17話。それからの話
隠形鬼を討伐した後のことを簡単に話していこう。
まず異界の主であった隠形鬼が滅んだからか、俺はすぐに異界から解放された。
ただし、解放された場所は元々いた演習場ではなく、よくわからない森の中だったが。
いきなり見ず知らずの場所に投げ出されたことで、どこ……ここ? と涙目になりそうだったところを助けてくれたのは、やはりというかなんというか、いつもニコニコ俺の隣で這いずる蛇神こと神様であった。
神様曰く『お主らが言うところの葛飾区にある熊野神社の杜じゃな。ここにあの陰陽師の拠点と連中が管理しておった異界があったのじゃよ。で、陰陽師どもが特殊な術式を使って演習場にいたお主と、異界の中にいたナニカの位置を入れ換えたようじゃな』とのこと。
なぜ葛飾区なのか疑問に思ったが、地図を見て理解した。
ここが皇居がある千代田区から見て北東、つまり鬼門にあるからだ。
さらにここは安倍晴明所縁の神社らしいので、陰陽師にとってはさぞかし重要な土地だったのだろう。
まぁ、彼らのほとんどが消えた今となってはどうでもいいことだが。
問題があったとすれば、単純に位置が悪かったことだろうか。
なにせ葛飾区は千葉との県境、つまり東京23区の中でも東に位置する場所にある。そのため、23区を越えてさらに西に位置する国分寺から相当離れているので、単純に帰るのが面倒なのだ。
神様から『油断しとるからこんな目に遭うんじゃぞ』というありがたい訓告を頂きつつ森から出た俺は、そのまま国分寺の学校まで戻るのはなんか悔しかったので、観光がてら周囲を探索してから帰路につくことにした。
いやはや、財布とかスマホを焼かれる前に隠形鬼を仕留めて正解だったな。
『事情を把握しておる人間がおる学校の演習場ならまだしも、知り合いすらいない、それどころか周囲が全部敵である陰陽師の拠点で素っ裸はまずいからの』
肉体的にも魂的にも殺されることはないだろうが社会的に殺されていたかもしれん。
俺は上半身裸で東京都内を駆け回ることができるほどニンゲンを辞めていないし、社会もそれを認めるほど寛容ではないのだからして。
その場合、俺の弱みを握ることに成功した陰陽師たちは別の意味で『俺に首輪をつける』というお偉いさんからの依頼を達成することができていただろう。
もし連中がそこまで考えてあの罠を仕掛けたというのであれば、戦闘能力以上に侮れない相手である。
『ないわー』
ですよねー。
侮れない敵なら今のうちに滅ぼした方がよくない? と思ったが、さすがに杞憂だったようだ。
『あと、滅ぼしたら慰謝料が貰えんぞ』
そうでした。
神様曰く、件の神社にいた連中は全員虹の橋を渡ってしまったし、そもそも神社の中は大変なことになっているらしいが、一応彼らはまだ滅んではいないとのこと。
それを聞いた俺は、後から冤罪をふっかけられないよう最低限の隠形をしてから熊野神社が擁する杜を脱出したのであった。
『冤罪?』
俺は何もしていませんので。
その後は亀有公園の近くにある交番を冷やかしたり、新日暮里に潜むという妖精を探したり、新宿駅で右往左往したりと色々しつつ、普通に東京観光を楽しんでから国分寺まで帰って終了である。
帰った後で俺が一向に戻って来ないことを心配して色々捜索の手を広げていた早苗さんや環に連絡をしなかったことを叱られたり、環が自分の器の限界以上に【呪い】をため込んでいたので、儀式を行って解呪したり、それを見ていた早苗さんがなにやら羨ましそうな眼をしていたので、陰陽師たちがどうなっているのかを簡単に説明したあとで彼らからできる限り慰謝料を搾り取るようお願いした程度のことはあったが、まぁ特筆するようなことは何もなかった。
『お主がそう思うのであればそうなんじゃろうな』
実際隠形鬼を倒した以外は何もしていませんからね。
ドロップアイテムはありましたけど、さすがにこれを加工してナニカを造るのはまだ早いでしょう?
『加工してできたモノを見たら、生き残った陰陽師どもが泡を吹きながら殴りこんでくるやもしれんな』
泣きっ面に蜂どころの話ではありませんからねぇ。
さすがにそこまではしませんよ。
自爆特攻してきた陰陽師に早苗さんや環や芹沢嬢が殺されるだけならまだしも、妹や従妹が怪我でもしたら大変ですし。
『でた、シスコン』
え? 家族のことを最優先で考えるのは普通のことでは?
もちろんお世話になっている人たちや、お世話をしてきた人たちが死んで良いというわけではないですが、優先順位ってあると思いません?
『妾にニンゲン向けの理論武装をされてものぉ』
失敬。確かにそうでした。
とりあえず俺や早苗さんは降りかかった火の粉を払っただけだし、環はそれに巻き込まれた被害者なので当然無罪放免。
卑怯な罠を仕掛けた陰陽師たちは大量の人材を失った挙句、学校から抗議され、中津原家からも抗議され、依頼を出した政治家たちからも抗議されることになるだろう。
人を呪わば穴二つ。
術者が敗北するとはこういうことだと周囲に示した結果となった。
あと、なんか早苗さんと環のファンクラブみたいなのができたらしい。
本人たちはウザったそうにしているが、まぁ実害がないなら受け入れるしかないんじゃないかな?
ざっと流したが、それが今回の結末である。
追伸。
なぜか今回の件に全く関係ないはずの植田さんが呪われていた。
解呪を依頼しに来た本人から話を聞けば、今回陰陽師に依頼を出した政治家の一人が植田さんの従姉妹の結婚相手の伯父にあたる人物だったらしい。
ほぼほぼ他人、というか普通に他人だったので、神様に「え? そんなところまで遡ったんですか?」と確認をとってみたところ、そこまでやったのは植田さんのみだそうな。
わざわざ植田さんだけを呪ったのにはなにか理由があるのかと思って確認してみたら、神様曰く『なんか連中の関係を遡ってみたら関係者の片隅に植田がいたので、ほぼ無関係じゃし、なんならちょっと強引かとも思ったんじゃが、ついノリで呪った。反省も後悔もしておらぬ』とのことであった。
俺としても少々強引すぎる気がしないでもないが、ノリならしょうがない。
だいたい、その辺は神様が判定することなので俺から言えることはないしな。
結局、泣きながら解呪して欲しいと頼まれたので解呪した。
お値段は格安の1M円。
感謝して帰っていく植田さんの背中が煤けていたのが印象的だった。
人脈があるのも良いことだけじゃないんだなぁと思った次第であるマル
―――
去る霊和15年4月3日。この日、皇居を守護していた陰陽師の一族が滅亡した。
なんでもその一味は、育英学校のオリエンテーリングに風鬼を乱入させて新入生たちを軒並殺そうとしたのだそうな。
結果だけ言えば、件の陰陽師たちが企てた計画は失敗に終わった。
刺客として差し向けられた風鬼が、国津神系の大家である中津原家の前当主が娘、中津原早苗の手によって葬られたからだ。
件の陰陽師は、風鬼が討伐されたことで発動した呪詛返しを制御できず死んでしまった可能性が極めて高いとのこと。
その根拠として陰陽師が拠点としていた熊野神社には大量の上半身が無い死体があったことが挙げられる。
ちなみに事件が発覚した当初は、そこに残っていた死体の中に件の陰陽師がいることは疑問視されていた。
その理由は、全ての死体に上半身がなかったせいで確認が遅れたというだけではなく、件の陰陽師が退魔士の中でも突出した実力を持っていたことが広く知られていたので、調査にあたっていた者たちの中に『彼が死ぬはずがない』という信頼があったためである。
だが、数日経過しても一向に姿を現さない件の陰陽師に業を煮やしたとある政治家が付き合いのある術師に件の陰陽師を探すよう依頼をしたところ、何度探索術式を飛ばしても多数の死体が安置されていた場所を指したため、その死体に対してDNA鑑定を行ったところ、その中に件の陰陽師の下半身があったことが確認されたという次第である。
また、一連の事件で死亡したのは熊野神社にいた陰陽師だけではない。育英学校に教職員として出向していた陰陽師たちや、今回の件とは完全に無関係と思われる新入生の保護者である陰陽師にまで犠牲が出たことが確認されている。
今回の一件は、関係者各位に“風鬼ほどの鬼が返されるということは、かくも恐ろしいことなのだ”と知らしめた一件であった。
結果的に、今も東京方面で生き延びている陰陽師はごく僅かとなってしまった。
それも、その大半が目の痛みを訴えているとのこと。
また件の陰陽師と関係があった数人の政治家とその関係者なども目に違和感を覚えていることから、何かしらの呪詛が発動している可能性が極めて高いと思われる。
貴殿には呪詛の有無の確認、及び、呪詛の解呪に協力を願いたい。
ちなみに事件当時、件の計画が実行に移されたオリエンテーリングの場、即ち育英学校の第二演習場には、各方面から要注意対象としてマークされていた少年、西尾暁秀の姿があったことも記しておく。
―――
4月6日。退魔士協会入間支部。
「いや、明らかにそれだろ! もう犯人から対処法まで全部確定してんだろぉがっ!」
いきなり本部から回されてきた報告書兼依頼書を読んだ日本退魔士協会入間支部支部長植田桂里奈による渾身のツッコミであった。
そもそも桂里奈にとって報告書の大半を占めていた陰陽師のことなど、どうでもいい話だ。
ただでさえ衰退気味だった彼らが更に衰退することになろうとも、陰陽師ではない彼女には何の関係もない話だし、なにより商売敵が減ったという意味では朗報ですらある。
これは退魔士としては極々当たり前の反応なので、殊更彼女が冷淡というわけではない。
故に、報告書の内容がこれだけであったなら何の問題もなかった。
これだけなら生き延びた陰陽師たちに対して「原因と対応はコレ。ここに行って謝罪してこい。玉串料もわすれんなよ」と伝えて送り出せばそれで終わる話だからだ。
だが、世界はそこまで彼女に優しくなかった。
「なんでアタシの眼まで痒くなっているのさぁ!?」
日本退魔士協会入間支部支部長植田桂里奈による二度目のツッコミであった。
呪いをかけた方からすれば『ノリ』で済む話だが、呪われた側はそうはいかない。
桂里奈は今回の件に関して、本当に何も関与していない。
目の痒みを覚えた時点で全職員に『あのガキにナニカしたか?』確認を取ったが、入間支部で働いているギルド員の中にいる陰陽師でさえ目の痒みを覚えていなかったので、彼らが何の関与もしていないことは確認済みである。
なのに何故こんなに眼が痒いのか。それも自分だけ。
「どうして……どうして……」
謝罪するにしても、自分が呪われた理由がわからなければ謝罪にはならない。
解呪の依頼をしようにも、理由がわからなければ再度呪われるかもしれないのでそれもできない。
「私が何をしたってんだよぉ……」
日増しに大きくなる眼の違和感に耐えつつ情報を集めること数日。
「お前かぁぁぁぁぁ!」
魔力を持たないことから今回の件とは全く関係が無いと思われていた母方の従姉妹から眼に関する相談を受けてようやく事態を把握した桂里奈は、ここでも渾身の叫び声を挙げた後、即座に件の少年と接触し、謝罪と解呪を依頼。その場で呪いを解除してもらうことに成功した。
もちろん従姉妹やその伯父の分は頼まなかったが、桂里奈の中に罪悪感などは微塵も存在しなかった。
彼女の中に在ったのはただ一つ。
己の眼を護る。それだけだ。
「もう同じ過ちは繰り返させない。絶対に!」
桂里奈は断固たる決意を以て家族親族友人上司部下同僚等々、考え得る全ての関係者に対して徹底的に『眼が惜しかったらあのガキには関わるな! 知り合いが関りそうだったら止めろ! 最低でも一報をよこせ!』と訓告を行った。
これによって彼女に安寧が訪れることになるかどうかは、まさしく神のみぞ知る、といったところだろうか。
同時刻。国分寺方面にて、カラカラ笑いながら『ホホホ。妾が一度捕まえた獲物を逃がすはずがあるまいて』と嘯く神様がいたとかいなかったとか。
【邪神からは逃げられない】
そのことを桂里奈が痛感するのは、もう少し先のことである。
これにて2章終了です。
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