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13話。対鬼戦3

「「はぁ!」」


『ガァァ!』


片や秘伝の術式を惜しげもなく使い完全武装となって鬼を討伐せんとする少女二人。


対するは、木、風、雷と、木行に属する全ての現象を操る古の鬼。


『グゥゥ』


「行けそうだね!」

「えぇ」


ぶつかり合う両者の均衡は、やや前者に傾きつつあった。


「風鬼は木行の権化。ならば私よりも環さんにお任せした方が良い」


それというのも、風鬼の持つ属性が関係している。


風鬼は木行の権化であるが故に様々な自然現象を操ることができる。だがその力は実のところそれほど大きなものではない。


たとえば風。


風鬼は暴風を纏うことで環の拳や早苗の矢を逸らすことができる。


だがそれだけだ。


『シャァァ!』


「よっと」


風鬼が操る風では環の戦闘衣を貫くだけの威力がある攻撃は放てない。


「その程度では!」


早苗はそもそも近くにいないため、早苗に攻撃を向けても威力が減衰してしまう。


『オォォ』


無論、風鬼が生み出したそれは、多少弱まったとしてもただの学生相手、否、教員相手であっても殺傷するには十分すぎるほどの威力を内包している。


だが、風鬼が攻撃を向けた相手は有象無象の少女ではない。


その少女は、国津神系列の名門に生まれ、神を名乗る妖魔に人柱として捧げられんとしたものの、寸でのところで本物の神とその御使いに救われた挙げ句、その御使いから頭の悪いパワーレベリングを施され、今や風鬼に匹敵するレベルにまで位階を上げることに成功した凶信者である。


「そこっ!」

『グウッ!』


風を発生させたことによって生じた僅かな隙を見逃さなかった早苗によって放たれた破魔矢が、風鬼の腕に刺さる。


否、正確には風鬼はその腕で早苗が放った矢を受けていた。


「む?」


なぜ風や木を纏って防がなかったのか。


疑問を覚えた早苗だが、その疑問に対する答えは一つしかない。


「狙いは環さんですか!」


もちろん回避出来るのであればしていた。それを赦さないタイミングで攻撃を放った早苗の腕は称賛されるべきだろう。


だが風鬼が権能を防御に回さなかった最大の理由は、風鬼がそれを纏うのを待っている存在がいたから。そしてその存在に風鬼が気付いていたからに他ならない。


「え?」


矢を避けたら態勢を崩したところに攻撃を加える。

木や風を纏って対処したら、纏っていないところに攻撃を加える。


どちらに転んでも一撃当てるつもりで間合いを詰めていた環は、そのどれでもない防御方法を選択した風鬼に隙を晒すことになってしまっていた。


そしてその隙を見逃すほど風鬼は甘くない。


『グォアァァア!』


「くぅぅっ!?」

「環さん!」


上から振り落とされる拳は回避したものの、同時に撃ち落とされた雷をその身に受けてしまった環は、思わず距離をとってしまう。


これだけみれば風鬼の読み勝ちのように見えるかもしれない。


だが実際のところは少し違う。


「痛ったいなぁ!」


風鬼クラスの妖魔が放つ雷は、通常の退魔士であれば一撃で戦闘不能の状態、否、骨も残らず消し炭になるだけの威力を内包している。だが、環は断じて『通常の退魔士』として括れるような存在ではない。


「……大丈夫ですよね?」

「もちろん!」


鷹白環は、初めての探索で死にかけていたところを暁秀に拾われたかと思ったら、彼女が退魔士業界に無知であることを良いことに散々常軌を逸したパワーレベリングをされた上、今や風鬼が見たこともないような神器を装備するに至った戦乙女である。


本人のレベルに防具の性能が上乗せされている今の環は、早苗を警戒しながら放たれた雷程度で大ダメージを負うほど弱くはない。


『グゥ……』


環を倒せなかった、もしくは環に戦闘を継続することができなくなるほどのダメージを与えることができなかった時点で、今の一連の流れに於ける最終的な収支は腕に破魔矢を受けた分だけ風鬼がマイナスであった。


これにより風鬼は、現状決定的な問題が生じていることを自覚することとなった。


その問題とは、風鬼が風鬼であるが故に生じる問題であるが故に、絶対に解決できない問題であった。


端的に言えば、環と風鬼の相性である。


「ダメージは如何ほどで?」


「まぁまぁ痛いけど、耐えられない程ではないよ!」


髪と瞳の色からもわかるように、環の属性は火である。


五行に於ける木行の弱点は金行。これは“金属で造られた刃物が木を切り倒す”ということから派生したものである。


では火行と木行の間に関係性はないのかというと、さにあらず。


両者は「木は火を起こす」と事実から『相生』と呼ばれる関係となっている。


この関係性を極めてわかりやすく言えば「火は木を燃やすことで大きくなる。雷は火種を生む。風は火を起こし、大きくする」という流れから、総じて『木行は火行を強化する』と考えられている。


そして火が強化された際、木はどうなっているだろうかを考えて欲しい。


答えは簡単。『燃え尽きた木は炭となる』だ。


つまり五行思想の中では、通常木行と火行がぶつかった場合、火行が優勢とされているである。


もちろん例外はある。

もし両者の間に隔絶した力の差があれば、木は炭となる前に火を鎮火できる。

風は燃え広がる前に火種を散らすことができる。

雷は火種ごと消し去ることができる。


だが残念なことに環と風鬼の間にある差は、レベルにして3程度。

当然一方的に叩き潰せるほどの差は存在しない。


こうなると風鬼は、己の攻撃によって力を増す火行の力を宿す環によってじわじわと焼かれて行くこととなる。


五行の化身であるが故に、五行の相性に縛られる。

この属性に特化したスタイルこそ風鬼の最大の長所であり、短所であった。


本来であればそれをフォローする鬼がいるのだが、今この場にはいない。


「ではこのまま削りましょうか」


それらを知るからこそ早苗も環に前衛を任せることができるのだ。


ちなみに早苗の属性である水行は「水は木を育てる」という事実から、木行の権化である風鬼にとってプラスに働くため、早苗はできるだけ攻撃に属性が混じった魔力を使わないよう注意している。


ちなみのちなみに五行には『水も過ぎれば木を腐らせる』ということから相性相克と呼ばれる裏技的な思想も存在する。そのため力の差があれば水属性の魔力でも風鬼を擂り潰すことは可能であるが、今の早苗にそこまでの力はない。


「了解!」


細かい理屈は分からないが、実際に大したダメージを受けていないことと、早苗が大丈夫と判断しているが故に、環は一人では討伐することができないであろう強大な敵にも立ち向かうことができる。


『アァァァァァァ!』


対する風鬼は彼単体である。彼を召喚したはずの陰陽師のサポートもなければ、そもそも何故自分がこのようなところで戦っているのかさえ理解していない。


結局のところ風鬼が早苗や環と戦っているのは、ただの防衛本能。


もっと言えば、敵が向かって来ているから戦っているだけでしかない。


「ふっ!」


『ガァァ!』


世に名高き鬼とて所詮は召喚された存在、つまりは目的を果たす為の道具に過ぎない。


「たぁ!」


『グゥッ!』


道具である以上、活かすも殺すも使い手の力量次第。


「当てます!」


『……ッ!』


使い手のいない道具に何ができようか。


「そこだ!」

『アァァァ!』


存在の力量差による誤魔化しが効かない以上、使い手のいない道具に成す術はなく。


「これで!」

「終わりだぁぁ!」


『オ、オォォォォォォォ……』


早苗が放った矢が風鬼の眉間を穿てば、環の拳が風鬼の腹に風穴をあける。


両者から放たれた渾身の一撃を受けたことにより限界が訪れた風鬼は、弱弱しい声を上げながらその姿を消していった。


「……強かったね」

「えぇ」


戦いの中で、環と早苗は風鬼が本領を発揮できる状況でなかったことに気付いていた。


しかし彼女らの顔には、全力を出し切れなかったまま消えた風鬼に対する憐れみや、それなりの代償を支払って彼を召喚したであろう陰陽師に対する憤りはなかった。


「暁秀、だよね?」

「でしょうね」


そう。彼女たちの中あったのは、風鬼が全力を出せなかった原因であろう少年に対する想いであった。


それは、こんな状況でも自分たちを助けてくれる少年の思いやりへの嬉しさと、こんな状況であっても少年に助けられてしまう程度の強さしか持っていない自分たちの弱さに対する辟易するような気持ちとがない混ぜになっていた、なんとも複雑なものであった。


それは表情にも表れていたのだろう。


「尊い……」

「ふつくしい」


このとき二人が浮かべていた複雑な感情を宿した表情が、傍から見ている者たちから戦場を憂う戦乙女のように見えたようで、この戦いを見ていた生徒たちの中に熱狂的なファンを生むことになるのだが、それはまた後のお話である。


おまけ


「私は知った。たま×さなこそ究極だと!」

「何を言っているの? さな×たまこそ至高でしょ!」


「「はぁ?」」


「いや、そもそも彼女らは二人組じゃなくて間に男が入った三人組なんだけど……」


「「「「はぁ!?」」」」


知らぬ間に百合の花に挟まっていた、某しがない神社の長男の未来や如何!?


……続きません。


―――


閲覧ありがとうございました。



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