16話。対鬼戦6
殴る。『ふっ!』
『ミス! おんぎょうき にダメージを与えられない!』
殴る。『この程度!』
『ミス! おんぎょうき にダメージを与えられない!』
蹴る。『甘い! グヌッ!』
『おんぎょうき に30のダメージ!』
お、入った。ダメージ量についてはDQ風に実況をしている神様のノリなので信憑性は薄いが、蹴りを受けた隠形鬼が顔を顰めたので、ダメージが入ったこと自体は間違いなさそうだ。
しかし、なるほどな。
徹底して攻撃を回避するかと思いきや、回避するのは拳、もっと言えばこの籠手の攻撃だけで、他は回避に拘らずに防ぐ、と。
攻撃がほぼ全て回避されていることに思うところがないわけではないが、如何に生まれた時から神様に鍛えられてきたとて、所詮は15年程度でしかないからな。
さすがに千年を超える時を生きてきた鬼とは研鑽した時間の桁が違うということは認めざるを得ない。
『向こうからすれば千年以上の開きがあっても、なお回避や防御に専念せざるを得ないという状況でもあるがの。気を落とさんでもお主の腕は十分及第点以上じゃよ』
上には上がいるってことを忘れてはいけない。(戒め)
現時点での自分の技術がどの程度なのか理解できたのはいいことだと思うことにして。
現状、向こうが積極的に攻撃をしてこないのは、もちろん俺の一撃を恐れてのこともあるだろう。
だがそれ以外の思惑があるはずだ。
具体的には時間稼ぎだな。
で、ここまで徹底して時間を稼ぐように戦うとなると、狙いは援軍が来るのを待っているか俺の体力切れを待っているのだと思うが、援軍に関してはどんな感じですかね?
『援軍の場合は同じ系列の金鬼か水鬼か風鬼あたり、もしくはその全部がくるじゃろうな。じゃが今のところその気配はないとだけ言っておこう』
ありがとうございます。その情報を貰えるだけ助かります。
『なんのなんの。横やりも戦の常ではあるが、一騎討ちに挟まる奴はタヒぬべきじゃからの』
隠形鬼クラスの鬼との一騎討ちを百合の花みたいに言わないで欲しい。
だがまぁ、さすがに三鬼が援軍に来たらまずかったのは確かだ。
それと、敵の狙いが体力切れだというのであれば、それは大きな間違いだと言っておこう。
「防御だけでは勝てませんよ?」
『……抜かせ』
回避に専念するのは良い。もし攻撃をしようとすれば、それだけの巨体である以上どれだけ細かく動いても隙が生じるからな。その隙を突かれないようにするためには回避に専念するしかないのだろう。
だが、敵から攻撃がこないとわかっていればこちらは攻撃し放題である。
もちろん向こうもただ回避しているだけではなく、あわよくば反撃をできるような位置取りをしようとしているのはわかるのだが、いかんせん体が大きすぎるのよな。
『フンッ!』
「おっと」
『くっ!』
最速の攻撃と言われるジャブを撃とうにも、こっちがそれに拳を併せれば壊れるのは向こうだし。
『チィ!』
「そい!」
ならばと刀で薙ぎ払おうにも、間合いを詰められては隙を晒すだけだからできない。
むしろその隙を隠すために大振りをする。
「くらえや!」
それを回避してがら空きの胴体に攻撃を当てようとしたんだが……。
『オォォォォ!』
「げぇ!?」
野郎、顔だけこちらに向けて目や口から炎を出してきた。
「それは勘弁っ!」
俺自身はその程度の炎でやられるほど柔ではないのだが、問題は今俺が着ている服である。
なにせ今の俺は、模擬戦というオリエンテーションがあることを知らなかったため戦闘用の服ではなく普段着として使っている服でこの場に立っているからな。
なんの術式も刻まれていない、文字通り普通の服なので隠形鬼が適当に放った炎でも普通に燃えてしまう。
つまり? 喰らったら全裸待ったなしである。
『歴史にその名を刻んでいる鬼に勝ちました! でも素っ裸です!』
そして警察へってか。
おいおい入学初日だぞ。
新しい伝説の幕開けにもほどがあるだろう。
『む? 蛇の神体を持つ術者が炎を忌避する、だと?』
勇者になるつもりのない俺からすれば社会的地位を護るためにも炎を回避するのは当たり前の話なのだが、それを知らない隠形鬼からすれば牽制程度で放った炎が思いのほか効果を上げたことが殊更不思議に思えたらしい。しきりに首を傾げている。
ちなみに、東洋に於ける蛇は水を司る存在であるため、蛇を奉じている神社の関係者は水属性の魔力を宿しやすい傾向にある。
実際早苗さんも水属性だしな。
で、五行で言えば水と火の関係は【相克】で、水は火を消すという事実から水剋火。
つまり火行に対して水行が有利な関係となっている。
もちろん水が弱すぎれば蒸発するように、水に対して火が勝つ場合もあるが、レベル56相当の俺とレベル49相当の隠形鬼が魔力を比べた場合は当然俺が勝つ。
そのため俺と隠形鬼の間で【相侮】の関係は成り立たない。
隠形鬼だってそのことは重々承知の上だったはず。
にも拘わらず、水行の、それも最上位に位置するであろう神様の御神体を持つ俺が牽制程度の意味合いしか持たない炎を全力で回避したのだ。隠形鬼が不思議に思うのは当然のことだろう。
『普通であれば隠形鬼程の鬼を相手にしている最中に服のことなどを考えるような阿呆はおらんからの』
それな。
『……』
悩める相手にわざわざ真実を教えてやるつもりはないが、このまま戦闘を継続して万が一にも服を燃やされても困るわけで。
今までは近接戦闘の経験を得るために時間を掛けていたが、こうなってしまった以上話は変わる。
隠形鬼がそれに気付く前に終わらせなくてはならない。
『それって、服を焼くことがお主にとって最高の嫌がらせになるということに気付かれる前に倒す……ってコトぉ!?』
長い長い。でもその通り。
「サヨウナラ。貴方はそこそこ強かった」
そう言いながら両手を隠形鬼に向ける。
これ以上時間はかけない。
破れかぶれで放たれた炎で服を燃やされたら洒落にならんからな。
『もう勝ったつもりか! 舐めるのもいい加減にッ……なんだと!?』
甘い。勝ったつもり、なのではない。もう勝っているのだ。
俺の右手から放たれた蛇が、叫び声を上げようとした隠形鬼の左足に絡んで噛みつくと同時に、左手から放たれた蛇もまた足に気を取られた隠形鬼の右腕を襲い、そのまま噛みついた。
それはたった二か所の傷でありながら、間違いなく致命の一撃。
『こうかはばつぐんじゃ!』
でしょうね。
『蛇、だと? 新たな召喚はしていなかったはず。一体どこから……?』
「いつから俺の両手に宿った蛇がその姿を変えないと錯覚していたので?」
俺と近接戦闘をすると決めた時点で、隠形鬼がこうなることは確定していた。
『籠手、か』
正解。格好つけて言っているが、実際のところは武装式を普通の式神に戻して隠形鬼を襲わせただけの話である。
ちなみに式神や使い魔には使い手の力によってその能力を上下させるものと、最初からある程度の力が決まっているものがある。
俺が呼びだしているのは前者で、隠形鬼は後者だな。
そんなわけで、環の鷹が深度3の妖魔と戦える程度の力があるように、俺の式も深度5の妖魔と戦える程度の力を持っている。
つまり俺が式神を召喚した時点で、隠形鬼は同格の存在と3対1で戦っていたということだ。
とはいっても、俺が呼び出した式神はレベルで言えば40~45相当でしかない。隠形鬼ほどの鬼であればレベルの差に加えて技術の差があるため、裏をかかれたとしても直線的な式神の攻撃など防御するなり回避するなりして捌くことはそれほど難しいことではなかっただろう。
普段通りの動きができていれば、の話だが。
『な、なぜ……』
彼が思うように動けなかった理由はただ一つ。
「貴方はすでに【呪い】に冒されていた。それだけの話です」
『い、いつの間に!?』
「最初から、ですよ」
『……なんと』
自分は最初から罠に嵌められていたのか! と驚愕している隠形鬼には悪いが、もちろん嘘である。
実際は接近戦を仕掛けている最中に隠形鬼の魔力に付着させ、徐々に浸食させていったというのが正しい。
そも俺が召喚した蛇によって生み出される毒は、当然魔力由来のものだ。
故に直撃しなくとも、近くにばら撒いて付着させるだけでもある程度の効果が期待できるのである。
隠形鬼が、己が毒に冒されていることに気付けなかったのは、近接戦闘を強いられていたせいで常に彼の魔力と俺の魔力がぶつかっていたため、己の身に纏う魔力が乱れているのが常態化していたからだろう。
毒の効果も悪くなかった。さすがにレベル帯が近いだけあって即死や完全な麻痺には至らなかったが、そういう毒なら向こうにも気付かれていただろうからな。
感覚を鈍らせる程度の効果しかなかったことが逆に功を奏した形になる。
あとは隠形鬼を挑発して注意をこちらに向けつつ、自分の動きが鈍っているという自覚をする前に式神に襲わせるだけでいい。
その結果は見ての通り。噛みつきによるダメージと、毒のダメージを負った今の隠形鬼に勝ちの目は存在しない。
『殺すと心の中で思ったとき、すでに行動は終わっているのじゃ!』
けだし名言である。
『負けた、か』
今もなお隠形鬼に嚙みついている式神は、レベルは多少低くとも彼にとって同格の相手であることに違いはない。
同格の妖魔が齎す毒に冒された脚ではその大きな体は支えられない。
同格の妖魔が齎す毒に冒された腕では攻撃をすることはおろか、バランスを取ることもできない。
それどころか、常時俺の魔力に乱されていたのだ、今では意識を保つのも難しいだろう。
『ついでに同じ苦しみを術者どもにもお裾分け、じゃ』
遠くで悲鳴が聞こえた気がする。
レベル49相当の隠形鬼でさえ耐えきれない毒を受けた術者たちがどうなったかは……まぁどうでもいいか。
「これで終わりです。伝えられるのであれば本体にもよろしくお伝えください」
『無念。必ずや貴様に報いを受けさせ……グフッ!』
ナニカ言っていたようだが、聞く耳持たぬ。
頭と心臓の位置にある霊核を破壊されたため、最期の言葉さえ満足に言い切れずに消滅していく隠形鬼。それを哀れだと思ってはならない。
『鬼が語る末期の話を大人しく聞くなど阿呆のやることよ。呪ってくれと言っておるようなもんじゃからのぉ』
そういうこと。
兎にも角にも隠形鬼は消え、術者にも呪いを差し上げた。これで俺がやることは終わり。
尤も、神様はそうではないが。
『報いがどうこう抜かしておったが、気にすることはないぞ。所詮は負け犬の遠吠えよ。あぁ、もちろんもうこの世界に隠形鬼はおらぬぞ』
でしょうね。
蛇の呪いは七代祟る。向こうは分霊だから大丈夫と高を括っていたかもしれないが、分霊から本霊を探ることなど神様にとっては朝飯前である。
そして神様は一度自分に吠え掛かってきた敵に容赦するほど甘くはない。それが負けを認めて大人しくなったというのであればまだしも、消える寸前まで報復を誓うような阿呆なら猶更だ。
『ちなみに本霊のレベルは55相当。本霊と契約を結んでいたのはレベル41相当の陰陽師じゃったわい』
ほほう、敵は日本でも有数の陰陽師でしたか。
まぁ隠形鬼を従えていたほどの実力者ならさもありなんってところではある。
死因は式を返されたことによる死って感じだろうか。
馬鹿正直に発表するかどうかは知らんけど。
ともかく、隠形鬼を従えていたほどの陰陽師が居なくなったとなれば、今後陰陽師業界は大変なことになるだろう。
『別に構わんじゃろ』
ですね。明確に敵対していなくとも、そもそもが商売敵だし。
ただでさえ衰退している連中が今後どうなろうと知ったことではない。
むしろ再起不能になるレベルまで賠償金を請求したいまである。
『今回の件だとどれだけ玉串料を搾り取れるかのぉ』
依頼主とやらの財力次第ではありますが、その辺は早苗さんに任せれば上手くやってくれるはずなので、期待して待つとしましょう。
『妾、そろそろA5和牛の踊り食いとかしてみたいんじゃが? じゃが?』
それなんて逆ファラリス?
『駄目かの?』
いや、まぁ、神様が望むのであれば牛を奉納すること自体はやぶさかではないのですが。
『ないのですが?』
……そもそも肉質って生きているときにわかるんでしたっけ?
閲覧ありがとうございました。