2話。レベル測定
いきなりではあるが、俺たちが所属している高校は、正式名称を国立東京退魔育英高等学校という、捻りもへったくれもない名前の学校である。
諸々の事情から育英高校なのに専門技術を育英しないという特殊な校風は以前にも説明した通り。
しかしながらこの学校は、専門技術を伝えることは放棄していても生徒を育てることを放棄しているわけではない。
簡単な術式の解説や基礎的な武術の教育は勿論のこと、退魔士として最も大事な仕事である異界の探索について必要な情報や知識の伝授を行うことに関してはそれなり以上の情熱を注いでいるのである。
これは国家的な方針に基づいて行われることでもあるし、なにより優秀な生徒を育てたという実績や、その生徒が卒業した後におこぼれに与れるという旨味があるため、教職員としてもこの分野で手を抜くことはないのだとか。
人間の欲を上手く利用したシステムだと思うが、それに関して俺からどうこう言うつもりはない。
むしろ田舎にありがちな公立の中学校のように、教員が無報酬で部活動の顧問をさせられていたり、その部活中に何らかの問題が発生した場合に責任だけ押し付けられることに比べれば、きちんと労力に見合った分の報酬が見込めるだけこちらの方がマシだとさえ考えているくらいである。
『公立中学校。なんて真っ黒な職場じゃ……』
やりがい搾取とはあのことです。(断言)
勿論、人によっては部活の顧問だって楽しくやっている人もいるだろう。
だが、そうでない人間だっているのだ。多分。
『その辺はどこの業界でも一緒じゃな』
正しくその通り。決めつけは良くない。
このままでは話が逸れすぎて全く違う話になりそうなので、とりあえず今はウチの学校が神様が恐れ戦く程の暗黒メガスクールでないことを慶びつつ話を戻すことにする。
退魔士として異界を探索する際に最も重要な要素とは何か?
そう問われたとき、ほとんどの退魔士はこう答える。
『知力、体力、時の運! 勝てば天国負ければ地獄! 早くこいこい木曜日! 真ん中ぁモッコリぃ!』
なにやらアメリカ横断中に夕焼けを見ながらニャンニャンしてたらジャストミートしそうな番組のタイトルコールをしている神様はさておくとして。
ほとんどの退魔士が考える“異界を探索するのに最も必要な要素”とは、即ち実力である。
そういう意味では知力も体力も時の運も間違ってはいないのだが、ここでいう実力とはもっと根源的なモノ、端的に言えば魔力の量と質のことを指す。
とある達人はこう言った。
『いかに技術があろうとも、蟻は象を倒せない』と。
これは本当にその通りで、身近なところで言えば早苗さんや環がどれだけ頑張っても俺に勝てないのは、技術がどうこうではなく単純にレベルが不足しているから、つまりは保有している魔力の量と質に差がありすぎるからである。
このため退魔士にとって魔力の量と質の情報は極めて重要なのだが、これは個人で測ることができるようなものではない。
一応感覚として相手が格上なのか格下なのか、はたまた同格くらいなのか程度はわかるが、それだけだ。
俺の場合は神様が神様の価値基準で見定めた相手のレベルを教えてくれるからそれほど困ったことはないが、他の面々はそういうわけにはいかないわけで。
かといって、一昔前にやっていたように「とりあえず深度2の異界に行ってみろ。そこで戦えたら深度2相当の実力だ。余裕があれば深度3だな」なんてことをしていては、いつまで経っても新人なんて育たないし、育てられない。
ちなみにモグリの退魔士はこの判別方法が常態化しているし、なんならこの学校に入る前に異界に潜っているような連中はだいたいこの方法で自分の実力を把握していたりするのだが、これはあくまで正式に計測できない立場の人間にとっての常識であり、国家が推奨しているわけではない。
その証拠として、この学校には退魔士の実力を測定し、可視化させることができる機械が存在するのだとか。
協会の職員や正規の退魔士は、この機械によって可視化された実力を正式な階級として使用しているそうな。
『知らんかったわ』
俺も俺も。
必要は発明の母と言うが、正しくそれだろう。
公式に定められている階級はD・C・B・A・Sの5階級で、それぞれの区分けは以下の通り。
Dは測定範囲外、つまりは魔力を保持していない一般の方。
Cは深度1程度の異界のみ探索できる程度。
Bは深度2相当の異界を探索できる程度。
Aは深度3相当の異界を探索できる程度。
Sは計測不能。深度4以上は全部これ。
以上である。当然神様ほど細かく測定できるわけではないのでバラツキはあるものの、おおよその基準としては間違っていないらしい。
『深度4以上は全部Sってのは、某霊界探偵白書のアレと一緒じゃな』
そうみたいですね。深度5相当も深度6相当も深度7相当も纏めてSっていうのはある意味助かります。
『お主はそうじゃろうな』
今更隠蔽することに意味があるのかどうかは不明だが、深度5相当とバレるよりは誤魔化しが通じる形の方がありがたい。
俺の場合は極めて特殊な例なので参考にはならないが、基本的に学校側はこの基準を用いて生徒たちに教育を行うのだそうな。
『まぁ、深度3相当の実力がある連中に深度1の異界について説明しても意味が無いからの』
ですね。
逆に、深度1相当の実力しかないヤツが深度3の異界に突入して死ぬことを防ぐという効果もあるそうで、退魔士たちからは重宝されているそうな。
いきなりこんなことを長々と説明したのは、今これから俺たちがそのレベル測定を行うところだからだ。
さらに言えば、先程から“そうな”とか“らしい”が多いのは、それが全部聞きかじりの知識だからである。
これらの知識を教えてくれたのはもちろんこの人。
「ん? どうかしたか?」
疑問を口にしながら首を傾げる先輩。
そう。このややあざとさを見せる少女こそ、会話するのも疲れるから普通に話してくださいとお願いしたところ、めでたく語尾から『ッ!』が抜けた体育会系の先輩こと東根咲良先輩である。
「いえ、今は新入生のレベル測定をする時間なはずなのに、どうして先輩がここにいるのかなぁと思いまして」
「あぁそれか。元々この学校は一般科目の授業よりも退魔士としての実力を向上させることを旨としているし、なにより私が君を監視するのは軍からの命令、つまり国家公認の任務だからね。雇われの身でしかない教師が邪魔をすることはないさ」
「さいですか」
言っていることは分かるし、色々と説明をしてくれるのは単純にありがたいのだが、最近は少しでも接点を多く持とうとしているのか、あからさまに接近してくるので少し引いている俺ガイル。
『妾もお主もある意味では世間知らずじゃからな。この娘を通じて常識を学べるのであればそう悪いことでもあるまいよ。というかじゃなぁ』
なんですのん?
『いい加減こやつにも手を出さぬか! そして妾に修羅場を見せよ!』
にもってなんですか、にもって。
あと修羅場が確定しているのに手を出すはずないでしょうが。
『かー! お主はこれじゃからいかんのじゃ! 欲ってもんが薄い! お主は幸せを誰かが運んできてくれると信じておる女子に無理やり大人の階段を昇らせて現実を突きつけてやろうとは思わんのか? 思春期なのに少年から大人に変わろうとは思わんのか? 穢れのないままに盗んだバイクを走らせてしゃがれたろくでもないブルースを口ずさみながら校舎の窓ガラスを壊して回るのを卒業したんか!?』
色々混ざり過ぎて原形が行方不明だが、これだけ混ぜてしまえば逆に権利とかの問題も怖くないと思えてしまうから不思議である。(錯覚)
「レベル測定のやり方は簡単だ。あの水晶に触れて魔力を通すだけでいい」
遠くを見始めた俺に何を感じたのかは不明だが、東根先輩がレベル測定のやり方について説明をしてくれる。
魔力の量と質を測るという割には随分簡単そうに思えるが、そもそも細かい数字を出すわけでもないのだからこんな感じに収まるのが普通なのだろう。
「さて、彼女らはAかな。それともSかな」
そう呟く先輩が見ている先では、それぞれ10人以上のクラスメイトに囲まれた早苗さんと環が測定をしようとしていた。
二人は元々深度3の異界を攻略していた実績があることからAランク以上は確定している。
さらに風鬼を討伐したという実績からSも堅いと見做されているんだとか。
それなら測定する意味が無いように思えるが、入学時の階級と卒業時の階級は公式な記録として残さなければならないため、測定は必須であるとのこと。
『国が生徒の実力を把握するためでもあり、生徒に現実を教えるためでもあり、なによりこの学校で勉強したおかげでCからBになりました! と実績を作るために必要なことなのじゃろうな』
学校や教員の評価はともかく、この測定を行うことによって夢見がちな生徒に現実を突きつけることが彼らの無駄死にを防ぐことに繋がるというのであれば、俺がどうこう言っても無駄だろう。
環はともかく、早苗さんは中津原家の看板を背負っているので、周囲に力を誇示するのも仕事の内だし。
『お主にだって、早いうちに力を示すことで余計な連中に絡まれるのを防げるという利点があるじゃろうが』
それは、まぁ。
別段目立ちたいわけではないが、俺自身戦闘以外に何ができるというわけでもないからな。
必然的に戦闘能力が高いことがバレることは確定的に明らかである。
ならば今のうちにソレを示して虫よけに使うのは間違っていないのだろう。
「中津原早苗。S!」
「鷹白環。同じくS!」
「やはり、か」
レベル25相当の環とレベル26相当の早苗さんが両方S判定、つまり深度4相当とな。
ふむぅ。神様の判定と比べて随分とガバい判定だな。
『ま、そのガバい判定のおかげでお主が目立たんのじゃぞ。むしろ良いことではないか』
確かに。早苗さんや環を差し置いて俺一人がSとか悪目立ちにも程がありますもんね。
三人ならそれほど違和感もなかろうて。
ガハハ。勝ったな。風呂入って来る。
……そう思っていた時期が俺にもありました。
「西尾暁秀。C!」
え?
「「「え?」」」
『は?』
え?
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