15話。対鬼戦5
「「「ぎゃぁぁぁぁぁ!! 眼が、眼がぁぁぁ!!」」
『貴様、一体何をした!?』
「何、と言われましてもね。覗き見していた連中の目を焼いただけですよ。あぁ。もちろん貴方の目を通じて覗き見をしていた陰陽師のお偉いさんも今頃は眼を無くしていますのでご安心下さい」
良かったね。一人だけ無事だったら後から文句を言われるからね。
『なん……だと……』
はて、彼は一体何に驚いているのやら。
俺を観たヤツは呪われる。もはや常識だろうに。
『あれじゃろ。「ここでは自分の加護があるはずなのになぜ!?」ってヤツじゃろ』
あぁ、なるほど。自分の加護を貫通したのに驚いたのか。
同格ならそれくらいできると思うんだが、その辺はどうなんです?
『同格と考えておったから、じゃろうな。通常、同格の異界を貫いて術式を届かせるのは至難の業じゃて』
ほうほう。そんなもんなんですね。
神様のおかげでまた一つ賢くなったのは良いことだが、このままだと俺が隠形鬼と同格以上の存在だと誤認されそうなので、少し誤魔化しておこう。
「驚くことですか? あぁ。もしかして貴方はなにも聞いていないのですね?」
『聞いていない? なんのことだ!?』
「俺が使っている触媒について、ですよ」
そういいながら、これみよがしに白い蛇の抜け殻の一部を見せる俺。見た感じはただの抜け殻だが、見るモノが見れば抜け殻が纏う膨大な神気に気付くだろう。
『それはッ!』
これはもちろん神様が脱皮したときにできたモノ……ではない。
『さすがに老廃物を飾られるのは御免じゃからの』
俺にもそんな倒錯した趣味はない。よってこれはあくまで神様が見つけたただの蛇の抜け殻である。
それに神様が加護っぽいモノを掛けた結果でき上ったのが、西尾家の御神体として俺がアリバイ代わりに使用しているこの触媒だ。
相手が隠形鬼ほどの鬼と言えど、否、隠形鬼ほどの鬼だからこそ、神様の威が込められているこれを本物の御神体と誤認するのは当然のことだろう。
尤も、これだって場所が場所なら普通に御神体として崇められてもおかしくないレベルのモノではあるのだが。
少なくとも隠形鬼を継承してきたであろう陰陽師たちでは見たこともないレベルの触媒であることに違いはない。
『ほほほ。和歌を詠まれた程度で逃げ出した阿呆など相手にならぬわ』
そういうこと。で、この神様によって偽装された触媒をみた妖魔の反応は大体一緒だ。
『その神気……そうか。本物の神の一部を触媒とした呪いであれば、確かに我の加護を抜けることもできような!』
こんな風になる。高名な鬼である彼が証言してくれたおかげで、労せずして俺が使う【呪い】の強さは触媒となっている御神体に由来していると周知させることができたというわけだ。
『今は眼の痛みでそれどころではなかろうが、いずれ記録を辿ればわかることじゃからな。欺瞞工作は必須というお主の判断は正しい。じゃが今回はこれくらいで十分じゃろ』
了解です。
しかし誤認させたのは俺が言うのもアレなんですが、戦国乱世を生き抜いた鬼にして陰陽師の切り札が妙に素直なのってどう思いますか? 騙された振りだったりしません?
『いや、あれは普通に騙されとるわ。なにせこの場面で嘘を吐くような輩の方が珍しいからのぉ』
そうかな? そうかも。
まぁ、騙されてくれたならなんだっていいや。
嘘つき? 当たり前じゃないか。つーか『これから死なない程度に暴行を加える』などと抜かす連中の使い魔風情に真実を教えなくてはならない理由が何処にあるというのか。
まして目の前にいる隠形鬼が本体ではないというのであれば、こいつを通じて本体や本体と繋がっている誰かに情報が流れることになるじゃないか。
それを知りながらわざわざ自分の情報を垂れ流すような真似をしろと? 馬鹿か。
『そもそも敵に情報を求める方がどうかしとるわ』
本当にその通り。ここで俺が「鶴〇人直伝の太〇拳を使いました」と言ったらそれを信じるのかって話である。まぁ嘘を信じさせる程度の小細工はさせてもらうが、結局は敵の言うことを信じる方が悪いのだよ。
「敵に情報を渡さぬことは戦の常道。故に監視の目を最優先で潰す。それが戦の作法でもあることは隠形の鬼を名乗る貴方ならわかるはずだ」
『夜討ち朝駆けは戦の習い。戦に卑怯などという言葉はない。そも、安全な場所から戦場を覗き見るような無粋な真似は、バレれば首を刎ねられても文句を言えぬ所業よ』
油断した阿呆が悪いってな。
「加えて、貴方を召喚した方々や、儀式に力添えをしたであろうお偉いさんが気になるのはわかります。わかりますが、貴方にそれを気にする余裕がありますかね?」
『くっ!』
『元々早苗が挑発しなければ連中が出張ることもなかったと思うけどな』
早苗さんの挑発はあくまで契機の一つらしいからセーフってことで。
それよりまずはこちらを終わらせましょう。
「問答はこれまで。死んでもらいます」
とある先輩退魔士の戦いを観てその存在を知った武装式。
早苗さんは弓。環は鷹を模した式神が戦闘依に変化するタイプだが、俺のは早苗さんのソレに近い。
「変化招来」
そう告げると共に、俺の影から白い蛇が現れ、そのまま両腕に絡みつく。
そうして絡みついた蛇がそのまま籠手に変われば、爪と籠手が一体化した俺の武器にして防具の完成である。全力全開バージョンだとはスケイルメイルも加わるが、全身装備をすると体力がゴッソリ持っていかれてしまうので、今回は籠手だけの召喚となっているのはご愛敬。
「蛇噛・爪崩」
名乗りと共に純白に光り輝く籠手。神様に似たのか、随分とノリのいいことだ。
ちなみに環の式神が白銀に輝くのに対し、こちらの輝きは白金である。
『ある〇かぁぁぁん!』
最終的には中国拳法が最強でOK?
―――
「破ぁ!」
少年が極々自然に鬼との間合いを潰したかと思ったら、これまた極々自然に拳を打ち込む。
それらは確かな技術に裏付けされた高度な攻撃。
『その程度!』
しかしながら攻撃を向けられた鬼とてただの鬼ではない。飛鳥時代からその名を謳われてきた鬼の中の鬼だ。
無手の敵と戦った経験は少なくとも、体術の心得はある。
それこそ目の前の少年が生まれる千年以上も前から研鑽を積んできた。
その心得があるからこそ、鬼は今もなお滅ぼされていない。
しかし、当代の中でも有数の実力を持つ陰陽師たちによって召喚されたはずの、3メートルを超える巨体を持つ黒き鬼が、少年が繰り出す攻撃を必死の形相で回避するので精一杯の状況に追い込まれていることもまた事実。
鬼の姿に余裕など欠片もない。必死で攻撃を回避している今の姿は、誰がどう見ても鬼が呼び出された理由である【少年への躾】をしている最中とは思えない。
「ふっ!」
『くぅっ!』
事実、歴史に名を刻む黒き鬼こと隠形鬼は、今や狩る側ではなく狩られる側の存在に回されていた。
隠形鬼ほどの鬼が、己の半分にも満たない背丈しかない少年になぜ勝てないのか。
眼を失った陰陽師たちはそう疑問に思っていることだろう。
だが、少年がその腕に宿す籠手が醸し出す魔力を感じ取れるものからすれば、隠形鬼が回避に専念する理由がわかるはずだ。
「よく避ける!」
『冗談ではない!』
その籠手に宿った禍々しい【呪い】の波動。
触れただけで肉を腐らせると確信できるほどの妖気。
そしてそれを扱う少年の力。
そのどれもが隠形鬼にとって脅威そのものであった。
今や隠形鬼も、少年が己よりも格下だとは思っていない。
むしろ武装式を含めない素の状態であっても相手の方が上だと確信している。
(確かに強い。だが、所詮は小僧よ!)
少年を強敵と見定めたうえで、隠形鬼は嘲笑う。
確かに、子供にしては鍛えている。
ニンゲンの中でも上位に位置する技術を有していると言っても良い。
魔力に至っては自分以上。装備も凶悪だ。武装式に触れただけで敗北は必至。
そのせいで、本来であれば近接戦闘に於いて有利に働くはずの巨体が、逆に“小回りが利かない”という意味でマイナスとなってしまっているのは皮肉という他ない。
一撃当たれば負ける。
こちらから攻撃すればその隙を突かれて負ける。
魔術に関しては不透明だが、神体の一部を持つ敵が魔術に対する備えを怠っているとは思えない。
総じて、真正面から戦えば勝てない。
リアリストである隠形鬼は、少年の攻撃を回避しつつ、すでに自分が勝利する可能性が極めて低いことを理解していた。
(ククク。確かにこのままでは勝てんだろう。だがなぁ)
それでも未だに隠形鬼は負けていない。
彼が戦いを続けていられる理由は、偏に彼我の技術差にある。
(この程度の危機、幾度となく乗り越えてきたわ!)
隠形鬼が継承されてきた期間は千年以上。その長い時間を掛けて培ってきた技術は、これまで隠形鬼に幾度となく上位者狩りを成功させてきた。
その実績が隠形鬼に戦闘を継続させる。
その経験が隠形鬼に勝利の可能性が残っていることを確信させる。
(魔力は劣っていよう。一撃で終わる怖さもある。だが、力も、技術も、速さも我が上。もちろん体力もな。鬼である我と、素養はあれどただの人間に過ぎぬ小僧ではどちらが上か、考えるまでもない!)
故に、今は攻撃を凌げばいい。
この距離を保っている限り、相手は一撃必殺に頼らざるを得ないのだから。
他にも隠形鬼が一撃必殺を警戒しつつも、距離を開けない理由が存在する。
(術式を使わせるのは危険だ)
隠形鬼ほどの鬼をして、少年が使った術式には不透明な点が多すぎた。
如何に神体を用いたとはいえ、初手で自身の加護を越えて術者の眼を焼くという荒業を見せられた隠形鬼に術式を自由に使わせるという選択肢はない。
つまり隠形鬼が勝つ道は、術式を使わせぬよう近接戦闘を誘いつつ、相手の体力が切れるのを待つという消極的な戦いを継続するしかないのである。
厳しい戦いだ。それでも隠形鬼は嗤う。
(勝ちの目があるだけマシよ)
人間相手に持久戦に持ち込まねば勝てないという事実は確かに屈辱ではある。
だが強敵を強敵と認識せずに油断慢心した挙句に足を掬われて滅ぼされるよりはマシだし、なにより彼は己に求められているモノを正しく理解している。
(そう。勝利。勝利こそすべてに優先される!)
そのためなら多少の屈辱をなど呑み込んで見せよう。
特殊な装備を得たことで油断慢心した小僧を地べたに這いつくばらせ、敗者の屈辱を味わわせてくれよう。
「ふっ!」
『なんの!』
尚も続く攻撃を回避しながら、隠形鬼は敵である少年の体力が尽きるその時が来るのを待つのであった。
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