4話。検査の後で
4月の中旬。
検査の結果に文句をつけていた二人をなんとか宥めてから数日後の現在。
俺は【自習】と書かれた黒板を前に途方に暮れていた。
『流石のアヤツも授業中までは来ぬか』
東根先輩ですか。まぁ、あの人はあの人で色々有りますからね。
ちなみにあの検査の後、帰宅しようとする俺の前にどこからともなく職員が現れたかと思ったら「常時展開している術式の解除や、保持している術具を外して再検査してみないか?」と、なにやら親切ぶった感じで再検査の提案をしてきたので、その職員に対して「自分は敵が多く、今も誰に狙われているかわからない状況なので術式を解除することはできないし、なにより機械に細工をするような組織の人間に大事な術具や御神体を預けるような阿呆な真似をするはずがない」とストレートにお断りした結果、俺のランクはCランクということで確定することとなった。
ついでと言ってはなんだが、再試験を提案をして来た職員と、彼にそう提案するよう指示を出した人間はこれから眼球の痒みに襲われることが確定したが、それについては自業自得と思って諦めて貰おう。
『いずれこの悪戯を目論んだ連中全員の眼から水分が失われることになるがの』
本格的に自覚するまでに要する時間は10日前後だろうか。
向こうから解呪の依頼が来たら対応する予定ではあるが、それまでに失った視力が戻ることはないので、悪戯を目論んだ方々には重々反省していただきたいところである。
それはそれとして。
この学校が管理している異界は深度2の異界が1つと、深度3の異界が1つの計2つしか存在しない。
よって、一般人扱いのDランクはもちろんのこと、深度1の異界にしか潜れないとされているCランクの生徒は、この学校で行われている実習を受けることができない。
学校を運営する国としては退魔士の確保ができていれば良いのでこのままでも特に問題はないのだが、Cランクに認定された生徒の方はそうもいかない。
実習を受けられなければ、実習を受けている生徒との差は開く一方だし、何よりCランクのままだと退魔士の資格が得られないからだ。
では座学や独学で保有する魔力の量や質が向上するのかと言われれば、そんなことはない。
魔力を向上させるためには特殊な訓練を積むか、妖魔を討伐しなければならないのだ。
だが、この歳でCランクに認定されるような実力しか持たない生徒には特殊な訓練を行えるような人間に伝手はないだろうし、この学校に居る以上は妖魔と戦う機会を得ることはできなくなってしまう。
つまり、Cランクに認定された生徒は魔力を向上させることができないわけだ。
魔力を向上させられないからランクも上がらない。
ランクが上がらないから実習に参加できない。
実習に参加できないから魔力が向上しない。
以下、堂々巡りである。
故にCランクに認定された生徒は、その時点でこの学校に在学している意味が無いと言える。
それどころか、わざわざ他の生徒から蔑みと嘲笑を受けてまで在学し続けるくらいなら、さっさと学校を辞めて退魔士として働いた方が良いまである。
もちろんそういった連中が学校を辞めた場合、この学校、ひいてはこの学校の運営者である国家に対して悪感情を抱く野良の退魔士となることが多い。
『当たり前じゃな。自分に落ちこぼれの烙印を押した連中に好感情を抱くような阿呆なぞおらんわ』
ですよねー。万が一恨みを抱かないにしても、好感情は抱かないでしょう。
そういった事情があるため、この学校では余程成績や人格に問題がない限り生徒をCランクに認定したりはしない。
性格上どうしても向いていないような生徒でも、卒業までにBランクになれなそうな場合は、学校が管理している異界ではなく協会が管理している異界の中で最低ランクの異界に連れていってレベル6相当になるまでパワーレベリングを行ったあとで、お情けでBランクの認定をするそうな。
『深度1の最強はレベル5で、深度2の最弱は6じゃからな。レベルが6あれば深度2の異界に潜るだけならできるし、異界から出てきた低級霊も余裕で祓えるからの。Bランクの資格を与えても学校の恥にはならんというわけじゃな』
レベル上限が6以下ってケースはほとんどないので【呪い】によって死ぬ可能性は極めて低いし、なによりお情けでBランクの認定をもらった生徒は自分の実力を正しく理解しているので、無理はしないというのもありそうだ。
卒業した後のことはさておくとしても、在学中に感じる劣等感や他の生徒たちから受けるであろう罵りや嘲笑はかなりのものになるのは確実だ。
これらのことを鑑みれば、正式にCランクに認定されるということがこの学校に入学した生徒にとってどれだけ致命的なことなのかはわかってもらえたと思う。
そんな致命的なランクであるCランクに認定された俺は、当然のことながら学校が管理する異界で行われる実習のほとんどを免除された挙げ句、教員から自習を仰せつかっている(正確には参加する許可を与えられないため放置という名の自習しかさせてもらえない)状態である。
もちろん、自習とは自由時間ではなく自主的に勉強していなさいという時間なので、同級生たちが異界で頑張っているこの時間、俺が何もしなくても良いというわけではない。
『フォフォフォ。暑いときに冷房をガンガン効かせた部屋で食べる鍋や、寒いときに暖房をガンガン効かせた部屋で食べるアイスも美味いが、一番美味いのはやはり他人が働いているときに温度を23℃前後、湿度を50%前後に保った部屋で食べる菓子じゃな!』
部屋の環境も大事だけど、それ以上にシチュエーションが大事ってことですね。
その意見には完全に同意するが、流石の俺も授業時間にアイスを食べたりはしない。
もちろん早弁もしない。真面目な俺はサボローなんかに負けないのだ。
『つってもな。教員もいないのに誰に何を習えと?』
それな。
黒板を彩る「Cランクの生徒に割く労力は無い」といわんばかりに輝く【自習】の二文字を見たうえで「よし! 頑張ろう!」と思える人間は少ないだろう。
更に言えば、勉強をしようにも入学式の後に配布された教科書には各宗派から「これくらいなら公開しても良い」と判断される程度の術式しか載っていないし、一般学科に関してはこの学校ではほとんど意味がないときた。
これで自習と言われても、一体何をすれば良いのやら。
普通の生徒であれば途方に暮れること間違いなしである。
通常であれば自習のときこそ退魔士としての実力を伸ばす為の訓練を行うのが模範的なCランクの態度なのだろうが、そもそも何をやれば良いかわかっていないからな。
足りないことすら知らない。それが新入生というものだし、それをフォローするのが教員の役割だと思うのだが、その辺どう思います?
『途方に暮れた生徒が相談に来るのを待っているってパターンやもしれんぞ』
あぁ、生徒の自主性を試す感じですか。
ありそうですね。
だからといって俺が行っても困るでしょうけど。
『お主はなぁ。メダカの学校にサメを入れるようなもんじゃからなぁ』
水の質……いや、今や宇宙にまで進出しているサメにとって、その水が淡水か海水かなんて些事ですな。
『然り然り。飛ばぬサメなどただの鮫よ』
適性は宇:A 空:A 陸:A 海:S てところだろうか。
『オレサマレンチュウマルノミ』
齧るまでもない、と。
サメが地上最強の生物を名乗る日はそう遠くなさそうです。
「あ、あの……今、ちょっと大丈夫ですか?」
「はい?」
某ロボット大戦風に纏めたサメの戦闘能力に思いを馳せていたら、なんか同級生の少女に声を掛けられたでござる。
『チー牛食ってそう』
牛丼にチーズをかけて何が悪いというのか。
行動と外見と中身を繋げることの是非については後で存分に語り合うとして。
自習中の俺に声を掛けてきた時点で分かるだろうが、彼女は先日の検査に於いてCランクに認定された生徒だ。
俺はアレなので、本当の意味でのCランクである。
黒髪で黒目で、身長は160cm前後。
正統派の美少女といった感じの少女で、名前は確か河北雫。
外見だけみれば異性にモテそうな感じだが、このクラスには環と早苗さんという二大ヒロインがいるうえ、とある陰陽師が起こした事件の影響で大量の教職員を失ったために例年以上に忙しくなっている職員たちはもとより、入学したばかりの生徒たちにもCランクの少女に対して積極的に関わるだけの余裕がないので、今のところ半ば放置されている感じがある少女である。
『そう言われると、放置しとったら勝手に強くなりそうな感じがするの』
誰の視点で放置するのか気になるところではあるが、声を掛けられたからには応えるのが礼儀というもの。
「こんにちは。俺は大丈夫ですよ」
挨拶は大事。古事記にもそう書いてある。
『そんなん書いておったか?』
最初の方に書いてたと思いますよ。
『ん? おぉ! あれか! イザナギとイザナミのヤツ!』
そうそれ。イザナギから先にアイサツしないと爆発四散するってやつ。
『サツバツとした神話もあったものよ』
神話なんてそんなものでは? 天孫降臨だって真っ先に大国主にアイサツをしたからこそ成功した感はありますし。
まぁ神話に関係なく、基本的に縄張り意識が強い業界なので、何をするにしても挨拶は大事なのだが。
『違いない』
神様も納得してくれたところで話を戻そう。
「あ、こ、こんにちは」
「はい。それで、ナニカ御用でしょうか?」
「え、えっとですね……」
「ナニカ用があるなら遠慮なくどうぞ」
『遠慮なくどうぞ。(聞くとは言っていない)』
いや、聞きますよ、一応。
ただまぁ時間が惜しいからナニカ用があるならさっさと言えとは思っていますけど。
そんな俺の想いが伝わったのだろう。雫さんは少し逡巡したもののすぐに意を決したようで、椅子に座る俺に睨みつけるような視線を向けながら(恐らく本人に俺を威圧しようとかそういうつもりはない)、こう告げてきた。
「突然ですみません! その、で、できたらでいいんですけど!」
「?」
「西尾さんさえよければ、わ、私の師匠になってくれませんか!?」
「……師匠?」
「はい!」
師匠? 師匠な。
うん、そうか、師匠かぁ。
まぁ、環や早苗さんはもとより、妹や芹沢某を鍛えた経験があるので、師匠の真似事ができないとは言わない。言わないのだが、何をするにしてもとりあえずこれだけは聞いておかねばなるまい。
「なんで俺? 普通は教職員に師事するのが筋だし、百歩譲って生徒から選ぶにしても、その場合はCランクの俺じゃなくてSランクの環か早苗さんに頼むんじゃないの?」
「そ、それはですね……」
「それは?」
どうせどこかの組織から俺に接触するよう言われているのだろうが、この俺がそう簡単に靡くと思うなよ?
『あ、なんか負けフラグの予感』
いや、この状況で俺が負けるってあります?
むしろ勝ち確では?
なんならマダオの声で『かくてーい!』という声が聞こえている気がするまであるのですが。
『幻聴じゃな。もしくはただのチャンス』
チャンスはチャンスでもなんでもないじゃないですか。
なんともシビアな神様との掛け合いを愉しみつつ、雫さんからの返答を待つ俺氏であった。
おや? どこかで見たような?
閲覧ありがとうございました。