1話。それから少しして
3章の前振り的なお話
入学式のあれこれから数日。俺の高校生活は予想していたモノよりも随分と静かな立ち上がりを見せていた。
『ハブられたともいう』
いや、ハブられてないから。
早苗さんと環のファンクラブに加入している連中から睨まれたり、教職員からは腫物を扱うかのような態度を取られたりしているのは認めるが、クラスの中心になっている早苗さんや環とは普通に接しているし、なんなら上級生の東根先輩とも仲良くやってるから。
『それ以外は?』
……まぁ、ね。
ただでさえ高嶺の花である早苗さんはもとより、なんか戦女神扱いされている環と仲が良いだけでアレなのに、軍に所属している上級生まで絡んで来たら接触し辛いよね。
『軍から監視命令が出ておることも知られておるようじゃしな。それらを知った上でお主に接触して来る者なぞ、ほぼほぼ間者か美人局。良くて遺伝子目当ての輩くらいじゃろうからの。むしろ接触して来る者がいなくて良かったではないか』
それのどこが良いのか。いや、裏がないだけマシなのか。
ちなみに霊和15年現在、ほとんどの国で一夫多妻や一妻多夫が認められている。
もちろん娶った相手をきちんと養えるだけの経済力や社会的地盤があることが絶対条件だし、それなりに厳しい審査があるのだが、退魔士の場合はその審査もかなり緩くなるのだそうな。
『異界の数に対して退魔士が足りておらんからの。質も、量も。そりゃ国とてなんとか増やそうとするわいな』
地脈やら霊脈の関係もあるので、退魔士の子供が必ずしも退魔士としての適性をもっているというわけではない。だが、一般の方々に比べて両親が退魔士である場合の方が、退魔士としての適性を持つ子供が生まれやすいということは、統計上認められている事実である。
そして今現在、神様がいうように退魔士は足りていない。
軍が頑張って特殊な装備を開発して異界に潜り様々な素材を採取してはいるものの、彼らが潜ることができるのはせいぜいが深度2の異界まで。
当然それ以上の異界から採取できる素材は全然足りていないし、なんだったら深度2の異界で採れる素材ですら需要を満たしているとは言えない状況である。
このような状況なので、国や企業としては一人でも多くの退魔士を生んでもらい、異界に潜らせたいと考えているのだそうな。
『ただでさえ数が少なくて困っておったのに、最近になって大量の陰陽師が死んだらしいからのぉ。上層部からすれば頭が痛いところじゃろうて』
それは怖い。俺も気を付けよう。
陰陽師が大量死したという痛ましい事件はさておくとして。
そういった社会背景があるため、早苗さんや環のファンクラブに所属している連中はワンチャン彼女たちの夫になることを目指しているのだとか。
早苗さんや環からすれば文字通り選り取り見取りの逆ハーなのだが、二人ともそれを喜ぶようなタイプではないので、ファンクラブに対しては否定的な感情を持っているようだ。
『全員が全員そうとは言わんでも、結局は性的に自分を狙っとる連中の集まりじゃからな。普通の感性を持つ女子からしたらさぞかし気持ち悪いことじゃろうな。もしあの二人がそれを喜べるような精神性をしとったら、とっくの昔に男を侍らしていたじゃろうし』
環はアレで堅実な性格をしているうえ、中学時代は同級生や後輩からもそれなりにモテていたらしいので、今更多少のイケメンにちやほやされたところで簡単に靡いたりはしないし、なにより自分が相手を養うのではなく自分が養われる側だと思っている節があるため、好き好んで経済力も未来も無いお荷物を抱え込むような真似はしないはず。
早苗さんに至っては、もうあれだ。彼女は自分を神様の巫女と定義付けているので、俺が彼女を娶らなかった場合は一生独身を貫くつもりだろうと思われる。
『そもそもあの二人が現在周囲の連中からチヤホヤされとるのは退魔士としての力があるからじゃ。しかし、当人たちはその力が100%自分の才能だけで開花したものではないと理解しておる。そうである以上、あの二人がお主から離れることはなかろうよ』
いや、別に俺を優先しなくても良いんだが。
『そういうならさっさと特定の相手とくっ付けばよかろうに。巫女である早苗はともかくとしても、環が特定の相手を作らんのはお主のせいでもあるのじゃぞ? 悪いとは思わんのか? ん?』
いや、環のことは悪いと思わなくもないですが、今でも十分幸せになれるでしょ?
あと俺に15歳で人生の墓場に入れ、と?
家系を繋ぐためにも誰かと結婚するのは確実としても、15歳は流石に早すぎはしないだろうか?
『そういう態度じゃからお主の周囲にワンチャン狙いの連中が来るんじゃぞ。例の上級生とか』
あぁ。東根先輩はなぁ。
彼女が軍が手配した監視兼美人局なのはわかる。
軍が俺を手元に置きたいっていうのもわかる。
でも本人が乗り気なように見える理由がワカラナイ。
元々悪感情はなかったと思うが、入学式のあとは露骨に押しが強くなった感じがするのだ。
聞けば一般家庭の出身だし、今だって軍人として手に職も持っているのだから、好き好んでしがない神社の長男でしかない俺に接触する理由なんてないと思うのだが。
『早苗と環を見たから、じゃろうな』
と、言いますと?
『普通の退魔士は妖魔を恐れるのと同じくらい【呪い】によって死ぬことを恐れる。それは分かるの?』
そりゃまぁ誰だって三日三晩苦しんだ挙句に内側から破裂するような死に方は御免でしょうからね。
『うむ。しかしながら、早苗や環はそれを恐れておらんじゃろ?』
そりゃまぁ、俺が対処できることを知っていますからね。
むしろ解呪の儀式を行いたいがために妖魔を討伐している節があるからな。あの二人は。
『ナニを求めておるかはさておくとして、あの二人が【呪い】を恐れておらんことは見る者が見れば分かることじゃ。で、それなりに目端の利く者であれば、その理由を「彼女らは特別に効果が高い護符を所持しているから」と推察するわけじゃな』
なるほど。つまり東根先輩は【呪い】で死にたくないからその護符が欲しい。
でも早苗さんや環と接点がない。
だから二人と仲が良い俺の傍にいるようにしている、と?
『正確には、お主も護符を持っておるじゃろうから、お主から貰えれば良いと考えておる節があるの。その代償としてお主の愛人となることも認めておる……少し違うか、お主の愛人となることで護符をもらえれば、【呪い】を恐れなくて済むようになるうえに、国が恐れるような存在を霊的な後ろ盾とすることができるので、色んな意味で万々歳と考えておるのじゃろうよ』
なるほどなー。単純に護符を求めてパパ活をしているわけではなく、その後のことも見越して俺の監視をしているわけか。
計算高いというべきかはわからんが、少なくとも狙いが分かっている分、出会って数日で愛だの恋を囁かれるよりは信用できる。
『肝心要の部分を誤認しておるのもポイント高いぞ』
うん。そもそもそんな護符なんてないからね。俺も早苗さんも環もそんなものが有るなんて一言も言っていないし。
『もし体を赦した後にそのことを知ったらアヤツはどんな気持ちになるのかのぉ?』
でた、神様の藤田顔。
ただまぁ、実際勘違いをしていることに気が付いたらどんな態度になるのかは気になるところではある。
もちろんそうなりそうな場合は体の関係を結ぶ前に告知する予定だが。
『かー! つまらん! お主の生き方はつまらん! そんなにフラグを倒して面白いか? 山も谷もない人生を見ておる身にもなれぃ!』
背中を刺されそうな人生は見ていてさぞかし楽しいのでしょうが、いざというときに背中を刺される身にもなって欲しい。
『余裕を以てウンコ垂れ流し!』
食べてはいけない魚を食べたのかな?
そりゃ後ろから刺されますわ。
『他愛なし』
いや、刺したのその人じゃないから。
ともかく、東根先輩の狙いが分かったのは良いことだ。しばらくはそれを餌にしてこっちに都合の良い情報を流してもらうとしましょうか。
『ま、監視を無くすことができない以上そうするしかない、か。いやはや、発達した人間社会とやらはなんとも不自由なモノじゃのぉ』
腕力だけで全てが片付いていた時代ではないですからね。
それに不自由を感じるからこそ自由を実感できるんですよ。
栄光がその辺の自販機で買えたらつまらないでしょう?
『ふむ。一理ある』
挫折障害を経験したいがために破壊を振りまくどこぞの地上最強の生物の理屈が通る当たり、やっぱり神様は神様なんだよなぁ。
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