなく、依頼主である自分たちまで、それも家族にまで報復を受けたのだ。少なくない金を出した依頼主たちが声を荒げるのは当然のことだろう。
「それは……申し訳ございません。我々も大量の損失を出しておりますので……」
術師側としても彼らの言い分は良くわかる。依頼に失敗した時点でこうなることはわかっていた。
だが、彼らが想定すらしていなかったことがある。
「陰陽師が大量に死んだ? ガキ一人まともに相手できない雑魚が死んだからなんだというのだ!」
それが、日本有数の陰陽師である土御門家の当主が、修行のために彼の神社に詰めていた将来有望な陰陽師たちと一緒に死んでしまったことだ。
特にあの隠形鬼さえ従えていた土御門家の当主が死んだことは、彼ら陰陽師たちにとって晴天の霹靂とも言える出来事であった。
もし彼が生きていれば、高位の鬼の力で依頼主たちが罹っている呪いを解くことができたかもしれない。
多少無理をすることになるだろうが、他の仕事を保留して深度4の異界を攻略することに専念すれば、依頼主たちが望む慰謝料を支払うこともできただろう。
だが、それができる人間はもういない。
それどころか、今や土御門家を継ぐ人間を探すところから始めなくてはならない。
これだけでも大変だというのに、死んだ者たちに対する慶弔金や、残された家族に対する補填など、資金はいくらあっても足りない状況なのだ。どうやって慰謝料なり違約金を払えるというのか。
また、陰陽師以外の宗派の者たちにとって、彼らが弱体化している今こそ陰陽師陣営の縄張りを好きなだけ荒らせる好機である。よって普段から仕事が被り気味の神社はもとより、数か月前に受けたダメージを回復したい教会も積極的に手を出してきているという状況だ。
このような状況下で、依頼主であった政治家からも叩かれているのだ。
それも自分が受けた依頼ではないことで。
泣きっ面に蜂どころの騒ぎではない。
なんとかしてこの場を凌ごうとしている陰陽師たちだが、依頼主たちとて馬鹿ではない。
「貴様らへの援助は停止する」
「当然、公金による支援も受けられないと思えよ」
「そんな!?」
「これ以上の言い訳は聞かん」
「もう下がれ」
「お待ちを! 何卒、何卒もう一度機会を!」
「ふん! 今、我々にかけられている呪いを解けもしない貴様らに機会を与えてなんになる?」
「我らの視力をこれ以上落とすつもりか?」
「この恩知らずめ!」
「失せろ!」
「……っ!」
彼らは落ち目の連中に金を出すほど甘くはない。
なにより今の彼らにとっての最優先事項は、現在自分たちが罹っている呪いを解くことにある。
陰陽師の残党たちが解呪できるのであればそれでも良かったが、解呪できないというのであれば彼らとの繋がりは邪魔以外のなにものでもない。
むしろ『敵と繋がっている相手の解呪はお断りします』と言われる可能性さえあるではないか。
――そもそも自分たちが依頼主、つまりは件の少年にとっての【敵】そのものなのだが、彼らは件の少年が自分たちの存在に気付いていることに気付いていないので、直接敵対した陰陽師との繋がりが絶てればなんとかなると考えていたりする――
彼らの暁秀に対する認識についてはさておくとして。
つまるところ、彼ら政治家たちの中ではすでに陰陽師という存在そのものが利用価値のない存在となっていたのである。
利用価値のなくなった道具が捨てられるのは当然のこと。
「……許さんぞ。我らを斬り捨てて自分だけ助かろうなどと、絶対に許さんぞ!」
ただし、捨てられた道具が捨てた者に対してどう思うかは別問題だ。
「欲に塗れた政治家どもも許せんが、何より許せんのは中津原の小娘どもよ!」
「然り! 我らの盟主だけでなく、未来ある子供たちまで奪ったあの外道を許すわけにはいかぬ!」
陰陽師の生き残りたちは、例の日に熊野神社で何が行われたのかを正しくは理解していなかった。
彼らが知る情報は、入学式に送り込んだ風鬼が中津原の娘とその従者に撃退されたということのみ。
そのため彼らは、土御門家の当主らを殺したのは、彼女らに返されたことで強化された風鬼だと勘違いしていた。
そうであるが故に、彼らの怒りの矛先は当日何故か東京を観光して帰ってきたターゲットの西尾暁秀ではなく、自分たちを斬り捨てた政治家と、衆目監視の上で風鬼と戦い、それに勝利したことで名を上げた中津原早苗とその従者である鷹白環になっていた。
特に中津原家に至っては、陰陽師たちが苦境にあることを知りながら莫大な慰謝料まで請求してきているのだ。
この傷口に塩を塗り込むが如き所業は、生き残った陰陽師たちにかなりの負担を強いていた。
「許さんぞ。赦さんぞッ!」
「あ奴らだけは絶対に赦さんぞ!」
「もはや形振り構っていられる状況ではない!」
「京都からも援軍がくる!」
「総力戦じゃ!」
「「「おぉ!」」」
「「「我らの命を懸けてでもあ奴らに報復を成さん!」」」
追い詰められた陰陽師たちは中津原一門に対しての逆襲を誓う。
彼らが向かうその先にナニがあるのか。
怒りに眼が眩んだ今の彼らにそれを知る由はない。
―――
都内、某所
「陰陽師が失敗したようだな」
「教会に続き陰陽師までも退けるとは、中々やるではないか」
「ふん。地縁も何も持たぬ伴天連共と、ただでさえ落ち目の陰陽師共が地に堕ちたから何だというのだ」
「あいつらは我らの中でも最弱」
「然り。そもそもの話、中津原の娘に鹿島と香取の関係者が接触に成功したのだ。あとは時間を掛けるだけでよい。例の小僧など中津原を取り込めば後はどうとでもなる」
「だな。それと、どうやら逆恨みしている連中が最期にナニカをしてくれるようだぞ」
「ほう? 最期まで観客を楽しませることを忘れないとは、陰陽師どもも中々わかっているではないか」
「所詮は消える前の蝋燭の火。残り滓が夜空に大輪の華を咲かせられるものかよ」
「不発ならまだ良いが……」
「良いが?」
「いや、筒が横倒しになったり、不発のまま地面に落ちてきて我々の傍で爆発したら困るな、と」
「「「……」」」
「……ある程度距離を置いたほうがよさそうだな」
「「「そうだな」」」
―――
「と、こんなことがありまして」
「うわぁ。御神体にまで手をつけるって相当ヤバいね」
「私はその河北さん? から御神体をお借りすることになった際に動けば良いのですね?」
「そうですね。できるだけ自然な形で早苗さんに紹介しますので、簡単に聞き込みなどをした後で問題がないようなら中津原家で確保していただければ助かります。お願いできますか?」
「お任せください! 蛇神様の手が加えられた御神体を確保するのは我々の務めですから!」
「はえ~。お嬢は元気だねぇ」
今回の件でも幅広い範囲に呪いを拡散させたことで、今まで以上に政治家たちから恨まれることとなった暁秀。
風鬼を返り討ちにしたという武勲と、陰陽師に対して莫大な慰謝料をふっかけたせいで彼らから逆恨みされることになった早苗。
二人に巻き込まれたせいで風鬼などという大物と戦うことになったものの、特に気にしていない環。
三人にとって陰陽師たちはすでに過去のことであるが、三人が忘れたからと言って向こうが抱いている怒りや恨みが消えるわけではない。
陰陽師たちは油断している三人の足を掬うことができるのか、はたまた更なる逆襲を受けて今度こそ勢力としての命運を完全に絶たれることになるのか。
陰陽師たちの生き残りをかけた戦いが幕を開けようとしていた。
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