5話。Cランク少女の事情
「……実は、ウチには借金がありまして」
「ほぉ」
正直他人の家庭の事情なんざ知ったことではないのだが、最初に話を聞くと言った手前遮るのもなんなので話を聞くことにした。
『この時点で負けとるがな』
気のせいです。
で、結構長い話だったので雫さんが語ったことを要約していこう。
まず、彼女の実家はとある田舎にある、400年と少しの歴史がある神社らしい。
『また神社か』
基本お金ないですからねぇ神社。
家族構成は、祖父、父、母、雫さん、弟の5人家族だった。
その神社だが、今の神主は祖父で、いずれは父親がその跡を継ぐ予定だったそうな。
ちなみに父親はランクBの資格をもつ退魔士だったそうな。
父親には弟、つまり雫さんにとっての叔父がいたが、その叔父はすでに家を出て結婚していたらしい。
その叔父には息子が一人いたらしい。つまりは叔父、叔母、従兄弟の三人家族だな。
叔父は叔父なりに自分の家庭を築いていたが、それでも神社の例に漏れず実家に仕送りをしていたそうな。
これだけならどこにでもある神社の話だが、それが変わったのは数年前のこと。
なんでも弟の嫁が「家を建てたい」と言い出したそうな。
家を建てるためにはある程度纏まった金が必要だが、実家に仕送りをしていた弟にはそれほどの余裕はなかった。
そこで弟の嫁は金融機関でローンを組もうと提案をしてきた。
連帯保証人は叔父の父親、つまり雫さんの祖父だ。
叔父は自分の父親を連帯保証人にして借金をしてまで家を建てることに忌避感はあったものの、実家への仕送りのせいで妻や息子に辛い思いをさせていることも自覚していた。
自分の家庭と自分を育ててくれた実家の間で板挟みとなった叔父は、祖父に相談することにした。
家を出た後もしっかりと仕送りをしてきた息子から相談を受けた祖父は、息子に苦労を掛けていた罪悪感もあり、連帯保証人になることを承諾した。
担保は神社が有する土地と建物であった。
『いや、駄目じゃろ』
そう。少し考えればわかることだが、通常神社の土地は担保になりえない。
何故なら神社が建てられていた土地をアパートや駐車場などといった、所謂『俗なモノ』に再利用することに忌避感を抱く人間が多いので買い手がつき辛いからだ。
また、もしその土地が元々神社であったことを隠して誰かに売ったとしても、そもそも神社や仏閣はその地域でも有数の霊地に建てられていたり、建物自体が澱みを祓う要石のような役割を担っている場合が多いため、建物を潰した時点で低級霊を引き寄せるわ妖魔に狙われるわと、様々なリスクを負うことになる。
騙して売った土地で購入者が命を落としたり、異界が発生して地域が混乱したら誰が責任を取るというのか。
そんなリスクだらけの土地になんの価値があるというのか。
このような事情から、真っ当な金融機関であれば、神社の土地や建物を担保にした借金を認めないのである。
その通常であれば絶対に認められないはずのローンだったが、なんでも叔父の妻の親類がとある地方銀行の幹部社員だったらしく、今回のローンについては特例として認めてもらえたそうな。
『特例とはよく言ったものよ』
特別感が出ますし、なにより人間は“自分が納得できる理由”があれば多少おかしなことでも認めてしまうものですからねぇ。
で、雫さんの父親がそのことを知ったのは、契約が成立した後のことだったらしい。
もちろん父親としても今まで仕送りをしてきてくれた弟が『家を建てたい』というのであれば反対するつもりはなかったが、神社を担保にしたことについて不安を覚えたらしい。
『当然じゃな』
普通ならそうでしょう。
とはいえ、いずれ父親が継ぐ予定であったのは確かだが、現在の所有者は祖父なので、彼が契約に対して口を挟むことはできなかった。
ここから先はまぁ、予想通り。
家を建ててから数年後、まず叔父一家が失踪した。
失踪の理由は定かではないし、今も彼らの行方は分かっていないが借金は残ったままだったので、連帯保証人である祖父に支払い義務が生じてしまった。
だが、仕送りを受けてなんとかやっていた程度の家に借金を返す余裕などあるはずもなく。
弟の家を売ろうにも買い手がつかず、祖父は祖父なりに頑張って借金を返済していたようだが、ついに限界が訪れた。
体調を崩した祖父は泣きながら父親に謝り、なんとか借金を返済して欲しいと頼み込んだそうな。
祖父に泣きつかれた父親からすれば、元々は弟の借金だし、なにより返さなければ先祖代々繋いできた神社の歴史が潰えてしまうということもあり、借金の返済に力を貸すことを決意した。
このとき、神社の権利は借金ごと父親に譲られたらしい。
全てを背負うという父親なりの覚悟の現れであろう。
しかし、神社の仕事をしつつ異界に潜る日々は父親の体を蝕んだ。
そして去年、父親は異界に潜ったまま帰らぬ人となった。
彼が最期に潜っていたのは通常Bランクの彼が狩場としていた異界より1ランク上の、深度3の異界だったらしい。
これに困ったのが、ただでさえ金銭的な余裕がない中、大黒柱であった父親を亡くした雫さんとその母親だ。
元々いつ死ぬかわからない退魔士には適用される保険というものがない。
他にもいくつかの保険に入っていたらしいが、そもそも父親の遺体がないため適用はされなかった。
『借金苦で逃げ出したと判断されたんかのぉ』
かもしれませんね。
せめて家で死んでいれば良かったが、それも過ぎたこと。
今度は父親を亡くした雫さんたちが叔父の残した借金を返さねばならなくなった。
それだけではない。なんと父親も借金をしていたことが判明したのだ。
借金の相手は協会で、使い道は術具などの装備品や消耗品であった。
普段は生還したときに返却していたらしいが、死んでしまったせいで回収ができなくなったので、その分の支払いを求められたのだ。
『まぁ、妥当じゃな』
そりゃそうだとしか言えない。
深度3の異界で通用する装備は高い。
一般はもとより、軍にも配備されていないのだから当然だろう。
貸し出されていた消耗品や装備品の合計金額はおおよそ20M円だったらしい。
『まぁ、相場じゃの』
ですね。特にぼったくっているわけではないと思う。
最終的に、叔父の借金と父親の借金を合計した金額はだいたい60M円だそうな。
絶対に返せないという金額ではないが、年老いた祖父と特に技能を持たない母親に返せるあてが有るかといえば、答えは否である。
返済が滞って滞納しがちになった河北家に、叔父の妻が金を借りたという金融機関の人間が接触してきた。
督促であった。
叔父の借金だけであればその金融機関に神社を明け渡せばそれで済んだ話だったが、協会が絡んできたことで一気に面倒になった。
どうしようもなくなった祖父は神社と土地を現金化して協会と金融機関に借金を返済しようとするも、共同債権者となっていた協会の人間がそれを認めなかったのだ。
というのも、最初に叔父に金を貸したのはとある新興宗教の一派から指示を受けて動いていた連中であり、その新興宗教は河北家がもつ宗教法人の座を狙っていたからだ。
妖魔の実在が確認されている昨今、新規で宗教法人の認定を受けるのは並大抵のことではない。だが、元から存在する宗教法人を乗っ取った場合はその限りではない。
そのため彼らは最初から河北家を乗っ取るために、祖父を連帯保証人にしたローンを組ませたのである。
それを知った協会が河北家に対し、彼らに神社を明け渡すことを禁じてしまう。
『まぁ、協会にとって新興宗教は不倶戴天の敵じゃからな』
ですね。
宗教家にとっての最大の敵は権力者ではなく別の宗教家だ。なので、宗教家の集まりである協会が、新たな敵である新興宗教に抱く忌避感は一般人が想像しているものよりも数倍以上キツい。
ただでさえそうだというのに、協会に登録していないものの、普通の宗教家としての感性を持っていた祖父もまた、自分たちを嵌めた新興宗教に神社を売り払うことを忌避してしまうようになったそうな。
『河北家が所有する神社の土地と建物と法人名義が欲しい新興宗教VS借金を肩代わりするつもりは毛頭ないが新興宗教を排除したい協会VS借金は返せないが神社を売りたくない祖父』
本来であれば何もできないはずのダークライ。だが彼らには彼らが想定していなかったものの、たった一つだけ希望が遺されていた。
それが雫さんである。
「こうなるまで私もよくわかっていなかったんですけど、なんか私にも退魔士の力があったみたいで……」
『それまではレベル1以下しかなかったのが、このとき漸く1になったって感じじゃろうな』
そういうこともあるらしい。
新興宗教側からの取り立てに対する恐怖か、協会側からの圧力か、はたまた急転直下する自分たちの境遇に対する絶望か。何が切っ掛けなのかは不明だが、ともかくそれまで退魔士としての力が無かったとされていた雫さんがその力を宿したことで、河北家を囲んでいた状況は一変する。
退魔士の力を宿しているのであれば協会に所属できるし、なにより退魔士を優遇する政策を推し進めている神社庁から支援を受けることができるからだ。
さらに雫さんは若い女性だ。人柱を欲っしている組織からすれば喉から手が出る程欲しい人材である。
この時点で、最悪彼女が身売りすることで河北家が抱えている借金は全額返済できることが確定したのである。
最低ラインではあるものの借金返済の宛ができたことで、新興宗教側も無理を押し通すだけの名分が無くなったのか、取り立ても一時矛を収めることとなったそうな。
『別の方法で追い込んで、自分たちでこの娘を買うってパターンもありそうじゃな』
それはありそうですね。新興宗教にとって【退魔士】の金看板は何よりも欲しいモノのはずですから。
新興宗教側の狙いはさておき。
彼らが矛を収めたことで、協会側も一時河北家に対する干渉を止めることとなった。
債権者は矛を収めてくれたものの、大黒柱を失った彼女らの生活が覚束ないことは変わらない。
そこで雫さんはこの学校に入学することを決意したそうな。
「私だってできたら身売りなんてしたくないんです。だから退魔士として稼ぎたいと思ったんですよね。でも、今の私には知識も技術も力も何もありませんからね。なんとしてでも学ぼうと思ったんですけど、Cランクだとこの通り。何も教えてもらえないみたいでして……」
そう言って彼女が指差すのは黒板に書かれた【自習】の二文字。
『レベルはギリギリ1。その上で新興宗教と関係があると思われとったらの。そらCランクじゃし、知識も技術も与えようとは思わんわな』
残当。
どうしようもない現実にぶち当たった雫さんが途方に暮れているとき、ふと目に入ったのが俺というわけだ。
そこで最初の質問に戻るのだが。
「何で西尾さんに? ってことですよね」
「そうそう。Cランクの俺に師事する理由なんてないでしょう?」
早苗さんでも環でも、なんなら他の人でもええじゃないか。
「いやいや、教員や中津原さんや鷹白さんの態度を見れば西尾さんがただのCランクなんかじゃないことなんてわかりますよ」
『見ればわかるというやつじゃな』
くっ! 普通に反論できない。
そりゃな。彼女から見たら俺は、力と暇を持て余している同級生だもんな。
なんの伝手もない彼女が接触するには十分すぎる存在だったわ。
とりあえず彼女は俺の質問に答えたし、それによって彼女の事情は理解した。
であれば次は俺が応える番なのだろう。
「それで、その。どう、でしょうか……」
彼女から向けられる縋るような視線を感じつつ、彼女からの頼みについてどう返事をするか考えるのであった。
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