3話。Cランクらしい
ふーむ。Cランクときたか。
東根先輩曰く「深度1の異界以外に立ち入ることを許されない」という、ある意味で退魔士としての最低ランク。
『測定不能を意味するSやDでなく、最低ランクであるC。さて、これはどういうことじゃろうなぁ?』
やや煽るように訪ねてくる神様だが、最初に神様も意外そうな反応をしたことから、神様がいたずらしたわけではないということはわかっている。
『そも、どうやればあの機械を誤魔化せるかなぞ知らんからの』
知ってた。
あと、Cになった理由も何となくわかっていますけどね。
思わず「え?」と反応してしまったものの、少し落ち着いて考えれば見えてくるものもあるわけで。
『嫌がらせ、じゃろ?』
そうですね。それ以外は考えられない。
機械は嘘を吐かないのだ。
使っている人間がナニカしない限りは。
そして俺の場合、ナニカしてくる相手に心当たりが多すぎる。
『……で、どうする?』
今のところは何も。別にCランクでも困ることはないですから。
『つまらん! と言いたいところじゃが、これはこれで面白そうなので有りじゃな!』
それはようござんした。
そんなわけで『処す? 処す?』となにやらテンションを上げていた神様を宥めつつ、周囲の様子を伺うこと暫し。
「も、もう一度お願いします」
「はい」
ぽちっとな。
「……Cですね」
「そうですか」
どこからか駆け込んできた職員に再度魔力を流すよう頼まれたので普通に流してみたところ、やっぱり判定はCであった。
この様子を見れば最初に測定した職員やこの職員がナニカしたわけではなさそう。
ただし、この職員が関与していないというだけで上の方がナニカしている可能性が否定されたわけではない。というか、十中八、九関与しているだろう。
『考えてみれば、教会、協会、陰陽師、天津神、中津原家以外の国津神、政治家と、お主に関わったせいで不幸になった連中はたくさんおったからなぁ』
心当たり大杉問題。
自分からナニカした覚えはないんですけどねぇ。
『それも理由の一つじゃろうな』
と、言いますと?
『お主の呪いはあくまで術式を使って監視した場合に発動する術式、言わば受動の極み。そうである以上、このような嫌がらせをしたところで報復はない。向こうはそう考えたのではないかの?』
なるほど。条件付きの報復しかしてこなかった弊害ですか。
その可能性は高そう。
『だからあれほど「無礼られたらあかん!」といっとったのに!』
報復で眼を奪うような人間を無礼ることができる相手の精神性を褒めましょうよ。
『なぁんでそういう小細工をする連中に限って「自分は大丈夫」と勘違いするんじゃろうなぁ』
しょうがない。だって人間だもの。
問題の本質はこの嫌がらせにどれだけの効果があるのかって話なのだが。
「その辺はどんな感じですか?」
わからないなら聞いてみる、これ基本。
「ん、あ、あぁ、そうだな。Cランクの場合は学校が管理している異界に入ることができない。また、もし卒業時にもCランクのままだった場合は国家資格としての【退魔士】は得られないことになっている」
俺の測定結果を見て呆然としていた東根先輩に話を振ってみれば、先輩はやや慌てた様子をみせたものの、俺が知りたいことをきちんと教えてくれた。
この辺がこの人の有能なところだと思う。
しかし、そうか。確かに退魔士として必要な力がないというのは異界に入る許可を出さないという大義名分になるだろう。同じ理由で、国家資格を与えられないというのも理解できる。
普通の学生なら困るところなのだろう。
なにせ異界に潜れなければ在学中に金を稼げないし、卒業後にも国家資格を得られないのであれば、この学校にいる意味がないのだから。
尤も、俺のような“国家資格よりも高卒という学歴が目当て”なんていう例外の場合は話が違うのだが。
『成長する可能性がある以上学校を退学にはできんものな』
その通り。一般人と同じD判定ならともかく、C判定なら退学にはできないはずだ。
でもって、退学にされないのであれば、俺にとって特に学科に力を入れていないこの学校はサボり放題の楽園でしかないのである。
この嫌がらせの発案者としては俺をD判定にしたかったのだろうが、それはこれまで俺が協会に魔石を卸してきたという実績がある以上無理だと判断したのだろう。
『実績を持つ退魔士を一般人と同様なんて扱いにはできんわな。無理やりやったとしても機械の故障か何者かの介在を疑われてしまうからのぉ』
そうなれば普通に抗議と調査が入って責任問題になりますわな。
『その上でお主は測り直して終わり。これでは嫌がらせの意味がない』
ですね。
だがCランクならなんとでも言い訳が立つ。
『立つか?』
二回やって二回ともCですからね。機械の故障ではなく、俺の問題という事にする。
なんなら俺が常時纏っている術式のせいにしてもいい。
『術式を解除すれば観測できる。解除しなければCのまま、か』
あとは「御神体を預けろ」とか言われるかもしれませんね。
『なるほど。そうして預かった神体の一部を連中が回収するわけじゃな』
解析するためにも欲しいでしょうし、普通に高級品ですからね。
欲しいと思っている人間なんていくらでもいるでしょう。
『ふむ。術式の解除や神体を預けることを断るということは再度の測定を断るということ。つまりはお主をずっとCランク扱いにできるわな』
1年の最初の検査だけでなく、在学中ずっとCランクというのは厳しい……のだろう。普通の学生なら。
『所詮は限られた空間の中でしか通用せぬ等級よ。そんなものに意味などないわ』
ですね。学校が管理する異界に入れなくとも、各地に存在する異界に潜ることは可能ですし。
『うむ。お主にとってのダメージは“移動時間が面倒”くらいかの?』
時間という意味では意外と大きいかもしれませんね。
『時喰えば、金が無くなる放流時』
放流した稚魚を捕らえて売っている漁師がいる国があるらしいですよ。
『いくらなんでも時や金を無駄にするのが早すぎるわ』
人間なんてそんなもんです。
話を戻して。
懸念すべきは同級生とかに虐められる、とかですかね?
『雑草のくせに生意気じゃぞ! ってか?』
うん。普通の学生には厳しそうですね。普通の学生には。
『な、なんじゃその魔力は!? そんな魔力があってなんで雑草なんじゃ!?』
魔力の質と量は採点の対象外ですから。
『そんな採点方式はさっさと変えろ』
ごもっとも。
で、実際に虐めに遭ったらどうしましょうか?
『そんなん、早苗と環が許さんわ』
二人がいないところでは?
もし教科書とか無くなったり運動靴をズタズタにされたら普通に切れますけど?
相手が子供だろうと何だろうと屋上に呼び出しますよ? 殴りつけた後に。
『別にええじゃろ。当人と関係者の眼が無くなるだけじゃし』
まぁ、それもそうか。
喧嘩両成敗とかいって俺だけに重い処罰をするような阿呆がいるとは思えないが、居たらそいつも潰すだけだ。
もちろんこの場合眼が無くなる“関係者”とは、この嫌がらせを考えた人間と、それに賛同した上層部全員なのだが……この嫌がらせの発案者とその賛同者は、そこまで理解した上でこの嫌がらせを敢行したのだろうか?
『無論、理解しておらんじゃろうな』
ですよねぇ。
嫌がらせをすることによって生じる被害を理解していたらこんな狡い嫌がらせなんてできないはずですし。
『あとは、あれじゃ、わざと挑発した場合お主がどう動くのか見定めようとしておる可能性もあるわな』
ふむ。それもありそうですね。
今まで俺は受動的な術式しか使っていないことになっているが、それだけで攻略できるほど深度3の異界は甘くない。
早苗さんや環とて完全な足手纏いを抱えて異界を攻略するのは不可能だし、そもそも俺自身がソロで深度2の異界に度々潜っていることなど、調査すれば簡単にわかることだ。
『加えて最近は妹とその従者を連れてレベリングしとったからの。お主が深度3の異界を苦にしない程度の実力者であることなど、とうに証明されておる』
それだけの実力者が受動的な呪いしか使えないはずがない。
そう考えた何者かが俺の手の内を見るために嫌がらせをすることを考えた?
いや、俺に嫌がらせをしようとしている人間を焚き付けた、か。
『迂遠ではある。じゃが、呪いを防ぐという意味では間違っておるとも言い切れぬわな』
何人もの人間を間に入れることで受動的な呪いの標的にもならず、かつ能動的な攻撃の標的にもならぬように徹底して表に出ない。
嫌がらせの発案者となんらかの繋がりはあるだろうが、あまりにも薄すぎて呪いに罹ったとしても軽症で済むと判断したのだろうか。
『観測者が一人とは限らんぞ』
それはそうだ。この状況を利用したいと考える連中はいくらでもいるはず。
そういう意味ではさっきまで驚いていた東根先輩も観測者の一人であるのだが、彼女の後ろにいる軍はともかく、彼女自身が求めるモノの方向性は微妙に違うので、あまり気にする必要はないと思う。
というか、この嫌がらせ自体、色々普通ではない俺にとってはあまり気にする必要はない。
『警戒を怠るのは阿呆のすることじゃが、獅子が兎を警戒してもしょうがないからの』
そうそう。どう転んでもダメージがないのであれば、それに則って方針を定めるだけの話。
そして俺たちが出した答えは“今のところは様子見”である。
『つまらん小細工しかなかったら潰す、それでよかろう』
ですね。なので差し当たって俺がやるべきことは、結果的に嫌がらせの片棒を担ぐことになった哀れな試験官に抗議することではなく……。
「私たちがSで暁秀がCなんてありえないでしょ!? はい、機械を変えてやり直し! っていうか、誰が暁秀を嵌めようとしているの!?」
「ふふふ。そのご様子では此度の悪戯を仕掛けたのは試験官殿ではなく、その上ですか? 面白いことをなさいますねぇ?」
「い、いや、私どもに言われましても……」
『ある意味被害者でしかない試験官を前にしてお主以上に荒ぶっておるあの二人を止めること、じゃな』
ですよねー。
……この後頑張って宥めたら、何故か二人にスイーツを奢ることになった。
解せぬ。
閲覧ありがとうございました。