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10話。模擬戦3

この小説はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません

新入生総代を含む天津神系の二人が国津神系にとって天敵であるはずの疑似神剣を用いて戦うも鎧袖一触で潰されて。


「も、もう駄目だ! 逃げないと!」


「逃がすと思う?」


彼らに匹敵すると噂されていた真言宗系の三人は最大火力として知られる火界咒を放つもあっさりと耐えられた挙句に殴り飛ばされて。


「ひぃ! く、くるなぁ!」


「それでは模擬戦の意味がありませんねぇ」


中津原の娘を罵倒した教会の男子二人は制服を剥かれて(もちろん下着は残している)即席の十字架に磔にされた。


これだけのことを僅か5分にも満たない時間で行った早苗と環。もはやこの二人を『雑魚』だの『道具頼りの小娘』だのと罵ることのできる人間はいない。


「これが中津原の娘か……」

「とんでもないわね」

「中津原もそうだが、問題はもう一人だ! 鷹白家とはどんな家だ? どうやってあそこまで鍛えた!?」


周囲で見ていた上級生や教員にさえ畏怖を抱かせることに成功した二人は、各宗派の主だった者を潰されて意気消沈した新入生たちを見逃すことなく、丁寧に丁寧に、沈めていく。


「ち、畜生! ただではやられんぞ!」


「畜生、畜生ですか。ではその畜生の怖さ、教えて差し上げますわ」

「お嬢、変なスイッチが入っちゃった……」


早苗による挑発に乗ってこの場に集まることになった新入生たちは、誰がこの世代の頂点なのか。そしてその頂点の高さはどれほどのモノなのかをその身に刻み込まれることとなった。


それから少しして。模擬戦が開始されてから約10分後の現在、演習場に立っているのは早苗と環の二人だけであった。


これだけみれば二人の圧勝である。だが、模擬戦はまだ終わりではない。


「さて、残りは陰陽師系の数人だけですね」


「そうだね。さっさと終わらせよう! と言いたいところなんだけど……」


「どうしました?」


「相手、いなくない? これってうちらが探さなきゃ駄目なのかな?」


そう言って演習場を見渡す環。


グラウンドの他にも小さな林などがあるので、そちらに隠れている可能性もないわけではないが、そうなると隠れ潜む敵を探す必要があるわけで。


過去に妖魔に襲われて命の危険を感じたことや、暁秀から色々と教わったことで今は隠形にそこそこ自信がある反面、索敵能力に自信がない環は、これからかくれんぼの鬼役になって林の中を捜索する手間を思って顔を顰める。


「そもそも陰陽道ってどんな宗教なんだっけ?」


「そうですね。簡単に言えば陰陽道は大陸で興った道教の流れを汲む宗派です。道教に関しては余り詳しくはありませんが、元々老子が唱えた【道】の概念を学ぶ学問でありましたが、何時からか神仙に至る道をまい進するのが目的となったのだとか。陰陽道は道教が日ノ本に渡ってきた際に五行思想や仏教神道などと混淆された結果生まれた特殊な宗派となります」


「えっと、つまり? 連中は何ができるの?」


「陰陽道が得意とするのは召喚術と占星術。あとは結界術式でしょうか。彼らの姿が見えないのも、彼らがただ林に隠れているだけではなく、林の中で結界を展開しているせいかと思われます」


「うわっ! めんどくさっ!」


「そうですね。ですが……」


「ん? なにかあるの?」


向こうからすれば必死に隠れているのかもしれないが、環からすれば、ただでさえ苦手なかくれんぼの難易度がさらに上がっただけの話である。そのため陰陽師の得意技と聞いても面倒という感想しか出てこなかったし、早苗としてもそれについては同意見である。


同意見なのだが、それ以上に気になる点があった。


「いえ、隠れたからなんだという話なんですよね」


「あぁ、確かに」


圧倒的な実力をもつ相手から隠れる。

実戦ならそれもいいだろう。むしろ常套手段である。

援軍が来るのを待ってもいいし、妖魔や敵が自分を見つけることができずに諦めてくれれば生き延びることができるからだ。


だがこの模擬戦で隠れてどうしようというのか。


(鬼を召喚して戦わせる? いえ、使役できる鬼の強さは術者に依存します。私たちを恐れて隠れる程度の術者が使役できる鬼では意味がない。占星術でナニカを見た? それにしては消極的に過ぎる。結界術と言われても……)


時間稼ぎしたところで意味があるとは思えない。


だが、相手がなんの意味もなく、ただひたすら隠れているだけと決めつけるには情報が足りなすぎる。


「とりあえず探しますか。なんなら林ごと薙ぎ払ってしまえば良いだけの話ですし」


「あ、それやっていいなら私がやるよ!」


「いえ、二人でやりましょう。その方が早いです」


少々悩んだ末に早苗が出した答えは“罠ごと食い破る”であった。


脳筋戦法といえばその通りだが、剛よく柔を絶つという言葉もあるように、敵の罠に嵌らないためにはときに単純にして明快な手段が最適となる場合もある。そのお手本と言える存在の傍にいる早苗は、その事実を同年代の誰よりも良く知っていた。


林に隠れ潜んでいるであろう陰陽師を林ごと薙ぎ払うために動き出す二人。


「え?」


「「!?」」


そんな二人の耳に、今まで一言も声を発していなかった男、つまり暁秀の声が届く。


「暁秀さん? あ、まさかっ!」


この時点で早苗は陰陽師たちの意図に気付いた。


そう、彼らの狙いは前線で無双する環や早苗ではなく、後方で師匠面しながら模擬戦を観戦していた暁秀にあったのだ。


「くっ!」


もちろん、自分たちに勝てない陰陽師が何をしたところで暁秀に傷一つ付けられるはずがない。


それどころか、近寄っただけで暁秀が自動展開している術式に迎撃されて死ぬだけだ。


なんなら彼が常時垂れ流している魔力に接触しただけで心が折れるだろう。


陰陽師たちの攻撃は無意味だ。


しかしながら、暁秀に迷惑が掛かった時点で早苗の計画は失敗となる。


「や、やめなさい!」


陰陽師たちの意図を察して焦る早苗。

それを見た周囲の面々は暁秀こそが早苗たちの弱点であると錯覚してしまう。


「誰が止めるか!」

「喰らいなさい!」


林の中ではなく、演習場の中から響く声。

お得意の隠形によって隠れていた陰陽師たちの一斉攻撃が暁秀に向かう。


「あ、あんなところにいたんだ。っていうか連中、暁秀が狙いだったの?」


「あ、あぁぁぁぁぁぁ!」


無駄なことをするなぁと呟く環と、なんてことを! と叫ぶ早苗。


「……よくできました」


有象無象の攻撃によって巻き起こった砂煙の中、彼らの攻撃に便乗して動いた者たちがいたことを、このときの早苗は知る由もなかった。


―――



『ところでお主よ。お主の中で“まともにやっては勝てない強敵を葬る方法”と言えば何が思い浮かぶ?』


早苗さんたちが失敗した宣言の解説をしてくれるかと思ったら、急にそんな質問をしてくる神様。


いきなり話が飛んだように思えるが、この質問が先ほどの宣言と無関係ではないということはわかるので俺なりに咀嚼して答えることとする。


まず、第一に思い浮かぶのは酸素濃度の変化だ。


いかに魔力を帯びているとはいえ、早苗さんも環も人間なので酸素は必要だからな。


故に意図的に酸素濃度が低い空間を作り、そこに彼女らを誘導することができれば、二人の動きは一気に落ちるだろう。場合によっては即座に昏倒させることもできるかもしれない。


コストパフォーマンスの面でみても、地力で劣る側が目論む計画としては悪くないと思う。


『悪くはない。で、それだけか?』


まさか。先ほど言った空間。これを利用する方法もある。


無敵の存在を倒せないなら空間ごと隔離すればいいというアレだ。


とある漫画で見たときには「なるほど!」と蒙を啓かれた気分になったものだが、実際のところ手が出せない相手を封印するのは古来からありふれた方法だったので、俺が不見識だっただけの話というオチが付いた手法である。


『ありきたりすぎて逆に思いつかぬというのはよくあることじゃて。反省するなら次に活かせば良かろう』


そう言ってくれる神様。

だが慰められるということは、即ち俺が反省する必要に陥っているということを意味する。


ここまでくれば神様が言わんとしていることもわかる。


つまりは相手のレベルが低いからとのほほんと見物に回っていた俺もまた、向こうにとっては倒すべき標的だったということだろう。


『そういうことじゃな』


神様が頷くとほぼ同時に、空の色が若者の未来を祝福するかのような晴れ晴れとした春の空から、どこか不吉な雰囲気を漂わせる赤黒い空へと変わる。


空間転移。ではない。

異界へ誘われたのだ。


「はぁ」


失敗した。通常攻撃に対する備えはしていたが、こちら方面には完全に無防備だった。


物見雄山とはこのことか。


『この程度の罠に嵌ったのは誰だぁぁぁ!』


はい、俺ですね。


『こんな容器に息子の弁当を詰め込むことができるかぁ!』


神様が至高のツンデレを見せつつどこからか取り出した弁当箱をたたき割っている様子を見ていると、すこし離れたところに数人の大人が現れた。恰好からすると陰陽師。おそらくはこの学校の教員か、今早苗さんたちと戦っている生徒の親族あたりだろうと思われる。


どうやら早苗さんの行った挑発は、生徒だけではなく、職員や保護者も巻き込んだ大騒動に発展していたようだ。


『どったんばったん大騒ぎ!』


「はぁ」


「西尾暁秀。状況は理解できていますか?」


自分の無様さを省みて思わず溜息を吐いた俺に声が掛かる。


「まぁ一応は。しかし教員が生徒の、それも新入生の挑発に乗ってこのような罠を仕掛けるなど、少々やりすぎでは?」


そうとしか言えない。


「挑発? あぁ、その程度の理解でしたか。それはいけませんね」


「と、言われますと?」


なにやら不見識を咎められたでござる。

俺としてはそれ以外に彼らからこんな扱いを受ける理由に心当たりはないのだが。


「依頼ですよ、依頼。中津原早苗の挑発は契機の一つにすぎません」


「依頼?」


「えぇ。貴方に秩序の在り方をわからせろ、という依頼です。もちろん中津原早苗が行った挑発に対しての返事も一応用意していますけどね」


しっかり気にしてるし。


『煽り耐性ZEROじゃな』


早苗さんがどんな挑発をしたかは知らんが、一流と呼ばれるような域に到達している退魔士が子供の挑発にマジギレすんなし。


とりあえず連中が数分後には自分の煽り耐性の無さに後悔することになるのは確定したとして。


今は依頼主と依頼内容の確認が先決だ。


「秩序? もしかしてご依頼主は政治家さんかそれに近いお偉い方さんですか?」


「依頼主は明かせませんが、まぁ、そのような感じですね」


なんとも口の軽い教員だ。

そして周囲の連中もソレを咎める様子がないときた。


『つまりは敢えて開示しておるのじゃろうな』


でしょうね。

向こうからしてみれば自分のバックには国がいるのだ。

一生徒が何をしようと揉み潰すことなど容易い。

そうプレッシャーをかけているつもりなのだろう。


もしくは依頼主からきちんと因果を含めておけと言われたか。


『どちらにせよ怨恨じゃな。ま、第二回干眼祭りは第一回を上回る規模で行われたからのぉ』


そりゃあ、ね。

巻き添えを喰らった政治家さんたちにしてみたら報復の一つもしたくなるわな。


「さて。我々はこれから貴方に色々と教えることになるわけですが」


「できるとお思いで?」


「無論。この状況でなぜそれができないと思うのか、我々としてはそちらの方が疑問ですね」


俺に報復したいという連中の気持ちは理解できる。

だが、俺がその報復を甘んじて受けるかどうかは別問題だ。


そもそもこの学校の教員のレベルは、推定で15~20である。


一般に深度3の異界を探索できる時点で一流の退魔士扱いされる以上、彼らは一流の人材なのだろう。


だが極めて優秀とされるほどではない。そもそも早苗さんや環に勝てない程度では話にならない。


俺は神様が憑いているので例外としても、日本にはレベル40相当の退魔士が何人かいるのだ。


そういった面々が出てくるならまだしも、その半分以下で何をしようというのか。


『その半分以下の連中が張った罠にこうも簡単に嵌ったお主が言えることではないの』


ぐはっ。


「これより最強の鬼を召喚します。もちろん未来ある若者を殺すつもりはありませんが、今後我々に逆らえなくなる程度には躾させていただきます。覚悟はよろしいですね?」


神様からの攻撃に悶えていたのをどう見たのか、向こうがどこかのCV子安さんみたいなことを言い始めたのだが。


『トイレは済ませたか? 妾にお祈りは? 空間の隅でガタガタ震えて命乞いする心の準備はOK?』


それ、どっちに言っているんですかねぇ。

閲覧ありがとうございました



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