12話。対鬼戦2
主人公とは一体……
(大きい。でもそれだけではない)
環と早苗の視線の先に居る鬼の大きさはおおよそ3メートルほどだろうか。
一般に鬼の肌は赤黒いものとされているが、件の鬼は緑に近い色をしている。
(ただの鬼ではありませんね)
退魔士や妖魔は髪の色や目の色などに当人の持つ属性の色が宿ることが多い。
環のそれは赤、つまり火の属性。
早苗は青、つまりは水の属性である。
対する鬼は緑。それが示す属性は一つ。
『ガァッ!』
気合を入れたのだろうか、鬼が咆哮をあげると同時に、演習場の中に嵐の如き風が吹き荒れる。
どう考えても咆哮だけでは発生しないであろう範囲にまで吹き荒れる風を観て、早苗は敵の正体に当たりを付けた。
「風鬼、ですか。陰陽師が召喚する鬼の中でも最上位の一角ですね」
それは飛鳥時代の豪族にして陰陽師、藤原千方に仕えたとされる四鬼が一。
「風? え? でも陰陽師って五行思想が基本なんでしょ? 風ってなくない?」
五行思想の五行とは木・火・土・金・水の五属性を指す。
これだけ見れば確かに環の言うように、五行の中に風は存在しないように見える。
だが自然科学を術式に取り込んでいる陰陽道が、自然現象の中で極めて身近に存在する風という現象を無視するはずがないではないか。
「あぁ。それはですね。風は木行なんですよ」
「なんで!?」
「さぁ、決めたのは過去の陰陽師の方ですので……」
一説には『風は目に見えないモノである。だが風は木の葉を揺らし、その存在を誇示している』という繋がりで風は木行に分類されているそうな。
そんな陰陽師の事情はさておくとして。
「実際にアレが風鬼と呼ばれる鬼かどうかは不明ですが、少なくとも風を操る高レベルの鬼であることは確かです。流石に無手で勝てる相手ではありませんよ」
「まぁ、そうだよね。……アレをやるの?」
「えぇ。出し惜しみはしません」
普段から術式に頼らず暁秀曰く『レベルを上げて物理で殴るスタイル』で異界を攻略している二人だが、彼女らがこのスタイルを取っているのは、偏に術式に頼らないことで自分たちの地力を鍛えるためであって、無手に拘りがあるわけではない。
むしろ同格以上の相手と戦う際には、ある意味では過剰と言えるほどに準備を整えてから挑むことを旨としているほどである。
その準備の一つが武器だ。
「来ませい!」
早苗が懐から符を取り出しながらそう声を上げれば、符のあった場所から白い鱗を持つ蛇が現れる。
「妖魔を使役するのは陰陽師の専売特許ではありません」
式神、使い魔、眷属。呼び方は多々あれど、妖魔を己が配下として扱う術は広く知られている。
早苗が使うのもその一つだ。しかし早苗が使う術は、ただ眷属を召喚しただけでは終わらない。
「変化!」
式神を武器に変化させる。
これこそ武神を奉じる家であればそれなりに使い手がいる術式。武装式である。
早苗が呼び出した白い蛇を模した式は、その身を蛇から白く輝く弓に変える。
「前は環さんにお任せします。代わりに後ろはお任せください」
箱入り娘にして生贄として育てられた早苗がなぜ弓という扱いが難しい武器を使えるのか? と不思議に思うかもしれないが、これに関しては彼女の生まれが関係している。
確かに早苗は生贄となるために育てられた少女である。
しかし、どうせ捧げられるのだからと言って教育を放棄されたわけではない。
むしろ逆だ。
神様の下に差し出す娘が不出来ではならないという理屈から、早苗は幼少の頃から巫女に必要な教養や技術を叩き込まれていた。
その中の1つに武術があった。
表向きの理由として『国津神系の大家である中津原家の長女が退魔士としての仕事ができないなどあってはならない』という理由があるものの、その裏には『捧げられる前に死なれては困る』というものがあった。
また『蛇神に捧げられた後で簡単に死なれてしまっては蛇神の癪気を被るのではないか?』と考えた中津原家が、生贄となる少女ができるだけ長生きするよう鍛えることにしたという事情もある。
生贄となった少女たちからすれば、鍛えれば鍛えるほど蛇に嬲られる地獄の時間が長引くという悪夢のような理由であるが、当時はその蛇こそ神と思われていたので、中津原家の中から反対意見が出ることはなかった。
また、鍛えるにしても巫女に傷が付いてはいけないという理由から、中津原家には生贄となる少女には弓を教える風潮があった。
そのため早苗は弓を使えるのである。
そうこうして、中津原家謹製の術具を手にした早苗が声を掛ければ。
「了解っ!」
声を掛けられた環もまた、早苗と同じく胸元から符を取り出す。
その中から現れたのは、白く輝く一羽の鷹であった。
日本中にその名を轟かせる名家の生まれである早苗と違い、しがない神社の生まれである環には(金銭的な余裕はなかったものの)早苗のような陰鬱な事情はない。
退魔士としての力があったこと以外は本当に極々ありふれた神社の娘でしかなかったのだから、当然といえば当然のことである。
そんなどこにでもいる退魔士の卵でしかなかった環に転機が訪れたのは、彼女が12歳のときであった。
そう、暁秀との出会いである。
当時、初めての異界探索で妖魔に襲われて死にかけていた環を保護した暁秀は「まだ若いし、これから鍛えればまだまだいけるやろ」と考え、さめざめと涙を流していた環に身を守る術を教えようとした。
だがしかし、しがない神社の娘であった環には、武術の心得もなければ術式の心得もなかったし、なにより矢を買う金もなければ刀剣を始めとした武器を維持できるだけの金もなかった。
武器を持てない彼女に異界を探索させるわけにはいかない。
そもそも武器を扱う資質があるかどうかもわからない。
それ以前に、回復薬やら回復魔法が無い世界では、武器よりも先に防具を用意するべきではないか。
意外と常識人であった当時の暁秀が「これはどうしようもないんじゃないか」と考えたり、はたまた「もう荷物持ちとして使うしかないんじゃないか」と考えていたころに現れたのが、名もなき先輩退魔士であった。
ひょんなことから先輩退魔士の戦いを見ることになった暁秀は、その先輩の戦闘方法、もっと言えば、その先輩の式が形を変えて武器になったところを目撃してしまった。
生き物が形を変えて装備になる。そんな技術が当たり前に存在していたことに驚いた暁秀の脳裏に1つの案が浮かんでしまった。
それは防具と武器を両立させた装備にして、星座の神話から生まれた戦士の夢。
そう、戦闘衣である。
武器に変形する式神の存在を知った暁秀は考えた。
如何にして浪漫を実現させるべきか、と。
モチーフは白い鷹でいいだろう。装備部分としては、籠手、胸当て、すね当て、靴か。
腰や頭にも何かしらの飾りは必要だろう。
無論、素材はありきたりのものであってはならない。
暁秀がノリノリで集めた高純度の素材を見て『なんかおもしろそうじゃな』と暇潰し感覚で特殊な加工をしていく神様。
ノリに乗った二人が数ヶ月かけて造り上げたのが、白銀に輝く鷹を模した式神であった。
今の環が十分な魔力を込めて呼び出せば、この状態でも深度2の異界を構築できる妖魔程度なら単体でも討伐できる強さがあるし、基本機能として空を飛べる能力が付いているため、環が苦手な索敵の補助ができるという利点もある。
だがそれはあくまで補助機能に過ぎない。
この式神の最大特徴は、変形機能にあるのだから。
「おいで、ハクヨウ!」
主の声に惹かれたか、白銀に輝く鷹が環の背中にぶち当たるかのように突っ込んでくる。
あわや激突かと思われた次の瞬間、ハクヨウと呼ばれた鷹はただでさえ輝いていたその姿をさらに輝かせて、その姿を変えていく。
羽の部分が胸当てと腰当てに、足の部分が分割されて腕と脚を固める防具に。爪の部分が上下に分割され、上の爪が籠手に。下の爪が靴に変化する。
最後に頭部。最初は某白鳥座のようにサークレットに鷹の頭部を取り付けようとしたが、さすがにアレだったので却下し、最終的はなんの捻りもないサークレットになったという曰く付きの部分であるが、それを知るのは製作者であった暁秀と神様だけなので、この場で頭部について言及する者はいない。
頭部のデザイン対する人知れず発生した戦いはいつか語るにして。
光が収まったとき、その場には戦闘用に改造された巫女装束の上に白銀の鎧を身に付けた神社の娘の姿があった。
文字だけ見ればカオスそのものだが、素材の良さと神様のセンスの良さが合わさった結果、神々しい戦乙女に見えるのだから驚きである。
初見の場合は見た目の神々しさに目を向けてしまうだろう。
だが敢えて言おう、見た目は文字通り飾りである、と。
式神の最大の特徴が変形機能であるならば、この装備の最大の特徴は、使い手が魔力を注げば注ぐほど強くなるという特性にある。
つまるところ環が纏ったこの光り輝く悪乗りの結晶は、環が負傷しないための防具であり、使い手と共に成長する武具でもあるのだ。
デメリットとして燃費がものすごく悪いため、解除したあとにダウンすることになるというものがあるが、自分よりも強い鬼が眼前にいる状況で戦った後のことを考えるなど愚の骨頂。
環は覗き魔の一味を討伐する為、文字通り全力を注ぐことを決めていた。
ちなみにこの式神に対する関係者の意見は以下の通りである。
装備そのものを完成させることを目的としていたが故に、その価値に興味を持たない暁秀曰く、鷹の白銀戦闘衣。
この装備の真価をよく理解していない環曰く、ペット兼防具。
誰よりもその価値を知る早苗曰く、最新の神器。
扱いはバラバラだが、いずれにせよ強力な装備であることに違いはない。
閑話休題。
「なんだ、あれは」
「……きれい」
「女神か戦乙女か……」
「うるさいなぁ」
あまりの神々しさに周囲からどよめきが上がるも、環にとって有象無象からの評価など興味がない。
もちろん向き合う敵の強さも同様に興味がない。
今の環が抱いているのは、想い人が自分のために造ってくれた装備を身に纏って戦うことができるという悦びと、覗き魔一味に対する怒りのみ。
「変態死すべし! 慈悲は無いッ!」
どれだけメジャーな存在であろうと、今の環にとって相手は強き鬼ではない。ただの変態なのだ。
『ガ、ガァ?』
突然の変態呼ばわりに気の抜けた声を発する風鬼。しかしいくら予想外の呼びかけをされたとて、歴戦の彼が完全武装で向かって来る二人の強さを見間違えることはない。
『オォォォ!』
咆哮と共に巻き起こされる風。彼の鬼にとって風は防具にして武器。
『ジャァァァ!』
青天の空に雷が落ちる。木行を司る風鬼にとって雷もまた武器である。
『ゴォォォォォ!』
そして木行の真骨頂、大地を抉る木の根が環と早苗の足場を崩しつつ、時に早苗からの攻撃を防ぐ盾となり、時に鋭利な杭となって二人に襲い掛かる。
さまざまな自然現象を我が物として扱うその姿は、紛れもなく世に名高き風鬼そのものであった。
「チィ!」
「厄介な!」
それは学生がどうこうできる相手ではない。
観戦していた面々の表情に絶望の色が浮かぶ。
だが。
「でも!」
「えぇ。この程度であれば!」
「「殺せる!」」
周囲が恐れ慄く中、当の強敵と向き合っている二人には、新入生相手の模擬戦で見せていた余裕は一切なかったものの、絶対に勝てない敵を前にした時に生じるであろう絶望の色もまた存在していなかった。
某忍者漫画で言えば木遁も雷遁も風遁も一人で使えるってことですね。
つよい。(確信)
閲覧ありがとうございました。