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11話。対鬼戦1

「貴様らぁ! よくも、よくもやってくれたなぁ!」


「うわっ。お嬢がマジでキれた」


未だ砂埃が舞う演習場に憤怒に塗れた早苗の声が響き渡る。


その声に一番驚いているのが隣にいる環というのが些か以上にアレだが、それも仕方のないことだろう。


なにせ彼女らの裏をかいて、まんまと暁秀に攻撃を仕掛けることに成功した陰陽師たちは今、それどころではなかったからだ。


現在早苗のレベルは26相当。これは深度3の異界を構築できる妖魔の中でも上位の存在と真正面から殴り合いができるレベルである。


そんな存在が放つ本気の殺意は、教員でさえも気を抜けばそのまま倒れてしまいそうなほどに凶悪な効果を発揮する。


畢竟(ひっきょう)、レベル4や5程度しかない学生如きに耐えられるものではない。


「絶対に許しません。虫けら共はじわじわとなぶり殺しにして差し上げますっ!」


バタバタと気を失っていく生徒たち。各々が白目を剝いていたり、人によっては失禁していたりとすでに十分以上に尊厳は破壊されているが、今の早苗はその程度で赦すつもりはなかった。


だがここに一人、殺意に目覚めた早苗を止める存在がいた。


「お嬢、ちょいまち」


「……環さん?」


声を掛けるのがあと数分、否、数秒遅かったりしていたら間違いなく行われていたであろう蛮行(死体蹴り)は、ほかならぬ彼女の相棒、環の言葉によって食い止められた。


「あぁ。もしかして環さんも連中を嬲りたいのですか? ですがいくら環さんでもこれだけは譲れませんよ」


「いやいや、やらないから。お嬢は私を何だと思っているのさ」


「ではどういった御用で私をお止めになったのです?」


「わかんないの? 本当に?」


「え?」


環とて暁秀に対する想いはある。暁秀が攻撃をされたことも素直にムカついている。


だが環は、無事だとわかっている攻撃をされた程度で取り乱したりしない程度には常識を弁えていたし、なにより現在、すでに戦えなくなった相手に八つ当たりをしているような余裕がある状況ではないことに気付いていた。


むしろこの程度のことに、何故自分よりも索敵能力が高いはずの早苗が気付けていないのかを不思議に思っていたくらいだ。


とはいえ、気付いていないのであれば教えなければならない。


もう雑魚に目を付けている余裕はないのだ、と。


「ん~。あそこにいるでしょ? ナニカが」


「あそこ?」


そう言って環が指差したのは、先ほどまで暁秀が立っていた場所であった。


未だ砂埃が舞っているせいで詳細は不明だが、普通に考えればそこにはノーダメージの暁秀がいるはず。


普通に考えれば、だが。


「……あっ!」


砂埃に目を向けた早苗はここに来てようやく、砂埃の向こうに居るのが暁秀ではないことに気が付いた。


「ね? ここから見える影だけでも、明らかに暁秀より大きいのがわかるでしょ。それに暁秀なら絶対に出さない妙な気配を感じる。お嬢はアレがなんだかわかる?」


「おそらくですが……鬼、でしょうね」


「鬼かぁ」


「えぇ。陰陽師が呼び出す妖魔の中で最もメジャーな妖魔です」


鬼。平安時代から伝わる伝承の中に度々登場する妖魔にして、日本に於いて最もなじみ深い妖魔である。


鬼は餓鬼のような小型の鬼から、桃太郎のモチーフとされる吉備津彦命に討たれた温羅(うら)や、源頼光に討たれたとされる酒呑童子のような大物まで幅広く存在するとされている。


これらに関してはこれまで異人説や山賊説などがあったが、このような世界になったことで『あの伝承は本物の鬼のことを指していたのではないか?』という意見が出ており、各地で鬼にまつわる逸話の再調査がされたりしているらしい。


また、鬼には地獄の獄卒という立ち位置も存在する。


この場合の鬼は、妖魔として討伐される立場ではなく地獄に落ちた罪人を管理するという役割から秩序の番人としての姿を持つ。


基本的に陰陽師が使役する鬼は後者。秩序の番人としての顔をもつ鬼となる。


これは陰陽道における主神に相当する存在が閻魔大王と同一視される泰山府君であることが関係しているとされているが、その真偽は定かではないし、早苗たちには関係のないことだ。


問題はその鬼が、今、自分たちの目の前にいるということである。


「あの人たちが呼んだのかな?」


「……違うと思います」


「何でそう思うの?」


「あそこに鬼がいるということは、おそらくですが暁秀さんと位置を入れ替えたのでしょう。確かに召喚術や結界術に優れた陰陽師であればそのような真似もできなくはないかもしれません。ですがそれは、少なくともあそこで気絶をしているような未熟者にできるような業ではありません」


「なるほど。じゃあアレを呼び出したのは誰?」


「おそらく教員か彼らの保護者ではないかと」


「え、なんで教員とか向こうの親が出てくるわけ?」


環の疑問は尤もだ。


一般的な常識として、通常子供の喧嘩に親が出てくるのは大人げないと言われる行為である。

それは退魔士の世界でも変わらない。


しかしながら、早苗には彼らの行動を大人げないと糾弾するつもりはなかった。

何故か? 


「……挑発が効きすぎたんじゃないかなぁと」


そもそも先に大人が激昂するような挑発をしたのは彼女の方だからだ。


それで大人が反応したからといって「大人気ない」と罵ることができるほど早苗の面の皮は厚くなかった。


「お嬢のせいじゃん!」


「あうっ!」


ただしそれは自業自得であることを知っている早苗の意見であって、協力者に過ぎない環からすれば関係のない話である。


「あーあー。お嬢のせいで面倒ごとに巻き込まれたなー」


チクチク早苗を弄る環。だが早苗とてやられっぱなしで済ませる程甘くはない。


「くっ! で、ですが環さんだって無関係ではありませんよ!」


「はい? あぁ、いや、お嬢にはお世話になっているから無関係を決め込むつもりはないけどさ。だからって積極的にどうこうしたり、一緒に暁秀に謝ったりはしないからね」


「いえ、そちらではなく」


「?」


「今回の罠を仕掛けたであろうあの人たちの保護者や教職員こそ貴女を監視するよう指示を出した張本人ですよ? それでも貴女は無関係と言いますか? もし無関係だと言われるのでしたら、唯一の関係者である私が一人で全部片付けることなりますが、それでもよろしいですか?」


「……へぇ」


これは正しい。少なくとも学校側が協力しなければ環の部屋に監視カメラや収音マイクを仕掛けることは不可能だからだ。


そして、協力したり設置を実行したのが学校側なら、学校側にそうするよう依頼したのは保護者たちである。


そういう意味では彼らこそが覗きの主犯と言える。


そしてこの場に現れた【鬼】はその覗き魔たちの切り札と思しき存在だ。


「それは赦せないねぇ。うん。赦せない」


ここにきて環は“目の前に現れたあの鬼は己が滅ぼすべき敵である”と認識した。


覗き魔の一味として認識されたことを【鬼】がどう思うかは不明だが、少なくとも環はそう決めたのだ。


「えぇ。赦せませんよねぇ」


そして早苗も同様に“自分の計画を台無しにしてくれた連中が呼び出した鬼”を滅することを決めていた。


別に自分がナニカしたわけでもなく、ただ召喚されただけで滅するべき敵と認識された【鬼】がどう思うかは不明だが、少なくとも早苗はそう決めたのだ。


暁秀? 心配するだけ無駄だ。彼ならば帰ってきたいと思った時点で帰ってくるだろう。


故に二人にあるのは滅ぼすべき敵に対する純粋な殺意のみ。


「「コロス」」


『……!? ガァァァァァ!!』


二人から向けられた殺意に反応した異形が咆哮を上げる。


「征くよ」

「征きます」


傍から見れば暁秀が変化したように見えなくもないが、暁秀の実力を知っている早苗と環はそのような勘違いをしない。


なにより、今の咆哮で彼女たちは理解したのだ。


「この鬼ならば自分たちでも倒せる」と。


『オォォォォォ!』


陰陽師によって呼び出された鬼もまた、己に殺意を向けている二人をただの小娘とは思わなかった。


彼は彼で理解していたのだ「この二人は己を滅ぼすことができる存在だ」と。


ただし、両者の力は決して一方的な勝敗を決定づけることができるほど離れてはいない。


鬼のレベルは神様基準で27。単体で早苗をわずかに上回っているのだ。


故に、少しでも油断や慢心があれば早苗や環の方が負ける。

これは双方が最初から最後まで一切の油断が許されない戦い、即ち死戦である。


「「はぁっ!」」

「ガァッ!」


ぶつかり合う三者。

その戦いは、やや離れているところで見ている教員や上級生の目に焼き付けられることになる。


「これが、あの人たちのいる世界……」


恐怖、畏怖、敬意、憧憬。様々な感情が入り混じる中、先日暁秀と接触した東根咲良は彼我の間に存在する距離を実感し、人知れず拳を握るのであった。

閲覧ありがとうございました


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